か ら け ん


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おねだり韓国の礎を築いた男 朴正煕  8

2013年01月18日 | 韓国

朴正煕は同僚上官を殺しながら、自ら大統領らしきものになったと宣言するや、ぬけぬけしくも「民主主義はちょっと待て」とぬかす。ついでに売春宿の摘発を行い国民の人気取りをした。

先にも書いたが、自国民を殺してでもほしかったのは自国向け低開発国援助だった。しかし、ここで忘れてならないのは、これはおねだり韓国の戦後最初の姿であり、10年粘っておねだりしてもこれ以上日本に出す気がないと見ると彼はまさに妙案を思いついたことだ。

ベトナム戦争に韓国軍を派遣する。これには全く理由がない。戦うなら北朝鮮と戦え。苦戦していた米軍はこれ幸いに派遣を認め、韓国軍はベトナムで残虐悪事のかぎりをつくす。数万におよぶ韓国人とのあいの子孤児に対しては責任をとっていない。

韓国兵は残虐だったが解放戦線は強かった。ヘナチョコ左翼は民衆を味方につけた祖国解放のエネルギーが勝利したとかいう。これほど解放戦線に失礼な話はない。戦争は強い方が勝つ。韓国兵は死体袋に入って帰国した。頭が悪かったからだ。体が弱かったからだ。銃の狙いが甘かったからだ。だが残虐行為は帳消しにならない。

彼ら哀れ韓国兵は米兵の7分の一の給料で放火殺人強姦をしてかえり道には殺された。そしてその給料の大部分は強制預金させられ総額10億ドルとなる。つまり日韓基本条約に基づく日本の韓国向け低開発国援助より多い。

「朴正煕は開発独裁をおこなった人で、ある程度は人権抑圧も仕方ない」と言われる。とんでもない。人権抑圧をしたか、朴正煕は。彼がしたのは殺人だ。韓国の田舎に行けばどこでも丘の上に刑務所と学校が見える。飴と鞭を展示しているのだ。

日本からの10億ドルに飽き足らずあげくのはてに不足分を自国民の血であがなった。ベトナムからの兵隊の預金をピンはねしたのはちょうど10億ドルだった。

しかもそのカネの一部はわいろとして日韓の政治家、右翼、山口組に流れた。

仕組みは簡単である。正当な価格には入札が必要だ。日立は独占的にソウル地下鉄工事に介入し入札を暴力的に排除してもらい、不当に下げられた工事代金の差額がそれぞれの日韓のボス達の懐に入った。

あわててケチがつく前に急場しのぎで電車を作ったために、日本の援助の流用で作った1号線だけ左側通行でソウルは乗り換えが極めて不便だ。

これも援助に巣くうダニ達のモニュメントと考えれば悪くないかな。とにかく通学には苦労した。生粋のソウルっ子が戸惑うんだから。

まだある。電車が地下に潜るとき、右と左(上りと下り)がクロスして編んだロープみたいな曲芸をして地下に潜る。右側通行と左側通行を入れ替えるのだ。死んだ兵隊のカネで造るんだ。そんなにあわてて日本製にする必要はなかったのに、ただし賄賂が要らないとすればの話だ。でないと横やりがこの時とばかりくる。じゃあ、あわてて作るしかないな。

Posted at 2012/08/28

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