遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『七つの証言 刑事・鳴沢了外伝』  堂場瞬一  中公文庫

2016-05-06 10:14:09 | レビュー
 刑事・鳴沢了シリーズは10作で一応の区切りを迎えている。その鳴沢と関わりを持ち事件に関与した周辺の人々が、事件を通して感じた鳴沢了を語るという短編集である。『久遠』(2008年)から4年経過して、この短編集が2012年2月に文庫本として出版された。
 親子三代にわたる警察官一家において「刑事として生まれた男」鳴沢了の真実が他者の目から浮き彫りにされるという趣向である。シリーズからは漏れていて、鳴沢了が関わった事件を語るというタッチでエピソードが綴られていく。鳴沢という男に対する7人それぞれの証言が事件との関連で語られるのでおもしろい。

証言1 「瞬断」
 この短編での証言者は、警視庁失踪課シリーズの主人公となる高城賢吾である。
 事件は第一機動捜査隊所属の巡査部長、武知治が同僚の麻衣と職場結婚する。その結婚式の当日、高城も鳴沢も披露宴に列席していた。高城の隣の席が鳴沢だった。高城は鳴沢について「マッチを擦っただけでビル火災が起きる男」という評判を耳にしていたことを思いだし、なぜか胸騒ぎがする。その矢先、主賓の機動隊長の許に顔面を真っ青にした係員が駆けつけて耳打ちする。
 隊長が列席する警察官に招集をかけた。この結婚式場に時限爆弾を仕掛けたという電話が掛かってきたという。爆発は30分後という予告電話だった。即座に鳴沢が行動を起こす。高城は鳴沢の後を追う。鳴沢の動きが大事に発展することを恐れて・・・・。
 犯人を押さえ、避難完了と思ったところが、招待されていた人の子どもが一人見あたらないという。
 高城は思う。”あんな「24時間刑事」を標榜する男は、絶対に友人にしたくない”と。 実に鳴沢らしい事件対応が鮮やかに切り取られている。まさに了の「瞬断」が働いた事件エピソードである。

証言2 「分岐」
 この短編での証言者は、元刑事で鳴沢の良き同僚であり、現在は万年寺の副住職になっている今敬一郎である。
 今は実家の坊主になってから、住職の父と一緒にNPO法人「凪(なぎ)の会」を運営している。刑務所を出所した人が仕事を見つけるまで一時的に身を寄せられる施設を運営しているのである。覚醒剤使用で実刑を受け、出所して3日の福井と相部屋だった水野が痕跡を残さずに施設から逃げ出した。福井は、前夜水野が「東京へ行って、仕返ししてやる」と言っていたと告げる。今にとり、水野に縁のある多摩地区で頼りになるのは鳴沢だけ。鳴沢に話をすると、小野寺に頼めばとまずは拒絶の言葉で返答された。今が「復讐」を考えているようなのだと言うと、鳴沢が反応し「早く動いた方が良いだろう」とエンジンがかかる。
 「今夜は何もなかった。犯罪と言えるようなことは」「ここから先は、凪の会の責任だ」鳴沢のこの発言に、鳴沢の変わった部分、変わらない部分を今は意識したのだ。
 今は思う。”この男は・・・情けがないわけではない。以前は、人に同情を感じるハードルが高かっただけなのだろう。”と。人の目には「非情の鳴沢」と映じる。だが、そうじゃないのだというエピソードである。鳴沢の違う局面を見せてくれる。

証言3 「上下」
 この短編での証言者は、新潟県警西新潟署刑事課の係長となっている大西海である。
 東京の事件で殺人として逮捕状が取られている容疑者を大西係長が指揮した張り込みで逮捕する。その時新米の小室刑事が頭部に負傷する。部下の古参刑事金田が大西の判断を咎めて始末書ものだと皮肉る。武井署長は大西に始末書など不用と告げる。
 大西海が容疑者高倉博史を金田刑事と共に車で東京に護送する。鳴沢が取り調べを担当することになる。容疑者逮捕に絡む状況を聞いた鳴沢は大西を取り調べに立ち合わせるという選択をする。それ自体が異例なことだ。
 鳴沢は容疑者に関わる組織の上下関係を読み切った。そこで大西を敢えて同席させたのだった。
 この事件、相棒の藤田刑事が大西との会話でさりげなく触れられているが、鳴沢が結婚した後での事件という設定になっている。
 事件解決後、鳴沢が大西に失敗を恐れていると指摘する。「部下のやり方が間違っていると思えば、拒絶すればいい。君にはそうする権利も義務もある。失敗したら、頭を下げるなり始末書を書くなりすればいい」と。若いというのはやり直しがきくことだとも言う。それに対し、「何とかなります。鳴沢さんみたいな部下が下に来なければ、ですけど・・・・。」と海は答えた。その一言に、鳴沢が食事を奢るのを撤回すると言う。末尾は「その顔には困ったような笑みが浮かんでいた」である。おもしろい!
 
証言4 「強靱」
 この短編での証言者は、横浜地検検事の城戸南である。
 長瀬龍一郎は鳴沢了をモデルに「雪虫」という小説を書こうと取材を続けている。長瀬の知らない鳴沢の一面について情報収集をして小説を膨らませる材料にしたいと考え、関係者に取材をしているのである。そして、城戸南から取材の応諾を得た。
 開口一番、城戸は「好き嫌いが分かれそうなキャラクターだね、彼は」と長瀬に語る。そして、1年ほど前の事件を長瀬に語り始める。城戸は、それが鳴沢の警視庁での立ち位置がよく分かる話だという。
 川崎市内の住宅街で午後5時頃、通りかかった女性が首筋を切られ出血多忙で間もなく死亡。犯人は逃走する。事件発生場所は、神奈川県と東京都の境界付近だった。それで神奈川県警と警視庁の捜査一課長同士が捜査権の主導権争いをすることになる。公団住宅の一室に犯人が立て籠もる事態に発展した。上の裁可なしにその現場近くを捜査していた鳴沢が、己の判断でその部屋の上の階部分に達していた。鳴沢の行動が、後で物議を醸す。 取材の最後に、城戸は言う。「ほとんどの人は、できるだけ彼から離れていて、利用できる時に利用しようとしか考えていない。だけど、人間として好きだと考えている人間も、間違いなくいるんじゃないかな」と。
 鳴沢はやはり人間として魅力があるのだ。わかる人にはわかる・・・・。つまらぬ柵にはとらわれず、目的にむかってズバリと突き進む。己の信念で行動する人間の発する魅力だ。
証言5 「脱出」
 この短編での証言者は、鳴沢の相棒、「鳴沢ストッパー」を自任する藤田である。
 藤田と鳴沢は本庁の組織犯罪対策部から急な指示を受け、麻薬のディーラーをしている暴力団幹部のアジトを急襲するという行動に加わる。拳銃携行である。二人は現地で、アジトの一部とみられる廃工場に潜入し探索することを命じられる。暗闇の中で、二人は背中を押されて地下室に落とされる。蓋がされ、彼らは閉じ込められてしまう。その地下室を調べた鳴沢は2キロぐらいありそうな大きな袋を発見する。それは覚醒剤だった。どのようにして脱出するか?
 鳴沢は負傷した藤田を病院に運ぶ。藤田がロッカーにいれているという子どもの誕生日のためのプレゼントを後で病院に届けると鳴沢は約束する。
 「家族のことは、『無駄なこと』じゃないだろう」と鳴沢は低い声で言う。
 藤田は思う・・・御前、いつからそんな風になったんだ?軟弱だとは言わないけど、優先順位が変わったのか?・・・と。
 鳴沢は、変化しつつあるようだ。家族への比重が大きさを増している!

証言6 「不変」
 この短編での証言者は、小野寺冴である。
 所長が引退した後、探偵事務所を一人で運営する小野寺に、鳴沢が映画のプロモーションで来日中の勇樹の警護を依頼に来る。ニューヨークの自宅に脅迫状が届いたという。七海がそのことを鳴沢に報せてきたのだ。事情を聞き、小野寺は依頼を引き受ける。
 警護を続ける経過の中で、勇樹が「友だちに会いたい」という予定外の希望を冴にぶつけてくる。冴はそれを認めてやり、その間の警護も引き受けることになる。
 勇樹が友だちと会っているのを警護する小野寺の側に鳴沢が現れる。
 冴と了との会話の終わりに、冴は了のことをこう思う。「この男は・・・鈍いというのは、絶対に変わらない性格なのかもしれない」と。
 「不変」というタイトルは、冴の本心を理解しない鳴沢の鈍さをさしているのだろう。その一方で、鳴沢が冴に今まで通り探偵の仕事をつづければいいと言うその思いをもさすのだろう。了は冴に「自分の仕事に強いプライドを持った人でいて欲しい」と語るのである。

証言7 「信頼」
 この短編での証言者は、勇樹である。
 泳げない勇樹が「ハワイ在住の、サーファーを目指す高校生役」を演じるためにハワイに来ている。映画の主役はサーフィンの腕がプロ級という16歳のホリー・アレンであり、彼女は映画初出演である。演技の方は素人同然なのだ。こんな二人がジャック・ヴァランス監督の下で、撮影に入っている。
 夏期休暇を取った鳴沢は、勇樹が撮影に入っているこのハワイで家族の再会をしようと計画した。その一方で、鳴沢は勇樹の警護という意識でいるのだ。
 泳げない勇樹と演技がうまくできないホーリーの間に友情が芽生えていく。
 勇樹の実の父が勇樹に会いたいがために偽名でハワイに来たという。勇樹と了はそれぞれの決断に迫られていく。
 勇樹は「了はいつも近くにいる。たとえ距離が離れていても、親子であることに変わりはない」と思う。鳴沢了にとり確固たる家族の絆がまた強くなった瞬間だ。刑事としての了の信念は不変だが、生きる姿勢は大きく変わりつつある。
 あらたな始まりを予感させて、この外伝が終わっている。

 鳴沢了を周囲の目から多面的に見せるという意味でおもしろいアプローチである。また短編集なので、事件の展開はシンプルでストレートなものばかりであり、読みやすい作品集となっている。

 巻末に、「著者に聞く ~鳴沢という男~」と題したQ&Aが7ページにわたって収録されている。このQ&A、なかなか興味深い回答になっている。この鳴沢了シリーズは、最初はなんと単発のつもりで作品が書かれたという。結果的につぎつぎとシリーズ化したそうである。他にもおもしろいことが話されている。ここを読むことで、逆に刑事・鳴沢了に関心を抱くきっかけになるかもしれない。そんな気がする。

 ご一読ありがとうございます。


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