野に咲く蔓草は様々だが、可憐に咲く蔓草の名前に、単刀直入の名前を見かけることもある。そんな代表格の異名が、「へくそかずら・屁糞蔓」だ。
余りにも強烈な名前ゆえ、表題に掲げるのも憚られて、この様な題名にした程だ。
それにしても、この蔓草の異臭は只事ではない。 虚庵居士も嘗て一度、その強烈な悪臭に パンチを食らったことがある。
野の蔓草は本来、極めて逞しい。時には住宅地の庭や、菜園にまで侵入することもある。侵入に気付かず、思わぬ処から蔓が垂れ下がり、花を付けているのを間々見かける。花は小さくごく可憐で、灌木に絡んだりして育つので、花や葉に鼻を近づけてもさしたる異臭が匂うのでもない。にも拘らず、蔓草の名前が「屁糞蔓」とは。
手入れの行き届いた庭に、野草の蔓草はそぐわない。手で蔓を手繰り、一気に引抜こうとすると、途端に「屁」の様な強烈な悪臭に見舞われるのだ。素人判断だが、多分この蔓草の「青汁」が悪臭の源に違いあるまい。「いにしえ人」もこの悪臭に悩まされた結果ではあるまいか。「何だこの蔓草は、クソッタレ!!」と叫んだのではなかろうか ・ ・ ・。その名に「屁」を付すだけでは収まらず、有ろうことか「糞」の一字までも重ねたのは、強烈な悪臭パンチに見舞われた「腹いせ」ではなかろうか。
日本古来の「優雅」の代名詞、「万葉集」にもこの花が詠まれているようだ。ものの本に寄れば「くそかずら」と詠まれていると云う。万葉の時代と現代で、蔓草の異臭は変わりは無かろう。こころ素直な万葉人もこの蔓草の「妙なる香」を詠んだに違いあるまい。その歌に辿り着いて、共に語らいたいものだ。
蔓草の花をカメラに収めた際には気付かなかったが、ブログに掲載する際に、画面を拡大して驚いた。小さな花壺の内側には、ごく細い繊毛がビッシリと生えているではないか。花びらにはフリルが付いて、何とお洒落な花だこと。
悪臭パンチを見舞われない様な、妨げるものの無い野に咲かせたいものだ。
一発の屁糞パンチはもう御免
小花の壺のうぶ毛と語らむ
明日から、虚庵夫人の生地・淡路島を尋ね、弟君らと久方ぶりに盃を重ねるのが
愉しみだ。 新内の名曲に曰く、
向こうに見えるは淡路島
通う千鳥に文ことづけて
もしも知れたら 須磨の浦
かつて通わせた文が幸いにも人知れず、虚庵夫妻は間もなく金婚式を迎える。
散歩の途上で、香りの無い「一発」を許してくれる虚庵夫人に感謝しつつ ・ ・ ・。
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