一般財団法人 知と文明のフォーラム

近代主義に縛られた「文明」を方向転換させるために、自らの身体性と自然の力を取戻し、新たに得た認識を「知」に高めよう。

北沢方邦の伊豆高原日記【63】

2009-07-22 06:47:03 | 伊豆高原日記

北沢方邦の伊豆高原日記【63】
Kitazawa, Masakuni  

 数日晴れ間が覗いたが、もどり梅雨らしく雨がつづく。わが家の庭もヴィラ・マーヤの庭も、草木の濃い緑を背景にヤマユリの大輪の白い花々がたわわに開き、むせるような芳香があたりに漂う。とりわけ今年はヴィラ・マーヤのユリが盛りである。居間の花瓶に差した二輪ほどの花が、家中に悩ましいほどの香りを振り撒く。 

 これが『古事記』や『万葉』に登場する古来の花とは思えない華麗さである。すでに述べたが古語でサヰといい、信濃の犀川や大和の狭井川などの地名はこれに由来する。石塊〔いしくれ〕の多い荒れた河原ほどみごとな群落をつくる不思議さも、古代人の畏敬の念をそそったにちがいない。カムヤマトイハレヒコ(神武)の妃〔きさき〕イスケヨリヒメの伝説にからむのも、そのためであろう。

「小泉改革」の歴史的審判 

 7月21日衆議院が解散され、8月30日に総選挙が行われることとなった。 

 麻生太郎氏が首相の任にふさわしくなかったのは予想どおりであり、そうかといって鳩山由紀夫氏がそれに値するというわけでもない(どちらもふさわしくないという答えが世論調査でも過半数である)。かつて旧民主党代表時代の鳩山氏に、八ヶ岳山麓のホテルで行われたある政策集団の会合で顔を会わせたがことがある。たまたまオブザーヴァーとして同席した青木やよひが、「民主党は自民党に比べてさえ女性の支持率が低いが、これをなんとかしないととうてい政権はとれませんね」と水をむけたが、鳩山氏はきょとんとしてあいまいな返事しかしなかった。女性の支持率を上げるためにはどうすればいいのかアドヴァイスしてください、という返事を期待していたわれわれは唖然としてしまった。そのうえ現在彼には、小沢氏の疑惑ほどではないにしても、政治資金規正法違反がある。 

 だが今回の選挙は、どちらの党首が次期首相にふさわしいかといった矮小な問題ではない。端的にいえば、「小泉改革」への歴史的審判にほかならない。 

 「自民党をぶっ壊す」と称して、アメリカ合衆国の政治的・軍事的覇権主義に全面的に協力し、その経済グローバリズムのために徹底した規制緩和を行い、結果として政治的・経済的に「日本をぶっ壊した」小泉政権の評価を国民が下す選挙なのだ。 

 たとえば前回の「郵政民営化」というシングル・イッシュー選挙で、眩惑された大都市住民の圧倒的支持で小泉政権は圧勝したが、いまだに「郵政民営化」は正しかったというひとは少なくない。実は郵政問題の根本は、郵貯や簡保の蓄積された庶民の膨大な預貯金(地方では銀行の支店などはない)であり、それが高度成長期(そのときには有効であったが)以来の惰性で、硬直した財政投融資としてしか投資されなかった点にある。そこをあたらしい経済状況に応じて大胆に改革し、次の時代を切り開く投資として活用すべきであったのだ(そのためには高度成長期に対応していた特殊法人などの徹底的整理統合が必要であったが、道路公団改革ひとつを見ても、小泉改革はその大改革にはほとんど手をつけなかった)。

郵政民営化とはなんであったか 

 大都市の住民は郵政民営化にほとんど影響を受けず、むしろサーヴィスがよくなったと思っているかもしれないが、地方はひどい状況である。わが家の近くには伊豆高原郵便局(特定局ではない)というりっぱな局があり、かつては20名以上の体制で集配なども行っていたが、民営化後、集配は伊東本局に移管され、5・6名の窓口業務者のみとなり、広大な局舎の大半は鼠の棲家となっている。本局からはここまでスクーターで30分以上かかり、かつての午前の配達はときには夕暮れになってしまう。また集配業務は最低賃金ぎりぎりの時給の非正規雇用者であり、住所や氏名を覚えた頃には辞めてしまう。過疎地の特定局などは次々と廃止され、いわゆるユニヴァーサル・サーヴィスは絵に描いた餅となっている。これが郵政民営化の地方の実態である。 

 この小泉改革に内心は賛成であった新自由主義者・新保守主義者が民主党の若手にはかなりいるが、もし今回野党が過半数をえて連立政権を樹立することになれば、社民党と国民新党が加わり、彼らには大きなブレーキとなるだろう。とりわけ私は国民新党にその役割を期待したい。 

 意外に思われるかもしれないが、国民新党は公明党と並んでいわゆる社会的弱者にもっとも深い配慮をもつ党である(公明党は少なくとも前代表時代、小泉改革に賛成したという点で政治責任はある。私は知人である太田昭宏現代表には個人的には期待しているが)。 

 私はまた亀井静香氏ともかなり面識があるが、警察庁出身ということでかつて右翼的なひとかと誤解していたが、まったくちがっていて好印象をもった(かつて60年安保時代警察庁長官であった故後藤田正晴氏なども実に開明的で、彼こそ総理大臣にふさわしいひとであった)。亀井氏が建設大臣時代、徳島県の吉野川河口堰建設や鳥取県の中海干拓問題が地元で大きな問題となっていた。例の政策集団の会合で、私は市民運動家の仲井富氏とともに、この問題が環境破壊であるだけではなく、財政的にもまったくの無駄遣いであると彼に説いたが、彼は黙って聴いていた翌日に現地に視察に出かけ、仲井氏が紹介した現地の反対運動のリーダーに会い、数日後それらの工事の中止を命令したのだ。私たちもその行動力と決断のすばらしさに驚嘆した。 

 いずれにせよ今回の総選挙は、小泉改革への審判と、それがもたらした貧富の格差や地方の疲弊、労働条件や自然環境の荒廃など、大きなひずみの根本的是正への一歩とならなくてはならない。とにかくその一歩を踏みだすことで、はるか彼方に蜃気楼として浮かぶ文明の大転換という目標も、現実の地平線にその姿を現わすこととなるだろう。



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