遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『第二楽章 ヒロシマの風 長崎から』 編 吉永小百合 画 男鹿和雄 徳間書店

2016-09-12 11:12:49 | レビュー
 本書は、吉永小百合編である。冒頭に「平和な世界を子どもたちに」と題する一文が載っている。編者は「想像以上に苦しい現実を抱えてこられた人たちの思い」を書き記した詩や物語の朗読を始めたという。朗読会は、広島編、長崎編、沖縄編、そして福島編と続いてきて、CDの制作もしたと記されている。この本を読んで、ネット検索で少し調べてみて、何と30年程前に始められた活動だと知った。情報に接する機会がないということがどういうことか、の一例を体験したことになる。その意味を考える必要があるようだ。今回、本の形で刊行されたのが本書というこになる。
 タイトルの『第二楽章』は「恐ろしい出来事そのものが起きた瞬間からさらに時間が経って、次の世代へ移っていく時代になり、語り継ぐべきことをどう語っていけばいいだろうと考えて生まれた」結果のネーミングだという。「ヒロシマの風」「長崎から」は朗読会での広島編、長崎編を意味する。

 「ヒロシマの風」の章を開いた途端、学生時代に買い求め『原爆詩集』で初めて読んだ「ちちをかえせ ははをかえせ/としよりをかえせ/こどもをかえせ」で始まる峠三吉(以下、敬称を略す)の詩、その次が「水ヲ下サイ/アア 水ヲクダサイ/ノマシテ下サイ/死ンダハウガ マシデ/・・・・」という原民喜の詩が目に飛び込んできた。生々しい詩に触れ、かつて衝撃を受けた思いが一瞬のうちに甦る。戦後70年の今、語り継ぐことの重要性を改めて感じる中で、続くページの詩へと引きこまれて行った。

 「ヒロシマの風」には、峠三吉の「序」から始まり、栗原貞子の「折づる」まで20編の詩。「長崎から」には、福田須磨子他の詩が4編と、筒井茅乃の文章が4編載っている。つまり、原爆被災を現実に体験し、地獄の底、生死をみつめた思いが幅広い年齢層の詩文の中から選択され、編纂されている本である。そして、男鹿和雄が詩や文に照応して挿絵を描いている。その挿絵は、軟らかいタッチで、優しさに溢れ、繊細で穏やかさを感じさせる。一言でいうなら「平和」のまなざしで描かれた絵と私は感じた。表紙の絵を見ていただければ、一目瞭然かもしれない。

 詩が選択された原典を各詩の付記から転記・集約しておこう。
 『原爆詩集』1952、『原爆小景』1965、『詩集ヒロシマ』1965・1969、『ヒロシマというとき』1976、『原子雲の下より』1952、「風のように炎のように」1954、『ひろしまの河』8 1963、『原爆の日』1979、『ヒロシマの顔』1983、『反核詩画集 ヒロシマ』1985、『原爆詩集 長崎編』

 本書に編纂された詩は冒頭に記した2つの詩を除き、私には初めて読む詩である。様々な思いが湧出し、それらが混在しているのだが、各詩から私にとって印象深い一文あるいは一節を覚書代わりに書き出しててみた。私にとって、これは原詩への思いのインデックスである。
 これら一文、一節は詩全体の文脈を読んでこそ作詞者の真意に迫ることができるものだと思う。この覚書だけではミスリードする可能性があるかも知れないが、敢えて引用させていただく。これら一文、一節のいずれかが心にひっかかったなら、本書を開いて、その詩全部をお読みいただきたい。本書を手に取るトリガーになれば、どちらにしても意味があるだろう。この抜粋引用が、詩の文脈通りで読まれていたか、違うイメージを描いていたか、あなたにとり別の一文、一節がより一層の印象深さと共鳴を生み出すことにつながるのか・・・・・。

やっとたどりついたヒロシマは
死人を焼く匂いにみちていた
それはサンマを焼くにおい             「ヒロシマの空」 林幸子

ああ 
お母ちゃんの骨だ
ああ ぎゅっとにぎりしめると
白い粉が 風に舞う
お母ちゃんの骨は 口に入れると
さみしい味がする                 「ヒロシマの空」 林幸子


マッチ一本ないくらがりで
どしたらいいのだろう
人々は自分の痛みを忘れて気づかった。
と、「私が産婆です、私が生ませましょう」
と言ったのは
さっきまでうめいていた重傷者だ。
かくてくらがりの地獄の底で
新しい生命は生まれた。
かくてあかつきを待たず産婆は
血まみれのまま死んだ。             「生ましめんかな」 栗原貞子


梅干しを口に入れて貰うたんは
三日めの朝でガンシタ                「うめぼし」  池田ソメ


原爆がきめた、残りわずかな時間だけ
燃え尽きる蝋の火のように生きたえて       「皮膚のない裸群」 山本康夫


生きのこったひとはかなしみをちぎってあるく
生きのこったひとは思い出を凍らせてあるく
生きのこったひとは固定した面(マスク)を抱いて歩く  「慟哭」 大平(山田)数子

 子どもたちよ
あなたは知っているでしょう
正義ということを
正義とは
”あい”だということを
正義とは 
母さんをかなしまさないことだということを     「慟哭」 大平(山田)数子


原爆はいやだ
それにもまして
父をころし
原爆をおとした戦争はいやだ。          「原爆」 中学2年 山代鈴子


今日の命のたたかいに
勝つて下さい                「お父さん」 小学3年 原田 治


あの時
僕は
水をくんでやればよかった。            「弟」 小学5年 栗栖秀雄


いもばっかしたべさせて
ころしちゃったねと
お母ちゃんは
ないた
わたしも
ないた
みんなも
ないた                     「無題」 小学5年 佐藤智子


一どでもいい、ゆめにでもあってみたいおとうちゃん
おとうちゃんとよんでみたい、さばってみたい 
   「おとうちゃん」小学3年 柿田佳子

あつかっただろうとおもいます。   「先生のやけど」 小学2年 かくたにのぶこ


ひるがよるになって
人はおばけになる           「げんしばくだん」 小学3年 坂本はつみ


そして一ぱい一ぱい
そのかわで
しんでしまったの
その人たちが きょうは
十万おくどからひろしまへ
あいにきたの
あかい火をとぼしながら
あおい火をとぼしながら                「燈籠ながし」 小園愛子


人間のかなしみの ささやき
人間のかなしみが
怒りと力になることの ささやき
 小さな骨よ                      「小さな骨」 深川宗俊


しかし街は炎の街となっていた          「一人になった少年」 吉岡満子


あなたの目で
確かに見つめなさい
  ・・・・
絶望に耐えている者の心で                「ヒロシマ」 森下 弘


ヒロシマのデルタに
青葉したたれ                    「永遠のみどり」 原 民喜


かの夏の日を追う折づるよ
はばたいて告げよ                     「折づる」 栗原貞子


だけど所詮むなしい願い
降る様に星はまたたいていても。          「母を恋うる歌」 福田須磨子


もうじきぼくは
    もうぼくでなくなるよ          「帰り来ぬ夏の思い」 下田秀枝


放射の光は 未だ消えず
身体の中をかけめぐる
そしてまだ私は生きている             「あの雲消して」 香月クニ子


人々よ つどい来たりて
花のたね いざ蒔かん。
 ・・・・・
いつの日か あゝいつの日か
失なわれし わが故郷を
かぐわしき 花園とせん。        「花こそはこころのいこい」 福田須磨子

 「長崎から」には、筒井茅乃の『娘よ、ここが長崎です』を原典として、4つの見出しでの文章が載っている。「椿の木のある家で」「その日、浦上は」「アンゼラスの鐘は残った」「娘よ、ここが長崎です」である。
 ここに載る文章を読んだあと、この原典をまず自分の娘に読んでもらいたいために原爆のあの日からのことを回想し綴った書だという印象を持った。娘が中学生になった時に、生まれ故郷の長崎に帰り、長崎国際文化会館の原爆資料展示室で展示品の前に娘と一緒に立ったと記す。「どうか戦争の恐ろしさを、よく見てほしい、知ってほしい、人々に伝えてほしい」というのが、心の中で娘に語りかけた思いだったと言う。その思いを伝えるために書かれたのがこの原典のようである。回想の文章として、平易にわかり易く書かれている。当時の子供の時に戻ってその当時の思いをまとめた文と感じる。
 著者・筒井茅乃は、長崎医科大学物理的療法科の医師だった永井隆の息女である。原爆が長崎に落とされる前から、兄とともに疎開していたという。母は原爆で死亡。著者の生まれた長崎市上野町は原爆により消滅していた。父は大学病院に居て、重傷を負うが生き延びた。だが翌年の秋から寝たきりとなり、その後に死亡。父の死亡の翌年、一緒に疎開していた祖母が病死。兄と二人きりになるという極限の体験者だった。原爆のあの日から23年すぎた夏、8月に著者自身が女子を出産し母となる。次の文が印象的である。
 「けれど、わたしは、自分の娘に『長崎に原爆が落とされたあの日』からのことを、決して語ろうとはしませんでした。ふれたくないものとして、さけていたのかもしれません。何から話していいものか、まだ幼い娘を前にして、言葉では言い表せなかったのです。」と。
 自分の娘に、平和の子、和子と名づけられたと記されている。
 原典から選択されて収録された4編の文章は、これだけ読んでも、著者の語る状況をイメージしやすい文章である。

 時が過ぎゆくに任せ、風化させないで、語り継ぐべきことは何か、語り継ぐべきことをどう語るかを、立ち止まって考えてみるためにも、必読の書の一冊に加えるべきではないか。

 本書は、詩と文が英訳されて、後半にセットされている。裏表紙から英文で本書の詩と文を読む事ができる。日本語の詩が、どのように英語で表現されるかを学ぶ教材にもなる。英訳の方には、モノクロでの挿絵が付いているが、日本語側の挿絵とは異なるスタイルの挿絵である。英訳で読む外国の人々の持つヒロシマ・長崎についての情報量の違いや文化的違いへの考慮があるからだろうか。単純に日本語側の挿絵との重複を避けただけなのか。これも興味深い点である。まずはバイリンガルな本として出版されていることを付記しておこう。『第二楽章 ヒロシマの風 長崎から』は表紙の右下に『The Second Movement Hiroshima Nagasaki』というタイトルに英訳されている。

 ご一読ありがとうございます。、

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本書に出てくる事項との関連で、ネット検索してみた。一覧にしておきたい。
HIROSHIMA PEACE SITE 広島平和記念資料館 Website
原爆被害の概要  :「広島市」
長崎原爆資料館  :「ながさき歴史・文化ネット」
長崎市 平和・原爆 総合ページ

日本への原子爆弾投下 :ウィキペディア
日本人なら知っておきたい。よくわかる原子爆弾の仕組み  :「NAVWRまとめ」
【戦後70年】原爆投下はどう報じられたか 1945年8月7日はこんな日だった
:「THE HUFFINGTON POST」
【戦後70年】雲一つない広島に、原爆は落とされた 1945年8月6日はこんな日だった
  :「THE HUFFINGTON POST」 
原子爆弾投下の理由~広島・長崎~ :「BeneDict 地球歴史館」
原子爆弾に関するトピックス :「朝日新聞DIGITAL」

Atomic bombings of Hiroshima and Nagasaki
    From Wikipedia, the free encyclopedia
Nuclear weapon
    From Wikipedia, the free encyclopedia
Are Nagasaki And Hiroshima Still Radioactive? November 13, 2013 :「ZIDBITS」
Chilling photos show how atomic bomb tests in the Nevada desert brought LA to a standstill in the 1950s  :「Mail Online」
Bombings of Hiroshima and Nagasaki - 1945  :「Atomic Heritage Foundation」
Hiroshima Nuclear (atomic) Bomb - USA attack on Japan (1945)  dailymotion
広島原爆投下  YouTube
After the Bomb  THE SURVIVORS  :「AtomicBombMuseum.org」

原爆ドーム ホームページ
原爆ドーム  :「ひろしま観光ナビ」
広島の平和記念碑   :「日本の世界遺産」
長崎原爆落下中心地(原爆落下中心地公園)1 :「ここは長崎ん町」
原子爆弾落下中心地碑  :「長崎市 平和・原爆」
【原爆投下3ヵ月後】長崎の爆心地を撮影した驚愕のカラー映像 :「gooいまトビ」
~爆心地から25km離れた諫早で目撃した「生き地獄」の忘れえぬ記憶~ :「諫早市」
永井隆(医学博士)  :ウィキペディア
永井隆記念館  :「長崎市 平和・原爆」
この子を残して  永井隆   :「青空文庫」
永井隆博士が残した被爆の記録と生き様  :「nippon.com」
アンゼラスの鐘の丘を訪ねて :「ながさき旅ネット」
長崎の鐘  :「世界名鐘物語」
NAGASAKI・1945 アンゼラスの鐘   :「虫PRODUCTION」

筒井茅乃(旧姓長井)氏による被爆者証言 YouTube
永井隆博士が残した被爆の記録と生き様 nippon.com YouTube
知られざる衝撃波~長崎原爆・マッハステムの脅威~ YouTube
原爆ドームの展示物 ~当時の恐ろしい光景が蘇える~ YouTube

【閲覧注意】広島原爆の惨状・酷さがわかる画像がガチで怖い~戦争ほどバカらしいものがないとわかる画像~ YouTube

朗読者として平和/反戦/反核を説き続ける吉永小百合、福島の詩を読みながら被災した人々の思いに寄り添う9年ぶりCD  :「Mikiki」
   吉永小百合が2011年に行った原爆詩の朗読の音声動画が併載されています。
   オックスフォード大学 朗読会
第二楽章 吉永小百合 CD :「VICTOR ENTERTAINMENT」
第二楽章 長崎から CD  :「VICTOR ENTERTAINMENT」
第二楽章 沖縄から「ウミガメと少年」(野坂昭如作):「VICTOR ENTERTAINMENT」
第二楽章 福島への思い CD :「VICTOR ENTERTAINMENT」

『第二楽章』シリーズの書籍『第二楽章 ヒロシマの風 長崎 から』が、新しく生まれ変わり新発売です!!  :「STUDIO GHIBLI」スタジオジブリ

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