「うつろ庵」の門先に、唐綿が咲いた。
門被り松が長く腕を伸ばすその下に、古い鳥籠と一鉢があるが、何時の間にか唐綿が芽生えて、捨て置かれた鳥籠に凭れて風に揺れている。
雨風に朽ちなんとする鳥かごに
手弱女凭れて 唐綿咲くかも
この鳥籠には、面白いエピソードがある。
買い物に出かけた虚庵夫人は、デパートの骨董市でこの鳥籠を見つけた。彼女に言わせれば「体に電気が走って」甚くシビレ、衝動買いして来た。元々小鳥を飼うつもりなど毛頭ない彼女は、玄関先のあしらいにしたかったのだ。玄関先におかれた鳥籠は、ビーズの飾り蝶番なども粋で、その後も彼女のお気に入りであった。
どれほど経った頃であろうか、ある日、虚庵夫人は素っ頓狂な声を張り上げた。
何と、セキセイインコが鳥籠の中に、澄まして納まっているではないか。
どこぞのお宅で飼われていたインコは、元の「棲み処」とよく似た鳥籠に出会って、自発的に潜込んだものの様だ。鳥籠の下部には、餌や水を出し入れする狭い板戸が付いているが、板戸の固定金具はとれたまま放置してあったので、インコは容易く潜り込んだのであろう。
それから2・3日は、テンヤワンヤの日が続いた。
やれ餌をどうするか? 水は? 止り木は? 鳥籠の置き場所は? 野良猫からどのように守ってやるか? などなど、未経験の夫妻にとっては、嬉しい悲鳴の連続であった。それにしても、セキセイインコが自ら進んで鳥籠に棲みつくとは・・・。二人して手を取り合って、幸運を喜びあったものだった。
だが、その喜びも束の間であった。
鳥籠の操作に慣れない虚庵夫人が、餌鉢を取り出そうと板戸を開けたとたんに、わずかの隙間から、インコは外へ飛び出した。暫くは近くの生垣に止まって虚庵夫人を見下ろしていたが、やがて大空へ飛び立って、再び戻っては来なかった。
あの時のセキセイインコの眼差しは「今でも忘れられないの」、彼女の科白である。
鳥籠に秘めにし昔の物語を
知る筈もなく小花は咲くなり
唐綿の小花はじけて咲き居るを
小蟻一匹 如何にや知るらむ
鳥籠の昔ばなしをとうわたは
いずこへ運ぶや風に舞い立ち
セキセイインコと鳥籠のお話は
ご夫妻の優しさがにじみ出て温かい気持ちに
なりました
いつの日かご恩返しに姿を見せてくれるかもですね
やがて崩れるのも間もなくでしょう。
玄関先のあしらいに置かれたまま、朽ちて崩れる
運命ですが、せめて一時であれ、鳥籠本来の役割を
果たし、束の間の幸せを与えられたて、
よかったと思っております。