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「幻滅のたびに甦る期待はすべて、未来論の一章を示唆する。」(Novalis)

Melty Love

2009年03月26日 | 美術
3/20に、学内の卒業式があった。卒業式の袴姿と謝恩会のドレス姿と、学生は一度着替えタイムがあって、そんなこと知らないから謝恩会では袴姿を拝めるのだと思っていたら、みなドレス姿であらわれたので驚いた。会場となった四谷のオータニは、ぼくが自分の卒業式の時にちょっとした「すったもんだ」をした場所で、何だか恥ずかしくも懐かしい気持ちになった。
3/21に、「神村の手塚と手塚の神村」(@Studio Goo)を見に行った。神村が「私的解剖実験2」をする、そして出来てしまっている。なかなか衝撃的だった。この二人を軸に日本のダンス界は回っている(と思っているのはぼくだけなのでしょうか)と確認。その後、たまたまGooで一緒だった美術作家のKさんと連れだって、武蔵小金井へ。途中、どんな話題になっても「あらびき団」のネタで返すKさんだった。大木裕之のイベント「たまたまVol. 7」(@アートランド)を見に行った。松井茂、中ザワヒデキらによる演奏を見た。大木さんは、狭くて観客がぐちゃぐちゃに収まっている空間で、トリシャブラウンに倣った(?)パフォーマンスを行った。
3/22に、梅田宏明新作公演(@赤レンガ倉庫ホール)を見に行った。風と雨でぐちゃぐちゃになった。
3/23に、平田オリザ、アミール・レザ・コヘスタニ、シルヴァン・モーリス『ユートピア?』(@あうるすぽっと)を見に行った。大きな感動はなかった、けれど、とてもよくできたコラボだった。平田の底力を感じた。帰りに、大勝軒に行く。つけ麺のブームはぼくのなかで全然さめていないのだけれど、ただここの店の麺は正直苦手だ。丸くてスープや麺が熱い時に食べるとなんだか苦手なにおいがする。そう感じるのは多分ぼくだけなのだろう、ただあのにおいにはいつも後悔させられる。

21日に大木さんのイベントで帰り際お会いした梅津庸一さんの作品のことがずっと気になっていて、それはVOCA展に展示してあった。「Melty Love」っていうんだけれど、タイトル通りShaznaのIzamらしき顔をしておなかが膨らんでいる人物が、クラナッハのような裸体でポーズをとっている。どの作品よりも強さを感じさせられた。どういうことなんだろうと思ってしばらく「Melty Love」を見ていた。当時、1998年頃だろうか、彼らの存在はとてもぼくにとって煩わしかった。サウンドは、明らかにボウイのそれに似ていて、いわゆるヴィジュアル系が形成されていくその発端の嘘くささに嫌悪感を持っていた。けれども、じっと曲を聴いていると、いまさらいいと思ってしまう。「嘘くささ」は感じない、むしろこういう語り方しかできない恋愛ソングもあるんだという気持ちにさせられる。ぼくは、この曲を過去との比較で聴いてしまっていたのだ。けれども、ここを出発点にしてはじまったことというのが絶対あって、そうしたことについてぼくは適当にしてきたと思った。何かを見たり聞いた時に、過去との比較を通して見聞きするのがおじさんというものだとすれば、おじさんが知らないのは、比較しないでダイレクトに作品に直面することだろう。梅津君の作品を見て、ぼくが打ちのめされてしまったのは、比較を超えた力があったからだと思ってみようかな。ご当人もとてもいい存在感のあるひとだった。