遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『新版 京のお地蔵さん』 竹村俊則  京都新聞出版センター

2016-09-17 09:35:16 | レビュー
 知人のブログ記事でこの本のタイトルを知り、地蔵信仰への関心と京都のお地蔵さんに少し深入りしたくて、手に取ってみた。
 著者については、手許に『都名所図会』を校注された上下2巻の文庫本や、『昭和京都名所圖會』全6巻があり、日頃重宝している。そこで一層興味を抱いたこともある。元は1994年6月に『京のお地蔵さん』として京都新聞社より発行されていた。それが、物故された著者のご遺族の了解を得て、2005年8月に内容を一部補訂し、新版としてこの初版が出版された。10年余前にこの新版が出ていたのである。

 本書は京都に所在するお地蔵さんを地域分けして一章とし、冒頭にその地域図に地蔵尊の所在地を記した地図を掲げ、各地蔵尊について一部を除きほぼすべてのお地蔵さんの写真を掲載して、お地蔵さんの故事来歴やエピソード、特徴などが解説されていく。著者の見聞印象とともに、文献や古文書などに記録された話などが織り交ぜられて読みやすい説明になっている。地蔵尊専門のガイドブックとしては213ページの本なので、携帯するにも嵩張らず便利といえる。

 著者が本書で頻繁に参照される情報ソースをまずご紹介すると、『山州名跡志』『今昔物語』『都名所図会』『拾遺都名所図会』『花洛名勝図会』『源平盛衰記』『山城名勝志』がある。また、『日本書紀』『甫庵太閤記』『徒然草』『太平記』『平家物語』『帝王編年記』も参照されている。
 本書を読んで初めて文献名を知ったものには、『宝物集』(平康頼)、『元享釈書』巻九、『薩戒記』(中山定親の日記)、『太秦村行記』(黒川道祐)、『古事談』、『東北歴覧記』、『地蔵菩薩霊験記』(京都国立博物館蔵)、『看聞御記』、『資益王記』、各種縁起・絵巻がある。
 つまり、浩瀚な資史料料を渉猟し、地蔵尊について得られた知識が解説の中に程よく織り込まれているのである。、一般読者に読みやすいようにコンパクトなボリュームの本に凝縮され説明されていると言える。この本をインデックスにして、原典・ソースに遡ってみることもできる。

 本書を読んでおもしろいと思うのは、信仰する人々が各地のお地蔵さんについて行ったネーミングである。本書に取り上げられたお地蔵さんのニックネームを章立てとなっている地域毎に列挙しご紹介する。それがどこに所在するかは地図で、所在地のお寺などは各お地蔵さんの解説ページを開いていただきたい。この本は関心度の高いものをつまみぐい的に読むことができるメリットがある。一つ一つの紹介・解説が独立しているから。それ故、まず関心をそそられるニックネームのお地蔵さんから読み進めるのもよいだろう。いつしか全部読みたくなると思う。

洛東(17)
 洗い地蔵、鬘掛地蔵、鎌倉地蔵、首振地蔵、子育地蔵、獅子地蔵、勝軍地蔵
 崇徳院地蔵、衣通姫(そとおりひめ)地蔵、空豆地蔵、玉章(たまずさ)地蔵、導引地蔵、
 明眼地蔵、目疾(めやみ)地蔵、夢見地蔵(3ヶ寺)、米(よね)地蔵、六道地蔵

洛北(7)
 池ノ地蔵、修学院地蔵、太閤地蔵、目無地蔵、矢負坂地蔵、山端地蔵、桶取地蔵

洛中(34)
 跡追地蔵、安産地蔵、生身地蔵、引導地蔵、引接(いんじょう)地蔵、玉城地祭地蔵
 お別れ地蔵、玉体(ぎょくたい)地蔵、釘抜地蔵、親恋地蔵、鞍馬口地蔵、鍬形(くわがた)地蔵
 鯉地蔵、駒止(こまどめ)地蔵、神明(しんめい)地蔵、染殿地蔵、槌留(つちとめ)地蔵
 壺井地蔵、妻取地蔵、爪彫地蔵、爪彫地蔵、泥足地蔵、縄目地蔵、常盤(ときわ)地蔵
 歯形地蔵、星見地蔵、身代り地蔵、木槿(もくげ)地蔵、矢取地蔵、屋根葺地蔵
 世継(よつぎ)地蔵、六臂(ろっぴ)地蔵、輪形地蔵、康頼(やすより)地蔵

洛西(15)
 油掛(あぶらかけ)地蔵、埋木(うもれぎ)地蔵、金目(かなめ)地蔵、桂地蔵
 子授(こさずけ)地蔵、勝軍地蔵、生六道(しょうろくどう)地蔵、長者地蔵
 老ノ坂峠子安地蔵、常盤地蔵、はしご地蔵、腹帯地蔵(染殿地蔵)、谷の地蔵
 火除(ひよけ)地蔵、道しるべ地蔵

洛南(11)
 油懸(あぶらあかけ)地蔵、石棺地蔵、鳥羽地蔵、南無地蔵、ぬりこべ地蔵、腹帯地蔵
 文張(ふみはり)地蔵(小町文張地蔵)、不焼(やけず)地蔵、山科地蔵(四ノ宮地蔵)
 六地蔵、橋寺地蔵

 地域名の後の括弧内の数字は、お地蔵さんのニックネームで書かれた記事数であり、記事によっては別地所在で見出しとして扱われていないお地蔵さんへの言及や、夢見地蔵のように、3ヶ所の夢見地蔵を1記事で言及しているものもある。

 そこで信仰する人々の願う御利益という点でお地蔵さんへの期待機能という観点からみると、そのニックネームと解説からこんな捉え方もできるだろう。特徴的なものだけ割り切って集約するにとどめるが・・・・。
 脱地獄救済機能: 六道地蔵、生身地蔵、槌留地蔵、桂地蔵、生六道地蔵
 浄土引率機能: 導引地蔵、引導地蔵、引接地蔵、お別れ地蔵、
 身代わり機能: 矢負坂地蔵、鍬形地蔵、鯉地蔵、駒止地蔵、泥足地蔵、縄目地蔵
         身代り地蔵、矢取地蔵、屋根葺地蔵、
 人生苦解消機能: 洗い地蔵、釘抜地蔵、親恋地蔵、油掛地蔵、長者地蔵、油懸地蔵
桶取地蔵
 子孫繁栄機能: 腹帯地蔵、子安地蔵、安産地蔵、子育地蔵、染殿地蔵、世継地蔵
        子授地蔵、老ノ坂峠子安地蔵、腹帯地蔵(染殿地蔵)、夢見地蔵
眼科的機能: 明眼地蔵、目疾地蔵
 歯科的機能: 空豆地蔵、歯形地蔵、石棺地蔵、ぬりこべ地蔵
 泌尿器科的機能: はしご地蔵
 社会福祉的機能: 米地蔵
 交通安全機能: 太閤地蔵、鞍馬口地蔵、山端地蔵、輪形地蔵、道しるべ地蔵、六地蔵
         橋寺地蔵
 火災予防機能: 火除地蔵、不焼地蔵

 このほか、章末にコラムが載せてある。「地蔵菩薩」「地蔵信仰の推移」「六地蔵めぐり」「地蔵盆」について基本知識が平易にまとめられている。また、「お地蔵さんのよだれ掛け」「お地蔵さんの座り方」「お地蔵さんのすがた」「お墓の六地蔵」という豆知識が適宜挿入されていて、お地蔵さん入門的な基礎知識が押さえられるようになっているので、コラムと豆知識だけ読んでも参考になる。

 最後に、この本から学んだ地蔵信仰についての要点をいくつか要約しておきたい。
*日本における地蔵信仰は天平時代(8世紀前半)に始まる。平安時代に盛んとなり、末世的信仰の性格を帯びる。10世紀には地蔵悔過の儀式がすでに行われている。11世紀には、悪疫流行に対応し、地蔵菩薩の造立供養、地蔵講が盛んとなっていく。それは地蔵遺品の飛躍的増大を意味する。鎌倉時代ころから、地蔵尊が庶民信仰の対象に拡大し、石仏の造立が増加する。南北朝から室町時代に、地蔵尊が新興武士階級の信奉対象になる。そして、地蔵院建立に反映していく。
*室町時代に地蔵信仰において民俗行事として地蔵巡礼が始まり、現在に至ること。
*地蔵信仰の高まりで、阿弥陀如来石仏などが地蔵尊として転用信仰されている事例があること。
*勝軍地蔵信仰は鎌倉時代後期から起こった日本独特の地蔵信仰だということ。
*怨霊鎮めが地蔵尊石仏の建立にも及んでいること。 崇徳院地蔵
*人物をテーマとする遺跡伝説としての地蔵尊が建立されていること。 
   衣通姫地蔵、玉章地蔵、夢見地蔵、
*「六地蔵めぐり」が一つの信仰のスタイルとして定着しているが、歴史的に眺めると、現在の形になるまでに、いくつかの考え方があるようである。その説明は本書を開いて確かめていただきたい。参考ページをメモしておきたい。 p92、p143-144、p188、p202

 地蔵信仰の入門書、京都での地蔵めぐり用携帯ガイドブックとして手頃な書と言える。

 ご一読ありがとうございます。

本書と関連する事項および関心事項をいくつかネット検索してみた。本書と併せて有益な情報をネットでも見いだせる。一覧にしておきたい。

地蔵信仰  :「コトバンク」
地蔵菩薩のお話 :「古都奈良の名刹寺院の紹介、仏教文化財の解説など」
お地蔵さま 寺社関連の豆知識 
六地蔵尊 :「真言宗 如意山寶朱院偏照寺」
京のお宝~地蔵盆~  橋本奈央・船越香織・安淑圭共著  フィールドワーク報告書
京の六地蔵巡り  :「京都観光チャンネル」
観光ルート:六地蔵めぐり  :「京都観光Navi」 
京の六地蔵巡り  :「ぼちぼちいこか」

江戸六地蔵  :ウィキペディア

日本古代貴族社会における地蔵信仰の展開  速水 侑氏 論文
地蔵信仰の展開 -十王信仰との関わりを中心として-  森 啓子氏 論文
日本に於ける地蔵信仰の展開 ー祖師から民衆までー 清水邦彦氏 論文
良遍の地蔵信仰  清水邦彦氏  印度学仏教学研究
沙石集の研究(五) -地蔵信仰について- 山下正治氏 論文
「佐渡の地蔵信仰」 -その過程と現状ー 佐藤隆行氏 卒論
地蔵信仰が育んだ日本最大の大山牛馬市  西尾秀道氏  ストーリー

  インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

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