遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『仏像鑑賞入門』 島田裕巳  新潮新書

2017-11-27 15:23:15 | レビュー
 一神教の世界では偶像崇拝は原則禁止されている。その典型はイスラム教だろう。ユダヤ教もまた、モーゼの十戒の中で偶像崇拝が禁止されている。キリスト教ではキリストの磔刑の姿の彫刻や聖母マリアの像などがあり、宗教画としての絵画が存在する。著者は「イスラム教に比較した場合、キリスト教では偶像崇拝の禁止はかなり緩い」(p4)と位置づけている。キリスト教美術の世界を鑑賞するのも好きなのでその点納得できる。
 一方、我国の仏教の世界はどうか。仏教の伝来時点から経典とともに仏像が渡来しているので、日本の仏教史は仏像とともに始まっている。むしろ、百済の聖明王から金銅製の仏像を贈られた天皇は、その仏像を見て感激した所から日本の仏教が出発しているという。もともと偶像崇拝禁止という発想は日本にはないのだろう。そして明治までは、神仏習合と仏像の存在が当たり前の状態だった。仏像は所与のものとして受け入れられた。一神教の世界とは感覚が違うということを著者は最初に明確にしている。

 その上で、著者は次の点を明らかにしている。
1) 仏像は仏教信仰の中心となり、本尊として崇める対象にもなっている。仏像を造ることはむしろ信仰の証としてとらえられるようになる。造仏活動が盛んに行われて来た。
2) 優れた仏像を偶像とは考えないし、考えられないと言った方がよいかもしれない。
  仏像を崇め信仰の対象として位置づけているが、仏像を通して、直接仏を崇めているわけではない。著者は仏像と仏の間に一線があることを一方で明確にしている。
3) 仏像は信仰の対象である一方、美術品としての鑑賞の対象にもなっている。ただし、仏像を鑑賞の対象とすることができるようになったのは、日本での仏教の歴史からみれば最近のことであるとする。和辻哲郎の『古寺巡礼』が著された頃あたりから「鑑賞」という次元での仏像へのアプローチが多くの人々にも可能となってきたと位置づけている。
 そして、著者は仏像を「鑑賞する」という立場に軸足を置きつつ、信仰との関わりを考え、仏像とは何かを明らかにしようと試みている。

 本書は8つの章で構成されている。そして仏像自体については畠山モグ氏により適宜イラスト図が挿入されているだけである。仏像の写真は利用されていない。数多く出版されている仏像ガイド本にあるような仏像の各パーツの名称説明や地域分布図、所在地図などの類いは一切無い。そういう意味では入門書ではあるが、仏像の世界の奥深さにふれるための読み物になっている。仏教史の中での仏像の位置づけを考えることを通して、仏像鑑賞への道づくりを狙っていると言える。
 それは、章のタイトルの付け方からもおわかりになるだろう。各章のタイトルを紹介し、著者の論点の一部を要約的にメモしてみる。その要点の具体的説明と論旨の展開が本書で行われている。

1.そもそも仏像とは何なのか その歴史と本質についての若干の孝察
 「仮に、仏教に仏像というものがなかったとしたら、日本人は仏教をこれほど深く愛してきただろうか」(p19)という反語的問いかけから著者は始めて行く。著者の発言から、考える材料になる箇所をいくつかご紹介する。この章は「鑑賞」のベースとして有益である。
*仏像自体は、歴史を経ても何ら変わることがない。しかし、その仏像と相対する人々のとらえ方は、近代以前と以降では大きく変わったのだ。 p21
  ⇒著者は、近代になって歴史上のブツダが研究され始めたこととの関係性を踏まえているようである。
*ブツダは必ずしも一つの統合された人格としては理解されていなかった可能性がある。 p23
*仏教という宗教は仏像の制作について当初はあまり積極的ではなかったのである。p25
*仏像という存在が生まれることで、仏教の世界は一挙に広がりを見せることになった。p26
*日本の仏教の受容が、とりあえず最初は仏像を通してなされたということはできる。p36
 古代の日本人にとって、仏像こそが仏教だったのかもしれない。 p37
*私たちは、仏教の教えに引かれて、その世界に近づいていくのではなく、優れた仏像を拝むことで、仏の教えに尊さを感じ、そこから仏教の世界へと導かれていく。 p38

2.奈良で浴びるように仏像を見る まさに至福の時
 百聞は一見に如かず--著者の実体験をまとめた章でもある。奈良の有名所の諸仏を読み物としてわかりやすくまとめてある。しかし、この通りの順番で巡るとしたら、鑑賞時間を考えると本当に回れるだろうか、という疑問も浮かぶ。それは交通手段の選択との関係があるので、微妙なところなのだが・・・・。3日目、4日目の説明の寺々は立地から言えばちょっと厳しい距離の隔たりにある気がする。ちょっと欲張りか・・・・という感じ。
 一方で、押さえるべき所はちゃんと押さえていると納得する次第。
 最初に京都の諸寺に軽く触れている。そして奈良で体験をベースとして諸寺を取り上げている。奈良について、寺名を抽出し、列挙しておこう。
 興福寺、東大寺、法隆寺、中宮寺、薬師寺、唐招提寺、西大寺、浄瑠璃寺(ここは京都府木津川市)、新薬師寺、聖林寺、飛鳥寺、室生寺。これらは、和辻哲郎が『古寺巡礼』で取り上げた諸寺でもある。和辻本が元になっているようだ。
 奈良市写真美術館の入江泰吉の写真を見るのが予習になると助言していることにも触れておこう。

3.大仏はどうやって造られたのか 案外知らない仏像の造られ方
 まず飛鳥時代、奈良時代の金銅仏が「蝋型鋳造」法によることを説明する。そして、仏像の造り方の変遷をわかりやすく説明していく。この辺りは、図を使っての説明があると仏像鑑賞初心者には一層イメージしやすくなるところだと思う。
 磨崖仏、塑像、木心塑像、漆箔の技法、脱活乾漆造、木心乾漆造、一木造を順に仏像の具体的作例と併せて説明しているので、基礎知識が身につく。

4.秘仏って何だ いつどうやって秘仏に出会えばよいのか
 著者は秘仏を拝見に行った体験事例を語りながら、秘仏とは何か、どうして出会うかを語っていく。著者の面白い発言を取り上げてみる。その具体的説明は、本書を開いていただければ、興味深い説明、読み物になっている。
 *江戸時代に行われた「開帳」や「出開帳」は、お寺の巧みな「営業戦略」である。
 「秘仏という仕掛けは、その仏像の『付加価値』を増すことに貢献するのだ。」p102
 *秘仏という存在は、密教のなかから生み出されてきた。p110
仏教にはもともとはなかった考え方である。  p117
 *1年に1度開扉される秘仏には、全体に優れたものが多い。  p112
*開扉の間隔が長いものになるほど、質的には劣る。⇒この発言、判断をしかねる。

5.鎌倉時代の仏像ルネッサンス 運慶や快慶やらの時代
 慶派の仏像がどういう形で造られたのか、またその特徴は何か、どこにどのような仏像が安置されているかなどを語っていく。武士の活躍する荒々しい時代が慶派の作風と照応していたという時代の変化を論じている。この時代に仏師の名前が前面に出てきたという。仏師の個性が重視され、リアルさが表出した仏像への変革期が到来したと説く。
 慶派の中でも、運慶と快慶の間にある作風の差や、慶派の人間相関と作品群の基礎知識を説明している。
 「斬新で、力強いもの・・・・・そこにこそ第一の魅力があった。運慶と快慶、そして慶派一門の仏師たちを生み出したのは、そうした時代の空気だったのである。」(p146)と論じている。

6.仏像は円空、木喰に極まるのか もう昔の仏像は造れない
 *「時代の進歩とは別に、時代が新しくなるにつれ、凡庸な仏像しか造られなくなっていった。」 p148
 *仏教信仰は時代を追うにつれ庶民層まで広がって行くが、その内容が変化した。それは、鎌倉時代までの造仏の高まりという関心の向け方とは異なるものに変化した。
  その現れが五百羅漢像を造る人々の存在や、「人々の求めに応じ、その信仰に形を与えること」(p166)「造立を依頼した庶民の信仰をそのまま形にしてあらわした」(p169)という円空仏・木喰仏の出現とその展開の必然性を論じている。それは求めるものの変質といえるのだろう。

7.仏像は博物館で見るものなのか 近代の仏像の運命
 明治に入る時点での「廃仏毀釈」は仏像にとって悲劇的な出来事だが、それを契機にして仏像が博物館入りし、美術的鑑賞の機会が生まれた経緯を論じている。博物館や美術館での企画展で仏像の鑑賞ができるようになった背景に、移送技術が発達した点を著者は指摘する。また、博物館・美術館での仏像の展示について、鑑賞者にとってのメリット・デメリットを論じている。そして、仏像についての知識を増すことの必要性を強調する。
 「仏像を鑑賞するという行為は、自己を見つめることにもつながる」(p193)と主張する。著者の結論の一つはこの一行にあると言える。

8.これだけは見ておきたい究極の仏像たち
  著者は強い印象を与える仏像として10点を挙げ、それぞれに取り上げた理由を説明している。その所蔵寺名と仏像名、所在府県名だけリスト風にご紹介する。
 ① 中宮寺/菩薩半跏思惟像  奈良県
 ② 観心寺/如意輪観音像   大阪府
 ③ 向源寺/十一面観音像   滋賀県
 ④ 蟹満寺/釈迦如来像    京都府
 ⑤ 唐招提寺/如来形立像   奈良県
 ⑥ 立石寺/慈覚大師頭部像  山形県
 ⑦ 国東半島/熊野磨崖仏   大分県
 ⑧ 円成寺/大日如来像    奈良県
 ⑨ 真野寺/千手観音像    千葉県
 ⑩ 六波羅密寺/空也上人像  京都府

 この入門書、よくある観光的仏像ガイド本を一冊くらい読んでから、手に取って読むとイメージし、理解しやすくなるかもしれない。仏教史の大凡を考えながら、仏像とは何かを学ぶ「鑑賞」入門である。

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本書に関連し、その導入になり得る情報源をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
東大寺 ホームページ
東大寺ミュージアム  :「東大寺総合文化センター」
法相宗大本山 興福寺 ホームページ
薬師寺 公式サイト
法隆寺 ホームページ
中宮寺 公式ホームページ
唐招提寺 ホームページ
真言律宗総本山 西大寺 ホームページ
新薬師寺 公式ホームページ
聖林寺 公式ホームページ
飛鳥寺  :「飛鳥の扉」
女人高野 室生寺  ホームページ
圓成寺  ホームページ
浄瑠璃寺  :「京都やましろ観光」(京都府)
蟹満寺   :「京都やましろ観光」(京都府)
六波羅蜜寺  ホームページ
観心寺 ホームページ
渡岸寺観音堂(向源寺) :「滋賀・びわ湖 観光情報」
宝珠山立石寺  ホームページ
高倉山 真野寺 ホームページ
国東半島 熊野磨崖仏  :「胎蔵寺」(公式サイト)
入江泰吉記念 奈良写真美術館  ホームページ
阿修羅象のつくり方 脱活乾漆技法  展示リーフレット 奈良大学博物館
塑像と押出仏  展示リーフレット3 奈良大学博物館
仏像彫刻の技法   :「平安佛所」

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(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
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