遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『ペトロ』 今野 敏  中央公論新社

2015-04-03 09:24:28 | レビュー
 この作品は、碓氷弘一シリーズの第4作目のようだ。2009年の『触発』を読んだ。その後『アキハバラ』『パラレル』という作品が出ている。本書末尾の広告で知ったので近いうちに読んでみようと思っている。
 この作品のタイトルは、キリストの十二使徒の一人、聖ペトロから取られている。

 駒込署管内のマンションで順供大学の教授鷹原道彦、56歳の妻が扼殺され殺されていた。発見者は帰宅した道彦である。ストーリーはここから始まる。鷹原は徹底した実証主義の正統派考古学者であり、発掘された物だけで古代史を研究する物証主義の研究者である。その妻が自宅で殺害されたのだ。道彦は5年前に前妻と離婚し、昨年に再婚した。被害者は教授の教え子で鷹原早紀(さき)、34歳。旧姓は植田。順供大学文学部史学科考古学専攻の講師をしていたのだ。鷹原教授の一番弟子である嘉村寿士准教授とは同僚になり、大学内では旧姓・植田が研究室での通称になっているようなのだ。
 リビングルームから玄関へと続く廊下への出入り口の脇の壁に、ペーパーナイフで刻まれたと思われるある図形が残されていた。道彦は朝家を出るときにはそんな図形はなかったという。洋梨とあだ名される梨田刑事はその図形が、百合のマーク、フランス王家の紋章のように見えると発言する。鷹原は、「フルール・ド・リス」ではないという。鷹原は「桃木(もものき)文字とか吉見百穴(よしみひゃっけつ)文字と呼ばれているもののように見えますね。だとしたら、これは『か』か『む』と読むことができます」と言う。そうならば、いわゆる神代(かみよ)文字と呼ばれるものの一つで、日本で発見されたペトログリフだと補足したのだ。さらに、「日本国内のペトログリフなど、正統な考古学で扱うべきものではありませんよ」と嘲るような調子で一蹴したのだ。勿論、嘉村准教授も同意見である。
 このペトログリフという専門用語のペトロがタイトルのペトロに重ねられているとも言える。
 
 碓氷刑事は、捜査本部でこのペトログリフが何のメッセージを意味するのか、専門家を探し捜査するように指示される。
 二日後、今度は埼玉の坂戸市内の発掘現場で、順供大学の講師滝本忠治、39歳が発掘現場の杭に張られているビニールロープで絞殺される事件が起こったのだ。その殺害現場の土の壁に、今度はくさび形文字と思われるペトログリフが彫られていたのだった。

 捜査の過程で、順供大学の考古学専攻は鷹原教授一人であり、現在は12人の弟子がいたことがわかる。そのうち鷹原の妻であり講師だった早紀と滝本という二人の講師が殺されたのだ。だが、5年前にはもともと13人の弟子だったようで、1人が大学を辞めている。辞めたのは嘉村准教授の1年下で、当時は講師をしていた尾崎徹雄である。彼は鷹原教授の弟子でありながら、ペトログリフに詳しく、言語学や民俗学などにも興味を持っていたという。正統派の純粋な考古学研究の鷹原教授からみれば、異端者だったのである。

 捜査会議で警視庁の田端捜査一課長は言う。「鷹原道彦は、5年前に離婚して、去年再婚している。被害者は、教え子だったということだな? そのあたりの人間関係を詳しく調べるんだ」と。

 相次いで残された2つの全く異なる文字・ペトログリフの謎解明を担当する碓氷は、専門家のリストを作り、田中という研究家から話を聞き、青督学院大学のジョエル・アルトマン教授を紹介される。もともと言語学者だったが、古代史に関心を持ち、学際的な観点で歴史の研究をしている学者だという。ペトログリフにも詳しい学者だそうなのだ。
 ジョエル・アルトマン教授にアポイントメントをとり、研究室を訪ねて2枚の写真を見せ、ペトログリフのことを尋ねると、教授はこの殺人事件の捜査に協力して参画して、総合的にペトログリフの残された意味を学者の視点で究明していきたいと提案するのだ。

 アルトマン教授が、異例ではあるが捜査会議に加わり、碓氷の協力者となって行動することから、思わぬ展開が始まって行く。

 この作品の面白い点はいくつかある。私の感じるところを列挙しておきたい。
1. 正統派の物証主義主体の考古学研究と学際的視点による考古学研究との考え方を背景に取り入れていること。
2, 日本の神代文字をはじめ学者がそれほど重視しないものに光を当てるとともに、メソポタミアのペトログリフとの組み合わせを試み、読者の興味を惹きつけながら、意外な展開への小道具として利用している点。それも史的事実との組み合わせという一ひねりのおもしろさ。
3. 大学の研究室という社会の一つの実態を描き出している点。
4. アルトマン教授の対話法の興味深さと日本語ペラペラの教授という設定、幅広い視点からペトログリフのメッセージを読み解こうとする姿勢と行動力のおもしろさ。
5. 誤解が生み出した殺人事件と自己保身・欲望が動機に絡むという構想のおもしろさ。6. 捜査の本流からすれば、予備軍的な碓氷の捜査担当であるペトログリフのメッセージの解明行動が、結果的に事件解決の梃子になるというおもしろさ。
などである。

 本書の末尾近くで、アルトマン教授が碓氷と別れるときに、こんなことを言う。
 「あなたは、不思議な人だ。・・・・・媒体のような人だと思います。あなたがいなければ、私もあれほど自由に思考を展開することはできなかったかもしれません」
 ここに、碓氷刑事のキャラクターが凝縮しているように感じる。

 著者今野の創りだした警察官のキャラクターには様々あるが、ここにまた違った刑事像があって実に楽しい。
 一気に読ませる作品に仕上がっている。

 ご一読ありがとうございます。

人気ブログランキングへ
↑↑ クリックしていただけると嬉しいです。


本作品に出てくる語句に関連してネット検索した結果を一覧にしておきたい。

ペトログリフ :ウィキペディア
Petroglyph From Wikipedia, the free encyclopedia
岩刻文字(ペトログラフ)
フランス王家の紋章 ← フルール・ド・リス  :ウィキペディア
神代文字  :ウィキペディア
神代文字総覧 
桃木文字/吉見百穴文字
吉見百穴文字 ← 吉見百穴  :「超歴史研究会」
楔形文字  :ウィキペディア
楔形文字解読講座  :「オリエンタリア」
楔形文字を使った古代言語の概観と入門 (アッカド語・アッシリア学の第一歩)
   :「主に言語とシステム開発に関して」
竹内文書  :ウィキペディア
天津教古文書「竹内文書(竹内文献)」考
東日流外三郡誌  :ウィキペディア
ー 東日流外三郡誌の世界 ー
東日流外三郡誌』は古代東北の真の歴史を伝える古文書か? 原田実氏 :「ASIOS」
アラハバキ神 ← アラハバキ :ウィキペディア
5 鬼の神「荒脛巾(アラハバキ)」:「掘貞雄の古代史・探訪館」
遮光器土偶  :ウィキペディア
〈神代文字〉の構想とその論理―平田篤胤の《コトバ》をめぐる思考―
  :「はぐれ思想史学徒純情派」
神代文字の事
大城古墳群 ← 小ブケ遺跡現地説明会資料 三重県埋蔵文化センター
ヒッタイト文字 → ヒッタイト象形文字
フリーメーソン  :ウィキペディア
カバラ  :ウィキペディア
数秘学  :「太陽の神殿」
ユダヤ教徒の「カバラ」と「メシア運動」の歴史
オーパーツ  :ウィキペディア
オーパーツカテゴリー  :「不思議.NET」
ギルガメッシュ叙事詩  :ウィキペディア
ギルガメシュ叙事詩
イシュタル神殿 ← 神聖娼婦  :ウィキペディア
アシタロテ  :「weblio辞書」
ワイルダー・ペンフィールド  :ウィキペディア
脳と心の正体  :「松岡正剛の千夜千冊」
聖ペトロ ← ペトロ  :ウィキペディア
サン・ピエトロ大聖堂  :ウィキペディア
プアコ・ペトログリフ遺跡保護地区、ビッグ・アイランド(ハワイ島)
  :「ハワイ州観光局」
百合の紋  :「ルネサンスのセレブたち」


インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

人気ブログランキングへ
↑↑ クリックしていただけると嬉しいです。

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)


徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『自覚 隠蔽捜査 5.5』  新潮社
『捜査組曲 東京湾臨海署安曇班』  角川春樹事務所
『廉恥 警視庁強行犯係・樋口顕』  幻冬舎
『闇の争覇 歌舞伎町特別診療所』  徳間文庫

=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 ===   更新4版 (45冊)