Peace Waveの平和な日々~行く雲、流れる水のように~

気が向いたら、ボチボチ更新しようかと・・。(笑)

平和の門

2009年01月02日 | 広島のオススメ!

2005年に被爆60年を記念してフランスの建築家、ジャン・ミシェル・ヴィルモットが設計、グラフィックをクララ・アルテールが手掛けて制作し、広島市に寄付された平和大通り沿いに立つ10基の門からなるモニュメント。

平和大道りは通称100メートル道路と呼ばれるが、その道路をはさんで丁度、広島平和記念資料館(原爆資料館)の真向かいにある。

 

49カ国の言語で「平和」の文字が刻まれた高さ約9mの門で、ダンテ『神九つの地獄にちなみ、原子爆弾を10番目の地獄として、平和な未来への希望を表現しているとのコト。

 

ちなみに『神曲』(La Divina Commedia) は、13~14世紀のイタリアの政治家にして詩人のダンテ・アリギエーリの代表作である。 地獄篇・煉獄篇・天国篇の三部から成り、ひとりの男(ダンテ)が地獄、煉獄、天国を旅していく物語である。

西暦1300年の聖金曜日(復活祭前の金曜日)、暗い森の中に迷い込んだダンテは、そこで出会った古代ローマの詩人ウェルギリウスに導かれ地獄、煉獄、天国、と彼岸の国を遍歴して回る。ウェルギリウスは地獄の九圏を通ってダンテを案内し、地球の中心部、魔王ルチフェロ(サタン)の幽閉されている領域まで至る。

そこから、地球の対蹠点に抜けて煉獄山にたどりつく。煉獄山では登るにしたがって罪を清められていき、煉獄の山頂でダンテはウェルギリウスと別れることになる。

そしてダンテはそこで再会した永遠の淑女ベアトリーチェの導きで天界へと昇天し、各遊星の天を巡って至高天(エンピレオ)へと昇りつめ、見神の域に達する。

天国は九つの天とそれらを総括する至高の天からなる。九つの天にはそれぞれの役割をもつ天使がおり、神のメッセージを魂に伝える。最上部にある至高の第十天は、神と天使と、死を超克し、神とともにある歓喜を他者に伝えた至高の聖者の魂だけが住む「秘奥のバラ」とよばれる場所である。至高天においてダンテは天上の純白の薔薇を見、この世を動かすものが神の愛であることを知る・・というのがストーリー。

 

 

ダンテの『神曲』は壮麗な神学的秩序をなして完結する全14233行の韻文による長編叙事詩であり、聖なる数「3」を基調とした極めて均整のとれた構成から、しばしばゴシック様式の大聖堂にたとえられる。イタリア文学最大の古典とされ、世界文学史にも重きをなしている。

 

・・こう聞くとなんだかすごく仰々しいが、イタリア語の原題は "La Divina Commedia”(神聖なる喜劇)で、”Divina” はボッカチオが尊称としてつけたもの。

ダンテ自身は、 単に ”Commedia”(喜劇)とのみ題していた。「喜劇」としたのは、「悲劇」とは逆に円満な結末を迎えるため、また、女子供でも読める俗語で書かれているためだという。

いずれにせよ、読んだコトはないんでね・・。 

 

ちなみに『神曲』における九つの地獄は第一圏から順に辺獄、愛欲、貪食、貪欲、憤怒、異端、暴力、悪意と続き、最下層の第九圏で最も重い罪とされる悪行は裏切りで、そこにあるコキュートス(嘆きの川)には裏切者が永遠に氷漬けとなっている辺獄(リンボ)は洗礼を受けなかった者がいく地獄で、良心の呵責こそ受けないが、永遠に何の希望もなく生きなければならないという。

ブラッド・ピット主演の映画、『セブン』にも出てくる七つの大罪傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、貪欲、大食、淫乱にも通ずる。これは煉獄篇の煉獄山において清められるべき七つの大罪からで、第一冠から順に高慢、嫉妬、憤怒、怠惰、貪欲、貪食、愛欲となっている。

 

ダンテの『神曲』に出てくる地獄の門には

 

「この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ」

 

・・との銘がある。

 

2009年はこの平和の門をくぐって、一切の希望をもって前進していきたいね。

夜はライトアップされてきれいです。

ちなみに実際にはこの門、くぐれないのでご注意を・・。