一般財団法人 知と文明のフォーラム

近代主義に縛られた「文明」を方向転換させるために、自らの身体性と自然の力を取戻し、新たに得た認識を「知」に高めよう。

伊豆高原日記【140】

2013-03-20 18:28:28 | 伊豆高原日記

北沢方邦の伊豆高原日記【140】
Kitazawa, Masakuni  

 真冬の寒さが急に初夏ともまがう暖かさとなり、なんともあわただしい春となった。まだ寒椿が紅の花をつけ、3月上旬に咲く駅前の大寒桜(おおかんざくら)がようやく満開となり、淡い紅の花の並木が観光客を呼び寄せはじめたというのに、コブシの白、レンギョウの黄色が咲き乱れ、ソメイヨシノも咲きはじめようとしている。ウグイスも負けじと、あちらこちらで声を張りあげている。

「シェール革命」のコストとリスク

 先進諸国やその産業界が「シェール革命」で沸きかえっている。2酸化炭素の排出や将来の枯渇などの問題をかかえている化石燃料(石炭・石油)に代わり、排出も少なく資源も膨大、しかも産出コストも価格も安いシェール(頁岩)ガス(および付随するオイル)が、世界経済の救世主となるという見通しからである。だがはたしてそうであろうか? そのほんとうのコストやリスクはどうなのだろうか? 

 安全神話の詐術によってほんとうのコスト(重大事故の補償や廃炉のコスト、使用済み核燃料の貯蔵や処分のコストなど隠されていた膨大なコスト)を考慮せず、建設を推進してきた原発と同じく、「シェール革命」の真のコストやリスクは隠されている、あるいは少なくとも当事者にとっても不明なのではないか? 

 問題はまず、現在の開発技術にある。地下数千メートルの頁岩(シェール)層(泥土が岩石化した層)にまでパイプを到達させ、大量の水に数百種類の人工化学物質と砂を入れ、高気圧で送りこんで層を破砕し、ガスとオイルを取りだす「水圧破砕法(hydraulic fracturing略してfracking[フラッキング]という新語が生まれている)」とよばれる方法である。

 現在カナダのサスカチェワン州や合衆国のノース・ダコタ州がブームの中心となり、恐るべき速度で開発が進んでいる。緑の美しい大草原や牧場や農場がはてしなくひろがるノース・ダコタ西北部には炎をあげる数千のガス井の櫓が林立し、まだ未舗装のアクセス道路に無数の巨大トラックが砂埃をあげて行き交い、労働者アパートやブームを当て込んだマーケット建設が慌ただしく進められ、素朴な人情と静寂に溢れていたこの地が、犯罪やレイプの温床となりつつある。

 風景やその意味での環境破壊も大問題であるが、フラッキングそのものに恐るべき問題が隠されている。すなわち水が貴重なこれらの地域での大量の水の消費、さらにそこに添加される大量の化学物質の毒性(発癌物質および直接吸えば死にいたる致死的物質など)である。しかも頁岩層破砕にもちいられたこの有毒な水はポンプで回収されが、すべて回収されるわけではない。残りは頁岩層を越えてその上方にある帯水層の地下水脈にガスやオイルの残滓とともに浸透し、地下水を汚染する。井戸に依存する近くの村落の飲料水は飲用不可となるだけではなく、火をつければ燃え上がる。地下水から流れでる川も汚染され、それを使用する都市の水道水にも汚染は広がる。

 さらにポンプで回収された汚染水の処理が大問題となる。危険なためプール処理は禁止され、一旦汚染水タンクに集められたのち、地下深くに送り込まれるが、これがまた帯水層の地下水脈に影響をあたえないという保障はどこにもない。また汚染水を扱う労働者たちは吐き気やめまいに襲われるため、私費で防毒マスクを購入する始末だという。ラドン・ガスの恐ろしさを知らず(企業側も無知であったのだ)、低線量長期被曝で癌に冒され、次々と亡くなっていったナバホのウラニウム鉱山労働者を思い起こさせる。

 シェール・ガス・オイル採掘にともなうこうした恐るべき環境破壊や汚染が、将来どのような結果をもたらすか、誰も知らない。政治家も企業も、この事実に目を閉じ、エネルギー革命を謳歌するのみである。原発の安全神話と同じことがふたたび繰り返されようとしている。なぜメディアはこの事実を報道しないのか?

 フクシマのあとでもいまなお広範囲に信じられている「成長神話」(GDPの成長のみが「豊かさ」をもたらすという)が、この恐るべき事実から目をそらさせる原動力となっているのだ。まずは「成長神話」を打ち砕かなくてはならない。

注)この文を書くのにNational Geographic, March 2013に掲載されているEdwin Dobb: The New Oil Landscape; The Promise and Risk of Frackingを参照させていただいた。



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