葉や柿も色付き始め、秋めいてきた。
そんな日々の温度や空気は、自動的に脳裏にいくつもの音楽を呼び覚まし、勝手に脳内で繰り返し繰り返し曲を流し続ける。誰にも、そんな曲があると思う。
そんな曲の1つが、今日の白い空にはイアン・マカロクの「セプテンバー・ソング」だった。
時はすでに10月だが、やっと秋、という日にはぴったりのスローな名曲である。エコー&ザ・バニーメン活動のかたわらで、こんなシングルやソロ活動をしていたと、自分が知ったのは解散後のことだった。1984年と言えば「オーシャン・レイン」が出た年。たまたま2003年くらいに中古レコード屋さんのエサ箱に発見し、まったく知らないものだったので購入した。
シングル盤に収録された曲は、A面が「September Song」・B面に「Cockles & Mussels」の2曲。A・B面ともに、何回も聴いていくと、次第に味わい深い曲であることに気づく。質素でゆるやかなテンポの中、お世辞にもうまいとは言えないイアン・マカロクのふらついたヴォーカルが曲調とマッチ、2曲の名曲・素晴らしいシングル盤との出会いに感謝することになった。
■Ian McCulloch「September Song」'84■
A面「セプテンバー・ソング」は、古きスタンダードナンバーのカバーのように思ったが、購入当時は調べがつかなかった。
今回初めて有名なスタンダードナンバーだったことを知り、恥ずかしく思ったが、作曲がクルト・ワイルと聞いてピーン、ときた。やはり・・・だったが、1985年にクルト・ワイルに捧げたカバー集LPに入っていたのだ。これを特集したラジオで録音したテープをろくに聴いていなかったのである。「セプテンバー・ソング」はちゃんとルー・リードが歌っていた。
だが調べれば調べるほど奥深いのは、この「セプテンバー・ソング」はカバーする人の個性で全く違う曲になってしまうこと。
おおもとは「旅愁(September Affair)」という1952年(昭和27年)の映画のテーマ曲だったそうだが、フランク・シナトラやサラ・ヴォーン、ウィリー・ネルソン、シャンソン歌手のウテ・レンパー等々、そしてあのブライアン・フェリーまでがカバーしているのだった。
そんな中、クルト・ワイルの奥さん、女優ロッテ・レーニャが歌う「セプテンバー・ソング」がイアン・マカロクの歌うシングルに一番近く感じられる。震えながら歌う歌声に胸打たれる。
■Lotte Lenya 「September Song」'58■
「君とずっと一緒にいたい」なんていうせりふが出てくる、ロマンティックなラヴソング・・・と思っていたが、和訳歌詞に出会い、認識が違うことを知った。秋という季節を人生盛りを過ぎたあたりと重ねさせていて、折り返し地点を越えた所で事故に遭い、病気療養中の身としてはしみじみとしてしまった。
女を口説いていた若い頃は
待つのも楽しみだった
そっぽを向かれフラれても
時を過ぎるに任せていた
真珠の代わりに涙を捧げていた
時がたち想いはかなった
時がたち彼女は僕のものに
5月から12月までは長い月日だけれど
9月になると日々は短くなる
秋の気配が木の葉を赤く燃え立たせる頃
もう待つことを楽しむ時間はない
残りの日々は少なく貴重なものになってゆく
9月から11月へと
この大切な日々を君と共に過ごそう
大切な日々を君と共に
月日が流れワインは熟成してゆく
9月から11月へと
この実り多き歳月を君と分かち合おう
実り多き歳月を君と共に
有名な曲と知った「September Song」がA面だが、隠れたB面も名曲。
英語のわからない身として「Cockles & Mussels」を調べると「Cockles」がザル貝、「Mussels」がムール貝だそうである。貝と貝、、、並べた意味合いがありそうだが、不明。
ずっと聴いてきた側は、すっかりイメージで、肉体労働を終えた労働者たちが酒を酌み交わしながら、みんなで肩を左右に揺らしながら合唱するさまが浮かんで消えない。それは明らかにシャウエッセンというソーセージのCMの影響で、フォークでソーセージをもって、黒ビールやワインをみんなで飲んでいる。。。そんな陽気な映像シーンなのだが、歌詞不明でわからない。
でも、聴いているとついスイングしてしまう力強い名曲。
■Ian McCulloch「Cockles & Mussels」'84■