8月も晦日になりました。
今年も早や3分の2が過ぎ去り、ふと気がつくと賑やかだった蝉の鳴き声も今はありません。
改めて「光陰矢のごとし」を実感します。
お陰様でこの間、我が家の老人二人には何の障害もなく、毎日を平穏無事に送ることができ
たことを何よりと心得、感謝の念でいっぱいの心境です。
作品名 : リング256
作者名 : 田中 薫
野田 佳彦さんが民主党代表になり、日本国の総理大臣に指名されました。
先ずは、おめでとうございます。
この結果、今後の日本の政治はどのように変わるのか私には分かるはずはありませんが、
今回の代表選を見ていて私なりに評価出来ることが2つありました。
その1つは、お金まみれや、ぶれまくり発言に信頼度ゼロと言う小鳩支配に多くの党員の皆
さんがNOを示した点、
その2つは、54歳という若い人に此の国の国難を乗り切る舵取りを委ねた点です。
そのことは、海千山千がうじゃうじゃいる世界、どんな結末を招くことになるか興味を持って
注目していこうと思っています。
誰が代表になろうとどんぐりの背比べ、五十歩百歩で優劣付けがたく期待も信頼も持てず、
その上、代表選への立候補に至るまでの行動に不信感が募るばかりです。
「勝手にやってくれ!」と言いたいところですが、国民にとって困るのは、その選ばれし人物
が我が国の総理大臣になると言うことです。
党員資格もない黒幕にすり寄り、何らかの恩義を受けてその挙げ句に操り人形に成り下が
ったとき、この日本の正義はどうなるのか心配になります。
国民の手が直接届かない別世界で行われているドタバタ劇、しっかり監視していかなけれ
ばとは思っていますが、私の力など微力すぎて寝言にもなりえず残念至極の心境です。
B会の第104回定例ゴルフ・コンペに行って来ました。
天候は最高に湿度が高く、じっとしていても汗が噴き出るほどの感じでしたが、この時期とし
ては欲を言えばきりがありません、上々の部類としなければならないコンデションでした。
そんな状況の中、私には朝から何となく好成績が出そうな予感がしていたのですが、幸いに
も予感が的中してこのコンペとしては久しぶりに優勝となりました。
特にこの所、暇を見つけては練習をしているパットの精度が上がったのが好成績の原因と自
己評価しています。
練習は嘘をつかないと言いますが、正にそれを実感した今日のコンペでした。
今年も、卒業して数年後以来、毎年続けている高校時代の気の合った仲間との懇親の集いの
時期になり、来月の23日に開催すると幹事役のI君から連絡がきました。
今まではその殆どを北陸地方の温泉街の日本旅館を会場にして一夜を共にし、その昔を忍び
今抱えている悩みを吐露し日頃の憂さを晴らすことにしていたのですが、当時幹事役をしてくれ
ていたO君が今年初め病に倒れ薬石の効なく帰らぬ人となってしまい、今回はそのO君の墓前
に仲間全員でお参りすることにし、彼の家近くに会場を変更することになりました。
お互いに平均年齢到達にも残り僅かの年齢になりました。
この、気の置けない楽しい集いがいつまで続けられるか分かりませんが、1年でも長く続けら
れるよう願って精進したいものと思っています。
作品名 : 希望
作者名 : 淀井 敏夫
私が名付け親になった孫息子が今日で満2歳になりました。
日頃は、お互いに遠隔地に住まいしており日々の成長を直に見ることは出来ませんが、親が
送ってくれるメールの添付写真等でその様子を確認しています。
幸い、この2年間は何の不都合もなく順調に育っており嬉しく思っています。
昔から「三つ子の魂百までも」といいます。
この子の長い人生を左右するであろう本格的な人格形成はこれからと思います。今まで以上
に、先ずは健康で、おおらかな人間に育って欲しいものとジジ・ババは祈っています。
今日は京都から始まったという、夏の終わりを告げる子供が主役の地蔵盆です。
私が生まれ育った京都の近くの古里の集落にはあちこちに地蔵さんが祭られていて、この日
には各家から頂いたお供え物の飾り付け等をして子供主役の行事を楽しんだものでした。
現在のようにゲーム機やパソコンやテレビ等といった娯楽設備もない時代、子供達みんなが
一堂に寄り集まって大人の手助けも受けず自主的に事を成す喜びを感じたものでした。
それから幾十年、時代が変わり、人々の価値観が変わった今現在、その地蔵盆の行事はど
うなっているのか知るよしもありませんが、私にはささやかながらも忘れられない、捨てがたい
思いでになっています。
中途半端でどちらにも役に立たないことのたとえに「帯に短し襷に長し」という味わいのある
諺があります。
もめ続けた、いわゆる「菅おろし」の目処がつき、次期民主党の代表選びが賑やかになって
きましたが、予想されている代表候補者の顔ぶれは諺そのもの様相です。
その様を政治評論家のある人は「帯に短し襷に短し」と表現していました。
その人の造語と思いますが、全く何にも役立てようがなく、捨てるより仕方がないという意味
とでも解釈すれば何となくニュアンスが分かるような気がしています。
単なる代表選びなら「好きにやれば!」ですが、代表は順当なら我が国の総理大臣です。
この国難の時代を国民目線でリードしてくれるスーパーマンはいつ現れるのか・・・・
今回も駄目でしょうな~
作品名 : 楔
作者名 : 東村 正久
隅1で、やっとの引き分け。
監督さんのコメントに「4番がねえ・・・・」とありました。
責任感を持つことは大事ですが、それだけで野球はできません。
朝からぼやいてしまいます。
テレビニュースのテロップに「雨のち秋」と流れていました。
前線が南下して北からの乾いた空気が日本を覆い、猛暑とも取りあえずお別れとなり爽やか
な朝になりました。
昨夕の日課の散歩の際には、いつもの雀達の一群には会わなかったのですが、その代わり
に、この日を待ちかねていたように「トンボ」が群れ飛ぶさまが見られ正に「雨のち秋」を感じまし
た。
野生の動物が持つ本能的な季節感には感心してしまいます。
気象予報では今週は秋模様でも、再来週にはまた残暑が厳しいと予報しています。
8月も残り3分の1になりました。
日本の学校と違って、あまりマナーの良くない外国人学校はもう夏休みも終わり授業再開した
ようです。
阪神タイガースの主催試合の観客動員数が200万人を越えたと言うのに、僅かの貯金を惜
しげもなく吐きだして借金生活になってしまいました。
熱心に応援してくれるファンに何と答えるのか、情けない限りです。
それにしても打てない、エラー頻発、横浜では「横浜高校と変われ」とやじが飛んだ様ですが、
さしずめ阪神タイガースも「◎◎高校と変われ」と言われそうな気配です。
中でも、私が見ていて一番歯がゆいのが4番バッターです。
ここ一番と言う時、決まった様に内野ゴロのダブルプレーが実に多いのです、打てなくても我
慢します、せめて自分だけアウトで終われば、まだ先に楽しみが残るのにと思ってしまいます。
真弓さん、今日から打順の入れ替えを提案しますが如何なものですか?
作品名 : 想
作者名 : 新谷 秀雄
僅かに7日間という短い生涯を命の限り鳴き通して、焼け付くばかりの歩道に息絶えている蝉
の亡骸を多数見かける様になりました。
あるものは自然体に、あるものは腹を空に向け、あるものは誰かに踏みつけられたのか無惨に
も押しつぶされた姿を見せています。
命あるものの末路は、見るからに哀れで切ないものです。
大方の日本人のお盆の行事も滞りなく済んで、今日あたりからは後半に向けて通常の生活
が始まるのではないかと推測するのですが、円高や節電や猛暑などの厳しい状況の中それぞ
れに頑張って欲しいものです。
かく言う私は、自由人の身でありながら、今年も無人で締め切ったままの実家に帰省もせず、
年に一度帰宅するという祖先の霊を迎えることもなく、墓参もせず、この上ない不義理をしてしま
いました。
心の中は少なからず呵責の念に捕らわれています。
勝手ですが、凌ぎやすい季節になったら、この埋め合わせをしようと思っています。
我が家の湿度計、元々高めの表示をしていると思っているのですが、最近は毎日が計測不能
で無意味な表示ばかりになるほどの高湿度に、ほとほとうんざりの心境です。
今日の我が地方は曇り空で日差しはありませんが、それでも少し動くだけで汗が滲んできます。
今年の猛暑もあと数日とのこと爽やかな秋の到来が待ち遠しいものですが、そんな気配を察し
ているのか、日差しがないせいか分かりませんが蝉の鳴き声もすっかり元気がなくなって来たよ
うに感じます。
今日は京都五山の送り火が行われます。
東日本を襲った震災によって被害に遭った陸前高田の松を送り火の薪にしようという話は2転
3転して結局燃やさないことになり後味の悪い結末になり、私の京都に対するイメージも少しばか
り変わりました。
作品名 : すこやか
作者名 : 高橋 忠雄
実家の隣家の庭で訳の分からぬまま聞いた玉音放送から66年、今日は終戦記念日です。
間違っても敵軍の攻撃目標にはなることのない田舎での生まれ育ちの私には直接戦火を目に
した経験はありませんが、後で知る象と蟻の戦いのために、若い兵士の出征を見送り、お寺の釣
り鐘や金属製家財を供出し、幼稚な燈火管制などを本気で行っていた事実は記憶にあります。
今思うに国民は実に馬鹿げた詰まらぬ当局の命令に毒されていたことかと思ってしまいます。
もし、あの戦争がなかったら現在の日本はどうなっていたのかと考えてしまいますが、今日私に
出来ることは、正午を期して1分間の黙祷を捧げ、数百万人という大戦の犠牲者のご冥福を祈り
たいと思っています。