気ままに

大船での気ままな生活日誌

ぶらり大磯 安田靫彦と河田小龍

2010-07-07 18:52:05 | Weblog
ぼくは、大磯も好きな町でよくハイカイする。ハイカイしたあと図書館でゆっくりするのが常だが、ここの図書館は小さいながらも、貴重本が結構あり、また落ち着いた静かな雰囲気が好きである。二階には、大磯に住んでいた吉田茂や大岡昇平等の蔵書の一部が図書館に寄贈されている文庫がある。人の本棚をみせてもらうのは、楽しいことだが、先日も吉田茂文庫を観ていて、意外な本をみつけた。

この本だ。”画人河田小龍”(うっかりして著者名をメモするのを忘れていた)。”龍馬伝”を観ている方なら、1,2回、出てきているので知っておられるかと思う。”のう坂本さん、西洋に対抗する第一は、まず産業、商業を盛んにせねばならぬ。それにはまず物の運搬が大事であり、あの黒船が必要じゃ”と千葉道場での修業を終え、土佐に帰ってきた龍馬に諭した絵師だ。ジョン万次郎の話も聞き、薩摩藩の先進工業技術も見学してきている。龍馬の、のちの海援隊の素地は河田小龍によってつくられたのだ。


吉田文庫に何故?と思った。吉田は土佐出身だから、河田小龍とは同郷である。しかし、たぶん当時無名だった河田小龍、それも画人である。著者から贈呈されたのだろうか。本は読んでいないので、内容はわからないが、きっとジョン万次郎や龍馬も出てきていて、郷里の先輩に敬意を表し、その後も蔵書としていたのだろう。因みに龍馬の伝記本、坂崎紫瀾著”汗血千里駒”(龍馬についての最初の伝記;これの現代訳のを最近買って読んだ;汗)は、みつからなかった。司馬遼太郎の”竜馬がゆく”はまだ出版されていない時期なので、もちろんない(笑)。今度、図書館を訪ねたとき、”河田小龍”を読み、何が書かれているのか知りたいと思う。

ついでながら、大岡昇平は、鎌倉・雪の下の小林秀雄宅の離れに住んだこともある。そのとき、小林がハイゼンベルクと不確定原理について考えていたことに驚いている。ぼくもハイゼンベルクの自伝的エッセイ”部分と全体”を今ももっていて、若い時読んだことはあるが、量子力学まで考えたことはなかった。先日、小林秀雄と数学者、岡潔との対話”人間の建設”を読み返していたが、小林秀雄の物理学や数学の知識に改めて驚かされた。

画人といえば、大磯には、歴史画の大家、安田靫彦が住んでいた。彼の関係のものを図書館で探したが、今のところ見つかっていない。絵画のひとつもあるかと思ったが、館内に飾ってあるのは、日本画もあったが安田○○で、違う人だった(関係者だろうか)。

墓所は、図書館の近くの大運寺にある。

安田靫彦のお墓。


今年観た、安田靫彦の名作二点。
 ”王昭君”(足立美術館)と”草薙の剣”(川崎市民ミュージアム)


この日、島崎藤村御夫妻のお墓、虎御前と大磯宿の遊女のお墓もお参りした。わりと涼しい風のふいていた日だった。
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