遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『危険領域 所轄魂』  笹本稜平  徳間文庫

2022-05-24 10:06:13 | レビュー
 所轄シリーズ第4弾! 本書は2017年6月、単行本が刊行され、2019年7月に文庫化された。

 最初に、タイトルの由来に直結していく記述をご紹介しよう。この作品は13の章で構成される。一つは第6章に出てくる。
「俊史は恐ろしげなことを口にする。・・・・勝沼にすれば官僚生命を賭しての勝負で、しくじれば左遷はおろか失脚さえあり得る。
 もちろん俊史も同罪で、以後の出世は諦めるしかない。捜査一課長や捜査二課長も無事では済まない。彼らには勝沼と心中する覚悟があるのか。それともこの勝負にそれだけの自信があるのか・・・・・・。
 『・・・・危険領域に足を積み込むことにならないか』不安を覚えながら葛木は言った。」(p212)
 もう一つは、第12章に出てくる。
「ここから先、妥協のない捜査を続けていったとき、どこかで時の政権と真っ向勝負することになるかもしれない。
 そこはこれまで警察が踏み込むことを避けてきた危険領域だ。一介の所轄刑事がそんなところにしゃしゃり出て、いったいなにができるかという思いの一方で、だからこそやれるという自負もある。」(p465)
 「危険領域」というタイトルはここに由来し、政権の悪を暴くという領域を指している。ならば、そこに至ることを必然とする事件は何か?

 第1章は、春の人事異動で葛木俊史が警察庁キャリアとして、警視庁刑事部捜査第二課理事官に着任するというところから始まる。二課は贈収賄や選挙違反を扱う。父の邦彦はこの人事は勝沼刑事局長の肝煎りと推測する。俊史もそう思うのだが直接聞いていないし、二課の犯罪領域に気乗りがしないと言う。だが、俊史の気持ちは徐々に変化していき、担当事件に入れ込んでいくようになる。そして、捜査のプロセスで父の担当する事件との接点が生まれていく。だが、捜査手法の違いなどが捜査の進め方に影響を及ぼすようになっていく。駆け引きと目配り、相互の思惑が絡んでいく進展が読ませどころとなる。

 南砂三丁目のマンションで男性死亡の通報が入る。葛木が現着すると機捜の小隊長上尾が葛木に、人為的な外傷はなく飛び降り自殺と思われると言う。だが、死亡者はマンションの住民ではなかった。検視官も断定はしないが自殺とみていて、事件性がなさそうに見えた。そんな矢先に、俊史が梶本恒男かどうか調べてほしいと連絡してくる。住所は現場に近い江東区南砂4の26という。俊史は二課内の三班合同捜査の統括をする立場にいて、その事案に関係する人物だという。マンションの防犯カメラに死亡者が写っていた。その写真を手がかりに聞き込み捜査が始まっていた。葛木は大原課長の許可を得て、身元特定の一環として、俊史に画像をメール送信させた。俊史からの電話で、その遺体が問い合わせの人物に該当したという。一部上場の大手レジャー施設開発会社、トーヨー・デベロプメントの総務部企画室長だった。最近はカジノ・ビジネス力を入れているそうだ。
 一方、聞き込み捜査で、ここ数日、マンションの近隣で黒いワゴン車が駐まっていたことが目撃されていた。住民が車のナンバーを控えていて、警察の調べで偽造ナンバーとわかった。マンション駐車場の防犯カメラにのっぽとちびの2人組の姿が写っていた。車を目撃した住民は車に乗車している人物は見ていないようだった。殺しの線が強まってきた。
 梶本の妻による遺体の確認で、身元が判明した。妻の説明から梶本恒男の最近の日常生活と仕事関連の様子の一端が見え始める。さらに、数日前から怪しい人たちが自宅の近くをうろついていたという発言も出て来た。ショッピングセンターに夫と二人で行った時にも屋上に取り付けられていた大きな金属の看板が、駐車場に向かっているときにすぐ後に落下するという状況に遭遇していた。夫の自殺は日頃の言動からは不自然な気がすると語る。
 殺人事件なら、一課の捜査の手が及んでくることになり、二課にとっても困ったことになることが目に見えてくる。二課は捜査事案の重要証人になる梶本には極力慎重な接触を続けてきていた。大物政治家の贈収賄事件に関連しているようなのだ。

 梶本の妻が遺体を引き取った後、気になることがあったと葛木に連絡してきた。遺体は携帯電話を所持していなかった。周辺の捜索からも携帯は発見されていない。妻は息子の助言で、夫の携帯に電話をかけてみたという。切ろうとした時、一瞬誰かが出た様子なので呼びかけたところ通話を切られたという。葛木は携帯電話の位置情報を調べることを試みる。

 梶本の死体が発見された1週間後、足立区千住大川町の河川敷で黒色ワゴンの不審車両と同種の車が通報により発見された。さらに、その車内には一見自殺と思われる死体があり、硫化水素のガスがかなり滞留している危険な状態だったという。機捜の上尾が葛木に情報を伝えてくれたのだ。足立区は所轄が違うので葛木たちは動けない。だが、状況から推して、二つの不審死は偶然によるものとは考えにくいと彼らは感じていた。
 再び上尾が葛木に知らせてくれた。身元が判明したと。与党の大物政治家、狩屋健次郎の公設第一秘書の梨田正隆。所持していた名刺から判明し、自宅は現場に近い足立区内だという。

 梶本の携帯電話が再び使用され、梶本家の固定電話に拾った携帯電話の返却をするから謝礼を用意してほしいという連絡が来た。梶本の妻は葛木に即刻連絡を入れてきた。梶本の携帯電話が思わぬ捜査の糸口となり、河川敷の車両及び死体との接点が浮かび上がることになっていく。

 このストーリーのおもしろいところは、携帯の返却謝礼要求の連絡が糸口になり、そこから別局面への新たな糸口が見つかるという形になっていくところだ。芋づる式に一歩ずつ謎の解明に突き入ることになり、同時に捜査視点を広げることになっていく。それは俊史が統括する二課の事案との関わりが深まっていくことにもなる。
 さらに、このストーリーの進展で興味深いのは、二課の主な捜査手法と葛木たちの捜査手法の違いにある。そしてその違いは、葛木たちが物証の積み上げで一気呵成に犯人逮捕に突き進むアプローチに対する足枷にもなっていく。勝沼刑事局長は捜査一課が動くことを抑制していた。一課が動けばマスコミが気づく。それは政治筋からの妨害工作に直結し、二課の視点では即座に証拠隠滅の行動を取られることになる。ジレンマの発生である。
 二課は死亡した梶本の代わりの証言者とのコンタクトを取っていた。狩屋代議士の私設秘書片山邦康である。だが、彼は狩屋の選挙区の福井に出かけていて、ホテル前の道路に出てすぐに、大型トラックに正面衝突するという交通事故で死亡した。重要な切り札を失うことになった。二課の捜査は暗礁に乗り上げる。
 俊史は片山の死に関連して福井に赴くことになる。葛木と若宮は彼らの捜査の一環として福井で聞き込み捜査をする目的で俊史に同行する。出迎えを担当した警務部の田島は5年前まで刑事部四課に所属していた刑事だった。葛木はそれとなく裏付けを取った上で、田島を捜査の協力者としていく。田島は葛木が身元特定の対象者として持っていた写真を見せられると、その一人の名前を即座に答えたのだ。地元の元暴力団員だと言う。思わぬところで線がつながってくることに・・・・。
 葛木と若宮に対して、福井県警二課は案内係として杉山巡査部長と羽田巡査長を付けた。いわば監視役でもある。だが、羽田は杉山を無視して、現地事情を淀みなく説明し、葛木に情報を惜しみなく提供してくれた。死んだ梨田の5年程前の前職が大手企業であり、経理部門に所属し、マネーロンダリングに関係していたと言うのだ。羽田は独自の見立てをする現場のベテラン刑事だった。彼は田島を信頼していると言う。
 現地捜査のための福井への出張が捜査上の大きな意味を表してくる。 

 葛木にとっては、殺人事件としての確信が深まり、犯人を逮捕するだけでなく、その犯人を動かす闇の部分を明らかにしなければ、真の事件解決にならないという思いが強まる。捜査はまさに危険領域に踏み込んでいく。

 葛木が直接携わる殺人事件の犯人逮捕に関わる現場が福井県内になるというのもおもしろい展開である。最後の最後に、警視庁の捜査一課が加わってくる。
 隆史の統括する二課の事案は、国会の会期終了待ちに併せて、待ちの状態に入るところでストーリーはエンディングとなる。この事案は地検の特捜を出し抜けるチャンスになるのだ。

 ストーリーの具体的な進展状況は、本書を開いて楽しんでいただきたい。
 私には、城東警察署刑事組織対策犯罪課の面々の所轄魂に加えて、福井県警の田島と羽田という二人が抱く所轄魂の発露がこのシリーズに一味の新鮮さを加えたように思う。

 ご一読ありがとうございます。

この印象記を書き始めた以降に、この作家の以下の作品を順次読み継いできました。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『山狩』   光文社
『孤軍 越境捜査』   双葉文庫
『偽装 越境捜査』   双葉文庫

=== 笹本稜平 作品 読後印象記一覧 === Ver.1 2022.1.22 時点 20册


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