こころとからだがかたちんば

YMOエイジに愛を込めて。

2013年5月4日 土曜日・みどりの日 デヴィッド・バーン「キャサリン・ホイール(回転花火)」'82

2013-05-04 11:50:28 | 音楽帳

1981年から1982年3月。3歳以降あった「じぶんの精神はおかしい」のではないか、という、誰にも言わない世界で内向的に苦悩の日々の中、高校受験という目の前の難行に向けて、灯り1つの机の静かな世界で勉強しつつ、夜な夜な親に内緒でFM「サウンドストリート」「クロスオーバーイレブン」を聴くことを糧に蜜なる日々を過ごしていた。
エリート主義でだけ一致した鬼親二人。慶応・早稲田以外は駄目という中、それ以外も受験した。それ以外は全部合格した中、慶応・早稲田が不合格である限り許さんということになり、それ以外の合格は全部捨て去られ、泣く泣く都電に乗り継いで巣鴨学園の2次募集を受けることになった。そこが妥協点だった。
百数十名で3人という中、その1人に引っかかった。良かったのかどうかは、もはやどうでも良いが、その後、女性が1人も居ない文武両道・右翼的世界の過酷な男子校のアウシュビッツ的世界に飲み込まれていく。

***

1982年3月、もはや行く高校が確定した中、不幸そのものだった麹町中学校という、じぶんが未だに憎しみしか抱かない中学校にて、ズル休みを決行する。
「もう、お前ら(教師・生徒)全員におサラバだ、二度と会うことはない」という絶縁状。助けてくれた心ある数名の友を除いて。
休みの日に向かったのは、まだ寒さの残る平日お昼間の秋葉原電気街。
それまでお小遣いを溜め込んだ十数万円を握りしめて「オーディオ・コンポ」を買うのだと。
いろんなお店を周り、音を聞かせてもらって、カセットデッキ、プリメインアンプ、レコードプレイヤー、スピーカーを購入した。

それが自宅に届いて、やっかいな配線を繋げて聴いたLPレコード。
それまでは、ラジオ・カセットデッキ・プレイヤー一体型の3万円くらいの愛する装置で聴いていた時代を越えて。

【数年前、既にEDION傘下に入ってしまった石丸電気で無理矢理作らされたカード。黙っていると年会費が落ちていくだけ。昨日、EDIONのカード会社に電話して解約する。
オペレーターは「解約する理由をお聞かせください。」「じぶんは石丸電気から電気製品を買っていたが、EDIONから買う気はないので。」
終わりに「今後もご愛顧よろしくお願いします。」「NO!EDIONから一生モノを買うことはないので、じゃあね、ほなサイナラ。」そしてカードを切り刻んだ。】


陽光の満たす中で聴いたのは、新譜として購入したトーキングヘッズのデヴィッド・バーンの「キャサリン・ホイール(回転花火)」。

「リメイン・イン・ライト」「マイ・ライフ・イン・ザ・ブッシュ・オブ・ゴースツ」を経て、トワイラ・サープの舞台用に創った音楽。
ここにも、イーノは数曲参加しているが、基本はデヴィッド・バーンの作品。
当時、このLPレコードには全曲は収まっていなかった。
その後、ミュージック・カセットという形式でLPにも入っていない曲を収めた完全版が出たが、そちらは買わなかった。
よく当時聴いた愛するLPレコード。ガムランの音やコーランのテープを絡めたりと「ブッシュ・オブ・ゴースツ」の余波を感じさせる部分もあったが、グラスハーブで作られた曲やら、イメージスケッチとしてのインストゥルメンタル曲などが、特に美しくてお気に入りだった。

その後、CD時代が到来し、今では全曲入り完全版のCDを持っているが、主要な音は充分にLPレコードに収まっていたことを再確認する。
■David Byrne 「Light Bath~His Wife Refused~Ade~Walking~Two Soldiers~Under The Mountain」1982■


「Two Soldiers(二人の兵士)」では、イーノとバーンのダブル・ベースが味わえる。


コメント (4)
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