皇居東御苑の吟行

2006-03-28 18:27:55 | Weblog
     二の丸の庭園池の桜

 
  3月26日日曜日花曇の中Gの俳句仲間と吟行句会。
  地下鉄竹橋の1A出口を上がったところから桜尽くしの一日となった。

  北詰橋をわたり北詰門から入る,衛視から入場札を貰ふ、この札は
  帰りにまた返す。皇居内に人が残らないようにするためだろう。
  
  真っ先に目に入った大きな台形の台座,江戸城本丸天守台だけが残っている。
  その傍らの桜は満開。外堀にあった桜はまだ4,5分咲きだったので、
  期待はづれの嬉さである。天守台には上がる事ができる。
  上がるには容易にあがれる坂が五つ折れで有る。上がってみればそれ程広い
  座ではなく30m四方といって良いだろう。当時は五層六階のおよそ60mの
  高さで聳え立っていたらしい。その天守への築石のあちらこちらに煤けた
  石が目立った,連れ立った人とこれは焦げか?黴か?論じてみてもその場
  では分からなかったが、帰宅後インターネットで検索してみると、やはり
  明暦の大火(振袖火事)ものだった。


      築石に大火の記憶花曇り (不満有るもまあまあ句)  

  (数日前に毎日句会で「大火の記憶」というフレーズが有ったので余り使い
  たくは無かったがその築石を見ればそう詠うほか無かった。「大火のなごり」では
  甘いだろう。) 

  天守台を下り、松の廊下の有った場所に行ってみる。
  これぞとばかりに「落椿」当日句会でも「松の廊下」と「落ち椿」を詠んだ方が
  いらっしゃったが,披講時に私見として「松の廊下=刃傷=切腹=落椿」は
  如何なものか?と述べた。

      
       今や昔松の廊下の苜蓿  (ころころはやはり御洒落である)

  大奥の址にも行って見たが,これといって何も無い、ただ裏には石室があり
  その暗さ狭さが一瞬大奥の何かを感じさせてくれた。時は芝生の芽吹きと
  相まって、家族連れ、外人観光客も多く大奥の句は何も浮んでこなかった。
 
   大奥へ松のみどりの風襖 (どうかなぁ・・)

2時半大手門集合、約2時間半たっぷりと初桜と城址を堪能した。


       石垣の影を暗しと初桜  (ころころ満足!句)

  句会では余り成績は良くなかったが、いつも通り、選者の体調不良と勝手に
  解釈するころころなのです。

      
       天守台のこし城郭朧なり (ころころ、やっちゃった!作りすぎ?)


  俳句はこめかみに青筋立ててするものでは有りませんよね。  

   
   
コメント
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