遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『原子力安全問題ゼミ 小出裕章最後の講演』 川野眞治・小出裕章・今中哲二 岩波書店

2016-01-20 23:35:39 | レビュー
 2015年3月、小出裕章さんが京都大学原子炉実験所を退官された。定年退職である。原子核工学を専攻し、修士課程修了後、1974年に同実験所の助手として採用され、2007年より助教となり昨年退官を迎えられた。法の改正で、助教は助手の改称に過ぎない。本書末尾の「あとがき 敗北の底から」には、こう記されている。
 「私が京都大学に雇用されてから、一度も昇進せず、最底辺の教員にとどまった」ままの定年退職である。「弾圧されたと考える人もいるが、本書でも述べたように、それは事実に反する。私は奴隷ではなく、誰からも命令を受けず、そして誰にも命令せず、ひたすら私がやりたいことだけを選んで生きてくることができた。私にとっては最高の立場であったし、非力ではあったが、私にとっての天国であった」と。

 通称「熊取六人組」と称される人々が、1980年6月に実験所外の仲間にも声をかけて始めたという勉強会が「原子力安全問題ゼミ」である。2008年に映像'08というMBS(毎日放送)のドキュメンタリー番組のシリーズで、『なぜ警告を続けるのか~京大原子炉実験所・”異端”の研究者たち~』が放映された。このとき「熊取六人組」の通称が世に定着したのではないかと思う。私は遅まきながら、2011年3月11日以降の福島第一原発事故発生(以下、フクシマと略す)後、原子力問題関連の本を読み継ぎ、情報を求める過程で、小出裕章という名前や「熊取六人組」のことも知った次第である。この本のタイトルが明瞭に示すとおり、小出さんが「原子力安全問題ゼミ」で2015年2月27日に行われた「最後の講演」を記録したものである。この勉強会が始まって以来、これが第111回目にあたるという。

 本書の構成は、次のようになっている。

「はじめに」 

 ”「原子力安全問題ゼミ」について”と題して、今中哲二さんがこのゼミの発祥からの経緯を簡潔に説明されている。京都大学原子炉実験所の反原発助手グループがこの「原子力安全問題ゼミ」を始めた背景には、伊方原発訴訟に関連した内輪の勉強会に端を発しているということである。
 フクシマの資料検索の一環として、インターネットで「原子力安全研究グループ」のホームページを知り、このゼミの記録のいくつかを読んではいたが、全体の経緯をこの「はじめに」で理解できた。

 第111回原子力安全問題ゼミ
「伊方原発訴訟の頃」 

 「熊取六人組」の一人で、2005年に定年をむかえ既に退職されている川野眞治さんが、「原子力をやる」という目的で1960年に大学に入って以降の京大原子炉実験所と関連させて1957~2011の期間での原発関連年表をまとめている。そして、伊方原発訴訟の経緯の要点を語る。そして、この伊方原発裁判で、「熊取六人組」が軸となりつつ指摘した「事故のあり方」について、「事故の可能性を言い尽くしていると、いまでは思っています」(p20)と断言される。そして、発生事例と対応させている。つまり、指摘事実を知っていても、原子力推進派は制御できるという過信と思い込みで、軽視し続けているということなのだ。
 川野さんは、最後に次の2点を述べて講演を終えている。
*福島第一原発の事故は、いまなお収束していません。アンダーコントロールどころではないにもかかわらず、国も東電も事故の究明について後ろ向きです。誰も責任をとらないのが一番の問題だと思うのです。  p22
*誰も起きた現実を否定することはできません。元に戻すわけにもいかない。諦めず、粘り強く、できることをやっていきたいと思います。  p23
 この発言は重い。

 「原子力廃絶までの道程(みちのり)」 

 本書の中核になる小出さんの「最後の講演」のタイトルである。p25-86の44ページに「人類初の原爆、トリニティ」の写真から「原発から250km県内に円を描くと、沖縄と道東以外、安全な場所はない」という円を描き加えた日本地図まで、全部で16枚の写真や図表などを使いつつ語っている。
 小出さんの主張は終始一貫しているので、フクシマについて3.11以降、様々なところで講演された動画がYouTubeにアップされているから、これら講演のいくつかの動画を閲覧した人は、大凡この最後の講演内容を見聞していることだろう。私が閲覧して理解する内容からそう思う。
 しかし、講演記録として文字起こしされたこの「最後の講演」はやはり小出さんの考えと思いが凝縮していると感じる。動画閲覧との違いはこの講演記録を読みながら、必要に応じ即座に記録文の関連箇所の参照をでき、マイペースで精読できることだろう。各地での講演の集大成版でそれらの圧縮されて、ここに結実したと言えるのかもしれない。
 
 この講演で述べられた観点は次の諸点だ。これに関わる事実を経験を交えながら、科学的客観的に語る口調はいつもの通り、わかりやすいものである。
・原子力に夢をかけ始め、大学も主体的に工学部原子核工学科を選んだ。しかし、学び始めて「全ては幻でしたあ。いい加減もうみんな、夢からさめなければいけないと私は思います」(p38)
・原子力発電の危険の根源は、核分裂生成物である。
・100万kWの原発1基1年間の運転で、広島原爆(800g)の100倍以上である1トンのウランが必要となる。そして、大量の放射性物質を生み出す。この放射性物質を無害に処理する科学後術は存在しない。
・日本国政府は被曝限度として年間1mmシーベルトを法律として決めたにもかかわらず、フクシマ以降、自らその法律を破っている。放射線管理区域を越える汚染が広範囲に広がってしまった。自ら法を破っている事実を日本政府は汚染地図として開示している。
・現在の科学では放射能は消せない。コトバの本来の意味である「除染」はできない、できることは「移染」である。コトバに惑わされてはならない。
・「放射能が人間の五感に感じられるほどであれば、人間は簡単に死んでしまう」p65
・原子力ムラどころか原子力マフィアともいうべき原子力推進派(電力会社、政党、経営者、政治家、学者など)は誰ひとり責任をとらない。
・「どんな機械だって、完璧に安全なんてものはないのです」p76
 今の基準は「規制基準」である。規制基準に適合したという審査結果を、「安全性が確認された」と政治の場ではすり替えて「安全だ」と言う。
・いかなる反対があっても「原子力」を推進し保持したいのは、核兵器を保有できる能力の保持という野望が潜むからなのだ。
・この状態の中でできることは子どもたちを被曝から守ることである。

 小出さんの思いは、突き詰めると未来の子どもたちに原子力の核分裂生成物、放射性物質という負の遺産を現在の我々がこれ以上押し付けないということだろう。
 
 「最後の講演」という反原発の発言記録は、記録文を縦横に往還しながら読み進め、思考を深め、いつでも眺めながら立ち止まれる良さがる。私なりの要約の裏付け、科学データなどは、本書を開けて確認いただきたい。小出さんの主張のエッセンスが凝縮されている。

[特別収録] 第110回原子力安全問題ゼミ 2011年3月18日
「もうやめよう、原子力 ほんとうに・・・・」 

 フクシマの事故が発生し、全体状況がまだ明瞭化されていず、事態が進行する最中に行われた小出さんの講演が収録されている。
 「最後の講演」の内容の主張が、フクシマが始まって以降に各地での講演で少しずつ整理されていくわけだが、その直前のものである。そのため、小出さんの考えの根元が逆によくわかる側面も含まれている。実際の講演でのデータ説明が一部間違っていたようで、この収録ではその部分が適正に修正されているそうだ。「注記」として講演時点での間違いに言及し陳謝されているのも研究者として真摯である。本書を初めて手に取る人にはわからないことなのだが・・・・。発生した事実を事実として注記する姿勢が誠実である。どこかの国のある種の政財界人・学者との違いだろう。
 この講演では、チェルノブイリ原発事故の様相と地球規模での被曝状況を事例として取り上げた後、2011年3月15日、東京・台東区で小出さん自身が「空気を掃除機のようなもので吸って、フィルターに吸着させて、そのフィルターを測って分析した」(p104)というデータをもとに、子どもの甲状腺の被曝への心配、対策としての行動に言及している。 そして、2000年度の『原子力安全白書』を引き、究極のところ「絶対的安全への願望」で原子力が推進され、過去の事故の教訓が生かされていない事実を語る。
 この講演で小出さんの重要な主張が一つ語られている。「正しい情報を伝えることが、パニックを防ぐいちばんの道だ」(p104)という考えである。一方、この講演の後のフクシマの経緯を振り返っても、過去の歴史をみても、「正しい情報」を適切に、タイムリーに伝えなかったという事実か累々と明るみにでてきている。それもほんの氷山の一角かもしれない。おぞましい・・・・。
 「こんな事態を受けて、どうしたらいいのかということを、しっかり考えるべきときが、ついにやって来てしまったのだと思います」とこの講演を結んでいる。

 2011.3.11のフクシマ以来、あと2ヶ月をきり、満5年経過へのカウントダウンが始まっている。だが、根源的には何も解決されていないまま、なし崩し的に、原発の再稼働が始まり、凝りない人々が原子力維持・推進に蠢いている。
 過酷な事故の教訓が生かされないままで、再びコトが進み始めている。
 改めて、小出さんの「最後の講演」、「熊取六人組」の主張に耳を傾けるべきではないか。原発問題を熟考するには、本書を精読することが有益である。フクシマの教訓を生かすためにも・・・・。

 ご一読ありがとうございます。

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小出さんが講演されたり発表されたもので、インターネットで見聞できる情報を検索してみた。そのいくつかを一覧にしておきたい。それらのエッセンスが本書でもあると思う。

小出裕章氏「原発と戦争を推し進める愚かな国、日本」出版記念講演会 :YouTube
2015/09/19 にライブ配信 9月19日(土)19:00開演(毎日ホール)
小出裕章さん講演会2015年10月17日 :YouTube
2015.9.13 小出裕章さん講演会「原発と憲法」@宮崎県 小林市 :YouTube
20150425 UPLAN【特別企画】小出裕章さんに聴く~被ばくと避難~  :YouTube
福島第一原発は石棺で封じ込めるしかない 小出裕章・元京都大学原子炉実験所助教が会見   :YouTube
小出裕章講演会@石垣島2015/3/21  :YouTube
トリチウムミニ講座 小出裕章氏 2014年12月13日 2014/12/16 に公開 :YouTube
小出裕章さん講演会「原子力と核 -戦後世界が戦前に変わる日-(前半)」(2014年6月18日 沖縄大学) :YouTube
小出裕章さん講演会「原子力と核 -戦後世界が戦前に変わる日-(後半)」(2014年6月18日 沖縄大学) :YouTube
小出裕章さんにきく。-「美味しんぼ」問題について。- 2014.06.12 音声 :YouTube
小出裕章さんにきく。- 水戸巌さんについて。- 2014.06.12 音声 :YouTube
2014.5.25 伊方原子力発電所周辺の汚染 小出裕章(京都大学原子炉実験所):YouTube
2014.5.24 小出裕章氏講演会&伊方とほんとうのフクシマ」写真展  :YouTube
小出裕章さん「敗北したけど、充実してた。」- 2014.04.28 音声のみ :YouTube
小出裕章講演会泉北1/3 その1 :YouTube  2014/01/05 に公開
小出裕章講演会泉北2/3 その 2  :YouTube  2014/01/05 に公開
小出裕章講演会泉北3/3 その 3 :YouTube  2014/01/05 に公開
小出裕章質疑 小出さんが何故メディアに登場しないの?   :YouTube
  2014/01/04 に公開
小出裕章講演会「今考えよう!!未来のエネルギー」(2013.5.18/福井県越前市)
   :YouTube
小出裕章講演会「未来は創れる!!今できることを」敦賀市(2013.1.13) :YouTube
小出裕章が語る「2030年代に原発ゼロのウソ」2012/10/18   :YouTube
小出裕章が語る 3号機使用済燃料プールの過酷な現実 2012/10/18 :YouTube
小出裕章が語る 原発ロボットの限界点2012/10/18    :YouTube
原発の専門家でありながら45年間反対し続けた脱原発の旗手、小出裕章講演会 - 未来にすすむあなたへ -  :YouTube   
  2012/09/03 に公開
東京の放射能汚染はチェルノブイリ時の1000倍だった  :YouTube
  2012/07/08 に公開
  京都大学原子炉実験所助教 小出裕章 参議院 行政監視委員会
第八回竜一忌 『暗闇の思想』から学ぶ 小出裕章さん講演 :YouTube
  2012/06/17 に公開
小出裕章氏講演「福島原発事故の真実」 :YouTube
 2012/03/19 に公開 2012年『バイバイ原発3.10京都』後に開催された講演
事故調査委員会での斑目委員長の質疑に対する小出さんの意見 :YouTube
  2012/02/15 にアップロード    小出さんの意見は音声のみ
  平成24年2月15日 国会・東京電力福島原子力発電所事故調査委員会
小出裕章氏講演会 at コラニー文化ホール 2012/1/8  :YouTube
小出裕章参考人の全身全霊をかけた凄まじい原発批判 :YouTube
  2011/05/24 にアップロード
  2011年5月23日(月)午後1時開催
  参議院・行政監視委員会「原発事故と行政監視システムの在り方」
1/2原発反対の理由 小出裕章助教(京大原子炉実験所)11/4/1 Web Iwakami
  2011/04/09 に公開    :YouTube
2/2原発反対の理由 小出裕章助教(京大原子炉実験所)11/4/1 Web Iwakami
  2011/04/09 に公開    :YouTube
【大切な人に伝えてください】小出裕章さん『隠される原子力』 :YouTube
  2011/03/21 にアップロード

第122回小出裕章ジャーナル :「私にとって人間的なもので無縁なものはない」
 2015-05-11 文字起こしのまとめと図表。 小出さんとの対話録 

原子力安全研究グループ  ホームページ
 第111回原子力安全問題ゼミ 2015.2.27
    原子力廃絶までの道程  プレゼンテ-ション資料 pdfファイル
 講演会レジュメ 目次一覧 以下は小出さんのレジュメ例、他にもあり。

  2011.4.29レジュメ 悲惨を極める原子力発電所事故 
  2010.1.19レジュメ 終焉に向かう原子力と温暖化問題
  2009.12.22レジュメ 原子力発電は危険、プルサーマルはさらに危険
  2009.11.29レジュメ 戦争と核=原子力
  2000.2.11レジュメ JCO事故を考える ⇒ 講演会レジュメで一番古い掲載資料

  インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

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その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
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今までに以下の原発事故関連書籍の読後印象を掲載しています。
読んでいただけると、うれしいです。

『原発と隠謀 自分の頭で考えることこそ最高の危機管理』 池田整治  講談社
『ビデオは語る 福島原発 緊迫の3日間』 東京新聞原発取材班編  東京新聞
『原発利権を追う』 朝日新聞特別報道部  朝日新聞出版
原発事故及び被曝に関連した著作の読書印象記掲載一覧 (更新3版 : 48冊)


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