花耀亭日記

何でもありの気まぐれ日記

東京都写真美術館「液晶絵画」(1)

2008-09-07 06:45:05 | 展覧会
東京都写真美術館「液晶絵画-STILL/MOTION」を観てきた。

予備知識も殆ど持たずに観たので一層面白く感じたし、タイムリーなことに展覧会チラシの表は何と森村泰昌《フェルメール研究(振り向く絵画)》であるし、私的にとても楽しめた展覧会だった。


森村泰昌《フェルメール研究(振り向く絵画)》(2008)

「液晶絵画」と題するように展示作品も絵画を意識したものを集めている。会場の薄型液晶パネルにビデオ作品が映し出される様はさながら絵画のようで、映像の「静」と「動」は互いに侵食・共鳴し合い、時間と空間を超越した不思議な世界を見せてくれた。絵画好きには興味深い作品ばかりで、ビデオアートの面白さの一端を教えてもらったような気がする。

と言うことで、印象的だった作品をいくつか挙げてみたい。


■《水の森》千住博
現代版《松林図屏風》だと思った。8面パネルは屏風を意識したものだろう。


千住博《水の森》(2008)

湖畔の森の樹木が霧靄のなかに薄く濃く立ち並ぶ。湖畔を渡る風は木の葉を揺らし、湖面に細やかな小波を広げる。あ、鳥が…と思う瞬間、画面を横切り飛び去って行く。静かな湖畔の風景に風が微かな動きを加え、絵画とは違う時間と空間が広がって行くのがわかる。

しかし、詩情あふれる風景が醸し出す幻想と現実の間の曖昧な霧靄は、吹き渡る風に一瞬現実の顔を見せるのだ。近づいて良く見ると、樹木のグラデーションが3層ぐらいに重なっており、画像処理で微妙な揺れを作っているのがわかる。湖畔の波もCG処理によるものだろうと想像された。山種美術館で観た《松風荘襖絵》の瀧を髣髴する。後で知ったのだが、羽田第2ターミナル《朝の湖畔》をデジタル映像化した作品だと言う。

思うのだが、絵画が静止した一瞬の画面に永遠を封じ込めるものだとしたら、映像は永遠から対象を解き放つものなのかもしれない。


■《浮上するフェルガス》イヴ・サスマン
白い靄(埃?)が立ち込めた画面から事故にあったかのような老若男女が重なり合う姿がゆっくりと現れる。苦しみ助けを求めて蠢く男女をスローモーションでゆっくりと映し出していく。

私的に「フェルガスって誰?浮上するって??」という疑問を持ちながら見ていた。誰かがきっと助けられるに違いないという漠然とした確信があったが、では、画面の誰が助けられるのか?フェルガスなのか? ミステリーのようにフェルガス探しをしながら緊張感にあふれたスローモーション画面を見守った。(でも、20分は長かった!椅子が欲しかった!!)

帰宅してからネットで調べたら、ケルト神話に「子供を運び去る暗き者フェルガス」って出てくるらしいが、この作品との関連性は不明だ。それに近いビデオ映像の結末ではあるけれど、でも、フェルガスは「母」のような女性?やはり「子供」のような気もするし...?

東京国立近代美術館「わたしいまめまいしたわ」でビル・ヴィオラ《追憶の五重奏》を見た時もスローモーションの身振り表情から《キリスト哀悼》のような絵画的雰囲気が濃厚に漂っていたが、今回のサスマン作品にもドラマチックな古典絵画的人体構図・表現などが見られた。

思ったのだが、スローモーションは限りなく絵画に近づく。そう言えばロベルト・ロンギもカラヴァッジョ作品を映画のフォトグラム(フィルムの1コマ)に例えていた。すなわちカラヴァッジョのドラマ性は映像表現に近い。ビデオはフィルムではないが、瞬間(静止画像)の連続である。

さて、長くなりそうなので次回に続く。尻切れトンボにはしないつもりだ(^^;;;。だって、次は動く「静物画」なのだから!


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2 コメント

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Cojicoさん (花耀亭)
2008-09-08 02:35:19
こんばんは。
私もビデオアートの面白さがようやくわかってきたばかりです(^^ゞ。今はデジタル化されているので、ますます映像の可能性が広がるように思えます。

千住博氏も面白かったですが、静物画も興味深くて面白かったです。Cojicoさんのコメントを頂き、焦って続きを書きましたよ~(笑)
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Unknown (Cojico)
2008-09-07 20:40:03
花耀亭さん

読んでいて、幅広い映像の可能性に驚きました。
不思議な世界につれてってくれるんですね。

千住博氏の屏風も見たいですが、”動く「静物画」”に、もっと興味をそそられます。
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