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イギリス人の感性で演奏された「アルプス交響曲」の、なだらかな起伏の〈奇異な仕上がり〉で気づいたこと

2011年02月02日 11時43分25秒 | BBC-RADIOクラシックス



 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 以下の本日掲載分は、第3期発売の15点の7枚目です。

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【日本盤規格番号】CRCB-6067
【曲目】リヒャルト・シュトラウス:アルプス交響曲
            :交響詩「ドン・ファン」    
【演奏】ノーマン・デル・マー指揮BBC交響楽団
    ジョン・プリッチャ―ド指揮BBC交響楽団
【録音日】1982年8月4日、1982年12月17日

■このCDの演奏についてのメモ
 リヒャルト・シュトラウスの2作品を収めたアルバムで、オーケストラはどちらもBBC交響楽団。いずれも1982年のコンサート・ライヴだが、会場、日時が異なり、指揮者も「アルプス交響曲」がノーマン・デル・マー、「ドン・ファン」がジョン・プリッチャードと、異なっている。
 ノーマン・デル・マーは1919年に生まれ、1994年に世を去ったイギリスの指揮者。名指揮者トーマス・ビーチャムに見いだされ、ロイヤル・フィルのホルン奏者をしながら、やがて指揮者となった。BBCスコティッシュ交響楽団などで活躍し、後期ロマン派を得意にしていた。特にリヒャルト・シュトラウスについては著作もあり、周到な研究を演奏で実践していたと言われるが、あまり録音には恵まれていず、1990年録音で交響詩「マクベス」および、交響的幻想曲「イタリアから」がASVレーベル(日本クラウン発売)にある程度だった。BBC-RADIOクラシックスのシリーズでは、管弦楽伴奏付きの歌曲とオーボエ協奏曲の録音が発売されているが、デル・マーのR・シュトラウス演奏の本領を発揮するレパートリーとしては、今回の「アルプス交響曲」が一番だろう。
 デル・マーの〈アルプス〉は不思議な世界だ。金管群と弦楽とのバランスが、聴き慣れたリヒャルトのサウンドよりずっと薄めの管の響きを基本にしているからでもあるが、いわゆる壮大な山を想起させる部分よりも、「森への立入り」以降しばらくの間のように平面的な動きの部分で、独特のきめ細かな音楽を聴かせる。「頂上」での呼吸も決して深くないので、響きが分散していく。むしろ、その直後の「見えるもの」のなだらかな流れのほうが自然で好ましい。そして「哀歌」。デル・マーの自然観が音楽の表現にまで及んでいるようで興味深い。イギリスの自然には切り立った山々は似合わないのだということを、音楽で知らされるとは思わなかった。
 一方、プリッチャードの指揮する「ドン・ファン」は、デル・マーの録音の数ヵ月後程度であるにもかかわらず、同じオーケストラとは思えないほど、鳴り方が違う。プリッチャードは長い間、ドイツのケルン歌劇場の指揮者をしていたせいか、冒頭から、金管の弦へのかぶさり具合がスタンダードな響きだ。低域に重心の寄ったサウンドのバランスも普通に聞こえる。この二人のリヒャルト演奏の比較は、演奏の「らしさ」とか「お国ぶり」を考える上で、興味の尽きない現象を生み出している。(1996.6.30 執筆)

【ブログへの再掲載に際しての付記】
 これも、執筆当時のことをよく覚えています。イギリスの風景画だとか、イギリス詩人の田園詩を読んだりしたときに漠然と感じていたものの正体に気づいたように思って、膝を打ったのを思い出しました。
 私の編著になる『クラシック名曲名盤事典』(ナツメ社)で寄稿をお願いしたひとり岡田敦子さんが使った「農耕民族的な演奏」といった表現を、すっかり気に入って私も多用するようになったのは、この頃からだったと思います。当然のことですが、それぞれの民族の感性は、自然環境にも大きく左右されています。富士山のなだらかな稜線を美しいと感じるのが日本人の感性です。最近は、無理して西欧の感性のまがいものを目指さずに、自分の感性に素直な演奏家が日本人の中からも出てきたように感じていますが、イギリス人はとっくの昔に、自分たちの感性を、堂々と表現していたのです。


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ザンデルリンクがBBCに残したマーラー「9番」は、一分の隙もない壮絶な演奏で緊張が持続する名演だ。

2011年01月22日 08時47分11秒 | BBC-RADIOクラシックス


 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 以下の本日掲載分は、第3期発売の15点の6枚目です。

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【日本盤規格番号】CRCB-6066
【曲目】マーラー:交響曲第9番
【演奏】クルト・ザンデルリンク指揮BBCフィルハーモニック管弦楽団
【録音日】1982年7月17日

●CRCB6066
■このCDの演奏についてのメモ
 BBC-RADIOクラシックスのシリーズに初登場のザンデルリンクによる、マーラーの「交響曲第9番」。実に力強く、手応えの大きな演奏だ。最近のマーラー演奏は、スコアを透視していくような演奏や、精神病理学的な分析を主眼とした演奏が主流だが、このザンデルリンクの演奏からは、そうした、やわな精神など吹き飛んでしまうような野太く、タフな音楽が漲っている。
 第1楽章の熱っぽさも相当なものだが、ザンデルリンクの音楽の特質は、第2楽章に最も表われている。この足取りの、荒々しくも逞しい動きは尋常ではない。確信に満ちた歩みが、しっかりと大地をわし掴みにしている。「だいじょうぶだよ、マーラー。ぼくらは、まだ、こんなにしっかりと生きている!」思わずそう言いたくなるような、ずしりとした手応えの重さがうれしい。
 だが、第3楽章以降。聴く者は、次第に引き返すことの出来ない暗部へと追いたてられ、突き進む。気迫のこもった大きなうねりに取り囲まれ、瞬きひとつ許されないほどに、一分の隙もない。抗うことは不可能だ。実に壮絶な演奏が、どこまでも休みなく続く。
 第3楽章が終わった瞬間に立ち込める緊張が、CDからでも伝わってくる。そして、終楽章。我々を遥か高いところから包みつくす、巨大な慰めの帳りがゆっくりと降りて来る。そして、張り裂けそうな思いの全てを蔽い、無限の彼方へと消えて行く。
 これは、奇跡的な演奏というものが、時として起こり得るということを、久しぶりに感じたCDだ。録音という手段を人類が手にしたこと、そのことを、ただひたすら感謝するのは、こうした演奏を聴いた時だと思うのは、私ひとりではないと信じている。
        *
 ザンデルリンクは1912年9月19日にドイツに生まれた。1931年にベルリン国立歌劇場のアシスタントとしてキャリアを開始したが、35年、ナチスを避けてソ連に移住。ムラヴィンスキーの率いるレニングラード・フィルの指揮者陣のひとりとして、1960年まで活動した。その後、故国(当時の東ドイツ)に戻ってベルリン交響楽団の芸術監督、シュターツカペレ・ドレスデンの首席指揮者などを歴任した。1972年にロンドンのフィルハーモニア管弦楽団(当時、ニュー・フィルハーモニア管弦楽団)を指揮してロンドンにデビューし、このオーケストラの名誉総裁だった大指揮者、オットー・クレンペラーを驚嘆させたと言われている。(1996.7.1 執筆)

【ブログへの再掲載に当たっての付記】
 この演奏を聴いた夜のことは、今でも鮮明に覚えています。ここに私が書いたとおり。すばらしい演奏です。このころ、確かフィルハーモニア管弦楽団を振った仏エラート盤も国内盤が発売されていましたので、あわてて購入しましたが、それを遥かに凌駕する演奏でした。BBCのシリーズなので「ライヴ録音」と思いがちですが、このオーケストラの本拠地であるマンチェスターのBBC第7スタジオでの録音です。ただし、録音日がたった1日ですし、演奏の出来から推して、いわゆる「一発録音」の可能性があります。マーラーが感じていたはずの、19世紀末における抒情精神の崩壊への予感や怖れが伝わってくる類まれな名演です。


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プロムスの巨大空間に、3つの合唱団を集めて演奏されたベートーヴェン「ミサ曲ハ長調」の独特のサウンド

2011年01月21日 11時35分55秒 | BBC-RADIOクラシックス


 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 以下の本日掲載分は、第3期発売の15点の5枚目です。

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【日本盤規格番号】CRCB-6065
【曲目】ベートーヴェン:ミサ曲 ハ長調 作品86
    モーツァルト:ミサ曲 第16番 ハ長調 K.317「戴冠式ミサ」
【演奏】プリッチャ―ド指揮BBC交響楽団、
    BBC交響合唱団、ロンドンフィルハーモニック合唱団、
    BBCシンガーズ、コトルバス(sop)、他、独唱者
    メレディス・デイヴィス指揮BBCノーザン交響楽団
    リーズ・フィルハーモニック合唱団、他、独唱者
【録音日】1983年7月22日、1977年11月12日

●CRCB6065
■このCDの演奏についてのメモ
 このCDにはベートーヴェンとモーツァルトの「ミサ曲」が収められているが、その内、ベートーヴェンの作品は巨大ホール、ロイヤル・アルバート・ホールでのプロムナード・コンサート(プロムス)でのライヴ録音となっている。合唱団が大規模なのはそのためと思われるが、これ程までの大編成で演奏するという、この作品としては極めて珍しい結果を生んでいる。そのことの是非はともかくとして、おそらく作曲者自身の想定をはるかに超えたスケールで演奏されるこの作品が、ベートーヴェン中期の創作活動の充実した時期の作品としての、ドラマティックな魅力を増していることは事実だ。プリッチャードの指揮も、全体をよくまとめ、なかなか聴き応えのする演奏となっている。
 プリッチャードは1921年にロンドンに生まれた。1947年に名指揮者フリッツ・ブッシュの助手としてグラインドボーン音楽祭に参加。49年には急病のブッシュの代役でデビュー。その後はロイヤル・リヴァプール・フィル、ロンドン・フィルなどの首席指揮者、グラインドボーン音楽祭の音楽監督、ケルン歌劇場の首席指揮者などを歴任。BBC交響楽団の首席指揮者に1982年から89年の死の年まで着任した。
 一方、モーツァルトの「戴冠式ミサ」を指揮しているメレディス・デイヴィスは、1922年にイングランド北西部のバーケンヘッドに生まれた指揮者、兼オルガン奏者、兼教育者。日本での知名度はあまりないが、ロンドンのトリニティ・カレッジ・オブ・ミュージックの校長に79年から89年まで着任しているイギリス音楽界の重鎮のひとりだ。王立合唱協会の指揮者を1972年から83年まで務めているほか、このCDでも参加しているリーズ・フィルハーモニー協会の指揮者にも75年から84年まで着任していた。
 BBCノーザン交響楽団は、マンチェスターに本拠を置くBBC放送局傘下のオーケストラのひとつで、ロンドンのBBC交響楽団とは別の組織。現在は名称をBBCフィルハーモニー管弦楽団と改めて活動している。(1996.7.1 執筆)


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ストコフスキーのショスタコーヴィッチ「第5」についての補足情報があります。

2010年12月31日 08時58分19秒 | BBC-RADIOクラシックス



今村亨氏が、先日の私の当ブログを読んで、以下の情報をメールで送ってくれましたのでご紹介します。文中、冒頭の「BBCトランスクリプション・サービス」は、当ブログ11月7日に写真付きで掲載した今村氏からのメールのことです。合わせてご覧ください。

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この前、写真をお送りして紹介したBBCトランスクリプション・サービスLPが、正にこのCDと同一音源だと早合点しましたが、CDの録音データ(64年のプロムス、ロイヤル・アルバート・ホール収録)を参照すると、BBCトランスクリプション・サービスLPの、第15回エジンバラ音楽祭(61年)ライヴとは異なり、別録でした。因みに、この61年エジンバラ音楽祭はストコフスキー指揮のシェーンベルク『グレの歌』がオープニングを飾り大評判となりました。また、同じくストコフスキーについて書かれた記事の中で、ストコフスキーは1963年7月23日のプロムスに初の国際的大物指揮者として登場しBBC響を指揮して、ブリテンの『パーセルの主題による変奏とフーガ(青少年の為の管弦楽入門)』を演奏して喝采を浴び、翌1964年9月17日のプロムスでも、“BBC響”と以下のプログラムを演奏したと記されています。
 ムソルグスキー『はげ山の一夜』(ストコフスキー編曲版)
 チャイコフスキー『フランチェスカ・ダ・リミニ』
 ショスタコーヴィッチ『交響曲5番』
何れにせよ、ストコフスキーが同曲を何度も取り上げていたのは確かでしょう。


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ストコフスキーの1964年プロムスでのショスタコーヴィッチ「第5」

2010年12月27日 15時06分18秒 | BBC-RADIOクラシックス

 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 以下の本日掲載分は、第3期発売の15点の4枚目です。

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【日本盤規格番号】CRCB-6064
【曲目】ショスタコーヴィッチ:交響曲第5番ニ短調作品47
          :交響曲第1番ヘ短調作品10
【演奏】ストコフスキー指揮ロンドン交響楽団
    ホーレンシュタイン指揮ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団
【録音日】1964年9月17日、1970年7月18日

●CRCB6064
■このCDの演奏についてのメモ
 ショスタコーヴィッチの2曲の交響曲を収めたアルバムだが、その演奏者の顔ぶれが、なかなか興味を引く。
 「第5番」はレオポルド・ストコフスキー指揮ロンドン交響楽団で、1964年ロイヤル・アルバート・ホールでのプロムナード・コンサート(プロムス)のライヴ録音だ。
 ストコフスキーの「第5番」では、1958年のニューヨーク・スタジアム交響楽団との名録音が知られているが、このCDの演奏は、それを間違いなく凌駕する演奏だ。
 第1楽章の冒頭。堂に入った音楽の表情にしなやかなコクがあり、弦楽のアンサンブルも素晴らしく美しい。そこから浮び上がる木管の音色も、イギリスの木管演奏の伝統の良質の部分がフルに発揮されている。弦楽を主体にした第3楽章の、悲しみを湛えた豊かな詩情は大きな振幅に包まれる。
 ストコフスキーは、本質的に〈語り上手〉な音楽家だ。彼の手にかかるとスコアの隅々に至るまで色を輝かせ香りを放ち、あるいは陰影を濃くして、多くのことを語り出す。それは、作り事を労する演出ではなく、ストコフスキーなりのスコアの率直な再現なのだ。圧倒的なフィナーレが一辺倒な〈歓喜〉に終始していないで、様々な要素がそれぞれのセクションで生き生きとした表現を聴かせるのも、時代と共に変化してきた解釈で、この楽章の歓喜の正体を考える上で意義深い。改めてストコフスキーが時代の流行から超然として、絶えず音楽の本質を見据えてきた指揮者だったということを感じた。
 ストコフスキーは、大衆的人気のトップの座を占めるスター指揮者として活躍する一方で、現代音楽の推進者としても名声を上げている。ショスタコーヴィッチの「交響曲第1番」も、作曲まもない頃いち早く取り上げて紹介しているが、このCDでは、その急進的な表現が何かと話題になる指揮者ヤッシャ・ホーレンシュタインによるロイヤル・フィルの1970年のライヴが収録されている。
 その細部まで丁寧に解析してゆく冷徹な指揮ぶりが、音楽のエモーショナルな動きでさえ、絶えずじっと見つめて行く複眼的視線をもたらしている。全体をバランスよく捉えるあまり、突出した音彩の魅力が後退し、全体がくすんだ色調で進行してゆく結果となっているが、音楽院の卒業制作であるこの「第1番」が、どれほどに書き込まれた作品であるかが、充実した響きとして伝わってくる演奏だ。(1996.6.30 執筆)

【ブログへの再掲載に際しての付記】
 先日、ある集まりがあって、そこで、たまたまストコフスキーのショスタコーヴィッチ「第5」が話題になりましたが、その時には、このCDのことをすっかり忘れていました。その時に話し相手だったのは、ストコフスキーのことが、めっぽう詳しい人で、彼は、上記で私が書いているニューヨークスタジアム盤なんか吹っ飛んでしまう名演がある、と力説していました。ひょっとして、それって、このBBCだったんじゃないでしょうか? 自分で書いていて、すっかり忘れていて申し訳ないことをしました。でも、もしかしたら、このBBCとも違うものがあるのかも知れません。確か彼は、私がこのシリーズのライナーノートを書いていることを知っているはずなので…。(もっとも、このシリーズの全点とは思っていないかも知れません。)
 このブログを見て気づいたら、今度お会いした時に、教えてください。もちろん、ここへのコメントでもいいですよ。先日の私の不明、お詫びします。
 なお、上記のニューヨークスタジアム響との録音は米エヴェレスト盤で、オケはニューヨーク・フィルの変名です。つまり、あのバーンスタイン/ニューヨーク・フィルがモスクワ公演で同曲を演奏して拍手喝采を受けた翌年か翌々年頃の録音です。ストコフスキーの解釈は、それほど変わっていませんが、1964年プロムスのライブは、熱気があるのが大きな魅力です。でも、どちらもストコフスキーの解釈の特徴は、あくまでもこの曲の「歓喜」の多様性を織り上げるところにあります。この曲のスコアに書き込まれた各セクションのパーツを振り分けて、よく聴き分ける演奏が、60年頃から実現していることが、凄い、のです。プロムスのBBC放送局の録音は、基本が近接マイクのようですから、そのあたりのニュアンスが、より明瞭に聴こえます。



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少年時代に亡命を決意していたマキシム・ショスタコーヴィッチが亡命の翌年に聴かせた「颯爽とした」音楽

2010年11月25日 10時38分35秒 | BBC-RADIOクラシックス



 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 以下の本日掲載分は、第3期発売の15点の3枚目です。

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【日本盤規格番号】CRCB-6063
【曲目】ベルリオーズ:交響曲「イタリアのハロルド」作品16
      :歌曲集「夏の夜」作品7
      :ブルターニュの若い狩人 作品13‐4
【演奏】マキシム・ショスタコーヴィッチ指揮BBC交響楽団
      ブルーノ・ジュランナ(ビオラ)
    チャールズ・マッケラス指揮フィルハーモニア管弦楽団
      ジェニファー・スミス(ソプラノ)
【録音日】1982年9月2日、1979年1月9日


■このCDの演奏についてのメモ
 このCDでは、「イタリアのハロルド」でBBC響を指揮をしているマキシム・ショスタコーヴィッチの名前が、まず目を引く。
 マキシムは、作曲家ドミトリー・ショスタコーヴィッチの息子。共産党政権下の旧ソ連内にとどまった父の死後、モスクワ放送交響楽団の首席指揮者の地位を捨てて、1981年にアメリカに亡命して世界中をあっと言わせた。当時、マスコミのインタヴューに応えてマキシムは、「父の苦悩を子供心に感じて、9歳の時に、いつかこの国を出よう、と決めていた。そして父の威光の元で音楽家として成功することが、亡命への早道だと考えて、必死で勉強した」と語った。恐るべき決意だ。チャンスをうかがい、監視の目を盗んで西ドイツで亡命を決行した時、1938年生まれのマキシムは、既に40歳を越えていた。このCDの演奏は、その亡命の翌年、イギリスのエジンバラ音楽祭に招かれての演奏だ。
 ベルリオーズの入り組んだリズムをすっきりと解きほぐした演奏で、超然としたペースの〈ハロルドの動機〉がいつになく曇りなく聞こえるように思うのは、私が、彼の歩んできた人生と重ね合わせて聴いてしまうからだろうか?
 1986年以降マキシムは、アメリカ、ニューオリンズ交響楽団の音楽監督のポストを得ながら、世界中のオーケストラの客演指揮を行っている。それらを記事で見かけながらも、英コリンズへのロンドン響とのショスタコヴィッチの交響曲録音以外には、ほとんどCDの発売がなく、演奏に接する機会が少ないマキシムだが、このCDは、亡命から間もない時期のライヴ録音として貴重な演奏だ。
 なお、マキシムは、共産党政権が崩壊し自由に国内外を往来できるようになった祖国に、1994年6月、亡命後初めて帰国し、レーニンの名を捨てた町サンクト・ペテルブルク(旧レニングラード)のオーケストラを振ったという。幼い彼を苦しめた国の新しい姿は、マキシムにどう映っていただろうか?
 マキシム・ショスタコーヴィッチのほか、このCDでは、イタリアのヴィオラの名手、ブルーノ・ジュランナが「イタリアのハロルド」で加わり、また、歌曲集「夏の夜」他では、ポルトガル出身でイギリスを中心に広範な活動を続けるソプラノ歌手、ジェニファー・スミスが、チャールズ・マッケラス指揮のフィルハーモニア管弦楽団の伴奏で歌っている。(1996.6.30 執筆)



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ロンドンのウエストミンスター寺院に鳴りわたった「ヘンデル生誕300年記念コンサート」ライヴ盤の魅力

2010年11月12日 11時10分48秒 | BBC-RADIOクラシックス

 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 以下の本日掲載分は、第3期発売の15点の2枚目です。

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【日本盤規格番号】CRCB-6062
【アルバム・タイトル】「レッパード/ヘンデル名演集」
【曲目】ヘンデル:司祭ザドク(ジョージ二世戴冠式アンセムより)
  神の光の永遠の泉(アン女王の誕生日の為のオードより)
  歌劇「タメルラーノ」序曲
  葬送行進曲(オラトリオ「サウル」より)
  キャロライン王妃の葬送アンセム「シオンへの道は悲しみ」より
    四重唱「彼を耳に聞ける者は」
    合唱曲「彼女は貧しきものを解き放ち」
    合唱曲「彼らの体は平安のうちに葬られ」
  「ユトレヒト・ユピラーテ」より
    合唱曲「父なる神に栄光あれ」
    合唱曲「始まりのごとく」
  二重協奏曲 第1番 変ロ長調 HWV.332
  高きところに彼女を導け(オラトリオ「イェフタ」より)
  オルガン協奏曲 第11番ト短調HWV.310
  ハレルヤ・コーラス(オラトリオ「メサイヤ」より)
【演奏】レイモン・レッパード指揮イギリス室内管弦楽団
    サイモン・プレストン(オルガン)
    ロンドン・フィルハーモニック合唱団
    ウエストミンスター寺院合唱団 ほか
【録音日】1985年2月23日


■このCDの演奏についてのメモ
 ヨハン・セバスチャン・バッハと並ぶバロック期最大の作曲家ヘンデル(1685~1759)は、後半生をイギリスに帰化してイギリスで過ごした。西洋音楽史の中でのヘンデルがドイツ、イギリス双方に与えた影響については多大なものがあるが、そうしたこととは別に、イギリスの人々が、ヘンデルの音楽を大切にしているということも事実だ。
 1985年にヘンデルの生誕 300年を迎えたイギリス国内では、数々の記念行事が行われたが、このCDは、ロンドンで催されたヘンデルの誕生日を祝うコンサートの模様を収録したもの。1985年2月23日のロンドン、ウェストミンスター寺院に響いたイギリスの音楽家達のヘンデルへの畏敬の念と愛情が、充分に伝わってくる。宗教行事的な敬虔さの中に、ヘンデルの音楽的成果がコンパクトに収められた美しいアルバムだが、結果的に、ヘンデル鑑賞の恰好の1枚ともなっている。また、BBC放送局の優れた技術で収録された空間的広がりは、ある特別な日の記録であるということを除いても、オーディオ的に注目されるアルバムでもあるだろう。
 以下に、このコンサートに参加した主な演奏家の経歴を紹介しよう。
 指揮のレイモンド・レッパードは、1927年にロンドンに生まれ、主として17、18世紀音楽の指揮者、チェンバロ奏者として活躍している。1959年にはヘンデルの「サムソン」で王立歌劇場(コヴェントガーデン)にデビュー。60年以降、このCDのコンサートでも共演しているイギリス室内管弦楽団の指揮者としても活躍した。モンテヴェルディの校訂者としても高く評価されており、学究タイプの指揮者というイメージが強いが、73年から80年までは、マンチェスターのBBCノーザン交響楽団(現在はBBCフィルハーモニー管弦楽団と改称)の首席指揮者でもあり、ロマン派や近代の作品まで、幅広いレパートリーを聴かせた。
 カウンター・テナーのジェイムズ・ボーマンは、1941年、オックスフォード生まれ。1967年にデビューして以来、30年近くもの間、トップクラスのカウンター・テナーとして活躍し続けているベテラン。
 オルガンのサイモン・プレストンは、1938年、ボーンマス生まれのオルガン、ハープシコード奏者。ウェストミンスター寺院のオルガニストを1962年から67年までしていた。デビューがヤナーチェクの「グラゴル・ミサ」で、初レコーディングがフランクとメシアンといったように、意欲的な活動を続けているイギリスを代表するオルガニスト。(1996.7.1 執筆)



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「BBCトランスクリプション・サービス」という、放送用同業者向けの音源配布について(修正版)

2010年11月07日 15時45分09秒 | BBC-RADIOクラシックス
 今村亨氏から、下記の情報がメールで送られてきました。2度に分かれていましたが、続けてご紹介します。私は、この種の放送用のものでは、アメリカの地方放送局(だったと思います)の放送テイク用のレコードを一組持っているくらいですが、そういうものは、ローカルなものと思っていました。BBCが正規に、同業者用に、各地の放送局にライブ音源をレコードで配布していたとは、知りませんでした。なお、今村氏のメールで思い出したので、近々、私の所有しているはずのレコードは、探し出してご報告します。とりあえず、今村情報をお読みください。本日13時過ぎに、「今、私、外出中ですので、このブログアップは移動用の小型パソコンから、モバイルの回線で送信します。ちょっと細かな作業がしにくいので、送られてきた写真は、後ほど掲載します。」としていったんアップしましたが、その後、今村氏からの携帯への1回目の送信が、途中で途切れていたことがわかりましたので、改めて、全文を掲載します。また同時に、写真もアップします。13時過ぎの最初のアップをご欄になった方にはご迷惑をおかけしました。この現在のアップが正しい内容です。


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 竹内さんがライナー・ノートを執筆された、《BBC-RADIOクラシックス》の元になったのは、BBCが所有する膨大な録音アーカイブズですが、BBCは50年代から海外放送局(恐らく米国の)向けに、放送に使用する録音ソースを提供していました。これがBBCトランスクリプシヨン・サービスで、テープもあったのかも知れませんが、主にLPレコードが 使われました。一般市販盤ではないので、レーベルが見える穴あきの袋(市販盤の内袋のような)に入った、ごく簡素な体裁で、レーベルに作曲者や演奏者等が記載されているものの、具体的なプログラムは最初のアナウンスで紹介されるだけです。使用するのはお互いプロ同士の各放送局担当者だから、これで充分なのでしょうが、有名な曲や演奏者ならともかく、新人や現代音楽には、多少の解説が要るようにも思うのですが、別冊解説等を見たことは有りません。また、竹内さんが指摘されたように、BBCはプログラミングにも配慮し、作曲家、演奏者等で、同じ録音ソースを組み替えて提供してもいました(つまり、一般市販盤のような、オリジナル・カップリング云々は、あまり意味がない事になります)。このような放送局向けのトランスクリプシヨン・サービスはBBCの他、フランス国立放送(RTF)、ドイツやオランダの各放送局、そしてNHKにもありますが、やはり質・量共にBBCが圧倒的のようです。このように《BBC-RADIOクラシックス》は、BBCが一貫して行って来た、録音アーカイブズの公開や利用を、演奏者とレーベルの契約等で制約が多かった為、放送局向けに限られていたLP時代から、一般市販に拡大した企画と言えるでしょう。企画全体を見渡す役割にジョン・ハントのような人材を得た事も、行き届いた選曲には大きく貢献しているでしょうし、ただ録音して保存するだけに留まらず、こうした録音アーカイブズの保存や利用の徹底した管理は、大英博物館を作った国の伝統とも思えます。

                 *

 先程BBCトランスクリプシヨン・サービスについてコメントしましたが、実物の写真を一つ送ります。内容は、第15回エジンバラ国際音楽祭のライブで、ストコフスキー指揮、ロンドン響の演奏、リスト『メフィスト・ワルツ』、ショスタコーヴィッチ『交響曲5番』、ジョヴァンニ・ガブリエリ『カンツォーナとソナタから』(ストコフスキー編曲)、ティペット『二重弦楽合奏の為の協奏曲』、レコード番号は107206-9です。


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ダリウス・ミヨーの自作指揮の録音は、BBC放送に残された貴重な記録だと思う。

2010年11月06日 13時45分05秒 | BBC-RADIOクラシックス


 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 以下の本日掲載分は、第3期発売の15点の1枚目です。

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【日本盤規格番号】CRCB-6061
【曲目】サティ作曲/ミヨー編曲:びっくり箱
    ダリウス・ミヨー:ィンディアナのための音楽 作品148
            :交響曲第10番 作品382
            :バレエ「男とその欲望」
【演奏】ダリウス・ミヨー指揮BBC交響楽団
 マリオン・ドッド(ソプラノ)イヴォンヌ・ニューマン(メゾ・ソプラノ)
 ディヴィット・バーレット(テノール)アンソニー・ホルト(バス)
【録音日】1970年9月、1969年?


■このCDの演奏についてのメモ
 このCDには、フランス近代の作曲家、ドビュッシー、ラヴェル以降で最も重要な作曲家のひとり、ダリウス・ミヨーのオーケストラ作品が4曲収められている。演奏が作曲者自身の指揮するBBC交響楽団なので、それだけでも、歴史的に将来にわたって貴重な記録となるものだ。だが、それ以上に、演奏の音楽的成果の水準の高さに関心を持った。これは、文献的な価値を超えて、長く聴かれる演奏と言えるだろう。
 もともとミヨーには、古くは1935年頃に録音された自作のピアノ協奏曲(独奏:マルグリット・ロン)の指揮の古いSPもあるくらいで、指揮はかなり行っている。加えて、この時期のBBC交響楽団は、首席指揮者アンタル・ドラティの薫陶による再建が軌道に乗り、コーリン・デイヴィスを首席に迎えての充実した演奏が続いていた。
 このCDの録音は、このBBC-RADIOクラシックスのシリーズにはめずらしく、ライヴ収録ではなく、スタジオでの放送用録音が使用されている。このあたりにも、BBC放送局側の、ミヨーの作品をベスト・コンディションで保存しようという熱意がうかがえる。敢えて言えば、この録音の演奏の成果は、〈指揮者ミヨー〉ひとりに負うものではないかも知れない。それほどに、オーケストラ・ドライブに達者なところを聴かせているのだ。
 「交響曲第10番」の第2部、第3部あたりでの豊かな色彩感覚への反応の良さは特筆もので、ミヨーの作品の望む澄んだ響きが、洒落っ気のあるリズムの中で、生き生きと弾んでいる。南米滞在中にインスピレーションを受けたとされるバレエ曲「男とその欲望」は、歌詞を持たない声楽混じりのサウンドと独特のリズムが、不思議な感覚の世界に誘う。ミヨーの作品の個性を正統に鑑賞する録音として、これらは長く記憶される演奏となるだろう。
 なお、イギリス原盤の録音年の表記が、前半2曲のみ1970年9月と記載されていて、後半2曲の録音年の記載がない。だがミヨーは、この前年1969年に初めてイギリスでの演奏を行い録音したと言われているので、おそらくこのCD後半の2曲は、その1969年の録音ではないかと思われる。(1996.6.29 執筆)




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演奏解釈の多様性を、豊富な実例で聴く「BBC」ライヴシリーズの魅力に気づいたころ

2010年11月02日 10時59分22秒 | BBC-RADIOクラシックス



 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログにて、このシリーズの発売開始当時、その全体の特徴や意義について書いた文章を再掲載しましたので、ぜひ、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

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 以下は「BBCラジオクラシックス」第3期の発売に際してのキャンペーン用リーフレットのために執筆したものです。第1期30種、第2期20種の発売と、第3期のためのCDのテスト盤をいくつか聴いてのものです。
 このシリーズがどれほど考え抜かれているかに気付き、驚いていた頃に書いたものです。「西洋音楽の演奏史」を横軸にして聴くことの面白さを、もっと知ってほしいと思っていましたが、未だに、歴史を背景にせずに、単独の演奏の個性を、「奇異」「珍奇」と面白がることしか出来ない人が多いことが残念でなりません。そのあたりの私の嘆きは、『クラシック・スナイパー 6』(青弓社)をお読みください。


■《BBC-RADIOクラシックス》の魅力

 全貌を見せ始めた当シリーズを、これまで既に60点以上聴いてみて、まず第1に感心するのは、70数分という1枚のCDの収録時間の制約のなかで、ベストのカップリングへの努力や熱意が感じられることだ。作品を作曲家ごとに再編集するにあたって、めずらしい小品の類を複数のコンサートから1曲ずつ探してくるといった具合だ。(こうした場合のメインとなる大曲は、おそらく豊富に保存されている同曲異演の中から、ベストの演奏を選び出しているだろう。おおむね、どれも期待どおりのものだったが。)
 こうした編成のCDは、安易に有名曲を組合わせたり、一晩のコンサートをCD化して制作するよりも、遥かに手間がかかるはずだ。それが、曲目リストの中に、聞き慣れない小品を見つけ、それが他の曲と演奏者も録音日時も全く異なるものだったりすると、「この短い1曲だけを!」と、思わず膝を叩いていまう。このCDシリーズは、契約問題などの制約のなかで、文献踏査的な綿密さを精一杯発揮していると思う。そうでなければ、とても陽の目を見ることがなかったというものが、片隅できらりと輝いている。そのことをまず指摘しておきたい。
 だが、このシリーズの魅力は、そうした編集物ばかりではない。歴史上のエポックとなった重要なコンサートのいくつかは、その会場の空気をもそっくり収録したかのようなBBCの優秀な録音技術で収められている。それが、豊富なライヴ音源から選ばれて制作された当シリーズのもうひとつの特徴で、ストコフスキーの「告別コンサート」や、「ブリティッシュ・ライト・ミュージック25周年記念コンサート」、「ヘンデル生誕300年記念コンサート」などがそれだ。2年にわたるプロムスでのプリッチャードによる「ウィーン音楽の夕べ」の楽しさも特筆ものだ。
 ロンドンは音楽の自由市場として、世界中の演奏家を次々に招聘して、彼らの芸術を吸収する機会を貪欲に求め続けている。彼らとロンドンの聴衆との出会いの幸福なドキュメントの再現も豊富だ。
 ロジェストヴェンスキーによるチャイコフスキーの「第5」や、ヨゼフ・スークによるベートーヴェンの「ヴァイオリン協奏曲」、クルト・ザンデルリンクによるマーラーの「第9」など、正に一期一会の貴重な記録がCD化されたことをうれしく思う。スタジオ収録では、ダリウス・ミヨーの自作自演も重要な録音だ。
         *
 しかし、このシリーズの魅力は、さらに、もっと違う所にある。これは、このシリーズを聴く前から、うすうす予想していたことではあるが、その予想的中以上のおもしろい結果が、聴き進むにつれて生まれている。
 ご承知のようにイギリスは、ヨーロッパ大陸にとって巨大な島国で、西洋音楽史のなかで、特異な位置を占めている。ベートーヴェン以降の音楽に限って見ても、ドイツの伝統音楽と例えばフランスとの関係は、ベルリオーズのベートーヴェンへの傾倒を持ち出すまでもなく、長い不即不離の関係がある。まして、ドイツ・オーストリアの音楽的伝統は、オーストリア・ハンガリー帝国の下に、東欧世界をひとつながりのものにしているのは周知の事実だ。
 イギリスは、それらを絶えず外側から見つめてきた国だ。西洋音楽を、その本流から少し距離を置いて享受してきた彼らは、様々の国柄の要素を等分に吸収することで、ローカリズムに陥るどころか、むしろ、外に対してはインターナショナルな普遍性を、そして、内に対しては、独自の自国の感性の客観的確立を、それぞれに目指していたようだ。(こうしたイギリスの歩んでいる道筋は、西洋音楽の学習期から、そろそろ自立の時期を迎えている日本のクラシック音楽界も、事情が似てきたように思う。)
 この一連のシリーズで、最も興味深いのは、彼らがこれまで、自国の外に出すときには、それなりの〈装い〉をさせてきたイギリスの作曲家たちの作品が、彼らの日常のレヴェルで聴けること。そして、スタンダードな西洋古典音楽の演奏でも、同じく、自国の感性を、普段着のままで聴かせることにある。毎日のように彼らの生活の一部としてラジオから流れていた音源からのCD化の面白さが、実は、そうしたところにあるのだ。そのなかには、プリッチャード/BBC響のブラームス「第2」の感動的演奏や、グローヴズの「新世界から」、サージェントの「未完成」、ボールトの「田園」といった自然体の演奏もあるが、マッケラスのマーラー「第4」や、デル・マーのリヒャルト・シュトラウス、レッパードのドビュッシー、といった特異な演奏もある。
 これらを一通り聴いてみた時、それぞれの作品が誕生した伝統から離れたところで、どれだけの新しい解釈が可能なのかが見えてくる。演奏解釈の多様性について、これほどの多くの事例で応えてくれるシリーズはない。このBBC-RADIOクラシックスは、西洋音楽のゲストとしての位置を存分に生かしてきたイギリス人たちの、層の厚さ、歴史の長さの成果を知るよい機会となっている。(1996.7.2 執筆)


【ブログへの再掲載に際しての付記】
次回から第3期のリリース分を掲載します。


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ヴォーン=ウイリアムズ『海の交響曲』の美しさを満喫するサージェントの名演

2010年10月26日 13時02分27秒 | BBC-RADIOクラシックス




 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログにて、このシリーズの発売開始当時、その全体の特徴や意義について書いた文章を再掲載しましたので、ぜひ、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 以下に掲載の本日分は、第2期20点の20枚目です。



【日本盤規格番号】CRCB-6060
【曲目】ヴォーン=ウイリアムズ:交響曲第1番「海の交響曲」
【演奏】マルコム・サージェント指揮BBC交響楽団
    E.ブリッグトン(ソプラノ)、J.キャメロン(バリトン)
    ニュージーランド・キリスト教会合唱団、BBC合唱協会合唱団
【録音日】1965年9月22日


◎「海の交響曲」
 周囲を海に囲まれた島国、イギリスはヨーロッパ大陸の諸国とはかなり異なった接し方で、大海原と付き合ってきた。海洋王国が生んだ今世紀初頭の大作曲家ヴォーン=ウィリアムズの最初の交響曲が「海の交響曲」と名付けられたのは、その意味で象徴的だが、この声楽を伴った大曲を指揮しているのが、イギリスで国民的人気を誇ったマルコム・サージェントなのだから、この1965年にロンドンで行なわれたコンサートは、ロンドンっ子たちを相当に沸かせたことだろう。
 サージェントは、1895年に生まれ1967年に世を去ったイギリスの指揮者。1921年に、ロンドンの夏の風物詩として有名な〈プロムナード・コンサート〉(プロムス)で指揮者デビューをした経歴を持ち、第2次大戦後も〈プロムス〉の指揮で毎年のようにロンドンっ子を沸かせた。合唱指揮者としても今世紀最高と謳われ、ヘンデルの「メサイア」、エルガーの「ゲロンテウスの夢」が特に得意曲だったと言われている。このCDで共演しているBBC交響楽団とは、1950年から57年まで首席指揮者を務めた関係にあり、その後もこのオーケストラとは良好な関係を保っていた。この録音は、そうした時期のものだ。1967年に世を去ったサージェントの、死の2年前の録音に当たる。
 サージェントの合唱指揮は、前述のように定評のあるものだが、この「海の交響曲」でも、大規模な合唱団全体をよくまとめ、雄大、壮麗な海の光景を描き出している。響きが柔和で穏やかに広がるのは、録音のせいばかりではないだろう。呼吸がゆったりとして深く、温かい。サージェントの技術と趣味の上質な部分を十分に満喫できる演奏だ。この曲の均衡のとれた、ある意味ではシンメトリックな傾向とでも言えるような気品を踏み外すことなく、壮大な海のドラマを歌いあげている。合唱に関する限り、この作品の録音でも1、2を争う名演だ。これみよがしなところのない、美しい歌唱にしばし酔いしれて、遥か遠くの海に思いを馳せるには恰好のCDと言えるだろう。
 ソプラノのブリッグトンはオーストラリア出身で、サージェントの指揮するプロムスにも登場しており、またゲオルク・ショルティ指揮でロイヤル・オペラにも出演している。バリトンのキャメロンもオーストラリアの出身だが、1949年のコヴェントガーデンでの「トロヴァトーレ」によるデビュー以来、ロンドンでの活躍が中心となっている。1953年にはボールト指揮ロンドン・フィルによる「海の交響曲」でも歌っており、作曲者自身にも認められていたと伝えられている。(1996.2.3 執筆)


【ブログへの再掲載に際しての付記】
 ここまでで、第2期の20点が終わりました。次回から第3期のリリース分となりますが、その前に、第1期~第2期までの50枚のリリースが終わって、当シリーズを通して感じたイギリスの演奏全般についての私なりの考察が、当時の第3期用に配布されたパンフレットに掲載されていますので、それを明日以降の最初のブログアップ時に掲載します。このところ、年末に発行予定の著書の執筆の仕上げに追われていますので、しばらく、簡単にUPできるBBCのシリーズ以外のものはブログにUPできません。申し訳ありません。



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作曲者立ち会いの演奏会総練習を、副指揮者として経験したホーレンシュタインによるニールセン「第5」

2010年10月22日 11時07分15秒 | BBC-RADIOクラシックス




 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログにて、このシリーズの発売開始当時、その全体の特徴や意義について書いた文章を再掲載しましたので、ぜひ、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 以下に掲載の本日分は、第2期20点の19枚目です。



【日本盤規格番号】CRCB-6059
【曲目】ニールセン:交響曲第2番「四つの気質」作品16
         :「シンフォニック・ラプソディ」へ調
         :交響曲第5番 作品50
【演奏】ブライデン・トムソン指揮BBCウェールズ交響楽団
    ヤッシャ・ホーレンシュタイン指揮ニュー・フィルハーモニア管弦楽団
【録音日】1981年2月16日、1971年2月26日


◎ニールセン「交響曲第2番/第5番」
 デンマークの代表的作曲家、カール・ニールセンの作品を収めたCDだが、「第2番」が1981年、「第5番」が71年と、2種の録音には10年の隔たりがある。だが、そうした歳月をあまり感じさせないのは、1971年に「第5番」を指揮するホーレンシュタインの演奏に、その後の音楽状況にも通じる新しさが、この録音された時期に既にあったからだろう。今更ながら、1974年に世を去ったホーレンシュタインの前衛性に感心する1枚であり、この残された録音の少ない指揮者の演奏の記録が、またひとつ、こうした形で生まれたことを喜びたい。
 ただ、残念ながらこの「第5番」は、ホーレンシュタインの録音の残されたレパートリーを広げるものではない。ホーレンシュタインには、このBBC放送のための録音に先立って、同じニールセンの「交響曲第5番」の録音が、1969年3月に英ユニコーン・レコードのために行なわれ、発売されているからだ。オーケストラも同じニュー・フィルハーモニア管弦楽団だ。
 2年間の隔たりを経ても、それほど基本的な解釈に変更が加えられた形跡はさほどないが、旧録音の方が音楽の前進性が重視され、ひた押しに進行する勢いにまかせた部分が多く、それに比べると、このCDの演奏は、細部の緻密な動きへの関心が高まり、辛抱強くイン・テンポを守り切るため、より底知れぬ巨大な沈黙を背後に抱えたスケールの大きさが表現されている。また、オーケストラの側も、旧録音より当CDの方が、この音楽の、各パートの出入りの激しい独特の運びが、よく掴めており、確信あふれる指揮者の棒にぴったりと随いている。
 この作品の解釈については、ホーレンシュタインには並々ならぬ自信を持つだけの理由がある。彼は、この交響曲がミュンヘンの現代音楽祭で演奏された時、本番直前までの練習演奏の指揮を副指揮者として、作曲者ニールセン自身の立ち合いの元に行なっているのだ。1927年のことだ。ちなみに本番の指揮は、かのウィルヘルム・フルトヴェングラーだった。
 CDの収録順と前後してしまったが、「交響曲第2番」と「シンフォニック・ラプソディ」を指揮しているブライデン・トムソンは、ロイヤル・スコティッシュ・ナショナル交響楽団とのコンビで、英シャンドスに「ニールセン・交響曲全集」を録音している。トムソンも、既に1991年に世を去っているが、ホーレンシュタインよりもあとの世代のなかで、ニールセンの交響曲に取り組んだ指揮者の残した仕事として、これもまた重要なものだ。このCDは、ホーレンシュタインと、トムソンという新旧ふたりの指揮者がニールセンの交響曲に取り組んだ演奏が収められているというわけだ。(1996.2.2 執筆)



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イギリス音楽界の「合唱」の実力を聴く一枚。フォーレ『パヴァーヌ』も、コーラス付きの原曲で真価を知る。

2010年10月19日 09時49分58秒 | BBC-RADIOクラシックス


 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログにて、このシリーズの発売開始当時、その全体の特徴や意義について書いた文章を再掲載しましたので、ぜひ、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 以下に掲載の本日分は、第2期20点の18枚目です。



【日本盤規格番号】CRCB-6058
【曲目】マルタン:「二重合唱のためのミサ曲」
    デュパルク:モテット
    ブリテン:「みどり児は、お生まれになった」
    フォーレ:「管弦楽と合唱のためのパヴァーヌ」作品50
【演奏】ジョン・プール指揮BBCシンガーズ
    マーガレット・フィリップ(オルガン)
    ウエストミンスター大聖堂聖歌隊
    サイモン・ジョリー指揮BBCコンサート管弦楽団、
BBCシンガーズ ほか
【録音日】1980年9月8日、1983年1月12日、1983年4月19日


◎ブリテン「みどり児は、お生まれになった」ほか
 オーケストラ曲として広く知られるフォーレの「パヴァーヌ」のめずらしい合唱付き版がサイモン・ジョリー指揮で収録されている他は、かつてイギリスを代表する合唱指揮者のひとりだったジョン・プール指揮による近代の宗教的合唱作品が収められている。合唱はいずれもBBC放送局が世界に誇る合唱団BBCシンガーズで、ブリテンの作品では、それにウェストミンスター大聖堂聖歌隊が加わっている。
 指揮のジョン・プールはBBCシンガーズの指揮者を20年近くも続け、さらにBBC交響合唱団の指揮もしてコンサートに放送録音と、一時期イギリスで最も多忙な合唱指揮者として知られていた。現在は後進の指導と合唱曲の研究に、かなりを費やしているようだ。
 海外での演奏実績も豊富なプールは、レパートリーも幅広く、このCDでも、マルタン、デュパルク、ブリテン、それぞれの音楽の違いを的確に振り分けて表現している。マルタンでは動きを抑制しているが、デュパルクではオルガンの響きに乗せてゆるやかな流麗さを確保している。一転してブリテンでは、おおきな落差を付けて変化に富んだ音楽の彫りの深い表情を引出している。特に第5変奏、第6変奏では、その表現力の幅の広さが楽しめる。
 フォーレの佳曲「パヴァーヌ」は、もともと合唱とオーケストラのために書かれた作品だが、オーケストラ曲に合唱を付けたといった演奏が多いなかで、このCDに収録されている演奏は、思わぬ拾い物。フォーレのよく知られたこの古代的な旋律が、〈声〉のために書かれたのだということが、よく伝わってくる。声と木管とのからみあう美しさは、一度耳にしたら忘れられない。この曲の指揮をしているサイモン・ジョリーは、1988年からBBCシンガーズの首席指揮者となって現在に至っている。
 BBCシンガーズは1924年にBBC放送局によって創設された。総勢20数名で、一昨年の1994年に結成70周年を迎えた。放送局の専属だけに、古典から現代曲までの幅広いレパートリーをこなす実力を持っている。 (1996.2.3 執筆)




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ロジェストヴェンスキーがBBC交響楽団の首席指揮者に就任した頃に残したラフマニノフ『晩祷』の録音

2010年10月12日 12時58分17秒 | BBC-RADIOクラシックス





 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログにて、このシリーズの発売開始当時、その全体の特徴や意義について書いた文章を再掲載しましたので、ぜひ、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 以下に掲載の本日分は、第2期20点の17枚目です。



【日本盤規格番号】CRCB-6057
【曲目】ラフマニノフ:「晩祷~ロシア正教の典礼の為の」
          :「聖ヨハネ・クリソストモスの典礼」
【演奏】ロジェストヴェンスキー指揮BBC交響楽団
    BBCシンガーズ
    (合唱指揮)ジョン・プール
【録音日】1978年10月8日、1983年5月20日


◎ラフマニノフ「晩祷」ほか
 ロシアの指揮者ゲンナジー・ロジェストヴェンスキーは、戦後世代では最もイギリスとの関係が深い指揮者だろう。1978年から82年までは、ロンドンのBBC交響楽団の首席指揮者として活躍していたが、この有能な指揮者の国外流出を快く思わなかったソ連政府(当時)によって、82年に半ば強引に帰国させられた。もし、それがなければ、ロジェストヴェンスキーとロンドンの聴衆とのきずなは、更に堅固なものになっていただろう。
 ロジェストヴェンスキーとロンドンの聴衆との最初の出会いは古く、このBBC交響楽団の首席指揮者への就任の22年前にさかのぼる。1956年、ボリショイ・オペラの指揮者に就任した年のロンドン公演で「ボリス・ゴドゥノフ」を振ったのが最初と言われている。この時にはコヴェントガーデンでバレエ「眠りの森の美女」も指揮しているようだ。この時、ロジェストヴェンスキーはまだ25歳の青年だった。政治的に、いわゆる東側のヴェールの向うから突然登場した、若き天才指揮者を西側でいち早く評価し、以後盛んに招待演奏会のアプローチを続けたのはイギリスの音楽関係者だった。
 このCDは1978年の録音だから、ロジェストヴェンスキーがBBC交響楽団の首席指揮者となって、ロンドンとのきずなを強くしていた時期に行なわれている。彼の祖国、ロシア正教の典礼音楽を、イギリスの音楽家たちが学び取り演奏しているこのCDは、彼らのお互いの友情の証とも言えよう。
 BBCシンガーズは、ロジェストヴェンスキーを迎えたBBC交響楽団と同じくBBC放送局によって創設された。総勢20数名で、1924年に結成されたので、一昨年の1994年に結成70周年を迎えている。放送局の専属だけに、古典から現代曲までの幅広いレパートリーをこなす実力を持っている。
 余白に収められた「聖ヨハネ・クリソストモスの典礼」を指揮しているジョン・プールは、BBCシンガーズの指揮者を20年近くも続け、さらにBBC交響合唱団の指揮もしてコンサートに放送録音と、一時期イギリスで最も多忙な合唱指揮者として知られていた。ロジェストヴェンスキーを客演に迎えた1978年当時も、このコーラスの指導者だった。 (1996.2.3 執筆)


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ロジェストヴェンスキーのプロコフィエフ演奏の変遷を辿る――「ロシア的」なものと「モダーン」なもの

2010年10月07日 17時04分03秒 | BBC-RADIOクラシックス




 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログにて、このシリーズの発売開始当時、その全体の特徴や意義について書いた文章を再掲載しましたので、ぜひ、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 以下に掲載の本日分は、第2期20点の16枚目です。



【日本盤規格番号】CRCB-6056
【曲目】プロコフィエフ:交響曲第5番 作品100
           :《スキタイ》組曲 作品20
           :交響的タブロー《夢》作品6
           :女声合唱のための「白鳥」作品7
【演奏】ロジェストヴェンスキー指揮レニングラード・フィルハーモニー
       ロンドン交響楽団、BBC交響楽団、BBC交響合唱団
       アラン・シヴィル(ホルン)
【録音日】1971年9月10日、1976年1月25日、1980年10月15日


◎プロコフィエフ/交響曲第5番/スキタイ組曲ほか
 プロコフィエフの作品を作品を集めたこのCDは、いずれもロシアの俊英ロジェストヴェンスキーの指揮によるものだが、オーケストラが自国ロシア(当時、ソ連)と、イギリスとの双方の録音が混在している。そのことが少なからず、プロコフィエフの作品を描くスタンスの違いとなっているように感じられる。
 ロジェストヴェンスキーは、戦後世代では最もイギリスとの関係が深い指揮者で、1978年から82年までは、ロンドンのBBC交響楽団の首席指揮者として活躍していた。このCDでは彼のロシア時代、1971年のロンドンへの自国のレニーグラード・フィルとの来演。その後、BBC響の首席就任決定直前の単身でのロンドンでの指揮活動。そして、BBC響就任後の同交響楽団との録音の順に収録されている。
 このCDは、結果として、ロジェストヴェンスキーの中でのロシア的なものとの距離の取り方が、彼の置かれていた状況の変遷のなかで、たどれるものとなった。有能な指揮者の国外流出を快く思わなかった当時のソ連政府によって、82年に半ば強引に帰国させられたロジェストヴェンスキーだが、もし、それがなければ、彼とロンドンの聴衆とのきずなは、更に堅固なものになっていただろう。
 「交響曲第5番」はプロコフィエフにとっても重要な作品で、その作品の内実は一言では言い尽くせないものがあるが、ソ連のオーケストラを振ったこのCDの演奏では、作品の表層をさらっとなでてゆくような奇妙な楽天性がある。この曲が、暗い時代の淵を、出口を求めてさまようものであるよりも、まず第1に、何よりも勝利の歌であることを念頭に置いて、そこへ向かって突き進んでゆく演奏だ。ロシアの人々にとっては、それが全てであった時代があったことを、強く感じさせる。だから、第1楽章では、どうしても曲想の入り組んだ感じが伝わらず、平板になりがちで、10数分を支え切る粘りが足りないが、この作品の素材に対するロシアの人々の〈常識〉は、こうしたものなのだろう。第2楽章での、プロコフィエフがパリでの亡命時代に吸収したお洒落な色彩感あふれた遊びも、無機的な運動体のような動きを前面に押し出している。一方、ロンドンのオーケストラを振っての「スキタイ組曲」では、大産業都市ロンドンのオーケストラならではの機能美を十全に生かした演奏となっている。機械文明に冒され始めた今世紀初頭のヨーロッパの空気を吸ってきたモダニスト、プロコフィエフの面目躍如たる近代精神を表現するには、このオーケストラはよく似合っている。すっきりとしたリズムの切れ味が、土の香りのする旋律としっかり対峙している第2曲や、第4曲。あるいは第3曲の静寂など、当CDでの秀逸だ。 (1996.2.2 執筆)



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