認知症の早期診断 介護並びに回復と予防のシステム

アルツハイマー型認知症は、廃用症候群に属する老化・廃用型の生活習慣病なので、発病を予防でき、早期治療により治せるのです

「単調な生活」が始まる「キッカケ」となる生活状況(その1)(A-68)

2012-11-21 | アルツハイマー型認知症に対する正しい知識

「アルツハイマー型認知症」の発病(認知症の症状の発現)は、「2つの要件」が充足されることにより起きてきます。(発病のメカニズムについては、ここを「クリック」してください)。その「第一の要件」は、「高齢者」と呼ばれる年齢のお年寄りであることです。「アルツハイマー型認知症」(「老年性アルツハイマー病」とも言います。)を発病する人たちの実態を調べてみると、60歳以上の年齢のお年寄りに限られていることが分かります。なお、60歳にならない若い年齢で発病するのは、遺伝子の異常が原因で発病する「アルツハイマー病」(「若年性アルツハイマー病」とも言います。両者の名前は似ていますが、発病のメカニズム、発病後の症状の進行、回復の可能性など、両者は性質を全く異にします。)なので、混同しないよう注意してください。

更に、「第二の人生」に入っているお年寄りを対象に調べてみると、注目すべき全国共通の実態として、「アルツハイマー型認知症」を発病する人の割合が、年齢が上がるにつれて、どんどん増加していくことがわかるのです。(ここを「クリック」してください )。「認知症」を発病していて回復が困難な末期段階の「重度認知症」(大ボケ)のレベルにある人達の総数は、厚生労働省が今年の8月に数値を従来の200万人から300万人に変更したように、これまでの見通しをはるかに上回るスピードで増加しているのですが、その大多数90%以上を占めているのが「アルツハイマー型認知症」なのです。然も、この300万人という数字は、末期段階の回復が困難な「重度認知症」(大ボケ:認知症の専門家とされる医師たちは、「DSM-4」という権威はあるが誤った内容の「診断基準」に基づいて診断するので、この段階にならないと、「アルツハイマー型認知症」とは診断しないのです)だけの数字であって、その前段階の回復が可能な「中等度認知症」(中ボケ)と始まりの段階の回復が容易な「軽度認知症」(小ボケ)とを合わせた数は「大ボケ」の数の3倍にもなるのです。

「第二の人生」に入っているお年寄りの中の或る人は、「生き甲斐や目標があり」、時には喜びや感動を覚えるといった生活を日々過ごして居り、或る人は、「生き甲斐も目標もなく」、喜びや感動を覚えることもないといった生活を日々過ごしている訳なのですが、いずれの側の生活をしていようとも、言い換えると、「どんな生活習慣」を基礎として毎日を過ごしていようとも、「高齢者」である限りお年寄りは誰でも、「前頭葉が、加齢に伴い機能を老化させていく」という問題を抱えているのです(どのような「生活習慣」の下で生きていようと、「高齢者」と呼ばれる年齢のお年寄りは誰でも、脳が「正常な老化」のカーブをたどりながら、機能のレベルがゆるやかに且つ直線的に低下してゆくのです)。これが、「アルツハイマー型認知症」を発病する為の「第一の要件」となっているのです(これは、全てのお年寄りに「共通」する条件なのです)。認知症を専門に研究している人たちは、「アルツハイマー型認知症」を発病する対象は、(脳の機能が、加齢による「正常老化」のカーブを辿って、一定のレベルにまで衰えてきている年齢のお年寄りに限られている)という実態に目を向ける必要があるのです。

それでは、「高齢者」と呼ばれる年齢のお年寄りは誰でも、「アルツハイマー型認知症」を発病するのかと言うとそうではありません。「アルツハイマー型認知症」を発病することになるかならないか、何がそれを仕分けるのか。それが今日のテーマである、「キッカケ」となる「生活状況」の発生とそれに対する、本人の「受け止め方と対応の仕方」の話なのです。

ところで、(少し横道にそれる話なのですが)施設に入居している「重度認知症」(大ボケ)の段階のお年寄りにかかる毎月の「介護保険」の費用だけでみても、約40万円かかっているのを皆さんご存知でしょうか(この他に、個人負担額が約10万円ほどかかります)。費用の高額さだけに驚かないでください。この段階のお年寄りがわが国には、現在300万人もいるのです(厚生労働省の発表数字です)。認知症のお年寄りにかかる介護費用の総額は、介護保険の費用と個人の負担分とを合わせると、我が国の国家収入金額(一般会計での歳入金額)の半分近くに達するほどの巨額なものになっているのです。

「アルツハイマー型認知症」の定期健診制度の導入と早期診断による「回復」と「予防」を「国民的な課題」にしないと、我が国の若者や子供たちの将来はないと思いませんか。(ここを「クリック」してください)。その上我が国には、国と地方自治体とを合わせると、総額1000兆円にも達する債務が累積しているのです。12月には衆議院の総選挙が実施されます、こうした問題も踏まえて、よく考えて、投票していただきたいと思うのです。

「超高齢化社会」を実現した我が国では、どのお年寄りにとっても”20年も30年”もある「第二の人生」を、ボケ(「アルツハイマー型認知症」)とは無縁で、自分らしくいきいきと生きることは、本人にとっても、家族にとっても、国の財政にとっても、極めて重要なことなのです。

ところで、ボケないために不可欠な、脳を生き生きと使う、自分なりの「生活習慣」を打ち立てるための「大原則」とは、何か。それは、「左脳」(仕事)を中心に据えて、「周りの人達に負けまいと頑張って生きてきた」第一の人生での「生き方」(価値観;生活習慣)に大きく舵を切って、「右脳」を中心に据えた「目標」を設定し(それが無理な人は、せめて「運動の脳」を中心に据えた目標を設定し)、「他人は他人として、自分なりの生活の楽しみ方」を追求すること、「自分の置かれた状況を肯定して、自分なりに人生を楽しむ生き方をすること」、「この生き方」が、「アルツハイマー型認知症」を予防する唯一無二の「特効薬」だと、以前書いたこのブログで言いました。

「アルツハイマー型認知症」を予防するには、日常生活のいろんな場面で、「前頭葉」(前頭前野のことを言うものとする。以下、同じ)を含む脳全体を「しっかりと使ってやる」ことが必要不可欠の条件なのです。脳全体の司令塔の役割をしている「前頭葉」には、そもそも、加齢とともに働きが衰えていくという性質(発病の「第一の要件」)があるからです。「アルツハイマー型認知症」を発病しないためには、老化のカーブ(上述した「正常老化」のカーブ)を支えていくこと(下支えする「生活習慣」を構築し、維持すること)が不可欠の条件となるのです。

自分なりの「目標」がある生活、その「目標」を達成することで「生き甲斐」や「喜び」や「感動」が得られることが、その過程での「意欲」や「注意の集中力」や「注意の分配力」という「前頭葉」の三本柱の出番を多くすることになり、「脳を活性化」させ、廃用性の老化を防止することになるのです。そうした「前頭葉」の三本柱の出番が多い「生活習慣」の下では、発想、創意、企画、構成、計画、工夫、観察、分析、理解、把握、考察、洞察、推理、予見、シミュレーション、組み換え、修正、変更、整理、機転、興味、創造、感動、評価、判断、抑制、忍耐及び決断等の「前頭葉」の高度な諸機能が、それなりに働く機会が与えられることで、「年齢相応」の自分なりの「機能のレベル」を維持することが出来ることになるのです。

世の中の専門家たちから原因がわからないと言われている「アルツハイマー型認知症」は、「前頭葉」を含む脳の機能が、廃用性の機能低下(使われる機会が極端に少ないために、機能が衰えてくること)により、加速度的に異常なレベルに衰えてくることが原因で発病するのです。言い換えると、「アルツハイマー型認知症」は、廃用症候群に属する「生活習慣病」にすぎないのです。認知症の専門家といわれる医師や研究者たちは、「脳の機能レベル」という視点を欠き、「症状」だけにしか目がいかなくて、「前頭葉」に焦点を当てることがこれまでなかったのです。その上、アミロイドベータとかタウタンパクなどの横道に目がそれてしまい、「アルツハイマー型認知症」発病の原因を究明することができなかったのです。「アルツハイマー型認知症」の症状は、「前頭葉」を含む脳の機能が異常なレベルに衰えてきたことの単なるアウトプットにすぎないのです。したがって、「前頭葉」の出番が多い「生活習慣」を維持することにより機能が正常なレベルに保たれている限り、「アルツハイマー型認知症」を発病することはないのです。(脳の衰え方の順序と特徴については、ここを「クリック」してください)。

自分なりの「目標」がある生活、その目標を達成することでの「達成感」や「喜び」や「感動」や「生き甲斐」が得られる生活を送ることで、三本柱の機能を含む「前頭葉」の諸機能の「出番を増やしてやる」(しっかりと使ってやる)ことしか他に、「アルツハイマー型認知症」の発病を予防する方法はないし、回復可能な早期の段階(回復が容易な「小ボケ」の段階及び回復が未だ可能な「中ボケ」の段階)からの回復の方法もないと言うのが、データと実践に裏付けられた私達の考えなのです。

そうした視点から言えば、第二の人生では仕事(「左脳」が中心となる)がらみの「テーマ」を目標とすることは一般的には無いことなので、仕事以外の「テーマ」、「趣味」や「遊び」や「人づきあい」(「右脳」が中心となる)や「運動」(「運動の脳」が中心となる)、或いは「社会活動」等を「テーマ」として、それを自分なりの「目標」の設定と自分なりの「やり方」で実行し、且つそうした生き方を自分なりに「楽しむ」という生活を「習慣化」することが、「アルツハイマー型認知症」の発病を「予防」する必要不可欠の条件ということになるのです。

生き甲斐なく、趣味なく、交友なく、運動もせず、目標もないという、ナイナイ尽くしの「単調な生活」を日々過ごしている(発病の「第二の要件」)のでは、「三本柱」を含む「前頭葉」の諸機能の出番が極端に少なくなってしまうのです。ナイナイ尽くしの「単調な生活」が継続している生活(「第一の要件」と「第二の要件」が充足されている生活)が継続されていると、その相乗効果が出てきて、「前頭葉」を含む脳が廃用性の加速度的な機能低下を起こしてくることになるのです。加速度的な機能低下が起きてきて、働きが異常なレベルに衰えてくる結果、「アルツハイマー型認知症」を発病する(認知症の「症状」が発現してくる)ことになってしまうのです。これこそが、認知症の専門家たちから「原因不明」と言われている、「アルツハイマー型認知症」発病のメカニズムなのです。

やることが楽しくて、「意欲」が自然と湧いて来て、熱中できるような、自分なりの「目標」となる「テーマ」、「注意を集中」したり「注意を分配」(複数の異なったテーマを同時並行して実行する前頭葉の機能)したりすることができるだけ多い「テーマ」に取り組む「生活習慣」を継続する中で、自分らしい「生き方」、自分らしい「生活の楽しみ方」を追及し、そうした暮らし方(脳の使い方としての「生活の仕方」、すなわち、「生活習慣」)が、「アルツハイマー型認知症」の発病を「予防」してくれることになるのです。

(ここで、コーヒー・ブレイク)「アルツハイマー型認知症」の治療や予防に効く薬は、未来永劫、開発されることはないのです。(詳しい説明は、ここを「クリック」してください)。「アルツハイマー型認知症」の症状の進行を遅らせる効果が期待されるとかいう薬が何種類か販売されていますが、その薬の投与が症状の進行を遅らせる効果がある訳ではないのです(そもそも投薬がなかった場合に、その人の症状の進行がどうなったかは検証不能なのですから、投薬による効果についての「因果関係」を立証することは出来ないはずなのです)。症状の進行を遅らせる効果があったとしたら、それは投薬による効果ではなくて、その人の「右脳」や「運動の脳」を使う機会が増える生活環境があって、そのことが「脳の老化」のスピードを遅らせたにすぎないと私たちは考えているのです。(脳の老化のスピード差をもたらす要因については、ここを「クリック」してください)。

ところで、私たちが市町村で実践してきた体験、その実態から言うと、「生活状況」(このブログのN-66に例示してあります)に直面した時、多くのお年寄りは、その「生活状況」に負けてしまい、何かをしようとする「意欲」をなくしていき、「目標」となる「テーマ」を見つけることが出来なくて、ナイナイ尽くしの「単調な生活」に入っていってしまうのです。

ナイナイ尽くしの「単調な生活」が継続することが「アルツハイマー型認知症」を発病する「第二の要件」の充足となるのです。「アルツハイマー型認知症」を発病する原因は、一部の学者が主張するような、「アミロイドベータやタウ蛋白によって脳の神経細胞が侵され脱落していくこと」ではないことは、東日本大震災の被災地の「高齢者」たちに現在起きてきている状況を詳細に調べてみれば、容易に分かることなのです。

この写真は、今年の秋、陸前高田で、私が撮影したものです。 

 そこで今日は、日本人に多いケースで、第二の人生に入ると早々と「アルツハイマー型認知症」を発病するパターンを例示的に取り上げて、分かりやすく説明したいと思います。それは、たった一度しかない人生を、「高齢者」と呼ばれる年齢になってもなお「仕事」(左脳)中心の価値観で生きていこうとする人たちのことなのです。「人生60年」と言われた一昔前の時代には問題にならなかったことなのですが、誰でもが80歳や90歳まで生きる「超高齢化社会」を実現している今の日本では、こうした価値観(生き方)は極めてリスクが高いと言わざるを得ないのです。

前置きが長くなってしまい、首が随分伸びてしまったのではないでしょうか。それでは、ナイナイ尽くしの「単調な生活」が始まる「左脳タイプ」のお年寄りについて、その「経過」(「生活状況」の発生後の受け止め方と生活の仕方)を実態に即して、説明していくことにしましょう。

(ケース その1) 「キッカケ」となる生活状況(「目標を持って、がんばって生きようという本人の意欲を支えてきた生活がなくなってしまう状況が発生すること」)が発生した時の経過

○ 「仕事」(左脳がらみのテーマ)だけが「生き甲斐」だった人にとって、仕事の第一線を退くこと(勤め人の場合は定年退職;自営業の場合は会社や店の経営をやめることや息子に代を譲ること;主婦の場合は嫁に家事を譲ること;孫が成長して手離れること):

ナイナイ尽くしの「単調な生活」が始まる「キッカケ」として、これが意外と多いのです。特に、第二の人生が始まって早々と「アルツハイマー型認知症」を発病するケースで、多いのです。「仕事」(左脳中心)がらみのテーマだけに生き甲斐や価値を求めるのが、多くの日本人に共通した「生き方」であることに注意が必要です。キャッチコピー的な表現を借りれば、(「生き方」や「考え方」や「感じ方」が、感覚的思考や状況に対する感情が主となるのが「右脳タイプ」で、状況を客観的に場合分けし、論理的な思考や状況に対する言葉が主となるのが「左脳タイプ」)と「仕分け」できます。自分が「左脳」タイプの人間であると自覚している人は、以下の項目について、具体的に自分のものとして理解し、第二の人生での生き方に留意して欲しいのです。「リスクが高い人」ということなのですから。「仕事一筋」の生き方、「左脳偏重」の生活習慣を疑うこともなく、社会的な規範として抵抗もなく受け入れて第一の人生を送ってきた人達は、「第二の人生」を送る上で特に大きな「リスクを抱えている」ことに留意して欲しいのです。

「仕事中心の価値観」に支えられて第一の人生を送ってきた人達は、「第二の人生」に入っていくと、「仕事」以外のことには価値や喜びを見出し難いのです。第一の人生での体験が少ないことも一因なのですが、「仕事(左脳)」には縁がなくなった第二の人生を過ごすのにも拘わらず、「趣味とか遊び(右脳)とか運動(運動の脳)」とかに価値がおけなくて、「目標」として生きていくことができないのです。チャンチャラおかしくて、そうしたことには「熱中」することが出来ないのです。年をとった自分がそうしたことに「熱中」することを評価できないし、恥ずかしいことと考える人達も少なくないのです。

こうした「左脳」中心の価値観や生き方を変えることが出来ない人達は、第二の人生が始まり、生きていく上での「生きがい」や「喜び」や「目標」を与えてくれていた「仕事」がなくなったとき、「仕事以外のテーマ」をどのように設定して、どのように「脳を使う場」を持って、毎日を過ごしたらいいのかが分からないのです。「生き甲斐」や「喜び」や「感動」を与えてくれるものもなく、「目標」となるようなものもなく、あり余る時間をもてあますことになり、ナイナイ尽くしの「単調な生活」を送ることが多いのです。

「仕事(や家事)」だけが生き甲斐だった人達にとっては、毎日の目標となることも、喜びや生きがいを覚えることも、すべてが「左脳」中心になるのです。「前頭葉」の三本柱の機能であり、他の前頭葉の諸機能の下支えをしている「意欲を注ぐ」ことや「注意を集中する」ことや「注意を分ける」ことも、「計画」を立てたり「工夫」を凝らしたり「機転」を利かせたりすることも、「全てが仕事(家事)がらみ」になるのです。言い換えれば、「前頭葉」のこうした機能を発揮する「テーマ」となるものは「全て仕事(家事)がらみ」の場だけなのです。

こうした価値観を基礎とする生き方の人達は、「運動の脳」や「右脳」と「前頭葉」が協同する場が極端に少ない生活を送っているのです。散歩やスポーツを楽しんだり、趣味や遊びや人付き合いを楽しむ場が極端に少ない生活を送っているのです。第一の人生では「仕事」だけの生活、「左脳」を使う生活しか経験してこなかったから、第二の人生が始まった時、趣味や遊びや人づきあいといった「右脳」を使う生活も、散歩したりスポーツを楽しんだりといった「運動の脳」を使う生活も立ち上げることができないのです。いつまでも第一の人生での生き方(「価値観」)を引きずって生きていたのでは、長い第二の人生を乗り切っていくことができないのです。

「仕事」だけが生きがいで、「左脳」がらみのテーマしか目標を設定できない人たち、運動の脳や右脳を使って、「人生を楽しむ」生活習慣のなかった人たちは、定年等で第二の人生が始まり「仕事」のために「左脳」を使う場面がなくなった時、「生きがいなく、趣味なく、交遊なく、運動もせず、目標もない毎日」、ナイナイ尽くしの「単調な毎日」を送るようになり、出番をなくした「前頭葉」が居眠りし始め、廃用性の機能低下を起こしてきて、働きが異常なレベルに衰えてくるとき、「アルツハイマー型認知症」の症状が始まる(発病する)ことになるのです。

「俺(私)が左脳人間として頑張ってきたのは、誰のためでもない、家族のことを思えばこそのことなんだ(なのよ)!!」。そんなに、むきになって叫び憤ることはないのです。神様は、よく分かってくれているのです。仕事人間、左脳中心で生きてきたあなたへの「朗報」を最後に紹介しておきます。コペルニクス的転換をトライされることを期待しています。

幸いなことにというか、当然のことというか、第一の人生を「左脳」中心で生活してきた人たちでも、定年退職や家業を息子に譲る等して、「仕事」がなくなる第二の人生を過ごす上で、「運動の脳」の出番である散歩やスポーツ等が生き甲斐の生活を始められる人達や、「右脳」の出番である趣味や遊びや人付き合い等が生き甲斐の生活に切り替えることが出来る人達は、そうした生き方や「生活習慣」を再構築することによって、新たな「目標」の実行と達成に伴う「前頭葉」の出番がそれなりにあるので、ボケない(「アルツハイマー型認知症」を発病することのない)第二の人生を送ることが出来るのです。このことを念のために付け加えて、今日の説明を終わりにしたいと思います。ついでに、それこそ老婆心ながら、気をつけて頂きたいことがあるので、最後に一言申し添えておきます。

第一の人生では体験することのなかった趣味や遊びの集いへの参加、例えば「ガーデニング」やら、「野菜作り」やら、「水彩画教室」やら、「ゲートボール」やらの集いに参加することにしたとしましょう。「基本的な考え方」或いは「態度」として、いつも心掛けて注意していただきたいことがあるのです。そこは、「仕事をする場」ではなくて、参加している皆さんと一緒に「楽しむ場」だということなのです。「左脳」タイプのあなたは、いつもの癖が出てきて、そこがまるで「仕事をする場」であるかのように振る舞おうとしてしまうのです。自分を出しすぎるのです。「言葉も態度も」、全てが論理的で、計画的で、シミュレーションしてみないと気が済まないのです。「上手である必要はないし、本人が楽しめていたらそれでいい」そのことをなかなか理解できないのです。いつの間にか周囲から浮いた存在となっていることに気付いて、参加の回数が次第に減っていくことになるのです。その点を理解することさえできていれば、いつの間にか集いの仲間の中心的な存在となっている自分を見つけることになるでしょう。頑張れ、左脳タイプ! 

 注)本著作物(このブログA-68に記載され表現された内容)に係る著作権は、(有)エイジングライフ研究所に帰属しています。

 エイジングライフ研究所のHPここをクリックしてください)

 脳機能からみた認知症の初期の見わけ方(IEでないとうまく表示されません)

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする