美濃屋商店〈瓶詰の古本日誌〉

呑んだくれの下郎ながら本を読めるというだけでも、古本に感謝せざるを得ない。

影響の図書館

2013年05月10日 | 瓶詰の古本

   何故に人は死に至るのか。死の意味に意味はない。意識を譫妄へ錬磨し、狂想に昇華させる、語の真の姿としての影響が、人の存在をその証とするとしても、人々の死は、そして私の死は何故のものか。一個の統一が、ある捉えがたい空間と、同時に時間の帯を貫いているとしたら、我々はひとりびとりがひとつの記憶ないしは文字に同じと定められているのだろう。無用の文字は、いずれ消滅の突当たりにたどりつくのだろうか。ある種の祈り、呪い、夢想の込められた文字が影響の図書館に生き続けるのだろうか。
   人は生という軌跡を、決められた筆順通りにたどってそれぞれ固有の文字となる。文字は言葉を形造る。ただひとつの文法にしたがって、ただひとつの発音によって、人は文字となり、文字は図書館を築き、図書館は全次元に満ち渡る書物を創り出す。すべての智慧、すべての歴史、すべての恋情、そして、すべての鮮血も、やがてひとつひとつ文字となって、図書館に永遠に積み重ねられる。時色をし、辺際ない響きを木霊する文字として刻み込まれる。
   影響とは、それらの文字を言葉となす文法であり、綴じ糸であり、書架であり、図書館そのものである。文字と解義に寄せる人の偏執は、人たる存在の有り様がしむける一切のむくいであり、統一への予感はただひとつの文法があることの自証にほかならない。一人の死はひとつの死でしかないように、文字一文字にはいくばくの意味もない。だが、ある文法のもとに参集した無限に連なる文字の列ならば、あるいは何ごとか語ることがある。

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