ローテンブルク/ドイツ 2012年11月
1991年生まれ、現在はドイツに住み、ドイツ人のパートナーと暮らしている。
日本の大学に在学中、一年間ドイツに留学。帰国後卒業し、再び留学するが中退、アルバイトしながら書いていたブログが編集者の目に留まり、新潮新書でデビュー。とこんな感じの来歴の方。
わかりやすくて面白かった。日本人とドイツ人、似ていると言われるのは三国同盟を結んだ元ファシズムの国、ともに敗戦を経験した親近感からかもしれないが、この本読むと、似ているところはほとんどないように思う。
場の空気を読み、意見を言わずになんとなく結論が出る日本の組織。片や、言葉を尽くして納得するまで話し合うドイツ人。
学校制度、会社組織も違う。大学へ進学する資格を取るのが大変、勉強したくないのに大学進学するようにはできてない。大学の勉強もとてもハード。結局、著者は卒業歩断念したとか。やはり日本の大学は楽と思った。
社会に出てからも、日本では何よりも和が大切、上には逆らわず、下には面倒見る。ドイツでは一人一人の責任の範囲が明確、自己主張もきちんとする。
若い世代の比較文化論、面白かったです。
日本でも昔は若者がデモしたり、大学で闘争したらしいけど、私にとっては近代史みたいな感覚だそうで。
そうですか、私にとっては一昨日、一週間前くらいの感覚ですが。
ディンケルスビュール/ドイツ 2012年11月
ドイツの印象。ドイツ的なものしか置いてない。
生活の必要物資は安く、服飾品も質実剛健。
清掃がよく行き届いている。街はラッシュ前に清掃車が出て、落ち葉など集めていた。
合理的で徹底している。とまあ、旅行者から見た印象です。
この本にもあるけど、食事は質素。あまり料理もしないそうです。和洋中、何でもある日本は贅沢だけど、毎日の食事の支度に日本の女性は縛られているかも。
昔の給食、指導が厳しかったですよね。私より一回り以上お若いようですが、やはりそうだったんですね。
私のクラスでも、食べられなくて泣いて、それでも許してもらえず、午後の授業中泣き通し、掃除の時もまだ泣いている子がいました。
先生も意地になっていて、あれは何だったんだろうと今になれば不思議です。
戦前は男なら軍隊、女なら怖い姑様がいるので偏食は咎められましたし、戦後しばらくも食べ物の好き嫌いはわがままという風潮がありましたよね。
嫌いなものは仕方ない。そう言えるようになったのは世の中に食べ物が十分に出廻ってからと思います。
子供のころ、嫌いなもの強要されるのはさぞお辛かったことでしょう。
何をどう食べるかは、時代と家庭の事情が深く刻まれていますよね。その意味では今はいい時代になったと思います。