遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『道祖神散歩』 道祖神を歩く会 野中昭夫  新潮社

2021-05-14 13:10:13 | レビュー
 京都の寺々の探訪を続けていると境内に石仏が集合している箇所をよく見かける。石仏一体ごとに涎掛けがかけてあるので、お地蔵さまとして石像が集められ信仰されているということがわかる。その石仏群を見ていると、時折双体の石仏をみかける。これはお地蔵さま? という思いをある時抱いた。また、荒神口通にある護淨院の境内とJR京都駅に近い南不動堂町にある道祖神社の2箇所を個別に探訪した折、それぞれの境内で男女双体の石像に出会った。「双体道祖神」と称される石像である。そんな経験がきっかけで「道祖神」にも関心を抱くようになった。

 上掲本は新潮社の「とんぼの本」シリーズの一冊である。私が一番直近で読んだ本である。表紙の景色に一例が出ている。男神・女神の二体が浮き彫りにされた道祖神像、つまり双体道祖神。本書は各地にある双体道祖神を巡り歩くという視点から、散歩する地域のイラスト地図とその道祖神巡りで出会う道祖神等の写真を数多くカラー写真とモノクロ写真を併用して紹介している本である。その地域で特に押さえ所となる道祖神がどのページにも1体から数体紹介されている。そして、その道祖神巡りの行程にそって出会える道祖神像を具体的に描写し説明する紀行文が本文である。つまり本文はある地域の道祖神巡りの行程ガイドブックになっている。
 紀行文を分担執筆しているのが、「道祖神を歩く会」のメンバーである。このとんぼの本に載る道祖神や風景写真を撮った写真家が共著者・野中昭夫氏である。
 本書の利点はイラスト地図と掲載写真を眺めるだけで、道祖神散歩を誌上でまず楽しめることにある。アットランダムにあちらこちらを開いて道祖神を楽しむことも勿論できる。そして、本文を読み進めると、行程にそってヴァーチャルな世界を歩きながら道祖神の写真を眺め、各所で道祖神の違いの具体的な観察の記述をそれぞれ味わっていくことができる。道祖神巡りの案内としてかなり具体的に本文が記述されている。本文を読むことで一歩深く道祖神に接することができる。
 
 本書の構成をご紹介しよう。冒頭に「道祖神とは」と題して、道祖神についての概説がまとめられている。道祖神信仰の歴史的背景と本書の中心になる双体道祖神に至る経緯、基礎知識を読者はまず得ることができる。その後は大きく地域が分類されていて、その地域内での道祖神散歩のコース別の案内となる。各コースはイラスト地図、案内文、そのコースでの代表的な道祖神等の写真がセットになっている。以下がその地域構成である。
 ●安曇野あたり  穂高町、梓川村、山形村、朝日村と古曾部の里、池田町、入山辺
 ●伊那の谷へ   高遠あたり、辰野町
 ●八ヶ岳周辺   望月町、富士見町
 ●榛名山麓    倉渕村、榛名町
 ●湘南の村と町と 茅ヶ崎あたり、曾我の里、中井町
 ●富士川のほとり 下部町

 127ページと比較的厚みのない本だが、その内容は東日本の双体道祖神が点在するエリアの大凡を押さえているといえるようだ。勿論本書に未掲載の地域がある。
 道祖神巡りをしたいと思う地域を案内する数ページ分をコピーし携えていくと、それがガイド役となる便利な本である。関西に住んでいる私には手軽に行く事自体ができない。誌上散歩をまずは、楽しんだ次第。

 本書は道祖神を撮った写真を数多く載せている。特に特徴的のある道祖神の載るページを私見としてピックアップしておこう。p5,p6,p19,p22,p23,p30,p36,p48,p55,p64,p68,p71,p73,p77,p92,p98,p101,p106,p110,p121,p122 というところ。

 さて、読後に奥書で、冒頭の「道祖神とは」の担当が山崎省三氏と知った。

こちらが、著者の本である。表紙は著者名だけなのだが、その「あとがき」に「道祖神を歩く会」に触れられている。『道祖神は招く』は平成7年(1995)1月に新潮社から出版された。上掲のとんぼの本は1996年5月の出版である。『道祖神散歩』を読み終え奥書を見るまでこの二冊が「道祖神を歩く会」でリンクしていることには気づいていなかった。頭をガツン!である。
 『道祖神は招く』を先に読んでいたのだが、その時は著者名だけが記憶に残ったのだ。こちらは著者が、それぞれに違った仕事を持つ「道祖神を歩く会」のメンバーと一緒に休日に計画を立てて20年余にわたり道祖神探訪をした経験をふまえて論述した書である。無数の道祖神巡りの経験と先人たちの研究をふまえ深められた考察がまとめられている。その焦点が「道祖神とはなにか」に当たっている。その考察の一環として各地域、各所で目に止まった道祖神が数多くモノクロ写真として併載されている。重点は「道祖神とは」にある。つまり、冒頭書での「道祖神とは」の一文を読み、さらに一歩踏み込んで道祖神について知りたいと感じる読者は、本書を開かれるとよいと思う。
 『道祖神は招く』は、道祖神の起源と歴史に関してさらに一歩踏み込んだ形で考察を加えている。その後で道祖神と関わる周辺の祭事・事象も考察している。構成は以下のとおりである。
 「一 石への信仰」「二 男女が寄りそう道祖神」「三 男女像が魔を遮る」「四 玉石も道祖神」「五 柱をめぐって」「六 疫神と怨霊払いの祭事」「七 文字碑のこと」「八 道祖神の祭り」「九 小正月といわれる日」「十 道祖神散歩」

 こちらの「十 道祖神散歩」は簡略なイラスト図と概説文で、倉渕村・高遠あたり・望月町・入山辺の4箇所が紹介されるにとどまる。これが冒頭書の刊行にリンクしていったものと思われる。「あとがき」を再読してあらためて気づいたのは、こちらの書に掲載のモノクロ写真の撮影に、冒頭書の野中昭夫氏が行を共にして撮影した写真が載っていると付記されていた。この点でも二書はリンクしていた。


 さらに溯り、この書もご紹介しておきたい。五重来著『石の宗教』(講談社学術文庫)である。2007年3月に文庫本化されている。そのルーツは奥書に付記されている。「本書は1988年、角川書店から刊行された『石の宗教』を底本とし、著作権継承者の諒解を得て、図版を全面的に入れ替え再編集したものです」と。手軽に文庫本で読めることは有意義である。
 私はたまたま本書の文庫本を知り、まず最初にこちらを読んでいた。本書はそのタイトルが示す通り、著者は「石」に関係するさまざまな信仰形態のありかた、その歴史的経緯を論述している。著者は仮説をふまえて石と宗教の関係を幅広く概説している。各章がそれぞれ一冊の研究書のテーマになるものである。専門家ではない我々一般読者としては、幅広く石と信仰の関わりを解説している本書は導入書として有益といえる。
 冒頭に「飛鳥の謎石」をとりあげることから、「謎の石-序にかえて」が始まる。飛鳥の謎石はやはり読者を惹きつけることだろう。そして、各章が始まる。前二書と直接関係するのは本書の第五章である。
 本書の構成は以下のとおり。
 「第一章 石の崇拝」「第二章 行道岩」「第三章 積石信仰」「第四章 列石信仰」「第五章 道祖神信仰」「第六章 庚申塔と青面金剛」「第七章 馬頭観音石塔と庶民信仰」「第八章 石造如意輪観音と女人講」「第九章 地蔵石仏の諸信仰」「第十章 磨崖仏と修験道」

 前二書においても、道祖神との関係で、庚申塔・青面金剛・地蔵石仏に言及されている。『石の宗教』の第六章、第九章は間接的に道祖神信仰とリンクしていくので、関心のある方はこれら各章も参照されることをお薦めする。
 私は、この第九章中の「三 道祖神と石地蔵」の冒頭を読み、冒頭に記した私的疑問へのヒントを得たと思った。このセクションの冒頭は以下の一文からはじまる。
 「地蔵石仏の祖型が石の道祖神であることは、その形態からばかりでなく、その宗教的機能からも知ることができる」本著者はこの一文から、道祖神と石地蔵のつながりを論じて行く。
 浅いレベルでしか本書の論点を理解できていない気がする段階なのだが、私にとっては地蔵石仏と道祖神の繋がりを理解する上で役立っている。その「道祖神」をキーワードにして、前二書の「双体道祖神」に導かれたことになる。
 おもしろいのは、この『石の宗教』には「双体道祖神」という用語は出て来ない。双体道祖神像の写真も掲載されていない。第五章の「三 道祖神の抱擁石像」というセクションで、「近世に造立された道祖神石像には男女神二体の抱擁像、または並立握手像とでもいうべきものが多い。これはとくに信州から甲州に多く見出されて、写真家や石造美術愛好家の興味の対象になっている。」(p152)云々の記述が出てくる程度である。その続きに、15年ぶりに安曇野の村中をめぐって、「あの有名な道祖神像は一体も見出すことができなかった。」(p152)と昭和57年頃の経験を記している。最初読んだ時は気にならなかったのだが、前二書を読み継いできて、この記述箇所が逆に私には謎となった。
 双体道祖神という用語も含めて、そこには研究史という点で時代の隔たりが介在しているのだろうか。逆に興味深さが増したとも言える。

 いずれにしても、いつか双体道祖神が祀られている地域を自分の足で巡ってみたいと思う。

 ご一読ありがとうございます。

道祖神については、インターネットの検索からだけでも様々な情報を入手できてありがたい。私が検索した範囲から、その一端としていくつかご紹介しよう。
道祖神 :ウィキペディア 
道祖神  :「Flying Deity Tobifudo」
道祖神めぐり  :「安曇野市」
      道祖神マップがダウンロードできる。
安曇野の道祖神  :「安曇野建設事務所」
信州山形村 道祖神めぐり  :「山形村観光協会」 
コース14 道祖神のみち  :「群馬県」
茅ヶ崎の道祖神って何体あるんだろう?  :「Maruhaku TV」(茅ヶ崎市)
道祖神  :「湘南二宮町」
道祖神塔とさいと焼き  :「横浜市泉区」
ふるさとの道祖神巡り ホームページ

    インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

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『愛の神々 小坂泰子写真集』  筑摩書房