怪しい中年だったテニスクラブ

いつも半分酔っ払っていながらテニスをするという不健康なテニスクラブの活動日誌

2020年、大晦日に不要不急の一年を振り返る

2020-12-31 11:28:50 | Weblog
大晦日です。
猛烈な寒波が来るとかで、年末年始は引き籠りの日を過ごすだけになるのか。
コロナ禍で不要不急の外出は避けて静かに過ごしてください言われているので丁度いいかも、というか今年一年を象徴してる姿ですね。
初詣は事前に済ませてしまおうと30日に母を連れて熱田神宮に行ってきました。

それではどうも気が済まないのなら正月に地元の富士八幡へでも行けばいいでしょう。
大晦日の午前中はかみさんは仕事で、おせちが届く予定なので外出もままならず、テレビを見て過ごすことに。それにしてもまともな番組はやっていないのか。仕方ないのでBSで「新日本風土記」の再放送「東京紅白歌合戦」を見ていたのですが、思いもよらず岡林信康とか友部正人の曲が出てきて思わず2時間見入ってしまいました。改めて東京には歌があって名古屋には歌がないと感じ入るのですが、懐かしの歌を聞くと高校、大学時代がフラッシュバック、一人で見ているので頭の中に当時の記憶が止めどもなく渦まき、目頭が熱くなってきました。これはかみさんとは一緒に見られないかな。
まあ、これは一年の振り返りではなく老い先短い私の人生の振り返り…
閑話休題。
コロナで開け、さらに猖獗を極めている一年でしたが、振り返ると屋外で危険性はないと思われるテニスコートまで閉鎖されてしまい、飲みに行くこともできずに、例年の年一回の各種団体総会なども全部中止。手帳を見返すとお金を使う機会もなく小遣いが余ってしまい、家計から支出するべき固定資産税とか市民税まで私の小遣いから支出しています。
引き籠ってばかりもいられないので、公園の散歩は可能な限りして、結構頻繁に壁打ちもしています。テニスの腕前はまったく上がりませんでしたけど。
コートが使えるようになってからはテニスも再開して、今年は年39回。でも誰も参加者がなくて一人の時もありましたけど。終わってからはほとんどの時は反省会と言うか飲み会は行っているので、それなりに気を使いながら年間30回は飲みに行っていたことになります。
因みに年間パスを購入した白鳥庭園は45回の入場。高齢者は400円なので一回当たり10円を切りました。年が明けたらまた年間パスを購入して今度は年間50回を目標にしたいと思います。 
ところでこのブログでも本のレビューを書いていますが、今年は35回アップ。まあ、引き籠りだったので暇つぶしに本は読みました。図書館も閉館の時期もあって仕方ないので太宰治とか筒井康隆とか井上ひさしなどの本も再読したのですが、昔の本は活字が小さくて改めて目の衰えを実感した次第。
その中で今年の本を5冊選んで見ると、レビューの日付順に
「日本を殺すのは誰よ」新井紀子・ぐっちーさん
「年収は住むところで決まるー雇用とイノベーションの都市経済学」
「FACTHULNESS」
「銃・病原菌・鉄」ジャレド・ダイアモンド
「2020年6月30日にまたここで会おう」瀧本哲史
詳しくはレビューを読んでいただくとして、コロナ禍でソーシャルディスタンスが言われ、実際に会わなくても在宅勤務でいいとか言われているのですが、「年収は住むところで決まるー雇用とイノベーションの都市経済学」を読むとイノベーションはいろいろな多彩な才能を持った人たちが実際に会って刺激しあうことで生まれて来ていたということが分かる。画面を通してだけでは新たな発想は生まれてこないではと考えさせられる。「銃・病原菌・鉄」はまさに人類が病原菌との戦いの下でこうやって繁栄してきたということが分かります。分厚い本ですけど今こそ読んでみるべき本では。「FACTHULNESS」を読むと世界はそんなに悲惨な方に向かっているわけではないことが分かります。それにしてもマスコミは映像になるような、より耳目を引くようなことばかりを取り上げている。ともすればエキセントリックな情報に流されることなく、きちんとした統計で事実を冷静に見ることが大切なことよ。
ぐっちーさんも瀧本哲史も今はもう新刊を読むことができないのが残念ですが、取り上げた本は地方創生と言いつつ国の補助金頼りで分不相応な箱モノを整備して後で維持管理に苦しむとか、期限付きの補助金が切れた途端に雲散霧消してしまう事業とかの問題に鋭く切り込んでいます。しっかりしたマーケットリサーチをして自分で考え自分で試行錯誤しつつ輪を広げていくこと。それは瀧本哲史が繰り返して書いていることでもあります。瀧本さんの本で言えば「2020年6月30日にまたここで会おう」は講義録でもあり、著者の入門編として最適だと思います。ここから武器シリーズを読んでください。
とこれを書いている時におせちが届きました。

予報よりも早く雪がちらつき始め、それでも最後の1マイルは実際に人間が届けるしかなくて、年末年始は静かにと言われても宅配業者の方はこうやって働いている。若干後ろめたい気分もありますが、御苦労さまです。
それでは皆さんよいお年を。
新しい年は起死回生、復活の年にしたいものです。



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びっくりしてから、どうやって?

2020-12-27 18:46:12 | 介護
最近は夜明けが7時近くで、いつも新聞を読みながら東の空が明るくなるのを見ています。

雲の状態にもよるのですが、真っ赤に染まって見とれる時も。
残念ながら、建物に阻まれ日の出は見られないのですが、赤く染まる雲は不気味でもあり、美しい。
閑話休題。
火曜日と金曜日は母のディサービスの日なので、朝8時15分ごろには家を出て実家へ行きます。
先日、呼び鈴を押しても出ないので、鍵を開けてみるとどこかへ行ったのか靴がない。いよいよ徘徊が始まったかもと慌てて近所を探したのですが、母は独りで行ける範囲は限られているので遠くへは行っていないはず。ところが見当たらない。
警察へ連絡…その前に近所の人に聞くか…そんな考えが浮かんできたのですが、ふと見ると隣の喫茶店でコーヒーを飲む後姿が。慌てて店内に入って母にディサービスの日だから早く戻って支度をするように促す。敵は今日はディサービスかねと言いつつ悠然とモーニングの茹で卵を食べている。腹が立ちつつもグッとこらえて家に戻し支度をさせます。
無事ディサービスに送り出し、母のいない間に掃除、洗濯。
ところが洗濯をすると母のパジャマに焼け焦げた穴が何か所も。


びっくりして、火を使いそうな台所と仏間を見に行ったのですが、一応オール電化で直火は使わないし、焦げたようなところはない。仏壇のろうそくは電気ですし、火を使うのは線香だけなのですが、わざとする以外にあれほど大きな穴が空くとは思えない。
寝室を見てみたら、毛布もシーツも焦げた形跡はない。ただ、母はいまだに電気あんかを愛用しているのですが、年代物でコードも経年劣化が進み、配線がむき出しで焦げたようなところも。原因はこれぐらいか。

ディサービスが終わって母に聞いても「知らん」「忘れた」というばかりで、まともな答えがかえってこない。
とりあえず電気あんかは回収して廃棄。
エアコンを使えばいいのですが、リモコンの操作もまともにできないので、いつもああだこうだと言って使おうとしない。
仕方ないので後日コジマのワゴンセールで新しい電気あんかを購入して持って行きました。
ところがその後またしてもディサービスの日にパジャマを洗濯しようとしたら穴が空いている。

これで2着パジャマをダメにしたのですが、今度はどうして?
新しい電気あんかは設定温度50度で、低温やけどに注意とのこと。低温やけど防止のためタオルで包んで使ってもいいというのに焦げ穴ができるのは考えられない。
では一体どうして?
念のため電気あんかは家に持って帰り何時間かパジャマで包んだのですが、焦げるわけがない。一晩私が使ってみたのですが、問題ない。
では、どうして焦げ穴が?
寝室を見渡すと古いスランドライトとアイロン…アイロンもかなりの年代物でコードも危うい。スタンドライトの白熱灯を疑ったのですが、電球は切れていてコンセントも抜かれている。スタンドにパジャマをかけて熱を持ち、結果電球が切れた?
焦げた穴はアイロンで空けた穴とも見えないのですが、ひとまず回収。
原因定かではないので、気持ちが悪いのですが、そこから何日かは焦げ跡はなく、現在に至っています。
パジャマを着る本人が分からないというので如何ともしがたい。
穴が空いたパジャマを捨てるというと継ぎを充てればいいと激しく抵抗するし、なんだかなあ~


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瀧本哲史「2020年6月30日にまたここで会おう」

2020-12-25 06:58:13 | 
気鋭のエンジェル投資家であり経営コンサルタントであり、かつ京都大学の准教授となり教育者として京都大学で受講生が押し掛ける講座「起業論」を持っていた瀧本哲史、このブログでも何冊かブックレヴューしていますが、惜しくも、本当に惜しくも2019年に病のために夭折しています。残念です。
この本は京都大学での講義が評判になったころ、京都大学だけではなくてもっと広く門戸を開いてほしいという要望を受けて十代、二十代限定で東大の伊藤謝恩ホールで行った講義録です。

瀧本さんの熱い語り口や白熱したやり取りが、時折口にする冗談とともに、ビンビン伝わってきます。
巻末には瀧本さんの全著作が、簡単な紹介とともに載っていますが、2011年からの8冊を私は全部読んでいます。いずれも熱く心を揺さぶられますが、残念なのは基本的に若い人たちに向けて書いたものということ。齢60を超え、もはや新しいことに挑戦することもできない者にとっては、瀧本さんにいくら武器を配られ気合を入れられても、あまり活かしようもなく、これから荒海に漕ぎ出していく若者を支援することぐらいしかできないことです。
その意味ではこれからの日本を担う若者に是非読んでいただきたい本の数々です。
ところで今回の講義録は著書全部のダイジェスト版的なもの。言っていることは著書に詳しく書いてあることばかりなのですが、エッセンスが分かりやすく語られていて、どちらかと言えば最初にこれを読んでから、順番に武器シリーズを読んでいくといいのではないでしょうか。
ところでエンジェル投資家として成功し、金のことにはもはやあまり関心がないと言っているのに、どうして大学で教え、本を出版してと活動しているのか。根本は日本に対する危機感であり、資本主義、自由主義、民主主義をきちんと成立させるためには「自分で考え自分で決める」が超重要。それができる若い人を増やしたいので必要不可欠な「武器」を配っていくのだと。奴隷でも猿でもない、自分で考え、自分で決める「人間」になり、行動せよ!
瀧本さんは講義ではいつも結構バンバン指名して学生とやり取りしながら進めていくみたいで、この本でも聴講生とのやり取りとか質疑応答とかが結構あって、厳しめのことを言いつつも、若者に対する愛と期待が感じられます。
最終章の第6章「よき航海をゆけ」は質疑応答になっていて、少し紹介すると
・瀧本さんのエンジェル投資家としての投資の成功要因は?
→やっていることが非常にユニークで、どこかのパクリでないこと。加えてそれを実現できるようなチームだけでやっていることが重要。事業が全くうまくいかなくても、だれかがその会社を買収したくなる。そうすれば投資は失敗しない。
・絶対に人生において読んでいたほうがいい本3冊は?
→それは人によって読むべき本が違うから、そんな本はない。そういうバイブルみたいな本は嫌いです!
・なぜ瀧本さんは日本をよくしたいのか、世の中をよくしたいのか?
→自分のリソースを最大限に活用して、なるべくインパクトがあって、すごく困っているところが大逆転して一番よくなることがいい。「日本はダメダメだ!」みたいな本が売れているからこそ「底値」になっているので投資家としては「買い」の判断。
・起業していく時、アイデアをプレゼンするとパクられてしまう危険があるのですが。
→すごいアイデアと思っていても、ほとんどの場合に他の人も考えている。アイデアなんてものに価値はなくて、それをやるメンバーの実行力とかの方がはるかに重要。アイデアがどうかなんてことより、「あなただからその事業をやる意味がある」と言うことが極めて重要。誰かにしゃべったらすぐパクられて一夜にして抜かれるみたいなコモディティのアイデアなのだったらしたら、やめた方が賢明。
・「盗まれないもの」とはどういうものか?
→それはその人の人生です。「その人にしかないユニークさ」というのが一番盗めない。大学で学んだこととか、昔からの友人関係とか、その人が人生の中でもともと持っている「バックグラウンド」が一番の差別化要因です。
などなど。
実際の回答はもっといろいろな例を出し、説得力あるものですので、詳しくは是非読んでみてください。
最後に日本にはそんなに悲観していなくて、容易に復活し得ると思っていると。2020年までの8年が大事だから8年後の2020年6月30日に再びここへ集まって、みんなで宿題の答え合わせをしようと。
von voyage(よき航海を)、これは自分の判断でリスクを取っている自立した人間の挨拶。
ところでこの講義とその後はNHKが特集でやっていました。泉下の瀧本さんはこの講義の聴講生の何人にに合格点を上げたのでしょうか?
因みに一緒に写っている2冊の本はkill the time用に借りた本。益田ミリの本は最適でしたが、畠中恵の本はしゃばけシリーズの方が
断然楽しめたかな。

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12月20日木が崎公園テニスコートの後は3人で嘉文へ

2020-12-23 07:03:07 | テニス
大曾根まで歩いて、かつて何回か行った事があるおかみさんが不愛想な「平蔵」を目指します。

ところが閉まっていて、どうやら入り口の張り紙を見ると日曜休み。前からそうだった?

営業時間が早く終わるのは時節柄仕方ないか。
それではどこへ行こうかとなったのですが、そろそろ工事が終わって名鉄側の駅の2階の「嘉文」がオープンしたのではとなり行ってみることに。
果たしてだいぶ店の様子は変わってフードコートのようにオープンな雰囲気になったのですが、営業していました。
席も空いていて、6人掛けの隅の席を3人で占拠。ほぼオープンなので密閉ではなく、席も密集ではなく、間も空けて密接でもない。まあ、酒を飲んで気を許して声もついつい大きくなりがちで話してしまったのは事実ですかね。
ただしこの席は厨房への出入り口の横で、レジも通路を挟んだ横。店員がしょっちゅう通って行き、どうも落ち着かない席でした。
とりあえず、はげ親父は生ビール、私とタケちゃんマンはハイボールで乾杯。

つまみはこれもとりあえずの枝豆

結構量が多い。
続いてポテトサラダ

これも2山あって量が多い。さすが嘉文。値段も枝豆300円ですし、ポテサラは450円。量から言えばお値打ちです。
更にもう1品出し巻き卵を。

話していると、タケちゃんマンの娘さんは出産してもアメリカから出ることができずに、こちらから行くこともできない。かみさんはしょっちゅう孫とスカイプで話しているとか。でもタケちゃんマンは関心なしとか。目下の関心は行きつけのお店にこの状況で新しい子が毎月入ってくるので誰を指名しようかと言うことみたい。
そんなタケちゃんマンは家ではほぼ自炊生活なのでいつもながら揚げ物が欲しくて、海鮮てんぷらの盛り合わせ。

これはエビも大きくて豪華でした。
ここらで酒がなくなり、3人とも地酒から「ほしいずみ」をグラスで。

なんでも阿久比のお酒とか。でも阿久比だとあまりいい水がなさそうな気も。愛知用水の水じゃないの?
グラスは120mlです。もう少し多くてもいいのですけど。
最後にエイひれのから揚げを頼みます。

何故かえびせんが付いているのですが、エイひれは焼いたものしか食べたことがなくて、から揚げは初めて。でも揚げたてと言うこともあって美味しかったです。
隣の店は串焼き屋だったのですが、結構そこの店員の声が大きくて、こちらもついつい声が大きくなりがち。
それでも1時間ほどで終了にしてお勘定。
6138円だったので一人2千円で138円は基金から出しておきました。

12月のイベントと言うことで2千以上で出汁醤油がプレゼントされ、それぞれ1本お土産に持って帰りました。
まあ、家人に渡しても特に喜ばれることはなかったですけど。
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12月20日木が崎公園テニスコート

2020-12-22 06:57:54 | テニス
名古屋に初雪が降って寒い日が続いています。
日の出は6時50分ごろなので、最近は窓から朝焼けを見ることが多い。
この写真は我が家のベランダから見た6時55分の東の空です。

この日は雲もあまりなく晴れています。
朝はいろいろやる事があり、支度をして出かけれたのは8時50分。そこから地下鉄の西高蔵駅まで歩いてナゴヤドーム駅へ9時30分到着。そこから木が崎公園まで歩いて行くと9時50分になってしまいました。

コートに着くとえみちゃん、はげ親父、ゆうこりん親子が既に試合をしていました。
実はこの日はヨイショが来るとはげ親父情報があったのでほぼ1年ぶりの再会を楽しみにしていたのですが、当日ドタキャンとか。1059さんは軽い肉離れをしたとかで欠席。参加者はジュニアを入れて5人です。
私は準備運動して、試合が終わってからはげ親父に乱打を付き合ってもらいました。
暫くやってから、一休みして試合に。私は自動的に5番と言うことで試合をしていきます。
最初は、ゆうこりんと組んではげ親父、ジュニア組と対戦。軽く一蹴しようと思ったのですが、ジュニアはしばらくの間に長足の進歩をしていてあれだけ入らなかったサーブが入るように。なおかつリターンでストレートに鋭いショットを放ったりして、1ゲームを落とし3:1でした。とても一蹴とはならなかった。
次はそのジュニアと組んでえみちゃん、ゆうこりん組と対戦。デュースが続く結構接戦だったのですが、ジュニアはやっぱり縺れると確実性が落ち、私も肝心なところで凡ミスをしたりして終わってしまえば0:4で負け。
この日は気温は低いのですが、晴れていて、太陽の下だと汗をかきます。風もほとんどなくてテニスにはいい天気です。
続いて、えみちゃんと組んでゆうこりん、はげ親父組と対戦。一進一退の長い展開となったのですが、結局お互いに譲らず2:2の引き分け。
試合は続いて今度ははげ親父と組んでジュニア、えみちゃん組と対戦。この頃になるとあまり手を抜いたら痛い目に会うとジュニアにも本気を出して対応し、それでもデュースまで縺れるゲームもあったのですが4:0で勝ちました。
これで5人が1回づつ抜けて一回りしたのですが、まだ11時過ぎ。それでは最初に戻ってもう2試合しましょう。
最後の試合は、はげ親父と組んでゆうこりん・ジュニア組と対戦。途中で私に電話が入り中断、代わりにえみちゃんに入ってもらうなどバタバタしつつ試合は進み、結局は4:0で押し切ったみたいです。
ここで11時45分となってコート整備をしているとまさかのタケちゃんマン登場
聞くといつも朝ドラを見るので8時には起きるそうですが、色々体調管理に時間が必要で、木が崎は地下鉄を乗り継ぐ必要もあるので、午前中はこの時間が来れる時間の限界と言っています。一応来た以上なんかしなければということではげ親父が受けてサーブの練習を10分ほど。
これで満足したのか、12時で終了。
男3人で昼飲みに大曾根まで歩いて行くことに。
木が崎公園ではボーイスカウトがオリエンテーリングと炊き出しとか何やら集会をやっていました。

寒い中、御苦労様。
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「日本の少子化対策はなぜ失敗したのか?」山田昌弘

2020-12-19 06:54:16 | 
大変刺激的な題名ですが、確かに合計特殊出生率はいまだ低め安定していますし、最近のコロナ禍ではさらに下がるかも(著者もコロナ禍の影響は注目していて、少しあとがきで触れています)しれません。

山田昌弘先生はパラサイトシングルの言葉を造語、世に広めた人ですが、その頃より少子化対策についていろいろなデータに基づき分析、提言をしてきました。まあ、日本はありとあらゆる調査データがあるものだと感心していましたけど。
日本は合計特殊出生率で言えば、もう30年以上1.6を下回っている。さすがにこれではいけないと少子化対策なるものを行ってきているのだが、一向に成果は見えない。欧米諸国からは何と能天気な国かと思われ、少子化が止まらないなら(ドイツやイタリヤのように)移民を受け入れることをしないと国の将来どうなるという感想。一方東アジア諸国は日本を追いかけている面もあって、日本のようにならないためにはどうすればいいのかという関心が強い。どちらにしても結果から見れば当然ですが、日本は失敗したとの見立てです。
ではなぜ日本の少子化対策は成果を上げられなかったのか。
まず原因分析としては、要約すれば
①未婚化を問題にしてこなかったこと(当初は未婚化よりも晩婚化ととらえていたことと未婚化への政策対応が非常に難しいので触れたくなかった…個人的にもそこまで行政が踏み込んでいいのかという感覚はあります)
②経済的問題を軽視してきたこと(本気でやろうとすれば政策的には膨大な経費が見込まれ、かつ取り様によっては貧乏だから結婚できないのか、結婚差別的認識と言われかねない)
の2点。日本の少子化対策はこの原因にまともに対応していなく、そこにはいずれは世界は収斂するだろうと欧米モデルを日本に当てはめようとしたことにありそうです。
日本の少子化対策はモデルはスウェーデン、フランス、オランダなのですが、そこには日本と大きく違う家族観・価値観・慣習があります。
具体的には①子は成人したら親から独立するという慣習
②仕事は女性の自己実現であるという意識
③恋愛感情を重視する意識
④子育ては成人したら完了という意識
ところが日本では、生活上のリスクを回避すること、世間体を保つこと、子どもをよりよく育てることの優先順位が強い。子の自立意識が弱く、現実に18歳から34歳の未婚者の約75%が親と同居、親の家を出て同棲なり結婚して新しい生活を始めることは経済的に苦しくなる。さらに仕事による経済的自立が女性に求められておらず、仕事=自己実現という意識も弱い。このことは子育てと共働きの両立支援があまり効果ないことを示す。そもそも国の施策は大卒、大都市居住、大企業正社員のキャリア女性ではなく圧倒的多数のそれ以外の女性(大卒でなかったり、地方在住だったり、中小企業勤務や非正規雇用者)に届くものにしなければいけないでしょう。でもいろいろな審議会で委員になるのは高学歴エリート女性ですし、大きな声になるのはキャリア女性対象の施策ですけど。
現代日本の少子化の根本には経済格差が拡大しているにもかかわらず、大多数の日本の若者は中流意識を持ち続け、「世間並みの生活」をし続けたいと思っていることにある。今の若者の親世代は高度成長時代の生き残りで経済状況は比較易恵まれており、そこそこの資産を形成し、中流生活を送っており、そこにパラサイトしている若者も中流生活を送っている。でも若者一人で生活しようとすれば格差社会の中で非正規であればたちまち下流生活となる。将来を見据えた中流生活の保障がないので「男女交際」さえも始められない。
と言うことは、若者の将来の経済状況、中流意識を期待する意識、そのどちらかを大きく変える政策を取らなければ、少子化は解消しない。
今の若者をカテゴリー化すると結婚、出産を避ける層は「親が比較的豊かな生活水準を保っている」のに「自分が将来築くことができる生活は、親の水準に達する見通しがない」若者たち。この層が増えているのが少子化の原因との山田先生の見立て。
では少子化対策としての処方箋はというと
①結婚して子供を2~3人育てても、親並みの生活水準を維持できるという期待を持たせるようにする。
②親並みの生活水準に達することを諦めてもらい、結婚、子育てをする方を優先するようにする。
でも、どちらもちょっと考えただけでも難しい。格差拡大を阻止して、平等社会を築くのは政権交代どころか革命でも起きないと難しい。世間体意識を変えるということは具体的方策がなかなか思いつかないし行政が立ち入る範囲かという議論もある。
具体的な施策として、山田先生が挙げているのは地方自治体による結婚支援サービス。最近政府がAIを使ったカップリング事業に予算をつけたということですが、行政がやるべきかという議論はあるし、意識を変えるにはずいぶん迂遠な施策の気がします。
でも昔ながらのセミプロ仲人さんもいなくなり、見合いなどと言うことも絶滅危惧種となり、職場での出会いも減ってくるとなるととにかく結婚する若者を増やすには必要な一歩なんでしょう。とにかく婚外子が少ない日本では結婚する人を増やすのが一番の少子化対策と言うことです。
パラサイトシングル論以来の山田先生の持論を今の時点で集大成したものでしょうけど、豊富なデータの裏付もあって説得力があります。エッセンスだけの拙い要約になりましたが、詳しくはぜひ一読してもらえばと思っています。
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12月12日瑞穂公園テニスコートの後は八事を徘徊。

2020-12-16 07:43:30 | テニス
早めに終わったのですが、ここからハイリスクの男4人でご苦労さん会に行こうと思ってもお店の開店はほとんどが17時から。ひとまず地下鉄で八事まで行けば17時になるかも。
ところが地下鉄は駅に到着するとすぐに来て、八事に16時45分に着いてしまいました。いつも行く「美幸」も17時開店で中に灯りが付いていたのでドアを押してみたけど鍵が掛かっていた。西遊記も入り口に灯りが付いていない。
仕方ないので八事を徘徊することに。
道路を渡って灯りがついていてのれんが出ていた寿司屋へ行ったのですが、入ると17時30分からと断られてしまいました。

だったらのれんを仕舞っておけよ。
戻って17時まで待って美幸に移行かとも思ったのですが、少し先にも灯りがついている店が。
行ってみると16時開店。ここにしましょう。

居酒屋の「魚道」です。
ウナギの寝床のようなお店で入り口はカウンターですが、そこを通り抜けるとテーブル席。当然ながらテーブル席には誰もいない。一番奥のテーブルを占拠することに。

とりあえずの生ビールをはげ親父と1059さんが。タケちゃんマンは熱燗の大です。

私はハイボール。

魚卵の煮つけが突き出しで出てきます。
まずはやっと席に着けてホッとしながら乾杯。
お勧めのメニューからメヒカリのから揚げ。

深海魚でたまに魚売り場で見ますが、から揚げにすると美味しい。でも予想より大きなものが出てきました。できればもう少し小さくても4尾出してほしかったですね。
ここは寿司も出せるのですが、メニューの値段は1貫としつこいほど店員が言う。回転すしではないから分かります。
その寿司をタケちゃんマンがいくらとアナゴと忘れたけどもう一つ、はげ親父がイワシとサバで注文。

サバは私が頂いたのですが、ねっとりして美味しかったですね。
もう1品、エイひれを。

揚げ物が欲しいタケちゃんマンのためにてんぷら盛り合わせを。てんぷら盛り合わせはメニューにある盛り合わせとお勧めの盛り合わせとでは品目が違うみたいで、お勧めにしました。

海老に太刀魚に野菜と何とかでしたが、写真は食べ散らかしてほとんど残っていない状態。
揚げたてで美味しかったですけど。
ここで私は日本酒で「開運」を。

結構日本酒の種類は豊富で選べました。
残りの3人はひれ酒に。

料理はカキフライを2人前。

このカキフライも1人前3個でしたので2人前にしました。これも1人前4個だと1人前で済んでありがたかったのですけど。
もう1品、烏賊の干物を焼いたもの。

これは出てきたものが小さかったのでブーイング。今烏賊が高いから仕方ないか…
当然ながら既にひれ酒を飲み終えていたので、熱燗を追加。ひれ酒に継ぎ足せるように熱々でお願いします。
ひれ酒を飲んでいない私も熱燗のおこぼれは頂きます。
それにしてもタケちゃんマンは今日は飲む量が少し多いのでは。誰も勧めていませんので自己責任でお願いします。
早い時間でしたので、空いていてテーブルは少し小さかったですが、席は密ではなく、人数も4人、ジイさん4人で大声を出すでもなく世間話をして、混む前の18時過ぎの1時間ほどで終えたので、時節柄ですがこれはこれでいいことにしましょう。
終わってバスで帰ろうとしたのですが、30分に1本のバスが丁度出たところ。仕方ないので地下鉄で帰りました。

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12月12日瑞穂公園テニスコート

2020-12-14 07:22:36 | テニス
この日は朝から雲が厚い。
7時前に東の空を見ても明るくはなってきても太陽はまったく見えない。

今回は神宮東公園からバスで行くことにして13時45分過ぎに家を出て、公園を通り抜けます。
午後からは雲も切れて太陽が顔を出す時もあるのですが、風は結構強い。北西の風4~5メートルでしょうか。
公園はすっかり冬模様になってきて、池には鴨がいっぱい。

公園の少女像には誰がかけたのか花の首飾りが。

この季節でもこんな花が咲いているんだ。どこから摘んできたのだろう。ひょっとして花壇の花を勝手に摘んでしまった?どうも子どもの仕業ではないような。
バスは定刻通り来て乗客は3人。瑞穂運動場西へ14時15分には着いて、そこからせかせか歩くと25分には着きました。
この日はグランパスの瑞穂陸上競技場での最終戦。駐車場は当然ながら満車なのですが、いつもなら歓声やら鳴り物やらで騒々しいのですが、時節柄大きな歓声は聞こえません。
コートは4番コート。すでにはげ親父、1059さん、えみちゃんといるので早速乱打を始めます。程なくタケちゃんマンも到着して5人に。
乱打を一回りやったら休憩してからじゃんけんして試合に。
最初ははげ親父と組んで1059、タケちゃんマン組と対戦。この試合は最初の2ゲームを連取。次のゲームからはデュースの連続の長い試合になったのですが、最後のゲームを何とか押し切って3:1で勝利。
次の試合は1059さんと組んでタケちゃんマン、えみちゃん組と対戦。この試合はミスが続き私のサービスはラブゲームの負け。つられて1059さんもミスって1ゲームを取るのがやっとで1:3の負け。
北隣の1番から3番コートは工事中とかで立ち入り禁止。トラ柵がしてあります。

と言っても何も工事はしていなくて、なんじゃろな~
確か照明灯の電気工事とかなっていたと思うのですが、植え込みにはそれらしきものも。

体育館が完成するので今仮設の送電線を本線に変えて行くのでしょうか。
遠く瑞穂陸上競技場からは歓声ならぬ拍手がかすかに聞こえてきます。
次の試合は、えみちゃんと組んではげ親父、1059組と対戦。ここは一進一退の攻防を何とか最後押し切って3:1で勝利。
この時点で日はだいぶ傾いてきたのですが、まだ時間があるので1059さんの代わりに休んでいて体が冷えてきたタケちゃんマンを入れてもう2ゲーム。体が冷えていてうまく動かないのか2ゲーム連取して10分前になったので終わりにします。

丁度太陽も建物の陰になろうとするところです。
私から頂き物の銀杏(祖父江の3Lという上物)をおすそ分けして終了にしました。

一箱頂いたので一人15粒づつ分けたのですが、まだまだ家で一人でつまみにするにはたくさんあります。

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岩村暢子「日本人には二種類いる」

2020-12-12 13:03:43 | 
このブログでも紹介した養老先生との対談を読んで、興味を持ったので岩村暢子さんの本を読んでみました。

色々なデータを駆使して非常に説得力のある議論なのですが、それによると1960年以降に生まれた人とそれ以前では、大きな断絶があって育てられ方とか考え方、行動原理が違うと。
それでは1960年に何があったのか?こういうマクロの話なので例外は多々あり当然ながら厳密に1960年1年でガラッと変わった訳ではないのですが、色々な指標が転回点であることを示しています。
出産場所ですが、50年台までは自宅がほとんどだったのですが、60年には施設出産とほぼ半々になり、以後圧倒的に施設出産になります。私は54年生まれですが病院生まれです。商家で自宅で産む場所もなかったこともあったのでしょうが、それはちょっと先進的。ちなみに恋愛結婚も増えています。働く人の内サラリーマンが5割を超えたのも60年。公団住宅が本格的に普及してくるのも60年くらいから。家庭の熱源が薪や木炭から電気プロパンガスに替わり水道普及率が5割を超えたのも60年。三種の神器とか3Cとか騒がれて家庭にすごい勢いで家庭用耐久消費財が普及してくるのも60年前後です。
そんな60年生まれの子どもは、おばあちゃんの経験より育児書を参考に、各種ベビー用品に囲まれ育てられる。権威主義的姿勢で大人の望む型に子どもをはめ込んでいくのではなく子ども一人一人の違いを個性として認め子ども自身の心を重んじる子ども中心の育児が推奨される。団地住まいは基本核家族で母親は専業主婦として家庭教育を担うことを期待されていく。
食べ物も60年頃から粉ミルクと離乳食が普及してくる。国産ベビーフードが初めて発売されたのは60年、それまでは2~3歳まで母乳中心でおかゆか重湯を与えていたと言われるとホンマかいなと思ってしまいます。
そんな60年以降生まれに合わせて、社会はどんどん変わっていきます。
ファミリーレジャー時代が幕開き、全国各地に子ども連れで楽しめるレジャー施設が出来てきます。カメラも普及し、レジャー支出の中で外食費も大きな割合を占めるようになってきます。
そんな60年以降生まれは生まれた時からテレビっ子。おやつも飴やせんべいからケーキとかチョコレートの洋菓子類が出て来てスナック菓子へと転換していきます。コカ・コーラとかファンタが出てくるのは58年とか。遊びもめんこ、おはじきからプラモ、ミニカー、プラスチックブロック、キャラクター模型と関連グッズ、着せ替え人形と大きく変わってきます。学習机とかランドセルが本格的に普及するのは60年生まれが入学するころ。それまでは勉強するのは茶の間のちゃぶ台だったと言われるとそうかもしれない。
子どものお稽古事が人気を集め拡大していったのも60年代。家庭料理は洋食化推進の中で肉や肉加工品、油脂をたくさん摂るためにメニューが変わり、味付けも油脂系調味料を使うようになってきた。レタス、キュウリ、トマトなどの洋野菜が増え、果物でもバナナ、イチゴ、レモンなどが家庭の日常の食生活に登場してくる。ラーメンとかカレーのインスタント食品が爆発的に普及しだし、60年以降の人は生まれた時からインスタント食品を食べていた。こんな食体験が加工食品への嗜好になっているかも。
食卓の会話はテレビ中心になり、家族の関係やコミュニケーションにも影響を与えるようになる。
朝食の欠食も60年代半ばから顕在化し、暮らしの中で年中行事が衰退し始め、古くからの行事食が廃れ始めてきた。核家族の中の中心的存在であるわが子の「誕生会」や子どもの喜ぶクリスマス会の方が重視されるようになってきた。家事や家業を子どもに手伝わせることはなくなり、代わりに子どもたちはアルバイトをしている。
縷々書いていくと確かに60年以降生まれが成長していくに従い大きく社会が変わり、その傾向が今も連綿と続いている。
54年生まれの私としては、その変化を子どものうちに垣間見た部分もあって、腑に落ちないながらも理解できる部分と理解できない部分が混在しているのですが、読んでいて非常に面白い論でした。
一緒に写っているのは、内田樹の「サル化する世界」。最初に題名の解説をしていますが、朝三暮四のサルのように物事を刹那的にしかとらえられないように世界がなっているということ。ブログや文春オンラインに書いたものをまとめているので、結構既読感があったのですが、改めてまとめて読むと知的好奇心を刺激されると言うか自らの蒙昧に目を開かされます。AI時代の教育論が一番印象に残りましたが、この教育がどうあるべきか深い憂慮とともに考えさせられます。本来長期的に考えなくてはいけない制度を、短期的な「当期利益至上主義」で設計していくことの恐ろしさは実感します。
2冊とも読みやすくて、呆然と世間を眺めていた私のものの考え方を揺さぶられました。お勧めします。
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12月5日熱田公園テニスコートの後はまたも二人で

2020-12-09 14:42:28 | テニス
終わってコート整備して管理事務所に鍵を返してもまだ16時40分。
タケちゃんマンに付き合って二人で飲みに行くのですが、いつも行く西高蔵の近辺のお店は開店は17時。だんだん暗くなってきて風も出てきたので店の前で待っているのもつらい。
確か神宮前の商店街なら16時開店の串揚げ屋さんがあったはずなので今回は神宮前に行きましょう。
とりあえず南に歩いて行き、地下鉄の神宮西まで来たのですが、その時点で16時50分。神宮西の駅からすぐのところに以前から気になっていた「おやじダイニングしょうぶ」という店があるのですが、そこも17時開店。でも10分前なら声を掛けたら入れてくれるかも。

ダメもとで店に入って17時まで待つので入れてくれませんかというとオッケーの返事。ただし18時30分までのお席ですというのですが、ふつう1時間あれば十分なので、文句なしで了解。席に案内してもらいます。

とりあえずのビールとなるのですが、ここは結構お酒の種類豊富で充実しています。

それならばいきなりですが、お酒に。
どれにしようか悩むところですけど、確か宮城県のお酒だったはずの浦霞に。タケちゃんマンも付き合います。

う~ん、表面張力。零れるので口をグラスに持って行く水鳥飲み。辛口です。
まずは野菜と言うことで親父サラダをハーフで

これは海鮮サラダで、サーモンとかの刺身も入っていて美味しい。もう大人になったのでミニトマトも一緒に食べてしまいます。まあ、ミニトマトならほとんどトマト臭さはなかったですけど。
焼き枝豆も。

枝豆を殻ごと焼いただけですけど、香ばしくて熱々で出てきたので、一工夫ある枝豆でおいしいのですが、最初は豆を取り出すのも熱々でちょっと大変。
飲みながら話していると、タケちゃんマンが高木ブーさんと会ったという話に。なんでも最近のタケちゃんマンのことをよく知っていたので不思議に思っていたら高木ブーさんはこのブログを読んでいるとか。ありがたい話ですけど、タケちゃんマンのことは結構いろいろ書いているのでやばいことはなかったか?タケちゃんマンによると変な話は出なかったというので、ちょっと安心。一応気を付けてあまり赤裸々なことは書かなかったつもりなので大丈夫なんだろうけど。高木ブーさん、書いてあるのはまだまだ序の口だと思ってください。
タケちゃんマンによると高木ブーさんは最近は断酒してかえって落ち込んでしまい調子悪いとか。お酒が飲めるようになったら是非一度また一緒に痛飲したいものです。連絡を待っています。ブログへのコメントでもいいですけど。
自宅ではいつも自炊しているので、どうしても油物が減るタケちゃんマンはカボチャとレンコンのてんぷらを頼みます。

塩か味噌で頂きますが、タケちゃんマンは塩をふりすぎ、気を付けてください。もっとも血圧は大丈夫だそうですけど。
ここでお酒をもう1杯。今度は千寿にします。

やっぱり千寿は飲みやすくて普通に美味しい。
つまみはスモークの盛り合わせのハーフ。

北寄貝にチーズに竹輪とかまぼこ、ピーナッツをスモークしたものです。
もう1品、居酒屋の定番メニュー、どて煮。

18時過ぎるとお店はどんどん客が入ってきて満席に。
18時30分までの約束だったので18時15分にはお会計に。

会計は6420円。一人3200円の割り勘にしました。ちなみにレシートを見てみると3円は端数割引きしてありました。





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