か ら け ん


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ソウル発緊急電!!秘密法反対デモの声がテロで右翼の街宣は無害なのか。

2013年12月08日 | ニュース

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自民党の石破茂幹事長は11月29日付の自身のブログで、特定秘密保護法案に反対する市民のデモについて「単なる絶叫戦術はテロ行為とその本質においてあまり変わらないように思われます」と指摘した。         朝日新聞

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つまり、庭の池の鯉のくせに水面で跳ねたりするな、鯉はおとなしく水面下にいろ、という意味のことを、彼はブログで言った。たしかに絶叫戦術は低脳のやることで街宣車などがその例だ。

ルールから逸脱した表現の自由はありえない、ことを述べたわけだ。ここまでで思考停止するのがいる。

無理かも知らんが頑張って考えろ。国が国民を保護して表現の自由を与えているのか。人がここに住む前に日本は存在していたのか。なら、縄文人は渡来したとき転入届を出したんだな。

少なくとも明治以降の国民は、一方でナショナリズムの熱狂に酔い餓死の危機に目をつむり大陸に目を向けた。ところが一方で労基法の改正は進み、現在の労働者に対してすら守られていないほど充実したものになった。このとき、空から労基法が降ってきたのか。そこには弾圧に負けず戦った国民がいたからできたことだ。

その戦いの根拠は言論の自由にあった。自由な言論は情報となり人々に伝搬した。なんとあの戦前のファシズム国家の下ですらそれは可能であった。

デモがテロだという言い方は、飼いならされたよい子は柵の中でおとなしくしてね、という考えに基づくこ。彼、石破は「アホへの子守歌」を歌ってやったつもりになっている。

たとえば、公害対策基準法。大正時代、この法律は、世界最高水準のクリーンさを要求するものだった。

おつむが足りないと、こう言う。公害対策を厳しくすると経済が発展しない。ところが同じバカが、日本の公害対策技術が褒められ欧州の公害が深刻化すると、どうだ日本は先見の明があるだろう、と臆面もなく言う。

あまり長くなる理屈は考えられないんだな。例示はここまで。

さて僕の言いたいことは何だろう。法律が表現の自由を守っているような形態をとりつつも、本当は表現の自由が権利の具体化を進め法律に明記させているんだ。ここにデモの多少の音量はこらえなければならない根拠がある。石破には、理解は無理だろう。

あの戦前ですら、西欧列強と比較すれば極貧で餓死する絶望の平均寿命40才の国民が、ここまで労働三権を、環境権を、普通選挙権を、教育を受ける権利を、曲がりなりにも確保できたのは、隠す国に対して国民が戦ったからだ。

それがまさに表現の自由じゃないか。あの自民党ですら騒音防止を条例にとどめ、法制化を見送っている。まだこの政党には理性のカケラがある。

石破、街宣車の音量も絞ってもらおうな。

 

 

(ソウル発緊急電となっていますが、このブログは福岡で書きました。ただこのタイトルで秘密保護法について続けてきたのでこのままいきます。次回は、戦場カメラマンの渡辺陽一さんとお話しする機会がありましたので、彼のこの法律に関する考え方とぼくの考えを述べます。いろんな有名人(芸能人ではありません)に会っていきます。)(鯉の写真は佐賀県、清音の滝の鯉料理店のものです。絶品。)

 

 

 

 

 


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