怪しい中年だったテニスクラブ

いつも半分酔っ払っていながらテニスをするという不健康なテニスクラブの活動日誌

真山仁「ブレイク」

2024-06-28 08:13:05 | 
真山仁が地熱発電をテーマに書いたもの。

日本は地熱発電の資源埋蔵量は世界第3位とか。さすが火山大国日本。
しかし実際の発電量は世界第10位。恵まれたポテンシャルを活かしきれていない。
この本では地熱発電推進に情熱を傾ける若手議員の仁科、地熱発電開発企業の開発責任者の玉田、与党エネルギー族の重鎮だった安藤大志郎とその息子の安藤幸二、官邸を取り仕切る総理補佐官の伊豆とかが地熱発電を日本に根付かせようと奮闘する様を描いています。
3.11東日本大震災以降原子力発電はなかなか再稼働も進まず、新設などは夢物語となってきている。一方で地球温暖化の議論は化石燃料での発電に対して厳しい制約条件となっている。
しかし原発はだめ、火力発電所もだめでは、この国の電力はどう賄えばいいのか。太陽光にしても風力にしても安定的な供給は無理でベースロード電源が必要となる。
ここで俄然注目されるのが地熱発電。CO2を排出することなく、燃料を輸入に頼る必要もなく、ランニング経費は至って安く24時間365日安定的に稼働できる。しかも日本にの資源量は世界第3位!まさにいいことばかりなのだが、進んでいない。有望な候補地は国定公園内など自然保護の必要がある場所が多く、温泉に影響があると言うので地元は反対する。さらに稼働に至るまでの建設期間が長く初期投資は多額になる。加えて風力とか太陽光の発電には利権が絡み地熱発電に目を向けさせない。
そんな中で地熱発電を推進する人たちを描くのだが、この地熱発電でブレークスルーする技術があり、私もこの本で初めて知ったのですが、「超臨界地熱発電」とか。もっともまだ世界で成功している例はなく研究段階なのですが、地下4~5kmにある400度あまりの超臨界水をくみ上げ発電に利用すると言うもので、大きな出力をえることが出来、火山のふもとで開発する必要はなく温泉湧出地域からも離れた立地が可能になる。超臨界水は強酸性で高温なのでくみ上げるには特別な耐熱、耐圧、耐久性が必要なので課題は山積みですが、既に5か所の候補地を選定して調査している。
なかなか素材としては興味深くてどんどん読み進めてしまいましたが、どうも小説としてはいろいろな材料を詰め込みすぎて散漫になってしまった感あり。登場人物ももっと絞って深掘りしてみた方がよかったのでは?
小説は紆余曲折を経て全国5か所で超臨界地熱資源開発が進み、いよいよ工事が着工するところで終わっている。今の日本のエネルギー事情は本当に憂慮すべきものだと思うので、可能性を秘め必要とされている地熱発電について考えてみるにはタイムリーな小説だと思います。
もう1冊はおなじみ宮部みゆきの三島屋変調百物語の8「よって件のごとし」
聞き手はどことなく頼りなげな三島屋の小旦那富次郎。

最初の話「賽子と虻」では年齢不詳で笑うことが出来なくなった餅太郎の冒険譚。玉の輿に乗ったはずの姉おりんが妬み嫉みからか虻の呪いをかけられ瀕死の状態に。姉を救おうと餅太郎は呪いの虻を飲み込んで、異界へ。そこは産土神ろくめん様の屋敷で八百神が集い日々ばくちに興じている。なんとなく「千と千尋の神隠し」を彷彿させられます。そこで美しい娘弥生に出会うのですが、ある事件からで神すむ郷は崩壊してしまう。なんとか餅太郎は無事人間社会に戻れるのだが、弥生はどうなり、餅太郎が住んでいた畑間村はどうなって父や兄、そして姉はどうなったのか。編み込み草鞋が出来たら三島屋で取り扱うとなったのだが、その後の進展はなし。どうもまだ後で何か出てきて謎が回収されそうですが少なくとも8ではそのままでちょっと不完全燃焼のままでした。
第2話「土鍋女房」は船頭が川の神の大蛇と結ばれる話で、民話でよくありそうです。
第3話は「よって件のごとし」。宇洞の庄の夜見の池と底でつながっていた羽入田村の黄泉の池。そこには地の底から腐れ鬼が出て来て人を襲い、嚙みつかれた人は「ひとでなし」となり同じように人を襲う。ゾンビの跋扈する世界ですね。助けを求めてきた花江とともに八郎兵衛、真吾、父の宗右衛門などが、羽入村へ行き「腐れ鬼」「人でなし」と戦う。必死の戦いの末に八郎兵衛たちは残った村人を連れて宇洞の庄へ戻ってくる。魔界からの脱出譚です。
最初の聞き手のおちかは臨月となり女中のおしまは、世話をするためにおちかのもとへ。兄も三島屋へ戻って来るのですが、まだまだ続くので早く続きを読みたいものです。
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6月24日鶴舞公園テニスコート

2024-06-26 08:09:26 | テニス
梅雨入りしました。
今週はずっと雨模様。
ところがこの日朝起きると晴れている。早くも梅雨の中休み?

とにかくテニスはできるので支度をして8時50分に家を出ます。
ところが雁道の交差点に出ると目の前をバスが通り過ぎる。仕方なく次のバスを待つのだが、来たのは6分遅れ。前のバスは定刻だったのに
それでも9時30分には鶴舞公園到着。

コートに行くと既にヤッターマン、えみちゃん、1059さん、はげ親父と乱打をしていて、ベンチには飲めない飲むと森の熊さんもいます。この日は私を入れて7人です。
準備運動をしてから私も乱打に入れてもらい、一回り。
暫し休憩してからじゃんけんして試合にします。
実はこの日は午後に監事を務めている社会福祉法人の評議員会があるので11時には早退の予定。そのためじゃんけんに入らず1番になりました。
最初の試合は飲めない飲むと組んで森の熊さん、ヤッターマン組という強力コンビとの対戦。最初から勝てそうもないのでまずは1ポイント取ると言う低い目標で挑みます。
ところが最初のゲームで森の熊さんがミスを何回かしてくれてサービスキープ。望外の1ゲーム奪取でした。その後も飲めない飲むのサーブが絶好調と言うこともあって、伯仲のゲームとなったのですが、やっぱり最後の詰めが甘くて1:3の負け。でも健闘したとしておきましょう。
休憩時間になるとみんな持参のビールを飲みだします。気温は30度そこそこだったのですが湿度が高くて蒸し暑い。ビールが美味そうでした。

私は午後に仕事なのでビールは飲めないと言っても1杯くらい大丈夫と勧めてきます。でもここで我慢して飲まなかった自分は結構意思がかたいと自分をほめておきます。
次の試合は連続での出番となり、はげ親父と組んで1059、えみちゃん組と対戦。
この試合は一進一退の展開だったのですが、いつものえみちゃんのロブ攻撃に辛抱できずに自滅してしまうというお決まりのコースが度々あり、最後のゲームも粘り切れずの落として1:3の負け。
息が切れるので年寄りを走らせるな。
ここで10時30分過ぎ。私はもう帰ろうかと思ったのですが、11時まであるならあと1試合やりなさいと言われて疲れた体に鞭打ってやることに。
今度はヤッターマンと組んで飲めない飲む、森の熊さん組と対戦。ここはヤッターマンが毎度ながら強烈ショットと素早い走りで圧倒します。飲めない飲むのサーブも早くも疲れ気味で最初に威力はなくなった。と言うことで4:0の完封勝ち。終わりよければすべて良しで気分良く帰れます。
ここで私はお先に失礼します。

段々薄雲に覆われてきたので蒸し暑いのですが、我慢できない暑さではなかったのが幸いでした。でも早く家に帰って着替えないと。
この日は会議開始が13時なので、ゆっくり昼食を摂る時間がなくて途中のコンビニでサンドイッチとコロッケを買ってそくさくと掻きこむあわただしいランチ。

サンドイッチにコロッケ、午後の紅茶とヨーグルトというメニューでした。
もはや滅多の着ることのない背広で出かけたのですが、やっぱり暑い。
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百田尚樹「橋下徹の研究」

2024-06-24 07:39:40 | 
百田尚樹さんの出世作の「永遠のゼロ」は非常に面白く一気に読んだ記憶があります。
日本軍と言うか日本社会の宿痾ともいうべき「熟練」を全く評価しようとしない体質を鋭くあぶりだしています。養成に手間と時間のかかる優秀な飛行機乗りを誰でもすぐにできるかのように使い捨てる現場を知らない上層部の机上論。その体質は今でも色濃く残っていて、ベテランだからこそこなすことが出来たこともコストの安い非正規に置き換えればいいと言う定員管理が横行していたのは私の以前いた職場。その理不尽さを小説としてうまく昇華させていて、さすがの才能に瞠目しました。
でも河村市長を取り込んで(抱きつかれた?)の保守党を結成した今の彼の政治的立場と言動にはほとんど同意できません。
百田さんは以前は維新の政策を支持していて橋下徹さんとは共感することが多くて親しく会食なども何度かしていたとか。私は橋下さんの部下としては絶対に仕事をしたくはないですし、大阪都構想などの維新の政策にも同意できませんので、二人は同じ穴の狢と思っていました。
ところが次第に百田さんが橋下氏の発言に違和感を感じ反対意見を述べると嵐のような反論が来るように。最初は百田さんと言っていたのに、いつの間にか呼び捨ての百田から百田のおっさん、ただのおっさんと呼称が変わってくる。論争を通してテレビのコメンテーターとしてマスコミに引っ張りだこで発言を続けている橋下徹氏に危険なものを感じただろう、論争の主にツイッターでのやり取りを中心に整理して橋下徹の人間性と理不尽さを追求したものです。

百田さんが論争してきた事柄としては「ウクライナ」「靖国神社」「上海電力の太陽光発電参入」などですが、驚くのは橋下氏が反論、罵詈誹謗を発信するツイッターの数の多さ。絶えずスマホを手にSNSを渉猟し1日に何回となく発信する。膨大な量のツイートは編集者がコピーして整理しているのですが、それをまとめるのも大変でしたでしょうが、読むだけでも辟易としてしまう。異様なほどの負けず嫌いで自分に対する批判については脊髄反射的に反論を重ねなければ我慢できない性格なのだろう。そういうところがテレビ受けするのだろうが、一時の感情に身をさらし反撃するのではなく沈思黙考して物事を整理して周囲に目を配ることも必要と思うのですが、それではテレビの短い時間では何も言えなくなって呼ばれないのか。
相手は弁護士で訴訟提起も多いので名誉棄損で訴えられるリスクを考慮して過去の発言は正確に引用し、原稿のリーガルチェックもしているそうです。
論争の行方はじっくり読んで判断してもらえばいいのですが、最後の方に橋下徹氏の人間性にも触れています。これはなかなか興味深く橋下氏には結構有効打ではないでしょうか。
橋下氏は2014年に新潮社を相手に名誉棄損裁判を起こしているのですが、発端は精神科医の野田正彰氏が新潮45に書いた「大阪府知事は病気である」と言う記事です。この中で野田氏は自己顕示欲型精神病気質の6項目のうち5つに当てはまるとしています。さらに橋下氏の高校時代の元教諭の証言を紹介しています。野田氏の記事の孫引きですが、
「地味なことはしない。伝達、伝言のようでコミュニケーションにならない。噓を平気で言う。信用できない。約束を果たせない。自分の利害にかかわることには理屈を考えだす。相手が傷つくことを平気で言い続ける。文化、知性に対して拒絶感があるようで、楽しめない。人望は全くなく、委員などに選ばれることはなかった」
大阪地裁では真実であることの証明がなく真実について相当の理由があったも認められないと新潮社に損害賠償請求の1割の110万円の支払いを命じました。
新潮社が控訴し、高裁においては、元教諭の証言を真実と信じるについては相当の理由があったと判断し、橋下氏の請求をすべて棄却。新潮社の逆転勝訴となりました。因みに上告は棄却され判決は確定しています。高校時代の同級生も同じ様な橋下評を証言しています。
ただ、「人望は全くなく、委員などに選ばれることはなかった」という点については選挙で圧倒的な強さで大阪府知事、大阪市長に選ばれている訳で、今でもテレビのコメンテータなどには出まくっていて、現状は真逆。百田さんはテレビ、マスコミに作られたものだからとしていますが、人望も素質がないものをマスコミが寵児として作り上げられるのか。私自身は橋下氏が出るテレビは見ないようにしていて、出ればチャンネルを替えるほうですが、虚像かもしれないけれどそれなりに視聴率を稼いでいるのなら、その誘因をもう少し深掘りする必要があるのでは。
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橋本治「性のタブーのない日本」

2024-06-21 11:41:17 | 
今年の大河ドラマは「光る君へ」紫式部が主人公です。
どうも平安時代の権力闘争というのは藤原家の中で誰が娘を天皇に嫁がせ寵愛を獲させるかの闘い。
武士の世界と違い力の勝負と言うか最後は戦って決着をつけると言うことではなく,とにかく娘を無事育てて天皇と結びつけ、子どもを産んで次期天皇とし、外祖父として実際の権力を掌握する。こうなると色気の勝負?ドラマを見る身としては齢70ともなると色恋沙汰はもう辟易としてしまい興味なし。
たまに見るとこんなのはあり得ないだろうと突っ込みところ満載で、文句ばかりとなっている。
では実際の平安時代の貴族社会での恋愛・婚姻事情はどうなっているのか。
橋本治さんがそこらあたりの事情を詳しく書いていて、少し古い(2015年初版)ですが最適の本になっています。

もちろん書いてあることは,神話の時代から明治以前まで網羅してあり、平安時代だけのことではありませんが、ここは平安時代の貴族の恋愛事情を中心に紹介します。興味を持ったら本を買うなりして全部読んでください。
平安時代の結婚は、女のもとへ男が3晩連続通うと言うステップを前提にしています。男は夜遅くやってきて夜が明ける前に帰って行き、家に帰ると女のもとに手紙を送る。随分面倒ですが、一日だけでやめやめたとか2日で手紙を出さずに来ないとか乗り逃げ男もいたはず。
当時は男と女が「逢う」と言うことは、夜、女のいる簾の中に入って逢う。簾の中は寝室と同じなので「こと」に及ぶと言うことです。百人一首の中で「逢う」という言葉が出てきたら、しかるべき実行行為を表している。う~ん、今ではそんなこと書いているとは思えないけど、当時の表現ではそんなことを書いていたのです。ちょっと歌の読み方が違ってきます。
夜、女の部屋へ入ってしまえばもはや着物をはぎ取ったも同然、侵入されたら終わりなのです。もちろん門前払いにすることはあるのですが、側につかえる女房が男に言い含められて手引きすることもあるとか。源氏物語の光源氏などは今の時代で考えればコンプライアンス上問題行動ばかり。セクハラなどと言う生易しいものではなく強姦で訴追されそうなことを平気でやっています。
当時の身分の高い女は男に顔を見せないことが原則で、部屋の周りに簾を下ろし、側に几帳を建てると言う密室状態にしてそこから出ません。顔を見せると言うことは裸を見せると同じで身を許していること?外部との接触を果たすのは女房ですが、その女房達も素顔を見せる訳でなく大きな袖で顔を隠しての対応。ドラマのように面と向かって話すなどと言うのはなかったはず。もちろん身分の下の労働者階級は女も顔丸出しですが、そういう女は貴族にとっては女とみなされていません。女房達も身分の低い相手に対しては石ころ同然なので顔をさらしてもいいみたいです。
当然ながら顔を見せないので、男は噂とかで勝手に恋をして夜に通う。男女とも判断の大きなポイントは和歌みたいですが、あまり美人とかどうかとかは自分で確かめられないみたいで、妄想を募らせ通って、ことに及んだ後、期待はずれだったこともあったようです。今のように照明がある訳でもなく、せいぜいが月明かり。夜暗くなってから忍んでいき夜が明ける前に帰るのですから、性交は可能でも顔を見ることが出来ないと言う変な世界ですが、そういうルールになっていたのです。
因みに当時は相続は娘に相続されるのが普通。貴族の息子には相続がないので女の家に通って家屋敷を自分のものにしたいし、女は財産はあっても自活できる生活能力がないので、生活を管理してくれる夫が必要になる。男も女も打算を腹に二股も三股状態になるのもムベなるかな。
そんなことを読んでいると今の大河ドラマ「光る君へ」はあり得ないとなります。でも真っ暗の中でうわさだけでくっついたり離れたり、お互いに顔を見せないでは映像化できないし、ドラマが成り立ちませんけどね。まあ、歴史ではなくて今の時代に合うように現代に移し替えた物語なんで仕方ない…
この本でもう一つそうだったんだと感心させられたのは藤原頼通について。道長の息子で宇治の平等院を作った人です。あの道長の全盛期から頼通の時代になると院政の時代へと変わっていきます。
頼通は30を過ぎても子どもがいなく、子作りに励もうといないので父からも母からもプレッシャーを受けます。娘がいなければ天皇の后にすることが出来ず外祖父としての権力基盤を作れません。最終的には母に使える女房との間に娘をなしているのですが、姉からも弟からもプレッシャーを受け大変なストレスだったと思います。そのせいか頼通はあまり女に興味がなかったみたいで寵愛する若者がいたとか。結果、摂関家の主流に属する后を持たない天皇や摂関家主流に属さない女性から生まれた天皇が誕生し、主導権が摂関家から天皇自身へ移行してしまった。天皇が譲位して上皇になると天皇の父として朝廷を動かすシステムを作れることになり、摂関家は人事権を失ってしまいました。
院政の時代は男色の時代の始まりとなる時代で、武士の時代へとつながっていきます。権力闘争の中心に戦いがあり男たちはこれを前提に存在し、女の地位は低くなって子どもを産むものになっていきます。
明治時代前の日本は、キリスト教的な倫理観とは無縁で性についてタブーはない私の知らない世界でした。
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6月16日木が崎公園テニスコート

2024-06-18 20:45:42 | テニス
この土日は雨のはずだったのですが、土曜の夜に雨が降って、日曜の朝にはやんで青空が広がっていた。

昼からは晴れて気温がどんどん上がるので暑くなりそう。

連日のテニスはあちこちに痛みを抱え故障しそうなのでボチボチとやることにして私は14時からスタートにします。
支度をして13時前に家を出て西高蔵から地下鉄でナゴヤドーム前へ。
地下鉄の乗車時間30分ほどは景色も見えないので閉塞感があって結構乗りごたえあります。
そこから歩いて10分ほどで木が崎公園テニスコートへ到着。ここは駐車場を増設したので1面につき4台停められます。

いや~、いい天気です。
既に森の熊さん、はげ親父、1059さん、飲めない飲む、えみちゃんと乱打をやっていて久しぶりのタケちゃんマンがビールを飲みつつ椅子で休んでいます。
私も準備運動をして乱打に入れてもらいます。
一回りして休憩を取ったら試合にします。
最初の試合ははげ親父と組んでえみちゃん、1059組と対戦。最初の2ゲームを落としてから盛り返し最後のゲームをなんとか取って2ゲームを連取。2:2の引き分けに持ち込みました。
この頃漸くかばちゃんが到着。13時には家を出たとメールがあったのですが、なかなか来ないのでひょっとしたら千代田橋緑地に行ったのではと噂をしていたら、その通りに。駐車場に入れたらコートでは知らない人がやっていたとか。予想通りの展開でした。
休憩時間ではえみちゃんの家庭菜園の野菜の頒布会。玉ねぎ、ピーマン、キュウリ、ナスと持ってきてくれました。私はなすは遠慮してピーマンと玉ねぎ、キュウリを頂きました。

次の試合は1059さんと組んではげ親父、えみちゃん組と対戦。この試合は一進一退の展開で、やたらとデユースを重ねるゲームもあったりして長くなりへとへとになる。結果はデュースを勝ちきれずに2:2とまたも引き分けに。
風はあまりなく日差しはきついので暑くて汗まみれとなります。暑さにあまり体が慣れていないので疲労感が増します。
そのためか私はビールを持ってきたのですが、森の熊さんはノンアルコールビール。

次の試合はえみちゃんと組んではげ親父、1059組と対戦。この試合でもデュースが何度も続くゲームがあり、2試合分ぐらいやった気分になります。結果はバネが切れて1:3の負け。
ここで16時近くになりはげ親父は用事があるとかで帰ります。
森の熊さん、えみちゃん、タケちゃんマンも疲れてもうあがるというので、残りの4人で最後のゲームをします。
カバチャンと組んで飲めない飲む、1059組と対戦。最後の試合ということで気力を振り絞り(それほどのことでもないのですが)互いに譲らず2:2の引き分けに。
ここで終了としたのですが、カバちゃんはもう少しサーブの練習がしたいと言うことでコート整備をおまかせして一人で居残り練習。
私はこの日は「父の日」でお酒の用意があるのでいつものように飲みに行くことなく帰宅します。
ところが16時過ぎから空を黒い雲が覆ってきて遠くで雷も鳴っています。

駅へ急いで帰る途中から雨が降り出してきて、どんどん激しくなる。10分ほど歩いていただけで結構ずぶ濡れになりました。晴雨兼用の日傘でも持ってくればよかった。
地下鉄で金山へ出ると金山は路面は濡れていたけど雨はやんでいる。
この日は疲れてしまったので金山から熱田イオン行きの無料バスで帰宅しました。

父の日のお酒は豚児の買ってきた「作・雅の恵み・中取り」です。

つまみはクリームコロッケとかサラダに加えて金山で買ってきた成城石井のチーズと鴨のスモークもあり美味しく頂きました。




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6月15日熱田神宮公園テニスコートとスシローのランチ

2024-06-16 11:14:38 | テニス
6月半ばというのに梅雨入りはまだ。
今週は土日と連続テニスの予約を入れていたのですが、どうせ一日は雨だろうと思っていたのに土曜の夜に雨は降っても昼間は何とか天気はもちそう。
二日連続のテニスは、足を故障したことがあり、ガラスの肘の私には躊躇われたのですが、無理せずに参加することにしました。
15日は朝9時からなので、起きていつものルーティンの体操をして家の掃除をすると出かける時間がすぐ迫ってきて忙しい。
結局8時35分に家を出て歩いて行きましたが、地下鉄を出てきたえみちゃんと遭遇。蚊杏里事務所からは手続きを終えたはげ親父が丁度出て来てコートに行けば飲めない飲むがいました。この日はちょっと見小野ヤスシさんがふくらはぎの調子が悪いとかで欠席のためこの4人だけです。
それにしても朝から暑い。
早速4人で乱打をやるのですが、4人だけなのでボレー・ストロークとほぼ30分念入りにやりました。
終わって休んでいると表面がカラカラだからと飲めない飲むが水撒きをします。

ひとりで全部やるのでちょっとだけ感心しました。
一休みしたら試合にします。
最初はえみちゃんと組んではげ親父、飲めない飲む組と対戦。コート面は水を撒いてもすぐに乾いてきて、相変わらずイレギュラーが酷い。ライン付近は特にバウンドが変わります。そこは条件としては平等なのですが、うまくそれを味方にした方が勝つと言うこと。この試合は3:1で勝利しました。
休憩になるとすぐにビールが出てきます。

この日はえみちゃんが畑で取れたキュウリを浅漬け、玉ねぎをマリネにして持ってきてくれたのでありがたくビールのつまみにしていただきます。
次の試合ははげ親父と組んで飲めない飲む、えみちゃん組と対戦。この試合ではげ親父はサーブで何と4回ネットインしてもう一度となりましたが、なかなか狙っても出来ない名人芸。この試合は3ゲーム連取したので完封勝ちかと思いきや、最後は決めてやろうと言う気持ちが強すぎて落としてしまい結局3:1。ここでは私が前衛にいると飲めない飲むに2本ストレートを抜かれてしまい、何とかやり返してやろうと言う思いが強すぎ逆にミスして自滅した?
この頃に足が痛いはずのちょっと見小野ヤスシさんが登場。近所なので散歩がてら見に来たみたいです。
最後の試合は飲めない飲むと組んではげ親父、えみちゃん組と対戦。そろそろ酔いが回ってきて疲れてきたのかミスを連発してしまい、デュース迄は行っても相かわらず肝心なポイントを取ることが出来ずに0:4の完封負け。それぞれのゲームは結構競っていたはずなんですけど。
終わってコート整備をすれば丁度11時少し前。
この日はちょっと見小野ヤスシさん、飲めない飲むと3人で昼食に行くことに。
この時間ならばまだすぐに座れるだろうと飲めない飲むの車でスシローに行きました。
予想通り待つことなくすぐに席につけたのですが、11時でも駐車場は結構いっぱい。席もだいぶ埋まっていました。
スシローは注文はタッチパネルで席までレーンで運んできます。
ガリとお茶はセルフサービスですが、最近ガリが値上がりしたとかでくらすしは大根の酢漬けとかだそうなのですが、ここはちゃんとガリです。午後から買い物に行く用もありここはビールは我慢してお茶をがぶがぶ飲みます。
私はカツオにサバにアナゴに海鮮3貫巻き。



アナゴだけ写真を取り忘れた。
各自4~5皿頼んで12時前に終了。
会計ボタンを押して会計なのですが、3人で2350円。

一人800円です。座席番号のレシートを持って行くとQRコードを読み込んで会計機で精算。座席を予約して席に着き鮓を注文して会計するまで従業員とは誰とも会話がありません。まあ、会計の仕方が分からないとかあれば呼び出して話をするんですが、仮に1人で来たならば誰とも話することない文字通りの孤独のグルメです。そういう時代なんですね。

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加藤雅俊「1日1分で血圧は下がる」

2024-06-16 09:17:39 | 
テレビを見ているとCМで血圧130以上の人は要注意扱いで何とか茶を飲みなさいと言っている。
日本では140:90を超えると高血圧と診断され要医療とされてしまうのだが、これには批判もいろいろある。
日本で高血圧と推定される人は約4300万人で降圧剤の消費量は世界の生産量の約5割とか!
日本は世界有数の長寿国のはずなのに血圧異常の人がこんなに多いのはおかしいのでは。降圧剤のおかげですと言うのはちょっと信じられない。
一昔前には血圧の基準は年齢+90だったのだが、加齢によって血管は弾力性はなくなり血圧が上がっていくのは自然で、素人考えでも年齢関係なく一律の基準は如何なものかと思われる。
そうは言っても私も血圧は気になって尊敬する病院の熊さんの言いつけを守って、毎朝トイレの後・朝食前に血圧を測っている。
総じて冬は高くて暖かくなると下がってくるのだが、日によってよく分からないけど妙に高い時がある。先日も150:95とほんまもんの高血圧の値が出てしまいました。
そんなこんなで図書館にあったこの本を思わず借りてきました。

血圧が高くなる大きな原因の一つは、血管が硬くなること。ところが血管を柔らかくする物質としてNОが分かってきました。となるとNОの分泌量を増やしていけば血管が柔らかくなり血圧も下がるはず。
NОは、筋肉を硬直させて一度血流を悪くしてから一気にゆるめることで、分泌量が増えることが分かっている。そのためには筋肉に適切な負荷をかける運動をすればいい。
ここら辺の論理展開は池谷敏郎さんの本でも読んでいました。その本を読んで以来、私はゾンビ体操を毎日やっています。
この本ではゾンビ体操ではなくて加藤式降圧体操というものを提唱しています。
具体的には「表裏体操」と「部位別体操」
表裏体操とは変なネーミングですが要は体の表側と裏側の筋肉を一度に効率よく刺激すること。

これは体が横たわれるところが必要ですが、短時間で効果を出したければ部位別体操4種類をやればいい。それぞれのやり方、注意事項は本を読んでください。気の付いた時にちょっとした時間に場所を選ばずできるので、気が向いたらやってみようと思っています。
これで一生血圧を心配しない体になるとか。
こんなに下がったと言う体験者の声というのも載せているのですが、個人がやってみたら効きましたと言うのはどうも怪しげな健康食品のCМみたいでちょっと内容を軽くしています。大規模比較調査を実施した上でのエビデンスを示してほしいものです。
薬に頼るのは危険と書いてありますが、これについては激しく同意。血圧は体の不調を知らせる大事なサインで、薬で無理に全身に栄養がいきわたらなくなる!こんなことを書くと製薬会社が困ると思うのですが、実は著者の加藤さんは薬剤師。業界では天敵になるのでは。まあ、医師は薬の副作用には詳しくないので薬剤師に相談しなさいと言っていますけど。
第4章にはあなたの血圧知識、間違っていますと、巷間言われている血圧に関する知識を吟味して明快に否定すべきところを述べています。どこまで信じていいのかという点はありますが、血圧の基準値、脈圧、減塩、コレステロールは悪者とかについて述べてあります。年齢、体格によって適正な血圧の値が違うと言うのはすとんと腹に落ちます。本当に怖い高血圧は急激に血圧が上がるとか呂律が回らなくなった時は医者にかかったほうがいいけどジワジワ上がる慢性高血圧はそんなに怖がらなくてもいい。まあ、自分にとって都合のいいところだけつまみ食いして自分は危険な高血圧ではないと思うのはいいことなのかどうか。
第5章では血圧を下げる生活習慣となっていますが、そんなに難しいことは書いてないので出来ることはやってみようと言う気になります。
因みに血圧を家庭で測るにはきちんと説明書に書いてある通りしてくださいとのこと。ばらつきがあるのは測り方が悪い場合も往々にしてあるみたいです。
池谷先生の本も併せて読んでみるといいと思いますが、私はしばらくはゾンビ体操を続けていようかと思います。

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佐藤千也子「オッサンの壁」

2024-06-14 14:18:23 | 
情報番組のコメンテーターで時折出演していることがある佐藤千也子さん。
学歴を見たら名古屋大学の文学部卒。学部は違いますが私より10年後輩。てっきり早稲田くらいかと思っていたのですが、名古屋大学とは。政治部の記者になる人はほとんどいなかったのでは?
ところで私が就職した当時はセクハラとかパワハラなんて言葉もなく、今振り返ると男社会で体育会系雰囲気がまん延していました。
まさにオッサンの世界でした。
このところ自治体の首長でパワハラ、セクハラが問題になって辞任に追い込まれてしまった人が何人かいます。たぶん自分が見聞きし育ってきた社会習慣をそのまま時代に適応させることなく今の部下にぶつけていたのでしょう。本人にとっては俺はこうやってキャリアを積み上げてきたのだから何が文句あるの。パワハラは教育の一環だし、セクハラは親愛のしるしで問題にする方がおかしいと思ているのでは。
今は職場でもコンプライアンスの順守が言われ内部通報制とかもあるのだが、政治の世界はいまだにオッサンの世界のまま。
佐藤さんの言うオッサンとは「男性優位に設計された社会で、その居心地の良さに安住し、その陰で、生きづらさや不自由や矛盾や悔しさを感じている少数詩派の人たちの気持ちや環境に思いが至らない人たち」のことです。すいません、私もどっぷりオッサンの社会に浸って生きてきました(過去形だと思っているけどまだ現在進行形もあるかも)。
この本は佐藤さんの新聞記者としての仕事ぶりを振り返りながら男性社会である政治の世界を論じているものです。

私としてはオッサン社会への批判はよく分かるつもりなのですが、この本を読んで一番興味を持ったのは新聞記者の仕事ぶり。
最初佐藤さんは長野支局に配置されるのですが、新人は警察・消防の「署回り」が通例で、朝一番7時に長野中央署に行き宿直警察官に夜中に何があったか聞きだすのが日課。ひとたび事件事故が起きれば最初に現場に出動しなくてはいけない。当時は携帯もなくカーナビもなくデジカメもなく写真もしなくてはいけないなので忙しい。女性の場合は身だしなみにもそれなりに時間がかかるので大変。私は若いころ顔も洗わずに起きて30分以内に出勤するのが常でしたけどね。
長野支局に3年いて異動の時期になるのだがひょんなことで政治部に配属される。政治部記者の1年目は首相番。官邸で首相に張り付く役ですね。
政治部には当然ながら「夜討ち朝駆け」があって、それが毎日。佐藤さんが当時の大島官房副長官の担当だった時は高輪の議員宿舎ロビーに午前6時過ぎに到着して待っている。政治家が出勤す歳の車に記者が一緒に乗り込み車中で話を聞く取材「ハコ乗り」。乗れる記者は3人まで。新聞社、通信社、NHKの8社ほどで毎朝、ハコ乗り競争をするのだが、夜遅くまで夜回りなど当然取材はあるので寝ることが出来るのは3時間ぐらい、この生活は私には絶対できない…ちなみに佐藤さんは入浴時間を削ったので最長で5日間風呂に入らなかったことがあったとか。
政治記者は記者クラブ制度に守られ記者会見の時に肝心なこと聞かないという批判は多い。大手新聞の政治記者は「記者会見で何も知らない他紙記者に質問を通してみすみす情報や問題意識を教えてやる必要はない。本当の勝負は、記者会見という表の場ではなく、裏の懇談取材やサシ取材でやれ」と考えていたみたいです。
そんな過酷な政治記者をこなしていくのですが、当然ながらセクハラについては実際に体験し、かつ見聞している。そんな実例も紹介しているのだが、夜討ち朝駆けしているとなんかの折に二人きりになることもあって危ない目に遭うことも。そんな時には同僚とか上司の対応が非常に大切になるのですが佐藤さんはその点では恵まれていたみたい。まあ、セクハラという言葉がそんなに広まっていない頃はさもありなんですけど。
佐藤さんはそこからキャリアを重ね、ワシントン特派員となり、論説委員になり、女性初めての全国紙政治部長になり、と順調に出世しています。本人的にはいろいろな思いがあって必ずしも喜んでばかりではなかったみたいですけど。
ところで佐藤さんが政治部長になれたのは自己分析によると「逃げない女」だったからとか。政治部長として仕事をしていくうえでオッサンの壁を社外ではあまり感じなかったそうですが、社内ではいろいろあったみたいです。社内では男社会の本音で対処されることが多かったからか。でも政治部長だった2年間は安倍一強時代で対外的には「オッサンの壁」よりも「安倍政権の壁」との闘いだったと言われると一部メディアを優遇し気に入らないメディアを排除する傾向の安倍政権の不気味さを改めて感じます。
国際比較すれば後進国といえるなかなか進まない女性の政界進出ですが、女性議員の壁についても1章割いています。高市早苗、野田聖子、稲田朋美と論じていますが今話題の小池百合子とか蓮舫とか辻本清美とかも取り上げてほしいのですが、佐藤さんはあまり付き合いがなかった?
オッサンの世界にどっぷりつかってきた我が身としてはもっと目を配らないといけなかったと反省しきり「どうもすいません」としか言いようがないのですけど、新聞記者の仕事ぶりも含めて一気に読み通せました。



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6月10日鶴舞公園テニスコートの後はガード下のお寿司屋さんへ

2024-06-13 07:42:29 | テニス
終わって6人でいつもながらのガード下のお寿司屋さん「徳すし」へ行きます。

どうも鮓の文字が看板によって「鮓」だったり「すし」だったり。
さて席についてまずは生ビールで乾杯。

いや~、冷たくて美味しい。
ビールを飲まない飲めない飲むとちょっと見小野ヤスシさんはお茶で我慢して頂き、最初にお寿司を頼みます。

ランチだとみそ汁にフルーツが付きますし、つまみは適当にシェアしてください。
でも最初に来たのはいつも頼むげその七味焼き。

そして焼きアナゴ。

う~ん、ビールが進む。
こうやって烏賊とかアナゴをつまみながらビールを飲んでいると最近は全く利用していないのですが瑞穂公園テニスコートのテニスの後でいつも行っていた「しげ寿司」のことが思い出されて一升瓶をキープして飲んだくれていたことが思い出され、年寄りの昔話に花が咲きます。大将が亡くなって店も閉店してからは終わって行く店もないこともあり瑞穂を使うこともほぼありません。あの頃はテニスよりも終わってからのお酒、今でも一緒か!
生ビールはなくなったので瓶ビールを2本。
どうも魚というより軟体動物主体になってしまうのですがタコぶつを。

飲んでの馬鹿話はいない人の悪口で盛り上がるのですが、この日のターゲットはОBさん。私が桜の季節にコート代を届けがてらお茶でもと誘ったのですが、体調悪いとか言いつつ拒否。結局コート代は郵送したのですが、返事もないので届いたかどうかも分からないまま。もう少し体調管理をしつつ社会に出てこなければ…
うわさ話で盛り上がったところで、さらにビールを2本頼んでから、我々も何かおなかが膨れるものをと言うことで鉄火・かっぱ巻き。

そこで大将が席まで来て菊芋の味噌漬けの巻きをサービスでもってきてくれます。

御年80歳過ぎの大将は足もしっかりしていてお元気です。
お元気ですねとヨイショするとさらにサービスでアワビの肝煮を持ってきてくれました。

辛いけど酒の肴にはぴったり。最初に出してくれても良かったかも。
コートから飲んでいるのでビールでお腹も膨れて打ち止めにします。
お勘定は10500円。一人2千円で飲めない飲むとちょっと見小野ヤスシさんは1500円とし、500円は基金に入れておきました。


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6月10日鶴舞公園テニスコート

2024-06-12 08:03:13 | テニス
予報より早く低気圧が通り過ぎて朝起きると雨はやんでいた。
それでも夜中に大分降ったのか路面は濡れていて、テレビをつけると東京は雨。雨雲は愛知県を通過して東京に差し掛かったようです。
早速出かける支度をします。クーラーバッグにビールとつまみとお茶を詰め込みます。

8時50分に家を出て雁道バス停に。交差点の信号が丁度いいタイミングだったせいか程なくしてバスが到着。いつも目の前を通過するのですが、こういう時もあるんです。
おかげで9時15分過ぎには公園に到着。この日はみんな9時30分に集合なのでちょっとだけ時間に余裕が出来た。せっかくなので公園を散策します。
先ずは噴水塔。

「虎に翼」でよく出てきます。公会堂が法務省の建物に見立ててあります。名大病院が見えるのですが、テレビではCGで隠してあります。
公園内はバラを始めとして花盛り。


アジサイの散歩道も見頃です。
さてコートに着くと飲めない飲むとちょっと見小野ヤスシさんがいてヤッターマンは丁度一緒になりました。暫くするとはげ親父も来て5人に。
それではボレーとストロークに分かれて乱打にします。
ちょっと見小野ヤスシさんはふくらはぎを痛めたとかで無理せずにやります。
一回りしたところで10時に森の熊さんが登場。毎度ながらの重役出勤ですが人数は多い方がいいので大歓迎です。
まだ梅雨入り前なので大陸高気圧の影響下でしょうか予想最高気温28度。夏の暑さではないのですが、動くと汗をかきます。
一休みしたらじゃんけんして試合にします。
最初の試合はちょっと見小野ヤスシさんと組んではげ親父、ヤッターマン組と対戦。穴がないヤッターマンが相手だと厳しいぎりぎりを狙わないといけないのですが、そのためこちらがKびしいところを狙いすぎてミスをしてしまい自滅。デュースまで持ち込むゲームもあったのですが、そこまでが精一杯。0:4の完封負けです。
休憩時間には暑いので用意万端だったのか、みんなからビールがどんどん出てきます。

次の試合はもう一度ちょっと見小野ヤスシさんと組んで森の熊さん、飲めない飲む組と対戦。ここは一進一退と言うかいい勝負で互いに譲らず2:2の引き分け。
休んでいると上空にヘリコブターが停止飛行。
何があったのか?消防とか警察のへりでもないし、報道でもなさそう。それにしても1か所に停まっていると結構爆音がうるさい。

次は組み替えてはげ親父と組みます。相手は飲めない飲む・ヤッターマン組。ここは最初2ゲーム連取されてしまうのですが、ここから踏ん張って2ゲーム奪取。何とか2:2の引き分けに持ち込むことが出来ました。
この時点で11時30分近く。もうやめようと言う声もありふくらはぎに問題を抱えているちょっと見小野ヤスシさんはリタイア。でもまだ時間はあるのでもう1試合。
最後はヤッターマンと組んで森の熊さん、はげ親父組と対戦。ほろ酔い気分でしたが最後の試合という割には競ったゲームが続き結局2:2の引き分け。疲れた~
15分前に終わってコート整備をして、さあ昼飲みです。

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