木内昇さんという作家は11年に直木賞を受賞しているのですが、全く知りませんでした。ところが新聞小説で「かたばみ」を読んだら面白い。毎日、朝刊を開くと真っ先に読んでいました。その後知ったのですが、「昇」は「のぼり」と読み女性でした。何時だったか「英雄たちの選択」の田沼の回にコメンテータで出ていてご尊顔も拝見しました。だからどうだってことはないのですが、木内さんの本は読んだことがないままでした。
先日図書館の本棚をぼーっと見ていたらたまたま木内さんの捕物帳があったので借りてきた読んだ次第。
時代は江戸後期の水野忠邦の天保の改革時。北町奉行に遠山景元や南町奉行に鳥居耀蔵がいて、主人公は定町廻同心の服部惣十郎。臆病で全く気の回らないある意味常識人の小者の佐吉、対して有能で慧眼、万事に気が回って動きの速い岡っ引きの完治もとは浅草界隈で名代の巾着切りだったのを惣十郎が引き抜いてもの。惣十郎を密かに慕っている女中のお雅に、一時は屋敷の長屋に住んでいて親しい医師の口鳥梨春、そして亡くなった嫁の郁の父親で尊敬する町廻同心だったのに例繰方に左遷された悠木史亨と様々な人物が登場してくる。
最初は漢方薬種問屋の放火殺人事件から始まるのだが、とりあえず下手人は逮捕できたのだが、その裏には西洋医と漢方医による対立があり、種痘を巡る先陣争いがあった。日本に種痘が徐々に普及してくるためには、その裏に多くの試行錯誤があり、中には今でいえば医療事故になるのだろうけど、うまくいかなかった例も多々あったのだろう。
当時は天保の改革で蘭学への風当たりは強く、奉行所は上の方針に従って取り締まりに努めなければいけない。奉行所の中でも与力以下、方針に従って点数をあげなければいけないので、事件の検挙件数を競い合わなくてはいけない。そんな中、惣十郎は下手人を捕まえるだけでなくその背景動機を明らかにし、かつ事前に犯罪が起こるのを防ごうとしているのだが、それでは点数は上がらない。おまけに字は下手で書類を書くのが苦手。官僚組織の中ではなかなか評価は上がらないのだが本人としてはそれでもやむを得ないと思っている。
そんな惣十郎が、岡っ引きの完治や口鳥先生の働きもあって徐々に真相に迫っていくのだが、それは惣十郎にとっても苦い結末。謎解きなのでこれ以上書くとネタバレになるので、興味が持てたら読んでみてください。読売新聞連載の小説だったので、読みやすくて一気に読み進めました。でもこの惣十郎を主人公にした物語、脇役も生き生きと活躍していますし、この1作だけで終わるのはもったいない。完治、お雅、口鳥のその後はまだ一波乱ありそうで全部の伏線を回収していない。まだまだ続編がありそうで、続きを読みたいものです。
もう1冊は武田砂鉄の「今日拾った言葉たち」です。これは「暮らしの手帳」に連載していた2016年から2022年分をまとめたもの。丁度安倍政権から菅政権までとなるのですが、こうして改めて武田砂鉄さんが取り上げた当時の言葉を読んでいくと政権とその周辺の上から目線とご都合主義と欺瞞に唖然としてしまう。
もっとも昭和世代のじいさんの私は染みついた昭和の無意識の差別意識とか今となっては不適切な目線とかに気付かされることも多々ありました。生まれ育ち青春を過ごした頃の意識はそれを当然と思っているので、時代が変わっていることは分かっているつもりですけど、なかなか変えることが出来ません。
これを読んであの時代を改めて思い起こしてしまいました。と言ってもついこの間のことなんですけどね。