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水生生物雑記帳・男鹿半島幻想・接写と拡大写真

男鹿半島幻想:片目の魚

2014-09-11 13:10:05 | 男鹿半島幻想

   黒は釣針


 「片目伝説」は、日本各地に散らばっている。
 近辺で有名なのは、横手の厨川(くりやかわ)にすむ片目のカジカである。
 後三年の役、鎌倉権五郎景政が、射られた目を洗った厨川のカジカが
片目になったという、全国各地に伝わる「鎌倉権五郎景政伝説」とよばれるもののひとつである。

 なぜ、片目の魚が出現するかというと、その原因は釣針にちがいない。
口が大きく、目が前方にあるカジカ・ハゼ類は、
大きな針でもくわえるために、目を針先が貫通することが多い。
絵は魚体とマス類の釣針を同じ縮尺で描いた。

 以前、イカの餌付けに使用するために、岸辺の岩の間に釣針を落として
ドロメ類を釣ったことがあるが、かなりの率(20%くらい)で釣針は目を貫いていた。

 片目伝説にはフナが多いが、釣ろうと思っていない小さな魚が、
ある大きさの釣針に食いついてくると、やはり目を貫くことがある。
とくに私のような釣りの下手な人間がやれば確率は大きい。
 そして、釣ろうとした目的の魚ではないために、再び放される。

 以上、科学的思考もできることの自慢である。

 実は男鹿半島にも、片目魚の伝説があるが、少し変わっている。

(1)無理に押しかけてくる八郎太郎を退治してほしいと、一ノ目潟の姫が竹内神主に頼んだ。
   竹内神主が八郎太郎を弓で射ると八郎太郎の目に当たった。
   それ以来、一ノ目潟のフナは片目になった。

(2)無理に押しかけてくる八郎太郎を退治してほしいと、一ノ目潟の姫が竹内神主に頼んだ。
   竹内神主が八郎太郎を弓で射ると当たった。
   しかし、八郎太郎は矢を抜き取り、「子孫七代まで片目にしてくれる」と叫びながら、
   投げ返した矢は神主の目に当たった。

(1)は一般的な「秋田の民話」に載っている内容、
(2)は、男鹿市教育委員会で出版した「男鹿の昔話」である。
基本的内容を変えないように気をつけて、両方とも文章を要約変形している。

 どちらが元の話なのだろうか。
 わたしは(2)が最初の話に近いと思う。
(1)は主人公であるべき人間が片目になってしまって、
おかしいと、あとの人がつじつまを合わせたのである。


 柳田 國男(やなぎた くにお)は「一目小僧(ひとつめこぞう)」で次のようなことを述べている。

 ずっと昔の大昔には、祭りのたびごとに一人ずつの神主を殺す風習があった。
殺される神主は前の年の祭りの時から籤(くじ)か神の声である神託(しんたく)に
よって決められていた。
 生け贄(にえ)となるこの神主をはっきり見分けることができるように、
片目をつぶし、逃げられないように片足を折った。
 そしてその人を優遇し尊敬した。
 やがて、その神主も死んだら神になれるという確信を持つようになり、
心も澄んで、神の心を伝える神託預言を始め、人々の中で力を持ってくる。
 死にたくないという気持ちから、「この神主(自分)を殺す必要はない」と
神が言っているという託宣(たくせん)もしたかもしれない。


 上の話から、幻想を進めると、日本書紀、垂仁天皇(すいにんてんのう)の
次の話を私は思いうかべる。

 倭彦命(やまとひこのみこと)が亡くなったとき、いままで使えていた者を集めて、
陵の周りに生き埋めにした。泣きうめく声がいつまでも続き、やがで死んで腐り、
犬や鳥が食い始めた。
 泣きうめく声を聞いて、天皇は「これからは殉死を中止するように」と命じた。
 その後、皇后日葉酢媛命(ひばすひめのみこと)が亡くなられたとき、
野見宿禰(のみのすくね)は埴輪(はにわ)を考案して、人を生き埋めにはしなかった。

 昔、殉死があり、やがてそれがなくなったように、神主の片目をつぶし殺すかわりに、
神社の池で泳ぐ魚の片目をつぶすようになったのかもしれない。


 わたしは片目が壊れている。わたし自身、神と人間との間の存在で、
話す言葉は神の声ということになる。そういわれればそんな気もしてくる。^^;


参考:
 ・一目小僧  柳田國男全集7  筑摩書房
 ・目一つ五郎考  柳田國男全集7  筑摩書房
 ・片目の魚  柳田國男定本30  筑摩書房
 ・青銅の神の足跡  谷川健一著作集5  三一書房
 ・一つ目小僧と瓢箪  飯島吉晴  新曜社
 ・日本書紀  宇治谷孟  講談社学術文庫


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4 コメント

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Unknown (ゆすらうめ)
2014-09-11 14:05:59
お引越しの最中ですか?
断捨離されながらでしょうか、
暮らしの引っ越しと一緒でブログの引っ越しも大変そうですね。
がんばってください。

コメント欄を設けてくださったのすね。
これで質問がしやすいです。


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「ゆすらうめ」さん (kmitoh)
2014-09-12 07:11:58
 まだgooブログの使い方がわからないでいます。
 コメント欄は作らないつもりでしたが、いつの間にか表示させていました。これも何かの縁でしょうから、このまま開いておくことにします。

 
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Unknown (遊工房)
2014-09-12 09:11:51
あら コメント欄出来たのですね
山里さんとお話が弾みそうな記事ですね

四神のところで
高松塚古墳と薬師寺の薬師三尊の台座と
どっちが古いかな?などと思いました
私が子供時代四神のことを知ったのは
修学旅行で
あの台座の玄武に興味を持ったからでした

ところで
鉾をそちらではやりと読むの?
鉾とやりを調べたら結構近い存在なのですね?

この手の記事もわたしはとても面白いです
前よんだと思うけれど
又面白いです
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遊工房さん (kmitoh)
2014-09-12 19:21:58
 記事の中に、鉾(やり)と書いている部分は、菅江真澄遊覧記の引用部分です。

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