遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『山狩』  笹本稜平   光文社

2022-05-22 14:39:04 | レビュー
 関西に住む私には千葉県の地形のイメージがない。「千葉県は全国の都道府県で唯一標高500mを超す山がない」(p4)ということを本書で知った。
 この小説は房総半島の南端を所轄する安房警察署の生活安全課に所属する小塚俊也巡査部長が主な主人公の一人である。彼は一昨年に試験に合格し、畑違いの生活安全課に異動した。
 休日に家族3人で標高336mの伊予ヶ岳に登り南峰の山頂に立つ。息子の翔太が20mほど下の断崖の岩棚に人が居ることを発見する。女性が横たわっているが動いている気配がない。遭難者発見とみなし、小塚は携帯で110番に通報した。それが契機となる。

 所持品から身元は市内在住の村松由香子、23歳と判明した。崖からの転落死亡で死後一日経過。状況から事件性は認められないと判断された。刑事課は捜査を打ち切った。
 だが、村松は1ヵ月ほど前にストーカー被害を届けていた。小塚は不審を抱き、少し調べてみた。千葉県生活安全部の生活安全捜査隊第一班主任の山下警部補から電話を受けたときに、その結果を不審なこととして伝えた。
 ストーカー行為の相談を受け、積極的に上司に働きかけたのは小塚であり、いち早く警告書を出していた。その後、しばらくはストーカー行為は途絶えたという。
 ストーカー行為をしていたのは門井彰久35歳で、彼は房総レジャー開発の御曹司。同社の専務を務めている。小塚は、警告書のコピーを父親の門井健吾と兄の孝文にも送付していた。房総レジャー開発は同族経営で、兄の孝文は副社長を勤めている。
 小塚の話を聞いた山下は、生活安全部子ども女性安全対策課の北沢美保巡査部長とこの件を少し調べる行動に出る。ここから小塚・山下・北沢の連携プレイが始まっていく。

 村松の父親は地元の中学校の教頭。母親は専業主婦。祖父の謙介は元警察官だった。両親も祖父も由香子が自殺するとは考えられないという。由香子は登山歴も豊富であり、事故を起こす場所とは考えられないと祖父の謙介は言う。さらに、謙介は孫の由香子が家の前の停留所からバスで登山口のある神社に向かったとき、30mほど先のコンビニの路上でこちらを見張っている門井彰久を見かけたと言う。門井彰久はすぐあとコンビニの駐車場から車で逆方向の東京方面に向かう道を走り去った。このことを刑事課の刑事に証言しているのだが、当てにならないと言われたと言う。
 謙介は所有する山林の売買問題で房総レジャー開発の門井健吾と訴訟問題を起こして敗訴した事実があった。だが、この事実が謙介の証言の信憑性に不利な影響を及ぼすことにもなる。さらに、謙介は安房警察署の刑事課には、たちの悪いクレーマー扱いをされ、出入り禁止を告げられていた。つまり、謙介の発言は頭から無視された。
 一方、門井彰久は由香子の死亡推定時刻には東京に居たというアリバイがあった。だが、東京に居たことを証言したのは彰久の知り合いだった。

 小塚と山下・北沢が食事をしている席に、安房署刑事課の川口が嫌がらせで口を挟んでくる。彼はマル暴担当だった。そこから地場の暴力団・鬼塚組との関係や房総レジャー開発の門井健吾が警察署に及ぼす影響力などが見え始めてくる。

 山下は、県警本部の捜査一課第一強行犯捜査第二係の西村警部補にコンタクトをとり、門井彰久のアリバイ崩しに西村を捲き込んでいく戦法をとる。西村は安房署刑事課からの事件性なしの報告を受け捜査終結を了承していたのだ。だが、山下から調査結果の説明を聞き、西村は事実確認に動かざるを得なくなる。
 また、山下は北沢とともに、門井彰久に他のストーカー行為事犯や問題事案がないかを調べ始める。さらに、西村から情報を得て、山下と小塚は彰久が東京に居たという証言をした寺岡に聞き取り調査を行う。勿論、寺岡の素性も調査の対象にする。少しずつ捜査の範囲を広げて行くにつれ、彰久の過去と人間関係が明らかになっていく。
 そんな最中に、村松宅に鶏の首にナイフを同梱した宅急便が届けられる。

 門井彰久の過去と現在の人間関係構図が明らかにされていく。また彰久の過去の問題事象が洗い出されてくる。伊予ヶ岳の事件に関する状況証拠も累積していく。一方、同時進行に近い彰久のストーカー事案を北沢が発見してくる。南房総市に隣椄する鴨川市在住の秋川真衣、20歳、看護学校の学生からの訴えであり、門井彰久がストーカー行為をしているという。秋川は姉のところに身を隠すのだが、その姉の家の電話まで知られてしまう状況が出てくる。また、村松宅への宅急便の事案も追跡捜査で事実が明らかになってくる。それは電子メールを使った委託業務だった。それもまた一つの証拠を追加する。
 村松由香子が殺害された可能性は一層色濃く方向づけられていく。ならば、その殺害方法にはどんなカラクリが仕掛けられていたのか・・・・・。

 生活安全部の捜査だけで、殺人教唆の被疑事実により門井彰久の逮捕状をとるが、彰久を取り逃がす。彰久の行方が杳としてわからない状況に陥っていく。ここからストーリーの後半が始まることに。
 
 村松由香子の祖父謙介は遂に己の狩猟用ライフルを持参し、独自の行動をとり始める。 彰久は村松謙介にも追われる立場に立つ。

 生活安全部が立派な証拠を見つけたことから、合同捜査本部の立ち上げを申し入れても、捜査一課は門井彰久を殺人教唆の被疑者とする捜査に乗り出そうとはしない。どこからか圧力がかかっているのか・・・・・。
 
 謙介の行動を阻止するために山狩が始まる。だが、そこに謙介の意図した起死回生策があった。そして、意外な事実が明らかになっていく。事件の背後に潜む闇は深かった。
 後半の展開がおもしろい。

 この小説は、「小説宝石」(2020年7月号~2021年10月号)に連載された後、2022年1月に単行本として出版された。

 ご一読ありがとうございます。

この印象記を書き始めた以降に、この作家の以下の作品を順次読み継いできました。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『孤軍 越境捜査』   双葉文庫
『偽装 越境捜査』   双葉文庫

=== 笹本稜平 作品 読後印象記一覧 === Ver.1 2022.1.22 時点 20册


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