5月31日

2007-05-31 07:41:58 | Weblog

    (かんぼく 肝木 赤塚植物園)


雷が去ってやっとPCを開く事が出来ました。
春の雷でPC,プリンターとも故障の打撃をうけ
とうとうプリンターは新しいものを買う羽目になった
わけですから・・・・


もう今日は5月31日。とうとう五月雨も詠まなかった。
そうそう現俳の選句締め切り、明日には結果が出る。
今回は自信がないなぁ。

コメント

5月30日

2007-05-30 06:57:18 | Weblog

      (昼顔)


    昼顔の明るさにあり流人墓   ころころ


    昼顔に玉石据えし流人墓    那須乙郎


    昼顔やふるさとを向く流人墓  藤原たかを


今日の拙句、は32~3歳ころ詠んだものですが、
さっと検索しても、類句がでてきます。
あえて掲載しましたが、当時はパソコンの普及も無く
検索の術もありませんでした。
今となっては20年遡って訂正するわけにいきません。
同じく昼顔と海、昼顔と雨、昼顔と墓などとの風景の
組み合わせは高名な俳人をもっても多くあります。
類想、類句については色々な考え方が有りますが
これを否とばかり教える人の下では俳句の上達は
望めません。俳句の勉強は何でも詠む。そして切り
捨てる。それでいいと思います。
私自身の俳句の裏話をすれば・・・
当初は師匠のまねばかりでした。
ある時は私の句が絞り込まれて師匠の句になる時も
ありました。でもそれでいいのです。
意識的な盗用でなければいいのです。
おおいに俳句を楽しみましょう。


       昼顔の砂を鳴かせて旅の靴      


連衆のは様から頂きました佳句です。

コメント (2)

5月29日

2007-05-29 00:50:36 | Weblog

     (ブラックベリー  赤塚植物園)


      果樹の香の低きにありて梅雨間近


    ブラックベリー疑心暗鬼の花の色


*今日も添削の例を見て推敲の参考になればと思います。


  △新樹光石仏の足に苔の靴


  ○石仏は苔を履きまし新樹光


新樹の光が降りそそぐ石仏、よほど古いものらしくその足元
には苔に覆われていた。「苔の靴」という発想は悪くは無いが
足といって靴とういのはくどい。なお上五が名詞で下五も
名詞というのはよくない。「まし」というのは仏にたいする
敬語として用いた。


  △堂に錠ことりとかけて蝶まぶし

   
  ○堂に錠かけ夏蝶をまぶしめり


「ことりと」が聴覚で「まぶし」が視覚になる。
視覚で統一すると、暗い堂に向けて錠をかけ、ふりむくと
眩しいほどの明るい庭、ひらひらと舞ってゆく蝶が
ことさら眩しい。といった構成になる。
眩しさを強調する為に蝶(春)から夏蝶とした。  


如何でしょう?私たちが添削指導を受ける時
どういうところがいけなかったか、どう言うふうに考えたら
良いのか、またその添削の過程が知りたいものですよね。
そこが判かれば同じ間違いは、しなくなります。
只々、添削を受け入れるだけではいけません。
また指導者はそこを教え解いて欲しいとは思いませんか。


 

コメント

5月28日

2007-05-28 06:04:22 | Weblog

   (カルミア  赤塚公園 )


     麦秋や瓶を一気のコカコーラ


カルミアというのはアメリカシャクナゲと言うらしい。
カルミアや・・・・なんて詠めるわけがないでしょ。
たとえ詠んでもカルミアから説明しなければならないし。
という訳でアメリカ繋がりで今日の拙句となりました。


* 林翔先生の添削指導の一文を紹介します。
(掲句はころころのものではありませんが)


   △ 若竹の反り身え土蔵風返す


   ○ 若竹の反り身へ風の吹き返す


「若竹の反り身」というのは大変いい。情景を目に浮ばせる
効果がある。土蔵に当たった薫風が跳ね返るように若竹を
吹き撓ませるのだろう。着眼も良い、しかし芭蕉は「いい課せ
て何かある」と教えている。土蔵まで言わなくてもいいのだ。
言うから却ってごたごたして情景再現を妨げる。
言わなければ読者は築地とか色々なものを連想するだろうが
それでいいのだ。なお「反り身え」と言うのは新かなにも
旧かなにもない。何事にも無頓着な人は大成しないと肝に
命じてて欲しい。


あえてこの一文を載せました。俳句はただ佳句を目指す
だけではいけないのです。心使いは、言葉選びから
はじまって、鑑賞者、読者をも意識の中に置いて、また
句会にあっては連衆、幹事、主宰などにも進行を助ける
ような行動をとる事が俳句をするものの心得とすべしと
教えられました。

 


 

コメント (2)

5月27日

2007-05-27 08:24:19 | Weblog

   (カクテル  赤塚植物園)


     ほの風に紅の遊べる一重薔薇


     羅や葉書の重さふところに

 

朝から体が痛い・・・
スポーツの翌日に筋肉痛が出るのは若い証拠と
よく聞くが、これが二、三日残るはず。
日頃の運動不足はまちがいない


一昨日のブログに対して友人からメールが届いた
「多作に得られるもの」を教えて欲しいとあったので
今日は少し書き加えてみます。
多くを詠めば多くを捨てられるということでしょうか?
例えば私の経験した1題50句吟となると、頭や心にある
ものすべてを駆使してもそうは詠めるものでは有りません。
つまり1題に想をすべて吐き出させて、自分の視野の狭さを
自覚することで、足りないものが分かってきます。
2~3句詠むだけなら、その詠んだ景色に固執して、たとえば
月並みな発想から抜け出る事は難しく、それらを幾らひっくり
返しても、佳句には程遠いものとなります。
人の感覚、視覚はそれほど違いは有りません。
類想、類句は当たり前と思うべきです。
そういうものを捨て去って、補ってゆくうちに自然と
自分なりの視野、視角ができてくると思っています。
よく「詠めない」と聞きますが「詠まない」のほうが当たって
いるのではないでしょうか?
どうぞ、多くを詠んで多くを捨てて下さい。
何より多作の効果と見られるのは、吟行に強くなりますよ。

コメント

3月26日

2007-05-26 04:08:30 | Weblog

   (ブラシュの木 赤塚植物園)

 

       ブラッシュの花や口紅引き直す    竹子さん

 

只今。戻りました。今日は久しぶりにゴルフに行って
参りました。4年ぶりで51,52ならまあまあでしょう。
可笑しなもので、以前だったらゴルフに集中していたのに
左から鳥の声がすればしたで、右から虫の声がすれば
したで、俳句を考えている自分がいるのです、
今日の掲句は勝手に掲載してしまいました。

ごめんなさい。

コメント

5月25日

2007-05-25 06:12:18 | Weblog

   (大山蓮華  赤塚植物園)

 

   大山蓮華覗かれて蕊赤し

 

   覗かねば大山蓮華貌見せず

 

   花片を目深に大山蓮華かな


今日の拙句、同じような内容で季語の大山蓮華を、
上、中、下に入れて遊んでみましたが、いかがでしょう
たまに句会に参加すると、まあ吟行の即吟だから
でしょうが、もったいない佳句に出会います。
推敲不足で何かギクシャクしたり、リズムが悪かったり
、推敲の初歩は倒置からで、分かりやすく言うと
上、下を入れ替えてみるのです。
対象(季語)のものを強く詠いたいときは下にあるほうが
どちらかと言えば効果的で、二物衝突、二句一章の
ような場合は上にあって中、下で突き放したほうが良いと
思われます。
その二句一章で対象が下にくると、観念づけの
種明かし俳句というような形に注意すべきで、
でも一番陥りやすいのが、「山本山」「観音開き」という
中を中心に上、下そのまま入れ替えても俳句になって
いまう形です。
絶対に駄目というわけではないので、参考に・・・・


ころころは毎日、毎日、よく詠めるなぁ・・
なんて思われたかたへ
初学の20代のころ、所属の結社の青年部勉強会は
教室に10時集合で一日3回句会が有りました。
題詠ですが、例えば「金魚」で50句提出といったような
形式で当時、青年部は6~7名でしたが、それでも「金魚」
だけで300~350句です。金魚鉢いっぱいですよ・・・
内容はともかく多作が苦でなくなるほど鍛えられました。
一番苦だったのが、鑑賞文500字詰原稿用紙一枚以上
当時は秋桜子の句の鑑賞が多かったと記憶しています。
だからか?・・今は秋桜子の句集は読みません。
(秋桜子ファンの方、すみません)
多作をして得られることも多いのでこれも参考に・・・

コメント

5月24日

2007-05-24 01:05:45 | Weblog

   (きょうがのこ  赤塚植物園)


    
      京鹿子に雨来るまでのしずごころ


      京鹿の子をんな庭師のやすみ処

 

「京鹿子」は初めて詠んだが、まだ観察にも至らず
なんとも付け焼刃の拙句となりました。でもでも
植物園の庭師に一人女性が居るのですが・・


      紅見せてをんな庭師の更衣


なんて、ころころらしい句が詠めてました。無理矢理
「京鹿子」につけて失敗でした。

 

さて「京鹿子」という結社があるのをご存知でしょうか
大正九年に京都、鈴鹿野風呂(すずかのぶろ)が
創刊したもので、亡兄のお気に入りの俳人でした。
手元には現代俳句大系の三巻に収蔵された「浜木綿」
という句集のみ野風呂の句を知ることができますが
句集のどの頁を開いても旅吟であり、写生が中心と
なっています。旅吟といっても多くは伊勢志摩あたりの
景色が数年にわたり詠みこまれています。
図書館などで是非、見てください。
そして我庵?ころころ庵にこの野風呂の書があります。
友人であり。書の先生でもある人から頂いたものですが
恥ずかしながら・・読めません。
  玉笹を櫛に(?)七月の鮎匂ふ   だろうか?

コメント

5月23日

2007-05-23 06:14:43 | Weblog

    (みやこわすれ  赤塚公園)


    灯に淋し都忘れの色失せて  稲畑汀子


どう詠もうとしても、発想が付きすぎになってしまう
とうとう削除してしまい、汀子先生の登場となりました。
都忘れ この花の名前の持つイメージは強烈だ。
検索にかけても「秀句」もなく、先人においても類想に
近いものを感じます。
処方箋としては二物衝突、二句一章にすれば、
ころころでも詠めそうな気がする。
どなたか、自信作を投稿お願いします。


21日送られてきた現代俳句IT句会の選句作業は
今月も1100句ほどの中から5句の選。
かなり目が疲れる、ようやく今日選句を終えて送信した。
1100句を詠むだけでも2日がかりで、、予選で18句
に絞ってやっと5句になった。
私の選句スタイルはルビ俳句、書き分け俳句は飛ばし
難しい漢字のものは、それを調べている間も無いので
これも飛ばしながら1100句頭から2度読み返す。
投句数の多いネット句会のために秀句も見逃している
可能性もあるがしかたがない。
選句するかどうかは自由、でも自分なりの責任でしな
ければ、ころころの句を採って頂いた方に申し訳ない。


仕事をリタイアしていずれ俳句三昧となる身なのに
いまからこうでは、自分の事ながら思いやられる・・
あ~っ 疲れた。

コメント

5月22日

2007-05-22 06:32:11 | Weblog

    (のいばら  赤塚植物園)


    野茨や無策の風に迷走す


    なほ細る行脚の径や野茨散る


    

コメント