遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『孤軍 越境捜査』  笹本稜平  双葉文庫

2022-03-02 17:54:58 | レビュー
 越境捜査シリーズの第6弾。「小説推理」(2016年1月号~2017年2月号)に連載された後、2017年9月に双葉社より単行本が刊行された。2020年12月に文庫化されている。

 鷺沼友哉は警視庁捜査一課特命捜査対策室特命捜査第二係に所属する。強行犯捜査係が取りこぼした未解決事件の継続捜査を専門に扱っている。係長は三好章。鷺沼と三好の関係は円滑である。相棒の井上拓海巡査部長、そこに神奈川県警の落ちこぼれ刑事宮野と元ヤクザで今はレストラン経営者の福富が加わるイレギュラーな秘密のタスクフォースで厄介な難事件を解決してきている。

 鷺沼は井上と組み、継続捜査の一件大田区での強盗殺人事件に取り組み始めていた。その事件は6年前に起こった。川口誠二という一人暮らしの老人が殺されたのだ。
 ある日、鷺沼は自分が尾行されていることに気づく。このストーリーの冒頭は、鷺沼が自宅のマンション近くに戻った地点で、二人の尾行者にその行為を問い詰めようとする場面から始まる。これは正に鷺沼に何等かの危機が近づいている兆しである。読者には冒頭からおもしろくなりそうな気配を感じさせる。だが、鷺沼のマンションを訪れようとしていた宮野が鷺沼に気づき、何も考えずにその場に割り込んで来る。鷺沼は体良く尾行者に逃げられてしまう。鷺沼が尾行者と判断した2人組が正にそうなら、鷺沼は何等かの問題に関係していることになり、宮野に食い入るきっかけを与えたことになる。ここで、早くも読者はイレギュラーなタスクフォースが再始動する可能性を想起することになる。おもしろいストーリーの滑り出しである。
 尾行に気づき、逃げられた後、鷺沼は井上に尾行されている可能性を伝える。やはり井上にも尾行が付いていた。鷺沼は尾行者を問い詰めると、二人は神奈川県警鶴見警察署警備課の所属だった。なぜか? 公安の人間のようだが、本来の職務ではなく動いているようだった。だがそれ以上は追求できなかった。鷺沼は深い闇を感じ始める。

 鷺沼と井上による川口家周辺での聞き込み捜査で、老人は億単位の箪笥預金をしていたという噂を得た。親族は一人だけ。調べたところ、事件当時には北村恭子という名前だった。その後離婚し、川口姓に戻っていることが確認出来た。さらに現在の恭子の状況まで捜査し確認することが定石の一つとなる。川口恭子は再婚し、戸籍筆頭者は北村正孝であることがわかる。その住所から、北村政孝は現在警視庁の主席監察官であることが判明した。
 川口老人の娘が主席監察官の妻になっていることが判明した以上、人間関係としてそこにどんな背景があるのか、彼等の生活状況を捜査する必要性が生まれる。宮野は村田政孝の現住所と建物などを実見し調べてみることから、金の匂いを嗅ぎつけてこの継続捜査事件に首を突っ込んでいく。

 そんな矢先に思わぬ問題が起こる。三好、鷺沼、井上が監察係から正式な呼び出しを受けた。思わぬ横槍が突き出てきたのだ。3人はその背後に村田主席監察官がいると推測する。
 鷺沼には福富との関係が捜査の俎上に上ってくる。一方、監察係は鷺沼が現在取り組んでいる継続捜査の件は知らなかった。
 3人は監察の捜査という圧力は、現在捜査中の事件をやめろという圧力だと受けとめた。三好は、正面からのガチンコ勝負をやろうと言う。
 監察から行動の制約を受け、この事件に関して警察の他部署に対し支援を公に依頼できない状況に陥る。あくまで3人は孤立する形に陥る。だが、監察の目をくらまし、村田主席監察官が大きく関わっている可能性のある6年前の事件を一から調べ直して、真実を明らかにしていこうとする。それが鷺沼が信念を完徹する行動なのだ。
 本書のタイトルは、多分「孤立」無援を捩って「孤軍」とネーミングされたのだろう。つまり、監察の介入により、それ以降3人は孤軍無援の行動を独自に展開していくことになる。ただし、全くの無援という訳ではない。三好の人脈から密かな協力者が出てくる。また、監察係のスタンスに疑惑を感じる田口が鷺沼に密かに協力する行動をとる。どの部署にも人は居るという点をうまくストーリーに組み込んでいるといえる。

 箪笥預金の噂が当時の捜査時点で取り上げられていたのかどうか。その噂の裏付け捜査が為されていたのかどうかまで溯る必要が出てくる。この事件の記録はその点に触れていなかった。
 鷺沼自身が箪笥預金の噂の実態を捜査し事実を確実に把握することが、この継続捜査の必須事項になっていく。鷺沼・井上は箪笥預金の事実捜査を開始する。その結果、8億円の箪笥預金があったはずだという事実が証拠立てられる。このプロセスが実務的な観点から興味深い。さらに、元々の事件が中途半端な形で終了されていた事実が当時の事件担当者に経緯を聞き込んだことから見えて来る。
 8億円の箪笥預金はどこに消えたのか。一人娘の恭子と現在主席監察官である北村政孝は6年前の強盗殺人事件に関係していたのか・・・・・捜査は思わぬ方向に向かっていく。

 このストーリーの読ませどころとなり、かつおもしろい観点が幾つもある。
1.箪笥預金の実態を解明するための地道な捜査プロセスの描写。足で稼ぐ代わりに、電話で稼ぐという地道な消し込み作業がどのような形で事実解明をもたらすか。資金移動にはどこかに記録(痕跡)が残るという事実、現実がある。そこから矛盾点を発見していく地道な捜査が描き込まれる。
2.人の存在は、記録の存在である。戸籍、住民票、各種免許証等、いつ、どこに居たかを簡単にはゼロクリアできない。何等かの痕跡が事実データとして残る。
3.組織人は常に異動歴を残す。それは人間関係の繋がりを意味している。それを辿れば人間関係の模式図が浮かび上がる。警察組織内の人事データが入手出来れば様々な分析の基礎的相関データが得られることになる。どのようにそのデータを得るかが、腕の見せ所ということになる。そこにも人間関係が関わっている。
 いつものことながら、人事情報がどれだけ重要かがここでも大きく反映している。
4.「温故知新」という言葉がある。継続捜査事案となった元の事件がどういう内容でどういう形で未解決の状態で終結し、継続事案となったのか。記録に残された事実内容の精査分析とともに、捜査担当者の捜査実感や記録には残されなかった思いや疑問、いわば本音を知ることがいかに重要か。このストーリーではその側面が、捜査の結論を導く上で重要な周辺情報となっていく。
5.警察組織内での孤軍無援は、逆に言えば警察組織に囚われた内部発想である。密かに事件を捜査し、警察組織の膿だしを断じてやるなら、発想の転換をするという手がある。
 鷺沼は発想の転換をする。普段から仲の良くない国税庁、マルサと独自の協力関係を結ぶ。お互いの狙い目は違う観点なのだから、ウィン・ウィンの関係で情報交換できないかを模索する。このストーリーでは、ここがおもしろい。おたのしみあれ。
6.もう一つ興味深いのは、未解決で継続事件となったこの案件について、イレギュラーなタスクフォースが取ろうとした作戦を相手方の作戦で潰されることから始まる。井上がITへの強みを活かした発想を提案する。最後の手段として、警察組織外の一般人にインターネットで情報提供し、ネットで関心が炎上する方向にもっていくという手段を使い、相手方を揺さぶってはどうかと言う。これがおもしろい。ある意味で、時代の変化をうまく取り入れたストーリーにしていくところが興味深い。
7.もう一つ、IT技術を利用する一手を鷺沼は思いつく。その準備を井上にさせる。これもおもしろい。この点については、これ以上はネタばれに繋がるのでふれないでおく。

 そして、最後に犯人に突きつける証拠は、鷺沼が証拠自体について発想転換した結果、生み出されたものだった。村田が落ちる決め手となる。それは何か。最後の最後でおたのしみになることだろう。勿論、村田に繋がっていた警察組織内の上級官僚たちの地位が崩壊するのは必然的な結末である。だが、それでも「トカゲの尻尾切り」という形で著者が記述しているのはシニカルである。

 このイレギュラー・タスクフォースの今回の活躍には、おもしろいオチがついている。おたのしみに。

 警察小説としては、エンターテインメント性も充分兼ね備えたフィクションに仕上がっていると思う。

 ご一読ありがとうございます。

本書から、関心事項を絞ってネット検索してみた。一覧にして追いたい。
よくある質問と回答 
戸籍全部事項証明書(戸籍謄本)にはどんなことが載っているのですか。戸籍個人事項証明書とはどう違うのですか。(FAQID-2246~2249・2289) :「広島市」
F&Q 戸籍謄本と戸籍抄本の違いは何ですか?  :「姫路市」
戸籍の付票とは  :「札幌市」
よくある質問
改製原戸籍とはどんなものでしょうか?「平成改製原戸籍」というものがあると聞いたのですが…   :「岡山市」
改製原戸籍、除籍謄本とは?  :「相続戸籍相談センター」
戸籍法(昭和二十二年法律第二百二十四号) :「e-GOV 法令検索」
住民票・住民票記載事項証明 :「札幌市」
質問 住民票の除票とはなんですか。【除票】 :「相模原市」
住民基本台帳法(昭和四十二年法律第八十一号):「e-GOV 法令検索」
丸査 読みマルサ  :「コトバンク」
国税局の仕事 査察部 :「パブリネット 国税局・税務署」
脱税を見逃さない!国税査察官の仕事  YouTube
平成30年度 査察の概要  :「国税庁」

インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

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その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)

この印象記を書き始めた以降に、この作家の以下の作品を順次読み継いできました。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。

『偽装 越境捜査』   双葉文庫
=== 笹本稜平 作品 読後印象記一覧 === Ver.1 2022.1.22 時点 20册


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