遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『スノーデン 日本への警告』 エドワード・スノーデン 青木、井桁、金、ワイズナー、ヒロセ、宮下  集英社新書

2017-12-19 11:21:45 | レビュー
 2013年6月、エドワード・スノーデンによるインターネットを通じた大規模な監視体制の事実暴露が世界を震撼させた。今、スノーデンはロシアに滞在しているようである。
 アメリカのNSA(国家安全保障局)の元情報局員による事実の暴露。いわゆるスノーデン・リークである。スノーデン・リークに端を発して、アメリカやEUではプライバシー保護の観点から、大きく法律の改制定を行ってきている。スノーデン・リークの報道は見聞していたが、その事件の表層だけ認識するに留まっていたことに愕然とした。その後の経緯、社会的文脈、プライバシー保護との関わりを深く考えていなかった。本書を読んで、改めてこの事実暴露の重みを再考している次第である。(著者等の敬称省略)
 民主主義とは何か? プライバシーとは何か? 監視とは何か? 改めて考えてみるのに役立つ新書である。

 本書は、2016年6月に、東大本郷キャンパスで行われた自由人権協会(JCLU)主催のシンポジウムの記録である。「完全翻訳の上、加筆修正を行い、詳細な註釈と追加取材を付し書籍化した」(p10)もの。2017年4月に第一刷が出版されている。
 第一章と第二章という二部構成であり、いずれも質疑応答形式の会話体になっていて、読みやすい。扱っているテーマは実に重たいともいえるが・・・・。

 第一章は、明確な記載はないが、たぶんロシアに居るスノーデンと本郷キャンパスの会場を結ぶ衛星通信による会議システムを使った形で行われたスノーデンが語ったメッセージである。p20に「ロシアから参加して下さり心より御礼申し上げます」と金昌浩が語りかけるところから始まる。金昌浩が進行担当として質問を投げかけ、聞き手となり、スノーデンが話をするという形である。生い立ちとキャリア、どのような経緯でインテリジェンス・コミュニティにかかわるようになったのか、という背景質問から始まり、スノーデンが考えたこととリークという行為を行った理由に話が展開されていく。
 スノーデンは、ターゲット・サーベイランスとマス・サーベイランスを区別して説明している。そして、テクノロジーの進歩により、マス・サーベイランスが飛躍的に進展・拡大し、それがプライバシーの侵害と民主主義への脅威になるまでに至っていて、アメリカの情報当局において法の許容を遙かに逸脱した実態が存在することに警鐘を発したのだ。いわゆるスノーデン・リークがその実態の暴露となった。無差別の大規模な監視体制の存在が民主主義とプライバシーに与える脅威である。その経緯をまず理解することが我々にとり重要であり、現代の監視社会を考える起点になる。そこに本書の言う「警告」の意義があると思う。アメリカという対岸の話ではない。日本の情報、日本の個人情報自体が、アメリカに直結していて、対岸(彼岸)ではなく此岸なのだと。実態を知る事から始めよということだろう。

 第二章はキャンパス内でのシンポジウムの記録である。開催されたシンポジウムのタイトルは「監視の”今”を考える」だったようである。書籍化にあたり、この第二章のタイトルは、「信教の自由・プライバシーと監視社会 - テロ対策を改めて考える」とつけられている。
 こちらは、井桁大介がコーディネータとして、質問を投げかけ、4人のパネリストが様々にそれぞれのバックグラウンドをもとに語る。その討議の内容が記録されている。
 ベン・ワイズナーはACLUに所属する弁護士で、スノーデンの法律アドバイザー。スノーデン・リークにより明らかになった政府による監視の実態などを説明している。
 マリコ・ヒロセはNYCLU(ニューヨーク自由人権協会)に所属する弁護士である。ニューヨーク市警察によるムスリム・コミュニティの監視捜査に対して、監視プログラムの差止めを求める訴訟に代理人として携わった経験を語っている。監視の実態、ハッサン事件(ニュージャージー州)やラザ事件(ニューヨーク州)の訴訟問題の進捗に触れている。 宮下絃中央大学准教授はプライバシーの専門家の立場から、ベルギーの留学経験を踏まえて各国政府の行う監視の実態やその濫用への法的取組などを研究の立場から語る。青木理は日本警察の公安部門を集中的に取材したジャーナリストであり、その取材経験を踏まえて体験談を語る。
 つまり、バックグラウンドの異なる4人がプライバシーの侵害と監視の濫用に如何に対応していくことができるか、実態をベースに事実認識を深める情報を様々に提供してくれている。科学技術を利用した監視の全体像や流出資料から見た日本の警備公安警察の監視の実態が明らかにされ、ムスリムに対する監視の実態事例が語られる。監視プログラムの違憲性が論じられ、監視に対するコントロールの対応策やメディアの役割りが論じられている。
 まず第二章から、重要な要点をいくつかご紹介してみる。詳細を本書でお読みいただく動機づけになればと思う。
*アメリカ政府は、監視捜査に衝撃的な3つのプログラムを使用していた。電話のメタデータのバルク・コレクション、アメリカに本社を置く9つのテクノロジー会社に命じたプリズム(PRISM)、直接に通信情報を入手するアップストロイーム(upstream)である。p101-102
*アメリカ市民であれば、NSAによる監視に対して一定の保護が与えられるが、アメリカ市民でない場合、何の保護もない。 p106
 702条プログラム(外国人を対象とした監視プログラム)は未だに続いている。p140
*「スティングレイ」と呼ばれる携帯電話監視機器が使われている。 p116-117
*テロの危険は、諜報機関という装置にとりその存在を正当化するための「脅威という燃料」である。 p135-136
*ジャーナリズムやメディアの沈黙は独裁者や圧制者に力を与えることになる。p146-148
*監視に対する一番の抑制は監視である。p154-157


 最後に、第一章のスノーデンのメッセージから、私が重要と思う章句を引用してご紹介する。
*理念のために立ち上がることは、ときにリスクを伴います。・・・私たちはみな、小さなリスクを取ることで社会をよりよくすることができる機会があるはずです。私たちはみな、安全を求めてではなく正しいがゆえに行動する機会があるはずです。 p12-13
*グーグルの検索ボックスにあなたが入力した単語の記録は永遠に残ります。グーグルの検索記録がなくなることはないのです。 p31-32
*政府が監視を目的として人権を無視する事態が生じつつある。 p42
*政府が秘密を持つこと自体に問題があるわけではありません。しかし、政府が情報を機密とする権限は本質的に民主主義にとって危険なものであり、極めて厳格なコントロールが不可欠です。機密とする権限の行使は例外的な場合に限られなければならず、日常業務の一環のように行使されていはならないのです。 p44
*一番大事な脅威というのは、あまりよくわからない脅威であることがよくあります。 p56
*NSAは経済政策や気候変動対策に関する情報を収集するために、日本の大企業や政府の内部の会議を盗聴していたようです。もちろんテロとは関係がありません。 p59
*実際の脅威の程度がどれくらいかを検証する必要があります。日本では、テロリストに殺される確率よりも風呂場で滑って死ぬ確率の方がはるかに高いのです。 p60
*技術的な教訓は、ネットワークの回路は危険に満ちあふれているということです。2013年以前から、インターネット通信の傍受が可能であるということは理論的に明かでした。p63
*プライバシーとは、悪いことを隠すということではありません。プライバシーとは力です。プライバシーとはあなた自身のことです。プライバシーは自分であるための権利です。他人に害を与えない限り自分らしく生きることのできる権利です。・・・・・どこで線引きするかはあなた次第です。  p67
 プライバシーとは何かを隠すことではありません。守ることです。開かれた社会の自由を守ることです。  p82
*権利は少数派を保護するものです。権利は弱い人を保護するために存在するということを覚えていなくてはなりません。 p68
*自由で公平な社会を維持するためには、安全であると言うことだけでは足りません。権限を有する人たちが説明責任を果たさなければなりません。さもなければ社会の構造が二層化してしまいます。 p72
*政府は、独力で特定のシステムに潜入したりハッキングしたりすることができます。政府は、暗号化をすり抜けることができるわけです。NSAは毎日やっています。 p74
*技術者として考えなければならないのは、私たちが人類史上未曽のコンピュータ・セキュリティの危機の中に生きているということです。  p74
*民主主義においては、市民が政府に法律を守れと言えなければならないのです。政府がベールに包まれた舞台裏で政策判断を下す限り、何もわからない市民には発言権がないわけです。もはや市民ではなく召使です。対等なパートナーではなく、それ以下の存在でしかなくなってしまいます。 p78-79
*リスクを認識すること、それが現実にあると認識することは大事なことです。 p83

 これらの章句をスノーデンのメッセージ本文の文脈の中で読んでみてください。
 考える材料が散りばめられています。彼の行動の背景を知ることから始めましょう。

 ご一読ありがとうございます。

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本書を読み、関連事項について少し検索してみた。一覧にしておきたい。
エドワード・スノーデン  :ウィキペディア
アメリカに監視される日本 ~スノーデン“未公開ファイル”の衝撃~ 
   クローズアップ現代 2017.4.24  :「NHK」
日本関連スノーデンファイルをどう読むか 土屋大洋氏  :「NEWSWEEK 日本版」

公益社団法人自由人権協会 ホームページ
  声明文「怪しいと目をつけただけで捕まえる」ことは許されない 2017.5.15
ACLU(アメリカ自由人権協会) ホームページ
  PRIVACY & TECHNOLOGY
アメリカ自由人権協会  :ウィキペディア
The Intercept ホームページ
  Japan Made Secret Deals With the NSA That Expanded Global Surveillance
WikiLeaks ホームページ
ウィキリークス(WikiLeaks)はそれからどうなったのか 2015.1.12 :「Timesteps」
WikiLeaks  :「コトバンク」

エドワード・スノーデン氏(元CIA)が暴露したネット監視問題 中国への情報漏えいの懸念も? 2013.7.2   :「HUFFPOST」
スノーデンの警告「Dropboxは捨てろ」「FacebookとGoogleには近づくな」
     2014.10.15  :「HUFFPOST」
世界を駆け巡る「エドワード・スノーデン死亡説」 : 本人に危機が発生した際に起動する[デッドマン装置]によるものかもしれない暗号ツイートの直後から湧き上がる論争
 2016.8.8  :「In Deep」
スノーデン氏のロシア生活  2016.9.16 :「RUSSIA BEYOND 日本語」
スノーデン容疑者、ロシアからアメリカに引き渡し? でも本人は喜んでいる
     2017.2.11  :「HUFFPOST」
Russia Considers Returning Snowden to U.S. to ‘Curry Favor’ With Trump: Official  :「NBS NEWS]

映画「スノーデン」 公式サイト

「米国自由法」可決 NSAの情報収集活動に制限 CNN   日本文
NSAの情報収集を制限する米国自由法が成立。安全保障と個人の自由の関係はどうなる?   : 加谷珪一の分かりやすい話
「米国自由法」成立、大規模な通話記録収集を禁止  :AFP

「共謀罪」に関するトピックス  :「朝日新聞」
【特集】マジありえない共謀罪・盗聴法・マイナンバー :「IWJ」
「共謀罪」の対象犯罪277  2017.6.15 :「日本経済新聞」

インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

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