私の知る限り、警視庁生活安全部・少年事件課・少年事件第三係の巡査部長富野輝彦が主な登場人物の一人として現れる小説は久方ぶりだと思う。そう、現在の文庫本の改題名でいうなら、祓師・鬼龍光一シリーズに繋がるストーリーである。改題されて『憑物 祓師・鬼龍光一』(中公文庫)として実質第3作が出版されたのが2009年11月だから、かなりの時間が経過したことになる。
この小説は、「狐憑き」という心霊現象をIT技術および大脳の構造理論という科学領域と密接に組み合わすという構想に進化し、現代的なアプローチでのストーリー展開となる。この新機軸がおもしろく、ついつい引きこまれて行く。
普段はおとなしい少年少女たちが、突然にその性格・行動を豹変してしまう。まるで「狐憑き」となった状況に当事者と周囲の人々が巻き込まれていく。そこから「豹変」というタイトルが付けられたのだろう。
事件は世田谷区内の住宅街にある中学校でまず発生する。所轄の生活安全課少年係の係員が臨場するというので、富野も相棒で30歳の有沢巡査長と現場に行く。中学3年生で14歳の佐田秀人が同級生を刺し、全治1週間の怪我を負わせたという。所轄署の取調室で富田は佐田少年を面談する。少年の眼がぎらぎらしていることが富田の第一印象だった。富田が佐田に事件の事実を確かめる質問をすると、佐田の表情に変化が起き、満足げに微笑んだうえで、まるで老人のような嗄れた声で「邪魔をしたから懲らしめた。それだけのことだ。わしは、やるべきことをやった」と答えたのである。これが始まりだった。
佐田少年は、取調室から出て行こうとする。富田が制圧しようとして、壁際まで軽々と吹き飛ばされる。2人の係員が押さえようとするのも払いのけ、所轄署から消えてしまう。姿を消してから1時間、緊急配備が敷かれたが、行方はわからない。
その最中に、警察署の前に、鬼龍が黒づくめの姿で現れる。鬼龍は依頼を受けて、佐田少年を祓うためにやってきたのだった。
佐田が逃げたときの状況を富田が鬼龍に説明すると、鬼龍は「狐憑き」の祓いの依頼を受けたのだという。富田にももうわかっているはずだろうと。さらに、それは位の高い老狐が憑いているのだと鬼龍は語る。
富田は鬼龍を伴って、被害者石村健治の入院病棟に出かける。そこで石村の手の甲に「犬」という漢字が油性マジックか何かで記されているのを見る。鬼龍はそれが「狐除之法」をやった名残と見抜く。石村は狐除之法について本やネットで調べた。佐田とは時折SNSでやり取りをする仲だったという。鬼龍は、老狐に憑かれた佐田がSNSでやりとりする仲だった石村を侍者に仕立てていたのだと読み解く。
少年を見つけるために、富田は佐田の自宅に出向く。勿論、鬼龍は富田に同行する。佐田少年は自分の部屋に戻っていた。勿論、鬼龍が祓いを始め、佐田の憑きものを祓う。ところが、思わぬ関係を佐田から聞くこととなる。鬼龍の読みは真逆だったのだ。
石村の病室付近で待機する富田の相棒の前に、全身真白な人物、安倍孝景が現れる。これで、このストーリーの役者が揃う。
傷害事件としては佐田が加害者、石村が被害者であるが、一方心霊現象的には石村が加害者で、佐田が被害者という関係だったのだ。おもしろい状況設定からの始まりである。
ここで、前作までにはなかったが、老狐が祓われる時に富田が真っ白いまぶしい光を見るという現象を体験するのである。相棒の有沢は、安倍孝景がボディーに一発叩き込んだ現象しか見ていないのだった。孝景はそれを当たり前の如く、大国主の血統であるトミ氏の末裔だから、霊視したのだと言う。
石村はSNSのアプリで占いみたいなことをしていた事実を富田と有沢に話す。鬼龍が富田の前に現れ、事件はこれで終わらないと予測を告げる。
そんな矢先、休日の富田が傷害事件の呼び出しを受ける。被害者、加害者とも中学生だったからである。場所は江戸川区の河川敷で京成電鉄の鉄橋下。被害者は下川涼太。金属バットで全身をめった打ちにされたという。救急病院で手当を受けている。
一方、加害者は同級生だった。凶器を持ってすぐ近くに立っていて、現行犯逮捕の要件を満たす状態であり、無抵抗なまま身柄確保されていた。身柄確保を行った巡査部長は、同級生をめった打ちにしておいて、けろりとした顔をしていたことと、芝居じみた老人のようなしゃべり方をしていたことに、戸惑いを感じていたのである。
富田は、所轄署の取調室で被疑者の宮本和樹と面談する。そして、その態度としゃべり方から、ピンとくる。この事件もまた狐憑きが起こっていたのだと。
再び、鬼龍が登場し、小岩警察署の屋上で、祓いを実行する。この時も、富田は白い光を見る。
宮本もまた、14歳でSNSの占いのアプリをやっているということが判明する。
更にまた、日曜日の夜中の1時過ぎに、富田は携帯電話が鳴って呼び出される。今度は少女が複数の男たちに連れ去られたという通報を受けた事件だ。
通報で警察官が指定配備についた後、ほどなく4人の男が車中で血まみれになり倒れていて、車の外から平然と眺めている少女が発見される。発見者の小島巡査部長は、その少女にまるで仕留めた獲物を満足げに眺めているような印象を感じたという。
少女が一旦入院していたので、富野は病室を訪れるが、一見してやはり鬼龍や安倍の専門分野と判断する。
祓いをされた少女は、金沢未咲、中学2年生で14歳。
金沢未咲に質問を重ねた結果、やはりネイムというSNSで占いアプリを使っていたということを告げられる。
狐憑き現象の当事者の間に、共通点が浮かび上がってくる。つまり、14歳という年齢と、ネイムというSNSおよびそのSNSで使われる占いアプリが関わっているようなのだ。それがどう関わるのかも不明瞭なまま、富野はまずSNSの開発・運営会社を訪ねる行動を取る。ここから、3件の傷害事件が別次元での展開へと突き進んで行くとい次第である。
この小説の前半のおもしろさは、狐憑きという心霊現象が3つの異なる形態で発現し、それぞれに鬼龍・安倍が富野とともに関わり対処していくところにある。個別の対応ストーリーが描かれる。
だが、そこには共通した人間関係が生まれる。狐憑きの現象を仕事として祓う立場の祓師、過去の経験から心霊現象が起こっていることを一応認めて、警察官の立場で現実の実務処理との折り合いを付け考えながら歩む富野、狐憑きなどということを受け入れられない有沢を含めた現場の警察官という三者三様の間の関わりである。この関係描写もまた読ませどころとなる。
この前半では、富田が狐憑きという現象で引き起こされた側面を踏まえて、現実に発生した少年少女の傷害事件に対する対応が主題にもなっている。本人たちが軽微な罪で留まるように、どのように対応するか。そこに力点を置く富野の人間的側面を描き込んで行く。この辺りが単なる刑事事件ものとの違いと言える。富野の暖かなスタンスが描き込まれ、そこに富野の魅力がでている。
そして、後半は現代のIT技術と大脳の構造に関わる知識、つまり科学的視点が心霊現象と絡められていく展開になる。俄然、ストーリーが不可思議なオカルトチックな戸惑い現象から、科学色の濃い分析的合理的視点での捉え方に進展していく。この飛躍がこのシリーズでの新基軸である。ひと味異なったアプローチとなり、筆者の構想が大きく広がって行く。結構、読み手には合理性での納得感を感じさせるおもしろい展開となる。現代人には受け入れやすさが増すというところか。
己の特殊能力の開発と分析を前提として、最先端の大脳科学の知識情報を踏まえ、インターネットという情報媒体を駆使し、科学的実験を密かに試みようとする人物との対決へと次元がステップアップしていくのである。
富野は単独で、ネイルというSNSを開発し運営する会社のトップとの面談を求めていく。代表取締役は与部星光(よぶせいこう)、カリスマ的人物だった。
富野の訪問目的とその質問に、与部は関心を抱いていく。
ネイムというSNSで使われている占いアプリが狐憑きに関係するのか、関係しないのか。謎掛けをしてくる与部との対決が展開されていく。おもしろい発想とその展開に引きこまれる。与部と富野の対話が一つの読ませどころである。
オカルトチックな心霊現象に対して、祓いを仕事とする祓師・鬼龍光一は、その心霊現象の発生原因についての科学的な解明を独自で深めている。それが今回の事件の解決に重要な役割を果たしていくことになる。
この小説の読ませどころはこの後半にある。富野・有沢の警察官コンビと鬼龍・安倍という毛色の異なる祓師がしっかりと事件解決のために結束するのだ。おもしろくなって当然の展開といえる。
そして、再び佐田、石村を祓う必要性が発生する・・・。
前半は、後半への伏線であり、一方で心霊現象に対する様々なリアクションの描写がサブテーマになっているように思う。富野と有沢のコンビの人物描写がもう一つのサブテーマだろう。
ここまでのまとめから、後半を推測して本書を開けてみてほしい。
最後に、今回一歩踏み込んだスタンスがきっちりと書き込まれている箇所がある。ご紹介しておこう。
[ 富野輝彦の発言 ]
*受け入れているわけじゃない。だがな、現実に目の前で起きたことを、否定しつづけても仕方がない。あの二人と関わっていると、不思議なことがたくさん起きる。それを、無視し続けることは、俺にはできなかった。だからといってだな、俺はオカルトを信じているわけじゃない。霊だ憑き物だってのも、基本的には信じちゃいない.p95-96
*俺は、これまでの人生を今さら変える気はない。これからも、警察官としていきていく。俺が鬼龍や孝景のような生き方をすることはあり得ない。 p363
*自分の人生は、血筋や能力の有り無しで決められたくはない。
人生は自分自身で作っていくものだ。今まで、そう考えて生きてきた。これからのそれは変わらない。 p364
*心霊現象や超常現象は、それほど珍しい出来事ではないのかもしれない。そして、たぶん、そういう現象にもちゃんとした理由があるに違いない。
多くの場合は、人間の脳が作り出す現象なのだろう。鬼龍と孝景は、それに対処しているのだと。 P384
[ 鬼龍光一の発言 ]
*俺の経験から言うと、ある人の意識が、他者の意識と同調、あるいは共鳴してしまうことがあるようなのです。 p285
*世の中のことがすべて解明できると考えるのは、人間の傲慢です。 p286
*心霊現象は実在するが、霊が実在するかどうかはじっしょうできないということです。
現象そのものは認めています。でも、その現象の原因や理由はわかりません。そして、それを解明する必要もないのです。心霊現象には対処できます。その方法も知っています。それで充分なのです。 p289
*徐霊は、霊を相手にするんじゃないんです。・・・霊に憑かれた、あるいは悪魔に憑かれたとされる人間を相手にするんです。 p290
[ 安倍孝景の発言 ]
*人間の潜在意識には何が潜んでいるかわからない。普段生活しているときの意識なんて、それこそ氷山の一角だ。潜在意識のエリアはべらぼうに広くて深い。 p318
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本書に出てくる用語とその波紋から関心を持ったものを検索してみた。一覧にしておきたい。
超常現象 :ウィキペディア
心霊現象 :ウィキペディア
憑依 :ウィキペディア
憑依現象と除霊について :「霊性進化の道-スピリチュアリズム」
イタコ :ウィキペディア
側頭葉 :ウィキペディア
側頭葉の解剖図 :「脳神経外科 澤村豊のホームページ」
側頭葉、後頭葉、頭頂葉、中心溝、前頭葉 :「SORA Shinonome」
外側溝 :ウィキペディア
シルヴィウス溝~心霊現象を感じる脳~その1 :「王子のきつね on line」
みんなで霊界ラジオを作ろう 理学博士 橋本 健 :「日本超科学会」
エジゾンの霊界通信機 :「阿修羅」
霊界ラジオは果たして可能か?・・・ITC(現代版霊界ラジオ)について
:「霊性進化の道-スピリチュアリズム」
霊界通信 :「月刊SPA!」
臨死体験 人は死ぬ時何を見るのか 4/5 :YouTube
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このブログを書き始めた以降に、徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『憑物 [祓師・鬼龍光一]』 中公文庫
『陰陽 [祓師・鬼龍光一]』 中公文庫
『鬼龍』 中公文庫
=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 === 更新5版 (62冊)
この小説は、「狐憑き」という心霊現象をIT技術および大脳の構造理論という科学領域と密接に組み合わすという構想に進化し、現代的なアプローチでのストーリー展開となる。この新機軸がおもしろく、ついつい引きこまれて行く。
普段はおとなしい少年少女たちが、突然にその性格・行動を豹変してしまう。まるで「狐憑き」となった状況に当事者と周囲の人々が巻き込まれていく。そこから「豹変」というタイトルが付けられたのだろう。
事件は世田谷区内の住宅街にある中学校でまず発生する。所轄の生活安全課少年係の係員が臨場するというので、富野も相棒で30歳の有沢巡査長と現場に行く。中学3年生で14歳の佐田秀人が同級生を刺し、全治1週間の怪我を負わせたという。所轄署の取調室で富田は佐田少年を面談する。少年の眼がぎらぎらしていることが富田の第一印象だった。富田が佐田に事件の事実を確かめる質問をすると、佐田の表情に変化が起き、満足げに微笑んだうえで、まるで老人のような嗄れた声で「邪魔をしたから懲らしめた。それだけのことだ。わしは、やるべきことをやった」と答えたのである。これが始まりだった。
佐田少年は、取調室から出て行こうとする。富田が制圧しようとして、壁際まで軽々と吹き飛ばされる。2人の係員が押さえようとするのも払いのけ、所轄署から消えてしまう。姿を消してから1時間、緊急配備が敷かれたが、行方はわからない。
その最中に、警察署の前に、鬼龍が黒づくめの姿で現れる。鬼龍は依頼を受けて、佐田少年を祓うためにやってきたのだった。
佐田が逃げたときの状況を富田が鬼龍に説明すると、鬼龍は「狐憑き」の祓いの依頼を受けたのだという。富田にももうわかっているはずだろうと。さらに、それは位の高い老狐が憑いているのだと鬼龍は語る。
富田は鬼龍を伴って、被害者石村健治の入院病棟に出かける。そこで石村の手の甲に「犬」という漢字が油性マジックか何かで記されているのを見る。鬼龍はそれが「狐除之法」をやった名残と見抜く。石村は狐除之法について本やネットで調べた。佐田とは時折SNSでやり取りをする仲だったという。鬼龍は、老狐に憑かれた佐田がSNSでやりとりする仲だった石村を侍者に仕立てていたのだと読み解く。
少年を見つけるために、富田は佐田の自宅に出向く。勿論、鬼龍は富田に同行する。佐田少年は自分の部屋に戻っていた。勿論、鬼龍が祓いを始め、佐田の憑きものを祓う。ところが、思わぬ関係を佐田から聞くこととなる。鬼龍の読みは真逆だったのだ。
石村の病室付近で待機する富田の相棒の前に、全身真白な人物、安倍孝景が現れる。これで、このストーリーの役者が揃う。
傷害事件としては佐田が加害者、石村が被害者であるが、一方心霊現象的には石村が加害者で、佐田が被害者という関係だったのだ。おもしろい状況設定からの始まりである。
ここで、前作までにはなかったが、老狐が祓われる時に富田が真っ白いまぶしい光を見るという現象を体験するのである。相棒の有沢は、安倍孝景がボディーに一発叩き込んだ現象しか見ていないのだった。孝景はそれを当たり前の如く、大国主の血統であるトミ氏の末裔だから、霊視したのだと言う。
石村はSNSのアプリで占いみたいなことをしていた事実を富田と有沢に話す。鬼龍が富田の前に現れ、事件はこれで終わらないと予測を告げる。
そんな矢先、休日の富田が傷害事件の呼び出しを受ける。被害者、加害者とも中学生だったからである。場所は江戸川区の河川敷で京成電鉄の鉄橋下。被害者は下川涼太。金属バットで全身をめった打ちにされたという。救急病院で手当を受けている。
一方、加害者は同級生だった。凶器を持ってすぐ近くに立っていて、現行犯逮捕の要件を満たす状態であり、無抵抗なまま身柄確保されていた。身柄確保を行った巡査部長は、同級生をめった打ちにしておいて、けろりとした顔をしていたことと、芝居じみた老人のようなしゃべり方をしていたことに、戸惑いを感じていたのである。
富田は、所轄署の取調室で被疑者の宮本和樹と面談する。そして、その態度としゃべり方から、ピンとくる。この事件もまた狐憑きが起こっていたのだと。
再び、鬼龍が登場し、小岩警察署の屋上で、祓いを実行する。この時も、富田は白い光を見る。
宮本もまた、14歳でSNSの占いのアプリをやっているということが判明する。
更にまた、日曜日の夜中の1時過ぎに、富田は携帯電話が鳴って呼び出される。今度は少女が複数の男たちに連れ去られたという通報を受けた事件だ。
通報で警察官が指定配備についた後、ほどなく4人の男が車中で血まみれになり倒れていて、車の外から平然と眺めている少女が発見される。発見者の小島巡査部長は、その少女にまるで仕留めた獲物を満足げに眺めているような印象を感じたという。
少女が一旦入院していたので、富野は病室を訪れるが、一見してやはり鬼龍や安倍の専門分野と判断する。
祓いをされた少女は、金沢未咲、中学2年生で14歳。
金沢未咲に質問を重ねた結果、やはりネイムというSNSで占いアプリを使っていたということを告げられる。
狐憑き現象の当事者の間に、共通点が浮かび上がってくる。つまり、14歳という年齢と、ネイムというSNSおよびそのSNSで使われる占いアプリが関わっているようなのだ。それがどう関わるのかも不明瞭なまま、富野はまずSNSの開発・運営会社を訪ねる行動を取る。ここから、3件の傷害事件が別次元での展開へと突き進んで行くとい次第である。
この小説の前半のおもしろさは、狐憑きという心霊現象が3つの異なる形態で発現し、それぞれに鬼龍・安倍が富野とともに関わり対処していくところにある。個別の対応ストーリーが描かれる。
だが、そこには共通した人間関係が生まれる。狐憑きの現象を仕事として祓う立場の祓師、過去の経験から心霊現象が起こっていることを一応認めて、警察官の立場で現実の実務処理との折り合いを付け考えながら歩む富野、狐憑きなどということを受け入れられない有沢を含めた現場の警察官という三者三様の間の関わりである。この関係描写もまた読ませどころとなる。
この前半では、富田が狐憑きという現象で引き起こされた側面を踏まえて、現実に発生した少年少女の傷害事件に対する対応が主題にもなっている。本人たちが軽微な罪で留まるように、どのように対応するか。そこに力点を置く富野の人間的側面を描き込んで行く。この辺りが単なる刑事事件ものとの違いと言える。富野の暖かなスタンスが描き込まれ、そこに富野の魅力がでている。
そして、後半は現代のIT技術と大脳の構造に関わる知識、つまり科学的視点が心霊現象と絡められていく展開になる。俄然、ストーリーが不可思議なオカルトチックな戸惑い現象から、科学色の濃い分析的合理的視点での捉え方に進展していく。この飛躍がこのシリーズでの新基軸である。ひと味異なったアプローチとなり、筆者の構想が大きく広がって行く。結構、読み手には合理性での納得感を感じさせるおもしろい展開となる。現代人には受け入れやすさが増すというところか。
己の特殊能力の開発と分析を前提として、最先端の大脳科学の知識情報を踏まえ、インターネットという情報媒体を駆使し、科学的実験を密かに試みようとする人物との対決へと次元がステップアップしていくのである。
富野は単独で、ネイルというSNSを開発し運営する会社のトップとの面談を求めていく。代表取締役は与部星光(よぶせいこう)、カリスマ的人物だった。
富野の訪問目的とその質問に、与部は関心を抱いていく。
ネイムというSNSで使われている占いアプリが狐憑きに関係するのか、関係しないのか。謎掛けをしてくる与部との対決が展開されていく。おもしろい発想とその展開に引きこまれる。与部と富野の対話が一つの読ませどころである。
オカルトチックな心霊現象に対して、祓いを仕事とする祓師・鬼龍光一は、その心霊現象の発生原因についての科学的な解明を独自で深めている。それが今回の事件の解決に重要な役割を果たしていくことになる。
この小説の読ませどころはこの後半にある。富野・有沢の警察官コンビと鬼龍・安倍という毛色の異なる祓師がしっかりと事件解決のために結束するのだ。おもしろくなって当然の展開といえる。
そして、再び佐田、石村を祓う必要性が発生する・・・。
前半は、後半への伏線であり、一方で心霊現象に対する様々なリアクションの描写がサブテーマになっているように思う。富野と有沢のコンビの人物描写がもう一つのサブテーマだろう。
ここまでのまとめから、後半を推測して本書を開けてみてほしい。
最後に、今回一歩踏み込んだスタンスがきっちりと書き込まれている箇所がある。ご紹介しておこう。
[ 富野輝彦の発言 ]
*受け入れているわけじゃない。だがな、現実に目の前で起きたことを、否定しつづけても仕方がない。あの二人と関わっていると、不思議なことがたくさん起きる。それを、無視し続けることは、俺にはできなかった。だからといってだな、俺はオカルトを信じているわけじゃない。霊だ憑き物だってのも、基本的には信じちゃいない.p95-96
*俺は、これまでの人生を今さら変える気はない。これからも、警察官としていきていく。俺が鬼龍や孝景のような生き方をすることはあり得ない。 p363
*自分の人生は、血筋や能力の有り無しで決められたくはない。
人生は自分自身で作っていくものだ。今まで、そう考えて生きてきた。これからのそれは変わらない。 p364
*心霊現象や超常現象は、それほど珍しい出来事ではないのかもしれない。そして、たぶん、そういう現象にもちゃんとした理由があるに違いない。
多くの場合は、人間の脳が作り出す現象なのだろう。鬼龍と孝景は、それに対処しているのだと。 P384
[ 鬼龍光一の発言 ]
*俺の経験から言うと、ある人の意識が、他者の意識と同調、あるいは共鳴してしまうことがあるようなのです。 p285
*世の中のことがすべて解明できると考えるのは、人間の傲慢です。 p286
*心霊現象は実在するが、霊が実在するかどうかはじっしょうできないということです。
現象そのものは認めています。でも、その現象の原因や理由はわかりません。そして、それを解明する必要もないのです。心霊現象には対処できます。その方法も知っています。それで充分なのです。 p289
*徐霊は、霊を相手にするんじゃないんです。・・・霊に憑かれた、あるいは悪魔に憑かれたとされる人間を相手にするんです。 p290
[ 安倍孝景の発言 ]
*人間の潜在意識には何が潜んでいるかわからない。普段生活しているときの意識なんて、それこそ氷山の一角だ。潜在意識のエリアはべらぼうに広くて深い。 p318
ご一読ありがとうございます。
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超常現象 :ウィキペディア
心霊現象 :ウィキペディア
憑依 :ウィキペディア
憑依現象と除霊について :「霊性進化の道-スピリチュアリズム」
イタコ :ウィキペディア
側頭葉 :ウィキペディア
側頭葉の解剖図 :「脳神経外科 澤村豊のホームページ」
側頭葉、後頭葉、頭頂葉、中心溝、前頭葉 :「SORA Shinonome」
外側溝 :ウィキペディア
シルヴィウス溝~心霊現象を感じる脳~その1 :「王子のきつね on line」
みんなで霊界ラジオを作ろう 理学博士 橋本 健 :「日本超科学会」
エジゾンの霊界通信機 :「阿修羅」
霊界ラジオは果たして可能か?・・・ITC(現代版霊界ラジオ)について
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霊界通信 :「月刊SPA!」
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臨死体験 人は死ぬ時何を見るのか 5/5 :YouTube
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『陰陽 [祓師・鬼龍光一]』 中公文庫
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