島根県安来市に足立美術館というちょっとユニークな美術館があるということは、何十年か前に耳にした。意識の隅にあったものの、やはり京都からは少し距離があるのでついそのままで未訪である。だが、最近テレビのある番組でこの美術館の紹介を見た。そんな伏線があったので、この本を偶然見つけて手に取ってみた。テレビの紹介番組で一部知ったことを本書できっちりと概観することができた。
本書の副題は「四季の庭園美と近代日本画コレクション」である。この副題にこの美術館のユニークさが凝縮されている。
本書は足立美術館の成り立ちの説明、創立者足立全康氏の「庭園もまた一幅の絵画である」という信念のもとに心血を注がれた庭園美の四季の景色、近代日本画コレクションに特化した作品群の一端の紹介で構成されている。一種の図録を兼ねた紹介本である。
足立美術館のホームページは、まずごちらから御覧いただくとよい。
このホームページを参照していただくと、これから述べる読後印象記とうまくリンクする部分があると思うからである。
足立美術館が安来市古川町に所在するのは、足立全康氏の生まれ故郷であることに由来する。若いころからの同氏が好きであった庭づくりへの関心の実現並びに「故郷である安来への恩返しと、地元の文化発展の助けになればとの想い」だという。昭和45年(1970)秋に開館されている。2010年には開館40周年を機に、新館をオープンしたという。
同氏が理想の庭園を思い描いて作庭した日本庭園の規模は五万坪に及ぶのである。
同館サイトのトップページには、「枯山水庭」と「白砂青松庭」の画像が流れている。そして、併せて冒頭の本書カバーに部分図として使われている横山大観作六曲一双の屏風絵「紅葉」の画像も流れている。
本書にはまず、「四季の庭園美」の写真紹介がある。「枯山水庭」の春・夏・秋・冬の景色が対比的に載せられている。この庭が主庭となっている。「庭園もまた一幅の絵画である」という信念が具現化したものとして、美術館内から「生の額絵」として巨大なガラスのキャンバス越しに庭が、「まるで琳派の屏風絵を想わせるように」眺められるという次第である。生の絵画は四季折々変化する。その変化の一瞬を来館者は鑑賞できるという趣向のようである。また、「生の掛け軸」として鑑賞できるスペースもべつに設けられている。ホームページには「現在の庭園」をライブの動画で見られるようにもなっている。
15ぺーじに渡って、四季折々の庭景色が写真と説明文で紹介されている。ここには枯山水庭、白砂青松庭の他に、「苔庭」「池庭」「茶室・寿立庵の庭」が作庭されている。
池庭は「自然のなかの洲浜や荒磯の風景に見立て」られているそうである。
足立美術館には、茶室が2つあるそうで、その一つが「寿立庵」で、京都の桂離宮の茶室「松琴亭」をモデルにしているという。
本書の「足立全康」という見出しの見開きページで同氏の略歴とエピソードが記されている。裸一貫で商売の道に進む決心をして大阪で戦前戦後に事業に成功して一代で財をなした実業家である。心斎橋の骨董屋の店先に掛けられた横山大観の「蓬莱山」との出会いが、日本画の魅力に惹きつけられた契機だという。事業に成功し、初めて念願の大観の作品を入手したことが一大コレクターとなる始まりであり、その結晶がこの美術館というわけである。
本書ではコレクションの一端が、「横山大観の世界」から初めて順次紹介されている。作品写真とその絵の解説が載せられ、作品紹介のページに適宜、画家の略歴説明が載せてある。展覧会の図録だと巻末にまとめて載せられているのが普通だが、本書では作品群と併せて説明欄があるので、読みやすさと言う点では便利である。
「横山大観の世界」は、足立全康氏のコレクションの原点であるためだろうが、30ページに及び「無我」から始まり「蓬莱山」まで、37点掲載されている。足立美術館には大観の作品が120余点収集されているという。
本書では、この後6つのセクションに分けてコレクションの一端が同様に紹介されている。これだけ眺めるだけでも、近現代日本画のコレクションとしては、圧巻である。
セクションの見出し名と、そこに収載されている画家名と掲載点数をここではご紹介しておこう。
◎花鳥画の世界
榊原紫峰(7)、西村五雲(2)、橋本関雪(4)、竹内栖鳳(3)、土田麦僊(2)、
菱田春草(1)、松林桂月(1)、小茂田青樹(2)、速水御舟(1)、前田青邨(1)
川端龍子(1)
◎山水・風景画の世界
竹内栖鳳(2)、富岡鉄斎(1)、冨田渓仙(1)、結城素明(1)、川合玉堂(3)
山元春挙(2)
◎人物画の世界
小林古径(2)、安田靫彦(1)、富岡鉄斎(1)
◎美人画の世界
上村松園(4)、鏑木清方(2)、伊東深水(2)、菊池契月(1)、寺島紫明(1)
◎現代の日本画
平山郁夫(1)、後藤純男(1)、宮廻正明(1)、松尾敏男(1)、手塚雄二(1)
松村公嗣(1)、西田俊英(1)、吉村誠司(1)、小野田尚之(1)、宮北千織(1)
倉島重友(1)
◎童画の世界
林 義雄(3)、鈴木寿雄(2)、武井武雄(1)、黒崎義介(1)
また、日本画の世界を超えて、「陶芸の世界」にもそのコレクションが広がっている。北大路魯山人の作品11点、河井寛次郎の作品8点が掲載されている。魯山人については、扁額と六曲一隻の屏風絵も各1点載っている。
尚、本書に掲載されている作品群で見る作品の一部が同館ホームページの「コレクション」の諸ページに掲載されている。解説文は内容・ボリューム両面で異なる。本書の方が勿論一層詳しい解説になっている。因みに、「コレクション」に掲載の横山大観の作品3点は、本書に載っている。
本書を見ていて、惹かれる絵、たとえば川端龍子作「愛染」、上村松園作「娘深雪」、平山郁夫作「祇園精舎」、林義雄作「天使のおひるね」なども「コレクション」のページに載っている。同じページに、河井寬次郎の「三色扁壺」が載っている。この壺の形の面白さと三色の釉薬の奔放なほとばしりと重なり、器の色調などから、太古のダイナミズムを感じて好きである。
「陶芸の世界」の項には、魯山人と寛次郎の作品だけでなく、この二人のことばもいくつか紹介されていて、含蓄もありまたその思考の切り口もバラエティに富みおもしろい。思考の糧となり、参考になる。北大路魯山人のことばを一つだけ引用しておこう。後は本書を開いてみてほしい。
人間が出来ている、
あるいは人間が出来ていない。
誰が発明した言葉かは知らないが、
端的によく表現している。
厳しい言葉である。
人間が出来ている、いないは、
人間が出来ている人間だけしか
分からない問題。
ご一読ありがとうございます。
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本書の副題は「四季の庭園美と近代日本画コレクション」である。この副題にこの美術館のユニークさが凝縮されている。
本書は足立美術館の成り立ちの説明、創立者足立全康氏の「庭園もまた一幅の絵画である」という信念のもとに心血を注がれた庭園美の四季の景色、近代日本画コレクションに特化した作品群の一端の紹介で構成されている。一種の図録を兼ねた紹介本である。
足立美術館のホームページは、まずごちらから御覧いただくとよい。
このホームページを参照していただくと、これから述べる読後印象記とうまくリンクする部分があると思うからである。
足立美術館が安来市古川町に所在するのは、足立全康氏の生まれ故郷であることに由来する。若いころからの同氏が好きであった庭づくりへの関心の実現並びに「故郷である安来への恩返しと、地元の文化発展の助けになればとの想い」だという。昭和45年(1970)秋に開館されている。2010年には開館40周年を機に、新館をオープンしたという。
同氏が理想の庭園を思い描いて作庭した日本庭園の規模は五万坪に及ぶのである。
同館サイトのトップページには、「枯山水庭」と「白砂青松庭」の画像が流れている。そして、併せて冒頭の本書カバーに部分図として使われている横山大観作六曲一双の屏風絵「紅葉」の画像も流れている。
本書にはまず、「四季の庭園美」の写真紹介がある。「枯山水庭」の春・夏・秋・冬の景色が対比的に載せられている。この庭が主庭となっている。「庭園もまた一幅の絵画である」という信念が具現化したものとして、美術館内から「生の額絵」として巨大なガラスのキャンバス越しに庭が、「まるで琳派の屏風絵を想わせるように」眺められるという次第である。生の絵画は四季折々変化する。その変化の一瞬を来館者は鑑賞できるという趣向のようである。また、「生の掛け軸」として鑑賞できるスペースもべつに設けられている。ホームページには「現在の庭園」をライブの動画で見られるようにもなっている。
15ぺーじに渡って、四季折々の庭景色が写真と説明文で紹介されている。ここには枯山水庭、白砂青松庭の他に、「苔庭」「池庭」「茶室・寿立庵の庭」が作庭されている。
池庭は「自然のなかの洲浜や荒磯の風景に見立て」られているそうである。
足立美術館には、茶室が2つあるそうで、その一つが「寿立庵」で、京都の桂離宮の茶室「松琴亭」をモデルにしているという。
本書の「足立全康」という見出しの見開きページで同氏の略歴とエピソードが記されている。裸一貫で商売の道に進む決心をして大阪で戦前戦後に事業に成功して一代で財をなした実業家である。心斎橋の骨董屋の店先に掛けられた横山大観の「蓬莱山」との出会いが、日本画の魅力に惹きつけられた契機だという。事業に成功し、初めて念願の大観の作品を入手したことが一大コレクターとなる始まりであり、その結晶がこの美術館というわけである。
本書ではコレクションの一端が、「横山大観の世界」から初めて順次紹介されている。作品写真とその絵の解説が載せられ、作品紹介のページに適宜、画家の略歴説明が載せてある。展覧会の図録だと巻末にまとめて載せられているのが普通だが、本書では作品群と併せて説明欄があるので、読みやすさと言う点では便利である。
「横山大観の世界」は、足立全康氏のコレクションの原点であるためだろうが、30ページに及び「無我」から始まり「蓬莱山」まで、37点掲載されている。足立美術館には大観の作品が120余点収集されているという。
本書では、この後6つのセクションに分けてコレクションの一端が同様に紹介されている。これだけ眺めるだけでも、近現代日本画のコレクションとしては、圧巻である。
セクションの見出し名と、そこに収載されている画家名と掲載点数をここではご紹介しておこう。
◎花鳥画の世界
榊原紫峰(7)、西村五雲(2)、橋本関雪(4)、竹内栖鳳(3)、土田麦僊(2)、
菱田春草(1)、松林桂月(1)、小茂田青樹(2)、速水御舟(1)、前田青邨(1)
川端龍子(1)
◎山水・風景画の世界
竹内栖鳳(2)、富岡鉄斎(1)、冨田渓仙(1)、結城素明(1)、川合玉堂(3)
山元春挙(2)
◎人物画の世界
小林古径(2)、安田靫彦(1)、富岡鉄斎(1)
◎美人画の世界
上村松園(4)、鏑木清方(2)、伊東深水(2)、菊池契月(1)、寺島紫明(1)
◎現代の日本画
平山郁夫(1)、後藤純男(1)、宮廻正明(1)、松尾敏男(1)、手塚雄二(1)
松村公嗣(1)、西田俊英(1)、吉村誠司(1)、小野田尚之(1)、宮北千織(1)
倉島重友(1)
◎童画の世界
林 義雄(3)、鈴木寿雄(2)、武井武雄(1)、黒崎義介(1)
また、日本画の世界を超えて、「陶芸の世界」にもそのコレクションが広がっている。北大路魯山人の作品11点、河井寛次郎の作品8点が掲載されている。魯山人については、扁額と六曲一隻の屏風絵も各1点載っている。
尚、本書に掲載されている作品群で見る作品の一部が同館ホームページの「コレクション」の諸ページに掲載されている。解説文は内容・ボリューム両面で異なる。本書の方が勿論一層詳しい解説になっている。因みに、「コレクション」に掲載の横山大観の作品3点は、本書に載っている。
本書を見ていて、惹かれる絵、たとえば川端龍子作「愛染」、上村松園作「娘深雪」、平山郁夫作「祇園精舎」、林義雄作「天使のおひるね」なども「コレクション」のページに載っている。同じページに、河井寬次郎の「三色扁壺」が載っている。この壺の形の面白さと三色の釉薬の奔放なほとばしりと重なり、器の色調などから、太古のダイナミズムを感じて好きである。
「陶芸の世界」の項には、魯山人と寛次郎の作品だけでなく、この二人のことばもいくつか紹介されていて、含蓄もありまたその思考の切り口もバラエティに富みおもしろい。思考の糧となり、参考になる。北大路魯山人のことばを一つだけ引用しておこう。後は本書を開いてみてほしい。
人間が出来ている、
あるいは人間が出来ていない。
誰が発明した言葉かは知らないが、
端的によく表現している。
厳しい言葉である。
人間が出来ている、いないは、
人間が出来ている人間だけしか
分からない問題。
ご一読ありがとうございます。
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