遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『複合捜査』 堂場瞬一  集英社文庫

2016-07-28 09:34:40 | レビュー
 この小説は『検証捜査』の系譜に連なる第2作である。『検証捜査』においては、永井理事官のもとに全国から選ばれた警察官がチームとなって冤罪に繋がる捜査の検証をするという捜査活動に携わった。そのメンバーの一人に、埼玉県警から選ばれた桜内がいた。この小説では、桜内が主な登場人物の一人として出てくる。さいたま市内での事件を扱うストーリーである。桜内はあるチームのナンバー2として、どちらかというとリーダーの暴走をコントロールするブレーキ役として組み込まれ行動する。
 ストーリーは、埼玉県警内に「夜間緊急警備班」、通称NESUが半年の実験期間で運用される形で発足するところから始まる。NESUは昨今さいたま市内繁華街で夜間の治安が悪化していることに対応するためであり、夜間におけるパトロール強化、事件発生時の迅速な捜査・検挙を目的とするものだった。県警刑事部、地域部、交通部の合同チームとして発足し、各組織からメンバーが実験期間中は専任として選ばれる。
 NESU班長は若林祐(たすく)警部である。捜査1課からは桜内省吾(さくらうちしょうご)41歳が加わった。彼は若林が突っ走ることに対してブレーキ役となることを期待されている。NESUチームには、機動捜査隊から28歳の大杉竜馬、大宮中央署刑事課から31歳の八幡悠之介などが加わり、班長の若林を含め28名の部隊。その組織がローテーションでシフトするチームを組む。初動捜査のより効率的な捜査をめざし、どの部にも属さない独立組織である。
 班長に任命された若林は、この実験的組織が恒常的な組織となることをめざし意欲に溢れている。「怪しそうな奴はどんどん引っ張れ。街からワルどもがいなくなるまで、所轄の留置場に空きを作るな」とメンバーにハッパをかける。若手からみれば若林は異常な仕事中毒である。溜め息が思わず漏れる。大杉の愚痴を聞き、桜内も認めざるを得ない。

 夜間パトロールが任務であるため、選ばれたメンバーはそれまでの勤務からすれば夜昼が転倒し、家族との関わり方、コミュニケーションの取り方が激変せざるを得ず、家庭問題も出かねない弊害もまた見え始める。メンバーには、刑事部長の思いつきで始まったかに見えるNESUが実験期間だけで終了することを願う気持ちも生まれるのだった。

 桜内の目からみれば、若林が張りきるのには理由があった。若林は部下に恵まれなかっただけでない。若林が捜査1課の課長補佐をしていた時、部下が目撃証言の偽造調書を作り、それがぎりぎりのところで発覚し公判には影響がなかったが、その責任を問われた。また、西浦和署刑事課の係長の折りには、部下がスピー違反のもみ消しをしたことがあったのだ。これらが原因となり若林は昇進の足止めを食っていた。また、若林は優秀な面はあるが警察官として不適格だと判断した部下の一人を辞職に追いやってもいた。
 桜内によると、警備班が結成される情報を察知した若林が、内部工作をして班長となり、正常な出世ルートに戻るための足がかりにしたいという願望もあるようだった。

 NESUの勤務の基本は午後8時から午前8時までで、2人1組となり繁華街を中心にパトロールし、犯罪を未然に防ぐ、あるいは事件発生においては誰よりも早く現場に急行するという初動捜査が目的であった。
 本来、若林はNESUの責任者として浦和中央署に置かれた本部で部下の報告を聞き指示を出す立場である。だが、現場に出てこそ警察官は価値があるという信条の持ち主なのだ。パトロール現場に自ら出て、動き回る。
 NESUがそれなりに実績を上げ始めた。若林は意気軒昂となっていく。
 そんな中で、放火事件が連続して起こる。勿論、若林はその現場に直行し、首を突っ込んでいく。
 さらに、大宮駅東口・南銀座付近で滅多刺しの遺体が発見される事件が発生する。
 若林はNESUの目的である初動捜査の枠組みから踏み出し、事件そのものの解決を図ろうと暴走し始める。
 滅多刺しの事件が発見された直後に、匿名の情報提供が警察に伝えられていた。

 桜内は勤務中に左のテールランプが切れている整備不良車を追跡し、緊急停止させて調べ、その車がコカイン5kgを運搬していたことを偶然にも発見する。運搬していたのは若林が西浦和グループと呼んでいるメンバーでもあった。西浦和グループは、乱闘騒ぎを起こしていた若者達の集団に警察が仮に付けた名称である。その集団のメンバーは強い繋がりがあるわけでもなかった。

 滅多刺しの遺体が見つかった翌日、今度はJR南与野駅の西側にある住宅街のアパートの駐車場で投げ捨てられた遺体が発見される。桜内は2つの殺しについて状況が似ていると判断し、同一犯の可能性を考える。若林もそれに同意する。
 
 NESUの発足以降に、起こった事件を時系列にすると、
 1.連続放火事件4件
 2.殺人事件その1(大宮駅東口、南銀座付近)
 3.コカイン所持で2人逮捕
 4.浦和駅西口乱闘事件
 5.殺人事件その2(JR与野駅西側、住宅街)
という具合に事件が連続して発生している。
 調べて行くと、次々と起こるこれら事件に関連性があるのではという疑問が出始める。個別の捜査ではなく複合捜査の観点で取り組むことが必要になっていく。そこには何か仕組まれた意図があるのではないか・・・・。
 
 このストーリーの展開にはおもしろいところがいくつかある。
1.犯罪予防と初動捜査という目的のNESUが、若林の警察官としての信条とやる気・功名心により暴走し、どんどん迷走を含めながら、捜査の深みにはまっていく。このプロセスが克明に描かれていく。それは独立したNESUと既存の警察組織との間で軋轢となる局面を著者が描き込んで行くことでもある。

2.若林の暴走故に事件の繋がりが見えて来るという側面があること。つまり、複合捜査で初めて見える側面がありえるという構想がおもしろい。ここまで仕組むということが現実に発生するか・・・・というと、疑問もある。小説という虚構の世界での面白さかもしれないが。

3.若林のブレーキ役になる立場の桜内が、事件の進展と共に若林の思考・推理を補強する役割を果たしていく。チームの若手と若林とのつなぎ役となる桜内の立場がおもしろい

4.この小説が『検証捜査』の系譜に連なると冒頭で述べた。これはこの小説を半ばまで読み進めて、その感を強くした。当初は『検証捜査』に登場した警察官のその後を個別に描く形で、この作品が描かれたのかと思っていたのだ。しかし、ストーリーの展開半ばで、桜内の携帯電話に永井理事官から電話が入る。そして、桜内にとって勘弁してほしいと思う相手、神谷からも連絡が入る。それが何を意味するのか。
 おもしろい展開になるとだけ述べておこう。

5.この小説は、第1部 夜を奔る、第2部 迷走、第3部 ターゲット、という構成になっている。NESUの活動は個別の事件対応から始まり、紆余曲折を経ながら複合捜査の観点で取り組まねば事件の解決ができないとわかり始める。集中して起こる一連の事件はNESUへの挑戦でもあったのだ。警察と犯人との知恵比べがこの小説のテーマといえる。それはなぜなのか。誰がターゲットにされているのか。ストーリーの途中で、誰が中心に居る犯人なのかが読者にはわかる。その上でストーリーがどう展開するかという興味深い流れとなる。NESUの立場と首謀者の立場がパラレルに進行し始める。本書を開いて楽しんでいただくとよい。
 クライマックスの状況に神谷が再登場するからおもしろいとだけ述べておこう。

 この小説を読み終え、読後印象をまとめる前に、第3作が発表されたことを新聞広告で知った。『共犯捜査』というタイトルである。今度はストーリーの舞台が福岡になり、福岡県警捜査一課刑事・皆川が登場するようだ。 いずれ読み継いでみたい。

 ご一読ありがとうございます。

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