遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『院内刑事 ブラック・メディスン』  濱 嘉之  講談社+α文庫

2021-10-08 18:51:45 | レビュー
 『院内刑事』に続く第2弾。文庫書き下ろし作品。2018年7月に刊行された。
 廣瀬知剛は警視庁を中途退職した。警視庁公安総務課OBで、在職中に警察組織内や政界などに幅広い人脈を築いていた。廣瀬は退職後も随時情報交換を続け、情報ネットワークを維持している。中途退職後、危機管理コンサルティング会社を設立した。廣瀬は病院経営者に、院内暴力・セクハラ・暴力団関係者の入院やいやがらせ・モンスターペイシェントなどに適切に対処する院内交番制度の設置を提唱していた。警察の優秀なOBの能力を病院内のリスク対応に活かすというアイディアである。そして、廣瀬自身は、医療法人社団敬徳会の理事長・住吉幸之助に懇請されて、川崎殿町病院のリスクマネジメント担当顧問になった。川崎殿町病院の院内交番を直接所管する立場でもある。また、廣瀬は空港の近くに病院を建てる利便性を提言をしたことから、この病院が建設されたという経緯もあり、住吉理事長が経営する敬徳会の理事の一人にもなっている。

 ストーリーは、看護部長が廣瀬の部屋を訪ねてきて、特別室に入院する古川原武士という患者が看護師に猥褻行為をして困っている、モンスターペーシェントだと伝えたことから始まる。廣瀬は神奈川県警組織対策課第四課OBで、院内交番に属する横山に指示して、古川原について調べさせた。古川原は麦島組三和会の若頭補佐とわかる。入院時の誓約書に虚偽記載をしていたのだ。横山は古川原に麦島組の友永に連絡を入れさせる。結果的に古川原は退院手続きを取り、モンスターペーシェント問題は強制退院という形で一旦終了した。廣瀬は横山から古川原の件の結果を聞く。古川原は横浜中央医療センターからの転院患者で、川崎殿町病院の内臓外科医が横浜中央医療センター院長の後輩に当たる関係での受け入れだった。
 古川原が強制退院となった翌日、廣瀬は警視庁組対部参事官の尾崎から電話を受ける。尾崎は古川原の病気の状態と川崎殿町病院での入院経過を聴取した後、古川原が両膝と陰部、そして頭を拳銃で撃ち抜かれて殺害された事実を廣瀬に伝えた。廣瀬は、横山から聞いたことで気になることを伝えた。横浜中央医療センターは麦島組が顧問病院と言う形で実質的な経営に介入しているらしいという点である。
 電話を終えた後、廣瀬は院内刑事の横山を呼ぶ。古川原が殺害されたことを伝えるとともに、横山に質問をした。横山は気になることとして、受け入れた内臓外科の藤田医師は、執刀後、内科医に特定のジェネリック医薬品の使用を指示しているそうだということを廣瀬に伝えた。廣瀬は内部事情としてこの点について把握していなかった。川崎殿町病院は理事長方針で先発医薬品を使うことになっていたのだ。
 廣瀬は疑念を抱き始める。そして、警視庁公安部総務課事件担当の勅使河原警視に電話を入れ、横浜中央医療センターの実態を調べる手がかりを得ようとする。ここから廣瀬の行動が始まって行く。

 この小説の構成がちょっと面白い。第二章以下は川崎殿町病院の経営とリスクマネジメントに関連する独立した問題事象を短編風にストーリー化していく形になっている。その一方で、メイン・ストーリーに関わる側面が伏流的に絡められている。以下、章毎にすこしご紹介しよう。

<第2章 ジェネリック医薬品>
 大手製薬会社四井十字製薬のMRとして入社5年目、27歳の阿部智子が登場する。彼女は一般のMRから、川崎市を担当する地域包括ケアシステム担当になっていた。阿部は川崎殿町病院が営業対象になっていないことから、MRとしてこの病院にチャレンジしたい意欲をもやし、地域包括ケア面での関係づくりをめざす。川崎殿町病院にMRとして出入りができ、そして自社の薬品を使ってもらうきっかけと連携関係の構築をめざす。阿部が上司の渋谷に提言すると、彼は自分の伝手をたどり、廣瀬とコンタクトを取れる手配をする。
 この章は製薬会社のMRが病院にくい込んでいく姿を通して、病院とMR、製薬会社の関係を浮彫にしていく。廣瀬はMRと病院側の担当者との仲介役になる一方で、阿部を通じてジェネリック薬品業界の裏話情報を入手できる機会を得る。この視点がメイン・ストーリーにつながっていく。
 医者の処方した薬品について、医療ミスクレーム騒ぎというリスク対応も含まれていておもしろい。

<第3章 キレる老人>
 元県議員であった老人が会計窓口での順番待ちでキレて、怒鳴りだすという場面に、巡視中の廣瀬が出くわす。「モンスターシニア」の登場とリスク対応のエピソードである。
 廣瀬がいかに手際よくこのリスク発生を未然に解消したかが描かれる。
 併せて、県議員が現状どのような位置づけにあるかに触れている点も興味深い。
 まさに、ショート・ストーリーの挿入になっている。

<第4章 中国人富裕層>
 この章はこのシリーズの将来への伏線になっているのかもしれない。ここでは、「中国人富裕層向けの健康診断と緊急手術の対応」を川崎殿町病院でも取り扱って欲しいという要望が横浜中華街の華僑代表者から理事長に出されてくる。廣瀬もリスクマネジメントの観点から関わって行く。
 中国人富裕層に診療の門戸を開くかどうかが、臨時理事会を開催しての議題になる。
 このショート・ストーリーは、中国の富裕層とは何か。また、富裕層から見た中国の医療事情はどんな状況かに触れていて、情報として興味深い。

<第5章 サイバー攻撃>
 医療法人社団敬徳会傘下の4つの病院のコンピュータセキュリティーはワックの古溝と廣瀬が相談して構築した。古溝が廣瀬に電話で伝えてきたのは、敬徳会のコンピューターに中国と北朝鮮から猛烈なサイバー攻撃が行われているという情報だった。
 なぜ、民間医療法人がサイバー攻撃の対象になったのか。
 ここでは、サイバー攻撃とそのセキュリティの導入段階の場面が描写される。ひとつの伏線になっている。
 一方、中国との関わりにおける問題事象がここにフィクション化されている。この提示がまず考える材料になる。

<第6章 スタットコール>
 見出しの「スタットコール」は緊急呼び出しのことである。川崎殿町病院には、特定のメッセージの発信により、職員全員に緊急呼び出し事態が発生したことを院内放送するシステムがある。勿論来院者には気づかれずにさりげなく放送される。つまり、即座のリスク対応が関連職員に要求され、廣瀬が関わることにもなっていく。川崎殿町病院では、ホワイトコールと呼ばれていた。
 ここでは3件のスタットコールに対する対応が描かれる。
 一方、パラレルに住吉理事長と廣瀬との間で、理事長の抱える案件に絡み、臓器移植問題の現状とジェネリック医薬品が話題となっていく。これもまたこの医療法人社団敬徳会の将来像への伏線として描写されているようだ。廣瀬は、病院買収とジェネリック医療品の使用についての調査を引き受けることになる。ここの描写はこの領域での現状の情報提示という読者への副産物になっていて興味深い。

<第7章 横流し>
 前章で住吉理事長が廣瀬に依頼した調査と、第5章のサイバー攻撃が、ここで絡み合う可能性が出てくる。警視庁公安部の栗山参事官に電話を入れる。二人の会話は横浜中央医療センターや古川原の殺害事件に関連していくことになる。
 大規模な医薬品の横流しを行う犯罪組織相関関係が形成されていた事実が明らかになる。
 廣瀬は阿部を介して有力な証言者とコンタクトをとることができた。そして闇が明らかになる。
 
 この第2弾は、日本における保険制度のしくみ並びに医薬品業界のしくみとその運営実態面での功罪に焦点が当てられている。更に、中国における医療事情にも触れられている。大凡事実ベースの情報が巧みに採り入れられて、そこにフィクションが構築されているのではないかと思う。ストーリーの展開を楽しむ一方で、医療領域の状況を考えるのに役立つ小説だと思う。

 ご一読ありがとうございます。
 
本書に関連して、関心事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
高額療養費制度について  :「厚生労働省」
高額な医療費を支払ったとき(高額療養費):「全国健康保険協会」
医療費が高額になりそうなとき(限度額適用認定) :「全国健康保険協会」
先発医薬品  :「ELITE Network」
「ジェネリック」って? ジェネリック医薬品について:「第一三共エスファ株式会社」
ジェネリック医薬品ってなんだろう?  :「日新製薬株式会社・日新薬品株式会社」
ジェネリックはどれも同じと思ってませんか?  :「ゆうしん内科クリニック」
MRとはどんな仕事をする人?  :「MR認定センター」
MRの仕事内容と一日のスケジュール  :「Constant 転職」
急性骨髄性白血病(AML)の原因と診断 :「がんを学ぶ」
動くがんへの追尾照射を可能とした次世代型四次元放射線治療装置を開発 :「NEDO」
北大と日立が共同開発した2軸CBCT機能及び2軸四次元CBCT機能が医療機器の製造販売承認を取得―高精度陽子線治療の提供に期待―   :「日本医療研究開発機構」

インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
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その点、ご寛恕ください。)


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『院内刑事』   講談社+α文庫

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