メキシコの隅っこ

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表現とは何か

2005-11-13 10:00:53 | 植物
今日はカンペチェに行ってきました。日帰りで。
ので、道々また写真を撮ってきたわけですが。

実は数日前、友人から紹介してもらったサイトに、
表現ということに関して、小説と写真に絡めてこんなお話がありました。
以下ちょっと引用しますが。

「このお花はきれい。パチリ」っていうんじゃ、これは写真にならない。
それは記念写真であって、表現とは言えないと思います。
そうではなくて、そのお花を撮影したいと望んでいる自分の気持ちを見つめる必要がある。
「自分はこのお花を撮ることによってなにを表現したいのか?」っていうことをぎりぎり問いつめて、
ぎりぎりの場所に自分を追い込んだ瞬間にシャッターを切ることが表現になります。


うあ~、そうなのか。
お花きれい、ぱちり。
あ、猫がかわいい、ぱちり。
わーい、スタジアムだ、ぱちり。(いやそれは記念写真だろ?)
ではダメなのか。

いやぁ、小説だったら、ちまちまちまちま書かなきゃなりませんから、
一応何を書きたいのか、何を表現したいのか、考え詰めます(たぶん)。
でも写真はシャッター押すの一瞬だもんなあ。
動物だったら、自分をぎりぎりまで追い詰めてるうちにシャッターチャンス逃しそうだし。

で、今日行ったお宅の庭に、バカでっかいトウヒの木がありまして。
もう景気よく天に向かってぬおおおお~~っと伸びている。
その松葉(?)がまた、気前よくだら~~~と垂れ下がって、
いいですねえ、こういう惜しげもなく伸びやかな姿。
その下に立てばウッソリと暗く、
短く細かい松葉が実に愛おしく見えるわけです。

待ってるあいだ暇だったんで、
あ、写真撮ろ、と思ったとき、はた!と上の言葉を思い出してしまいました。
そうか、うわーすごい、ぱちり、じゃダメなんだ。
よし、ではやってみようじゃないですか。
自分をぎりぎりまで追い込んで、何を表現したいのか考え詰めて。
松葉は逃げないし。

同じサイトの次のページだかに、
写真を撮るってことは、そのフレームの外にはみ出していく世界にお別れを言うことです。
という言葉もあり、
まぁ素人なりに、何とかの考え休むに似たりを実践し、
周りの世界にさよならを告げて、
こんなもんかな、と出来上がったのが、これ↓



えええ~! これのどこが!?
とか、
何が表現したかったの?

とか訊かないように!!!

そこはほら、写真ですからね、
写真で表現したいことを言葉で説明してはダメなのです(逃げ。

でもタイトルはつけてもいいかも?
「襲いかかる緑のエイリアン」

あ、閲覧者がますます少なくなってしまいそう……。
明日はもうちょっとマシなのを出します、たぶん。
逃げないで~~!