怪しい中年だったテニスクラブ

いつも半分酔っ払っていながらテニスをするという不健康なテニスクラブの活動日誌

「アベノミクス批判」伊東光晴

2015-01-09 20:11:06 | 
心筋梗塞で倒れリハビリ中の伊東光晴先生ですが、アベノミクスにはどうにも我慢できないということで書いた批判の本です。アベノミクスだけではなく安倍首相の政治姿勢にも危惧を抱き、経済学の枠を超えた政治の問題にはできるだけ発言を控えていたはずですが、最後の第7章ではエンジン全開です。でも切れ味鋭いのはやはり経済学からみたアベノミクス批判の部分ですね。

最初にアベノミクスの第1の矢を見てみましょう。そもそも日銀の黒田総裁の量的・質的金融緩和には如何わしさがついて回るのですが、本当にその効果があったのか検証しています。日銀の大量通貨供給によって予想インフレ率が上がり予想実質金利が低下、設備投資が増加して景気が浮揚する。これを経済理論として妥当かどうか実証してみると企業の設備投資はわずかな金利の低下には影響されない。現実の物価上昇は政策意図とは異なり投資増、消費増の有効需要増加によってもたらされてはおらず、円安による輸入原材料価格の引き上げによるコストプッシュによっている。
それではアベノミクスの大きな成果である円安と株価上昇はなんだったのか。実はアベノミクスとは別の要因でもたらされたものであるとわかる。
株価を見てみると上昇要因は政権交代をもたらす衆議院解散以前から外国人投資家の買い越によって始まっている。そもそも日本株の売買の大きな部分が外国人筋でありその売買が株価を決めている。そんな投資ファンドがアメリカ株、ヨーロッパ株を買う余地がなくなり出遅れていた日本株に向かってきたということです。円安については欧州金融危機によりリスクオフの資金が大量に流入する中で円が独歩高だったのですが、欧州危機が落ち着くとともに資金は戻り修正されつつありました。財務省は公表されていない為替介入を何回かおこなっているのですが、円高是正のための円売りドル買いがアメリカ国債購入となるのならアメリカも黙認するという水面下の複雑な為替介入があり、アベノミクスとは直接関係ないところで進行したことです。
アベノミクスの通貨量を増やすことによって人々の期待を動かして株価上昇や円安をもたらすというのは一昔前の合理的期待仮説とレーガノミクスのようなものです。
こうやって思うと野田総理の解散は政権を担っていた民主党にとって最悪の時期を選んで決断したと言えます。逆に言えば安倍首相は株価上昇と円安進行を自分の政策の大きな成果とすることができ本当に運が良かった。運がいいのを自分の実力と思って勘違いしているのですが、世間もそう思っている、あるいはそう思い込まされているところが本当に運がいい。しかし、それで日本経済にとって良かったのでしょうか。
そもそも失われた20年とかデフレ下の15年とか言っていますが、経済の実績を見てみると小泉時代は実感がないと言われつつ好景気が持続していたし、実質経済は成長していた。バブル崩壊後をひとくくりにして全否定したい気分はわかりますが、実態はちょっと違います。物価上昇がわずかにマイナスということをデフレと言って日本経済にとって徹底的に退治しなければいけないことなのか。消費者にとっては決して悪いことではなく年金生活者にとっては理想的な時代だったのでは。逆に株とか資産を持っている人にとっては資産価値は上がらずに重苦しい時代です。税収が伸びず国債が累積している政府にとっては何とも苦しいし、借金をして事業を行うのは大変ですね。総じて現状維持に傾きやすくアンビシャスな姿勢がなくなる気分としてはどんよりとした時代に感じられるのでしょう。
しかし、生産年齢人口が徐々に減少して、最も消費する世代が年老いていく中で、潜在成長率は小さくならざるを得ないのに通貨供給量を増やせば問題が解決するというのは、ブードゥー経済学に思えます。
第2の矢の財政出動についてはどうでしょうか。その中心は「国土強靭化計画」として10年間に200兆円の対策を行うというもの。ところが2014年度の公共事業関連予算は国の予算として約6兆円、地方分担金を含めても8兆円の水準です。現在の国の財政状況から年20兆円の対策費など入り込む余地はなかったということでした。今の日本の公共投資は、その内の50%が維持管理、更新費となっており計画の実行は不可能なのです。更に言えば仮に出来たとしても、日本の海岸線を全部カバーすることは不可能で細切れの役に立たないものになる可能性が大です。
国債の累増という財政的制約の中での第2の矢としての財政出動は羊頭狗肉というか前政権と比べてもそんなに声を大にして自慢するものではないようです。
いよいよ第3の矢です。人口減少社会での成長戦略はイノベーション、即ち技術進歩が新しい商品を生み出し、新しい市場と新しい経営組織を創造することによります。しかしその内容は不明確で具体的道筋の時間軸がないものです。
この本では成長戦略として大きく言って3つの政策について検討し批判をしています。
第1は原子力政策です。高齢化と人口減少化が進む我が国において内需の増大が大きくは望めない以上成長戦略には輸出増加が必要、そのためにはトルコにインドに原子力発電の設備と技術を売り込まなければいけない。しかし原子力発電には廃棄物処理の問題が避けられず、福島も決して問題が解決していない。未来に対する無責任な政策です。
第2は労働政策ですが、派遣法を拡充し非正規雇用を増やすという政策は若年労働者の熟練の要請、再生産を阻害するもので、次世代への禍根を残すものになります。少子化対策をいろいろ言われていますが、今少子化で一番問題なのは若者が結婚しないこと(生涯未婚率の予想を見ると恐ろしくなります。非嫡出子の率が非常に低い日本ではこれこそが一番の少子化の原因と思われます)であり、その一番の原因は若者の所得が安定していないことなのです(詳しくは山田昌弘さんの本を読んでね)。今進めようとしている労働政策は日本の将来を危うくしていくのではないでしょうか。
第3はTPPですが、オバマ政権の迷走もあって交渉の行方も定かでなく、無理無理まとまっても妥協の産物でいわれるようなバラ色の世界になるとは思えません。
実は安倍政権が狙うものは経済ではなく隠された第4の矢、集団的自衛権を認めることであり、その先の憲法改正にあると思います。伊東先生は日中国交回復時の経験からもあたかも時計の針を戻そうかのごとくの安倍首相が目指しているものは絶対に容認できないと最後の第7章を書いています。経済学にとどまらないリベラルとしての立場から言わねばならないとの思いなのでしょう。ただナショナリズムに対して、冷静に対応するのは正直言って分が悪い。みんなに頭を冷やさせる英知が必要ですが、政治家は(そして一般大衆も)往々にしてナショナリズムをあおる威勢のいい議論を好むので、冷静な議論をするにも勇気が要ります。だからこそ言わなければならないという思いなのでしょう。
ハードカバーの本ですが7月に発行して10月で第5版、みんなこれでいいかと思いつつあるのでしょう。150ページほどの本で、口述筆記の部分が多くあるせいか非常に読みやすいので是非ご一読を。


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