オックスフォード大学の物理学名誉教授、ウェード・アリソン氏の地球温暖化対策は、パリで開催中の気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)で売り込まれているどの提案よりも現実的です。アリソン氏は国民と原子力発電所の労働者の被ばく許容量を現行の1000倍に引き上げるべきだと主張しています。
パリに集まった政治家たちは国民1人当たりの所得では世界20位のフランスが温室効果ガスの排出量では50位であることに気付くかもしれません。理由は分かっています。フランスは電力の75%を原子力発電でまかなっているからです。一方、世界は核戦争や核実験に対する恐怖から、1950年代以降、放射線被ばくの危険度は被ばく量に正比例するという根拠のない定説にこだわり続けてきました。
これは、秒速1フィートで発射された弾丸で死ぬ確率は秒速900フィート(45口径の自動拳銃で撃ったときの実際の銃口速度)で発射された弾丸で死ぬ確率の900分の1だと言っているようなものです。「しきい値なしの直線」(LNT)仮説として知られるこの理論はロシアのチェルノブイリや福島の原発事故でのがんによる死亡者数の予測の根拠になっていますが、その予測はこれまで一度も実証されたことはないのです。
スウェーデンは数年前になってやっと、チェルノブイリの原発事故後、ほぼ1年分の供給量に相当するトナカイの肉が無駄に廃棄されたことを認めたそうです。2013年に実施された調査によると、福島の原発事故による被ばくを避けるため強制的に避難させられた人のうち、1600人が「避難によるストレス」(自殺や生きる上で欠かせない医療が受けられなかったことによる死を含む)で死亡したことが分かっています。当時の被ばく量はほとんど危険のないレベルで、例えばフィンランドの住民の日常的な被ばく量よりも少なかったのです。
2001年には当時の米国の原子力規制トップが、「チェルノブイリの事故に起因しうる白血病の超過発病は検知されなかった」ことを慎重ながらも認めました。
1980年代には台湾で1700戸のアパートが放射性コバルトで汚染された再生鉄を使って建設されました。2006年の研究論文では、このアパートの住人のがん罹患率が極めて低いことが分かり、執筆者らは米国で危険性の評価が修正されれば、「原子炉運転にかかる多額の資金が節約でき、原子力発電の拡大が促進される可能性がある」ことを示唆しました。
彼らは正しかった。被ばくに対する過度の恐れが、原子力発電の安全コスト、放射性廃棄物の管理コスト、許認可コストを押し上げました。しかし、ついに変化が起きるかもしれないといいます。放射線被ばくリスクに対する考え方にパラダイムシフトが起きつつあるようなのです。
米原子力規制委員会は今年6月、「放射線ホルミシス」説を根拠に安全基準を改定することの是非をめぐって意見募集を開始しました。放射線ホルミシス説とは、自然放射線を浴びた生物は低レベルの放射線量から身を守る細胞性反応を獲得するという理論です。安全基準の根拠の変更を求めた申請者の1人がカリフォルニア大学ロサンゼルス校の核医学教授のキャロル・S・マーカス氏です。マーカス氏はLNT仮説について「科学的に有効な裏付け」がなく、「LNTに基づく規制を順守する」には「巨額の」コストがかかると指摘しました。
これもオックスフォード大学のアリソン氏とマサチューセッツ大学アマースト校の毒物学者エドワード・J・カラブレーゼ氏のおかげです。この2人は何十年も前からLNT仮説と戦い続けてきました。カラブレーゼ氏は学術誌「エンバイロメンタル・リサーチ」の10月号に掲載された最新の論文で、1950年代のマンハッタン計画に関わった放射線遺伝学者たちが自分たちの研究分野の地位を高めるため、恣意的にLNT仮説が採用されるよう促した経緯を明らかにしたのです。
今では多数の論文によってLNT仮説に不利な証拠が示されています。ミュンヘンの放射線生物学研究所が昨年発表した研究論文では、低レベルの被ばくが特定の細胞保護機能に「非直線的な」反応を引き起こす具体的な仕組みが明らかになりました。
LNT仮説は計り知れない影響を及ぼしました。コスト面で優れていたからでもなければ、安全面や効率の点で有利だったからでもないのに、石炭は21世紀初めに世界の主力エネルギー源となったのです。今なら中国もインドも石炭を選ばず、先進工業国で開発された、手頃な価格で容易に入手できる、安全かつ染物物質を出さない原子炉を選ぶでしょう。
私たちはどれほど愚かだったのでしょう。1カ月当たりの採炭による死者数は原子力産業が始まって以降の全ての事故の死者数よりも多いのです。厄介な問題ですが、LNT仮説の基準では石炭は原子力よりも危険でもあるのです。米国肺協会によると、石炭火力発電所から排出される粒子状物質や重金属、放射性物質によって推計で年間1万3200人が死亡しているといいます。
これにアル・ゴア元副大統領が加わりました。ゴア氏が指導力を発揮して気候変動をめぐる政治が1980年代に登場しましたが、あっという間に、イデオロギーで連帯するには原子力を拒むことが欠かせないという集団心理を生んでしまったのです。原子力発電はいわゆる炭素問題への明確かつ最も容易な解決策であるにもかかわらずです。
少なくともオバマ政権は左派から追及されなければ、冷静に判断することができます。おそらくホワイトハウスは毎日、原子力の安全基準の改定に寛容であることに環境主義者が気付かないようにと祈っていることでしょう。キーストーンパイプラインをめぐる騒ぎも役に立ったのではないでしょうか。
オバマ氏は気候問題で大統領として数少ない有益な意思表示をしているのですが、ニューヨークタイムズが環境派に対する背信行為だと論説記事で派手に書き立てれば、残念ながら、大統領はすぐにそれを引っ込めてしまうでしょう。(ソースWSJ)
パリに集まった政治家たちは国民1人当たりの所得では世界20位のフランスが温室効果ガスの排出量では50位であることに気付くかもしれません。理由は分かっています。フランスは電力の75%を原子力発電でまかなっているからです。一方、世界は核戦争や核実験に対する恐怖から、1950年代以降、放射線被ばくの危険度は被ばく量に正比例するという根拠のない定説にこだわり続けてきました。
これは、秒速1フィートで発射された弾丸で死ぬ確率は秒速900フィート(45口径の自動拳銃で撃ったときの実際の銃口速度)で発射された弾丸で死ぬ確率の900分の1だと言っているようなものです。「しきい値なしの直線」(LNT)仮説として知られるこの理論はロシアのチェルノブイリや福島の原発事故でのがんによる死亡者数の予測の根拠になっていますが、その予測はこれまで一度も実証されたことはないのです。
スウェーデンは数年前になってやっと、チェルノブイリの原発事故後、ほぼ1年分の供給量に相当するトナカイの肉が無駄に廃棄されたことを認めたそうです。2013年に実施された調査によると、福島の原発事故による被ばくを避けるため強制的に避難させられた人のうち、1600人が「避難によるストレス」(自殺や生きる上で欠かせない医療が受けられなかったことによる死を含む)で死亡したことが分かっています。当時の被ばく量はほとんど危険のないレベルで、例えばフィンランドの住民の日常的な被ばく量よりも少なかったのです。
2001年には当時の米国の原子力規制トップが、「チェルノブイリの事故に起因しうる白血病の超過発病は検知されなかった」ことを慎重ながらも認めました。
1980年代には台湾で1700戸のアパートが放射性コバルトで汚染された再生鉄を使って建設されました。2006年の研究論文では、このアパートの住人のがん罹患率が極めて低いことが分かり、執筆者らは米国で危険性の評価が修正されれば、「原子炉運転にかかる多額の資金が節約でき、原子力発電の拡大が促進される可能性がある」ことを示唆しました。
彼らは正しかった。被ばくに対する過度の恐れが、原子力発電の安全コスト、放射性廃棄物の管理コスト、許認可コストを押し上げました。しかし、ついに変化が起きるかもしれないといいます。放射線被ばくリスクに対する考え方にパラダイムシフトが起きつつあるようなのです。
米原子力規制委員会は今年6月、「放射線ホルミシス」説を根拠に安全基準を改定することの是非をめぐって意見募集を開始しました。放射線ホルミシス説とは、自然放射線を浴びた生物は低レベルの放射線量から身を守る細胞性反応を獲得するという理論です。安全基準の根拠の変更を求めた申請者の1人がカリフォルニア大学ロサンゼルス校の核医学教授のキャロル・S・マーカス氏です。マーカス氏はLNT仮説について「科学的に有効な裏付け」がなく、「LNTに基づく規制を順守する」には「巨額の」コストがかかると指摘しました。
これもオックスフォード大学のアリソン氏とマサチューセッツ大学アマースト校の毒物学者エドワード・J・カラブレーゼ氏のおかげです。この2人は何十年も前からLNT仮説と戦い続けてきました。カラブレーゼ氏は学術誌「エンバイロメンタル・リサーチ」の10月号に掲載された最新の論文で、1950年代のマンハッタン計画に関わった放射線遺伝学者たちが自分たちの研究分野の地位を高めるため、恣意的にLNT仮説が採用されるよう促した経緯を明らかにしたのです。
今では多数の論文によってLNT仮説に不利な証拠が示されています。ミュンヘンの放射線生物学研究所が昨年発表した研究論文では、低レベルの被ばくが特定の細胞保護機能に「非直線的な」反応を引き起こす具体的な仕組みが明らかになりました。
LNT仮説は計り知れない影響を及ぼしました。コスト面で優れていたからでもなければ、安全面や効率の点で有利だったからでもないのに、石炭は21世紀初めに世界の主力エネルギー源となったのです。今なら中国もインドも石炭を選ばず、先進工業国で開発された、手頃な価格で容易に入手できる、安全かつ染物物質を出さない原子炉を選ぶでしょう。
私たちはどれほど愚かだったのでしょう。1カ月当たりの採炭による死者数は原子力産業が始まって以降の全ての事故の死者数よりも多いのです。厄介な問題ですが、LNT仮説の基準では石炭は原子力よりも危険でもあるのです。米国肺協会によると、石炭火力発電所から排出される粒子状物質や重金属、放射性物質によって推計で年間1万3200人が死亡しているといいます。
これにアル・ゴア元副大統領が加わりました。ゴア氏が指導力を発揮して気候変動をめぐる政治が1980年代に登場しましたが、あっという間に、イデオロギーで連帯するには原子力を拒むことが欠かせないという集団心理を生んでしまったのです。原子力発電はいわゆる炭素問題への明確かつ最も容易な解決策であるにもかかわらずです。
少なくともオバマ政権は左派から追及されなければ、冷静に判断することができます。おそらくホワイトハウスは毎日、原子力の安全基準の改定に寛容であることに環境主義者が気付かないようにと祈っていることでしょう。キーストーンパイプラインをめぐる騒ぎも役に立ったのではないでしょうか。
オバマ氏は気候問題で大統領として数少ない有益な意思表示をしているのですが、ニューヨークタイムズが環境派に対する背信行為だと論説記事で派手に書き立てれば、残念ながら、大統領はすぐにそれを引っ込めてしまうでしょう。(ソースWSJ)