川端裕人のブログ

旧・リヴァイアさん日々のわざ

「99.9パーセントは仮説」について

2006-05-24 06:59:47 | ひとが書いたもの
新書レビューです。
「99.9パーセントは仮説」(竹内薫)と「全地球凍結」(川上伸一)は、まったく違ったテイストの科学本なのだけれど、続けて読んで妙に味わいがあった。

まず「99.9パーセントは仮説」。これは実は看板に偽りのある本。内容に忠実に沿えば「100パーセント仮説」とか、「たしかなものは何もない」といったタイトルになるべき。

実際に「科学はぜんぶ『仮説にすぎない』」(33ページ)をはじめ、類似の表現がたくさんされていて、つまり、一般には「正しいことを述べている」と思われがちな、科学を相対化する言説に満ちている。
科学的理論が、仮説であるということ自体、むしろ当たり前であって、それを必ず「仮説である」と認識するところが科学のキモだと、ぼくは感じているのだが(たとえば、宗教はみずからの主張を仮説とは言わない)、どうも世の中には「科学は正しい」という信仰があるらしく、それに対して「そうじゃないんだよ」と語りたかったのだろうと解釈する。

で、つかみにもってきてある「飛行機がなぜ飛ぶのかまだよく理解されていない」という部分、とても面白かった。飛行機がなぜ飛ぶのか。翼はどのような仕組みで揚力を発生しうるのか、ここ数年、かなり激しい論争があり、いまだ決着がついていないという話。これは知らなかったのでびっくりした。紹介されあるウェブサイトも見たけれど、いやはや、なんとも楽しい。

ほかにも具体例がてんこ盛りで、たぶん著者の意図した通り、「科学は間違わない」という信仰の持ち主の信仰を破壊するには十分な威力を持っているだろう。科学史としての史実の扱いにちょっと疑問を持つ部分があったり、科学哲学の説明がポパーで終わっていたり、インテリジェントデザイン(ID)などについて妙に甘かったり、個別の部分で気になるところはたくさんあるのだけれど、本書の基本的な意図と思われるものを達成するためには、それくらいでよかったのかなとも思う。

科学者は科学者になる前に科学史や科学哲学を学んでほしい、という部分は激しく合意、だ。

問題といえば、この本を読んで、にわか反科学論者、相対主義者が続出しているらしいこと(身の回りにいる)。著者は「やわらか頭」というのだけれど、単に「科学は信用ならない」と思うだけであれば、科学信仰が反科学にひっくり返っただけだ。頭はやわらかくなっていないだろう。

これを解決するには、「すべてが仮説」だとしても、確からしい仮説と、嘘っぽい仮説があるという「程度の問題」を導入するしかないように思うのだけれど、著者はそこを意識しているらしく、125ページ前後で、仮説のグラデーションという概念を導入している。
「個々の仮説が専門家にどのようなグレー度で受け入れられいてるか知ることは重要」とのこと。
もっとも、その専門家がいかに間違うか、ということを延々と述べてあるので、あまり有効な手だてではないようにも読めてしまう。

たぶん、この本であまりはっきりとは語られていないが、大事な問いかけとして、「にもかかわらず、なぜ科学は特別ぽく見えてしまうのか」ということがあると思う。
その部分をうまく掬い上げることができないと、ただの反科学本になってしまう。
科学の権威に攻撃を加えることには成功し、にもかかわらず、なぜ科学が「特別に見えるのか」説明することには成功していない本、というところか。
別の言い方をすれば……反科学万歳!の立場で書かれたのだとすると、とても成功している。

いつになるか分からないけれど、次はスノーボールアース。

追記
著者はファイヤアーベントを敬愛し、論旨も近いものがあると感じた。もっとも、ファイヤアーベントを読んだのは学生の頃だから、最近読み直さねばと感じているところ。

読み直さないで書くのもなんなのだが、ファイヤアーベントは彼流の「なんでもあり」の相対主義を掲げた時、もっと切実で苛烈な覚悟をもっていたような気がする。「なんでもあり」を述べるのは、権威破壊的で痛快なのだけれど、その刃は当然自分にも向けられる。その「諸刃」の部分をいかに受け止めるかというのは、相対主義者がいかに考え抜き、生きようとしているか、という部分でもある。
本書では、そこのあたりの追及はほどほどのところで切り上げて、議論の落としどころとして「やわらか頭」と言っているように感じられてならない。そこがもぞもぞと気持ち悪く感じる。

とりわけ、本書を読んで、知的ファッションレベルで、俗流相対主義を振りかざされたら、たまらんなあ、というのが正直なところ。
にもかかわらず、「科学はかならず正しい」と思っている人は一定数いて、そういう人には読め!とも言いたくなる、悩ましい本なのだった。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。