遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『放課後』  東野圭吾  講談社文庫

2021-10-20 16:45:32 | レビュー
 著者の作品はたまたま目に止まった『マスカレード・ホテル』から興味を持ち、シリーズ作品を軸にしながら関心の赴くままに読み進めてきた。そして、初期の作品群も対象に加えて読みたくなってきた。本書が著者のデビュー作だという。第31回江戸川乱歩賞受賞作。1985年に出版され、1988年7月に文庫化された。手許の文庫本の奥書には、2011年5月日付で第80刷と記されているので、ロングセラー作品になっているようだ。直近が何刷目になっているかは未確認。

 本書は「私」が次々に起こる事件を語っていくというストーリー構成になっている。
 「私」とは誰か? そのプロフィールをまずご紹介しよう。前島は私立清華女子高等学校に勤める数学教師。20年以上の伝統を持ち、県下の女子高の中ではトップクラスと言われる高校である。地元の国立大学工学部を卒業し、本社が地元にある家電メーカーに就職。光通信システムの開発設計担当として信州の方にある研究所に配属され3年間勤務。開発担当要員は東北に建てられた新工場に移ることになったことで岐路に立つ。大学在学中に数学教師の資格を取得していた。転職のことも考えていたところ、母が教師になることを勧めたことが後押しとなる。清華女子高の栗原校長は、理事長でもあり文字通りの独裁者。実業家となった前島の父とは戦友であり、戦後のどさくさには二人であくどいことをやったという関係でもあったようだ。結果的に大学失業後4年目の3月には、教師としての辞令を手にした。
 取りあえず2,3年やってみるかという軽い気持ちが教師生活の出発点となった。大学時代にアーチェリー部に属して活動していた経験があり、清華女子高の数学教師となると、12ある運動部の内の一つ、洋弓部の顧問となった。顧問となって5年。校長からは全国大会への出場選手を輩出することを期待されている。
 前島は結婚していて、妻の名は裕美子。子供はいない。妻は一度妊娠したが、前島は生活プラントしては未だ早いと中絶させた経緯がある。

 こんな数学教師が、出勤途上のS駅のプラットホームと学校の校内で2回、命を狙われるという事態に遭遇する。そんな事件の描写からストーリーは始まっていく。前島は警察に相談したいと栗原校長に話すが、校長は外聞を恐れ、もう少し、もう1回だけ様子をみることにしてと、警察沙汰にすることを嫌がる。前島は引き下がらざるを得ない。
 一方、校長は、教師の麻生恭子に白羽の矢を立る。28歳の息子貴和の嫁にと写真や履歴を麻生に渡してあるのに3週間立つても返事をよこさない。前島に麻生の気持ちを確かめてほしいという。併せて、26歳である麻生の男性関係を徹底的に調べて欲しいと要望してきた。前島は、麻生の男性関係の一つとして、同僚で辞職して学校を去った男性教師と麻生の関係の内実を知っていた。つまり、麻生恭子の一面の事実を同僚から聞き知っていた。

 このストーリー、清華女子高の日常の低調な授業風景や生徒の規律に関する職員室での教師間のやり取りなど女子高の学園雰囲気を描き出す。発生する事件の伏線となる事実・事情が巧妙に書き込まれていく。一方で、前島の過去における生徒とのエピソードを回顧する場面が織り込まれていく。その一つは、喫煙問題で三日間の停学処分を受けた高原陽子という問題児から、3月末に二人だけの信州旅行に誘われたという事実である。2つ目は全クラブ合同合宿の夜にケイとの間に起こった。前島が消灯時刻後にデータの整理をしているところに洋弓部キャプテンで3年B組杉田恵子(ケイ)が現れ、ナンパされ思わずケイの肩に触れ自然に顔を寄せ合い唇を合わせるという経験をしていた。

 9月12日木曜日、放課後に前島が洋弓部の練習に参加し指導している時に事件が発生する。前島が洋弓部の指導をするときに、いつも着替えをする体育館裏の教員用更衣室で事件が起こった。前島が洋弓部の指導を終え、ケイと話ながら更衣室に戻ったとき、更衣室の戸が開かなかった。更衣室の裏に回って換気孔の小窓から覗いたケイは、更衣室の戸に心張り棒がかましてあるのを発見する。それを聞いた前島もその事実を覗き見た。戸を体当たりで倒して中に入る。グレーの背広姿の男が換気口の真下に倒れているのを発見した。死んでいたのは生徒指導部の村瀬先生だった。警察の捜査が始まる。勿論、前島もケイも事情聴取に応じる。死因は青酸中毒。だが自殺か他殺か・・・・。他殺ならば、密室殺人事件である。この密室殺人がどうして可能だったかの解明が必要になってくる。このプロセスがストーリーの第一の山場となって行く。
 この密室構成のカラクリの謎解きにおいて仮説が変転していくところが読ませどころとなる。
 もう一つの事件が運動会の仮装行列で起こる。それはまさに殺人事件だった。
 それぞれのグループが企画を競う仮装行列。洋弓部もまた趣向を凝らす。その準備段階を経て、9月22日、仮装行列の当日に至る。教師の誰がどんな姿・役割で仮装行列に加わるのか事前に噂が流れることにもなる。前島は、洋弓部の仮装に酒酔いピエロ役で参加させられる羽目になる。当日、ピエロは手品箱の中に隠れている。マジシャンがステッキを振り上げて掛け声をかけると、ピエロが箱から飛び出す。ピエロは一升ビンを持って逃げ回る。マジシャンは追いかける。来賓や職員室の居るテントの前まで逃げたピエロはそこで、一升ビンからラッパ飲みを始める。だが、ビンから口を放したピエロは突然その場に蹲った。第二の事件が発生した瞬間だ。殺人事件が起こったのだ。これも青酸中毒が原因だった。
 第一の事件に引き続いて起こった第二の事件。これが二つめの山場となっていく。
 殺されたピエロは誰か? 
 なかなかおもしろい構想である。村瀬先生とピエロの死。この事件は関連するのか、無関係なのか。どんでん返しの連続が巧妙でおもしろい。
 エピローグでは、さらにもう一つの事件が発生して終わる。

 第一の事件と第二の事件の設定とストーリーの構成の中に、様々に攪乱要素が組み込まれている。その一方で、読了後に改めてスキャン読みをすると各所に巧みな伏線が張られている。事件の根底には、女子高生という年代の心理がずしりと存在する。事はそこから発していた。殺人の動機となる心理がこのストーリーに新鮮な視座をもたらしている。事件のプロセスで起こる巧みなどんでん返しの構成がおもしろい。
 さらに、警察の捜査が入り刑事が登場するが警察小説ではない。刑事はここでは脇役である。あくまで「私」が語ったストーリーとして構成されている。興味深いのは、第三の事件が最後に起こることに大きな意味が重ねられている。警察の捜査の観点からとらえると、これら事件の真因や犯人が解明されたのかどうかの判断は、読者の想像に委ねられていると私には思える。そこがまたおもしろい。乱歩賞受賞がなるほどと思う。

 ご一読ありがとうございます。

ふと手に取った作品から私の読書領域の対象、愛読作家の一人に加わりました。
次の本を読み継いできています。こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『分身』  集英社文庫
『天空の蜂』  講談社文庫

東野圭吾 作品 読後印象記一覧 1版  2021.7.16 時点  26作品