著者は『隠蔽捜査』で2006年に吉川英治文学新人賞、『果断 隠蔽捜査2』で2008年に山本周五郎賞と日本推理作家協会賞を受賞した。この作品も中心人物が警視正・竜崎伸也であるため、最初の受賞作の延長線上で、副題に「隠蔽捜査5」となっている。このシリーズも拙ブログを書き始める以前から全作読み継いできている。著者が小説新人賞以来長い作家歴の後に受賞した作品のシリーズであるとはいえ、その内容を考えると、受賞作品名称を副題に冠することに違和感を感じている。第2作以降、「隠蔽」に関連する捜査ではないので、この副題はそぐわないなと私は思う。副題のネーミングを考慮するべきではないか。出版側のちょっと安易な副題の付け方のような気がする。勿論、当初の受賞ということのハロー効果というか、あ!あの作品の・・・というわかりやすさだけを狙っているのかもしれないが。冒頭から脇道感想になってしまった。
本作品についての総論的印象をまず箇条書きにしておきたい。独断的な私見ということで読んでいただきたいと思う。
1.捜査展開の描写にスピードがある。
2.警視庁と神奈川県警という2自治体にまたがる捜査態勢という特異さが興味深い。
3.本作品は竜崎伸也を介した組織マネジメント実践論として読める。
4.竜崎と伊丹という同期の警察官が役割分担していくおもしろさが味わえる。
一方で、大森署の強行犯係戸高の活躍がみられないのがちょっと残念である。
その代わり、横須賀署の板橋課長の行動とキャラクターがおもしろい。
5.捜査は竜崎の長男の東大受験と重なり、竜崎の心理描写に奥行きを加えている。
まず少し印象について補足してみよう。
1つめについて:
捜査展開のスピード感、緊迫感を持続する描写になっているのは、この作品が殺人・誘拐・監禁という流れで、「誘拐」事件の解決が時間との勝負という局面描写に主眼が置かれているためだろう。
2つめについて:
警察組織が必ずしも一枚岩でなく、縦割り組織の弊害が自治体を跨がることでコミュニケーションの阻害、非効率な運営・動きに陥る弊害が一層様々に現れるという側面を鮮やかに描かれている。多少の小説的誇張が含まれるのかもしれないが、そこにはリアル感がある。過去の実際の事件を思い浮かべると・・・・。勿論、一自治体内における警察組織内の部門間でそのミニチュア版現象があることは論をまたない。いままでの小説には、その点が多く描かれている。
競争意識が裏目にでる事象についての書き込みがなかなかリアルである。
3つめについて:
これは2項目とはコインの裏表とも言える。一般企業で考えれば、本社と主要工場、本社と拠点支社の関係に類比できる。この作品では、東京都の大森署に置かれた指揮本部と神奈川県の横須賀署に途中から設置された前線本部という特異な捜査体制/態勢で事件に取り組む姿が描かれる。大森署に本部が設置されたため、指揮本部の副本部長となった竜崎が、神奈川署に設置された前線本部の副本部長になって、神奈川県の警察署内で実質的トップとして捜査の指揮監督をすることになる。突然、本社部門から、主要工場あるいは主要支店に単独で送りこまれ、本社部門との連携を考慮しながら、日頃接触のない人々をマネジメントする立場になることに等しい。
原理原則、目的の明確化、指揮命令系統、コミュニケーションの効率化、リーダーシップ、統合と分散、人物評価と心理操作、動機づけ・・・・などが巧妙にストーリー化されている。そういう観点から読んでもおもしろい作品であると言える。
人間集団、組織になればいずこも同じ現象が起こっているということか。
4つめについて:
実社会でこの二人のような関係がどこまでリアルなものとして存在しうるか、という点では、ある意味一種の願望が入っているようにも思う。だが、二人の関わり方、まさに俺・おまえの関係で目的の遂行に邁進する関わりが楽しめる。ユーモラスなところもあって、楽しい。縦の指揮命令系統中心という警察組織の人間関係を際立たせるコントラストにもなっている気がする。
私は毎回、戸高刑事の活躍ぶりを楽しみにして読んでいる。今回は、重要なキーポイントで顔を覗かせるだけにとどまるのはちょっと寂しい。まあ、舞台が横須賀署になるので仕方がないだろう。その代わり、板橋課長というノンキャリアの捜査畑一筋の刑事が登場する。彼が戸高刑事の役回りのようなものでであるが。竜崎の板橋課長への対応が読みどころになっている。
5つめについて:
事件発生とその解決のための数日間が、2浪して東大受験に臨む長男を抱えた竜崎ファミリーの状況と丁度重なっているという設定なのだ。家庭のことは妻に任せ、国の仕事に注力するという竜崎の基本方針、だが父親としての心理が時折顔を覗かせる。竜崎も人の親、優秀警察官モデルマシンではない。竜崎ファミリーの受験期描写が竜崎の思いを軸に点描されていく。これが本作品にある種の暖かみと広がりを与えていて、うれしいところだ。
さて、本書のストーリーである。
福岡三区選出の衆議院議員、牛丸真造が行方不明になったという連絡が警視庁刑事部長の伊丹俊太郎に入る。伊丹の三期下の田切勇作が警察官を辞め、牛丸議員の秘書になっている。その田切が伊丹に内々の捜査を依頼する。ただ、牛丸には時々雲隠れするという癖があるというのだ。伊丹は大森署署長・竜崎伸也に電話をかけ、内密に捜査したという実績をつくる程度の捜査を依頼する。秘書に恩を売る程度の措置でいいと。なぜ竜崎署長に関係するのかといえば、羽田から都心に向かうとすると大森署管内を通過するからだ。
勿論、竜崎は捜査を原理原則から考え行動する人。伊丹の考えに真っ向から反論して、捜査を始める。この態勢づくりからマネジメント視点がもろに入ってくるといえる。そして捜査が始まる。
事務所が空港に迎えに出した黒のセダンが、大森署管内、昭和島の対岸で発見される。運転手がナイフで喉をざっくりとやられた他殺死体が車内で発見される。その後の捜査で犯人の車とみられるものが首都高湾岸線の路肩で発見される。だが牛丸が誘拐された状況の手掛かりがぷっつりと途切れる。
勿論、竜崎の原則論の反論がそのまま、捜査体制になっていく経緯を辿る。指揮本部が200人態勢で大森署に置かれるのだ。本部長が伊丹、副本部長が竜崎。本部には特殊班捜査係SITが参画する。SITが殺人・誘拐犯人との交渉窓口となる。犯人と想定できる人物かが警察に公衆電話からの掛けてくる。なぜ誘拐をマスメディアで報道しないのだという言い分から、SITとその人物との交渉が始まる。マスコミを意識するのは、劇場型犯罪の特徴だ。この事件はその種のものなのか。犯人のねらいは何か。
2回目の電話から、誘拐犯は神奈川県内に潜伏していることが判明する。伊丹は合同指揮本部の設定を考え出す。竜崎は指揮の一元化と効率性からは大森署の指揮本部一本での捜査推進を主張するのだが、伊丹本部長の決断がくだされる。そして、反論した竜崎が横須賀署の前線本部の副本部長として乗り込まねばならなくなる。伊丹は竜崎の手腕に期待する。そして、東京での本部長としての総指揮と竜崎支援に徹していく。
横須賀署の前線本部に単身乗り込んだ竜崎は、副本部長という立場だが実質上の前線本部トップの立場になる。孤立無援の指揮官だ。横須賀署の捜査態勢の再構築、横須賀署の刑事たちや署長などと、ゼロからの人間関係構築、実質的かつ効率的な指揮命令系統づくりから始めなければならない。
誘拐事件は初動捜査が死命を制する。被害者の命を守れるのは時間との勝負である。殺人事件発生後の犯人追跡捜査とは異質次元のことなのだ。現場第一線重視の竜崎の活躍が始まる。劇場型犯罪の特徴をもつこの事件が、必死の捜査とともに、意外な方向へと展開していく。竜崎の行動にもかかわらず、前線本部と指揮本部の間には微妙なずれが出始める。捜査情報の積み重ねの上で、竜崎の論理的推論と現場経験豊富な板橋課長の読みが対立し始める。誘拐事件の解決は時間が勝負。だが、その中で、試行錯誤や読みの対立に伴う捜査人員の分散が起こる。犯人の要求内容が事件の読みを攪乱させる。
ストーリーは紆余曲折を経ながら緊迫感の中に展開していく。一気に読ませる作品である。一件落着したかに見えた事件に、別の側面が竜崎の一言から見え始めるという意外性が組み込まれていて、興味深いエンディングになっている。
伊丹刑事部長の命令に逆らって、現地指揮での判断と効率重視の原則で動いた竜崎の行動が問題視され、監察官の調べが開始されるかもしれないという付録まで飛び出してくるおもしろさ。
作品の構成が巧妙である。警察組織の問題点への視点、警察官の心理描写など興味深い。読み応えがある作品に仕上がっていると思う。
最後にいくつか興味深い文章を抽出・引用して、ご紹介しておこう。
*私は、部長の指示がどうあれ、正しいと思った措置をとりますよ。 p55
*多くの仕事をこなし続けている人ほど、「忙しい」などとは言わないものだ。時間の使い方がうまい、と世間では言うが、それは、具体的には、しっかりと優先順位を守っているということなのだ。 p72
*思い込みというのは恐ろしいものだ。だから、捜査に予断は禁物だと、昔から言われている。 p116
本人が経験していなくても、そういう事案の話を何度も見聞きしていただろう。それが先入観につながった。 p204
*悪い面だけ見てむやみに批判的になったり、虚無的になったり、あるいは冷笑的になる人々を、竜崎は心から軽蔑していた。そういう連中に限って、自分では何もしていないのだ。
日本の未来なんて、どうなるかわからない。だが、この日本のどこかから、日夜努力を続ける若者たちが生まれ続けていることも事実なのだ。 p124
*現場では捜査員たちが必死で犯人を追っていると、伊丹は言っていた。それは間違いない。ならば、幹部は彼らが動きやすいような態勢を整えてやることに力を尽くすべきだ。 p145
*誘拐事件発生後、24時間が過ぎると、被害者の生存率は各段に下がるのだ。 p175
*現場の経験や能力はもちろん大切だが、それを運用する者に対して反感を持つようでは、警察のような組織は成り立たない。問題は、管理する側にもある。現場になめられているようではいけないのだ。そのためには、管理者としての訓練を積み、勉強をする必要がある。捜査能力に劣等感を持つ必要などない。管理する能力があればいいのだ。 p188
*「竜崎署長は、いつかは神奈川県警にいらして、私の上司になるかもしれないと言われました」(板橋課長)
「そんなこと言ったかな・・・・」(竜崎)
「そのときは、正直申し上げて、冗談じゃないと思いましたが、今は、それが実現することを望んでおります。」(板橋課長) p300
*「家のことは任せて、国の仕事をしてらっしゃい」(竜崎冴子) p309
ご一読ありがとうございます。
本書に関連する語句をいくつか検索してみた。一覧にしておきたい。
Nシステム → 自動車ナンバー自動読取装置 :ウィキペディア
劇場型犯罪 :ウィキペディア
グリコ・森永事件 :ウィキペディア
グリコ・森永事件 「劇場犯罪」の風化を拒む :「DO楽」
誘拐 :ウィキペディア
変革を続ける刑事警察 警察白書(平成20年)より
捜査体制の充実・強化に向けた取組み
小型船舶操縦免許の制度 :「国土交通省」
警視庁の組織図・体制 :「警視庁」
大森警察署 ホームページ
神奈川県警察組織図 :「神奈川県警察」
横須賀警察署 ホームページ
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その点、ご寛恕ください。)
徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『密闘 渋谷署強行犯係』 徳間文庫
『最後の戦慄』 徳間文庫
『宿闘 渋谷署強行犯係』 徳間文庫
『クローズアップ』 集英社
=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 === 更新2版
本作品についての総論的印象をまず箇条書きにしておきたい。独断的な私見ということで読んでいただきたいと思う。
1.捜査展開の描写にスピードがある。
2.警視庁と神奈川県警という2自治体にまたがる捜査態勢という特異さが興味深い。
3.本作品は竜崎伸也を介した組織マネジメント実践論として読める。
4.竜崎と伊丹という同期の警察官が役割分担していくおもしろさが味わえる。
一方で、大森署の強行犯係戸高の活躍がみられないのがちょっと残念である。
その代わり、横須賀署の板橋課長の行動とキャラクターがおもしろい。
5.捜査は竜崎の長男の東大受験と重なり、竜崎の心理描写に奥行きを加えている。
まず少し印象について補足してみよう。
1つめについて:
捜査展開のスピード感、緊迫感を持続する描写になっているのは、この作品が殺人・誘拐・監禁という流れで、「誘拐」事件の解決が時間との勝負という局面描写に主眼が置かれているためだろう。
2つめについて:
警察組織が必ずしも一枚岩でなく、縦割り組織の弊害が自治体を跨がることでコミュニケーションの阻害、非効率な運営・動きに陥る弊害が一層様々に現れるという側面を鮮やかに描かれている。多少の小説的誇張が含まれるのかもしれないが、そこにはリアル感がある。過去の実際の事件を思い浮かべると・・・・。勿論、一自治体内における警察組織内の部門間でそのミニチュア版現象があることは論をまたない。いままでの小説には、その点が多く描かれている。
競争意識が裏目にでる事象についての書き込みがなかなかリアルである。
3つめについて:
これは2項目とはコインの裏表とも言える。一般企業で考えれば、本社と主要工場、本社と拠点支社の関係に類比できる。この作品では、東京都の大森署に置かれた指揮本部と神奈川県の横須賀署に途中から設置された前線本部という特異な捜査体制/態勢で事件に取り組む姿が描かれる。大森署に本部が設置されたため、指揮本部の副本部長となった竜崎が、神奈川署に設置された前線本部の副本部長になって、神奈川県の警察署内で実質的トップとして捜査の指揮監督をすることになる。突然、本社部門から、主要工場あるいは主要支店に単独で送りこまれ、本社部門との連携を考慮しながら、日頃接触のない人々をマネジメントする立場になることに等しい。
原理原則、目的の明確化、指揮命令系統、コミュニケーションの効率化、リーダーシップ、統合と分散、人物評価と心理操作、動機づけ・・・・などが巧妙にストーリー化されている。そういう観点から読んでもおもしろい作品であると言える。
人間集団、組織になればいずこも同じ現象が起こっているということか。
4つめについて:
実社会でこの二人のような関係がどこまでリアルなものとして存在しうるか、という点では、ある意味一種の願望が入っているようにも思う。だが、二人の関わり方、まさに俺・おまえの関係で目的の遂行に邁進する関わりが楽しめる。ユーモラスなところもあって、楽しい。縦の指揮命令系統中心という警察組織の人間関係を際立たせるコントラストにもなっている気がする。
私は毎回、戸高刑事の活躍ぶりを楽しみにして読んでいる。今回は、重要なキーポイントで顔を覗かせるだけにとどまるのはちょっと寂しい。まあ、舞台が横須賀署になるので仕方がないだろう。その代わり、板橋課長というノンキャリアの捜査畑一筋の刑事が登場する。彼が戸高刑事の役回りのようなものでであるが。竜崎の板橋課長への対応が読みどころになっている。
5つめについて:
事件発生とその解決のための数日間が、2浪して東大受験に臨む長男を抱えた竜崎ファミリーの状況と丁度重なっているという設定なのだ。家庭のことは妻に任せ、国の仕事に注力するという竜崎の基本方針、だが父親としての心理が時折顔を覗かせる。竜崎も人の親、優秀警察官モデルマシンではない。竜崎ファミリーの受験期描写が竜崎の思いを軸に点描されていく。これが本作品にある種の暖かみと広がりを与えていて、うれしいところだ。
さて、本書のストーリーである。
福岡三区選出の衆議院議員、牛丸真造が行方不明になったという連絡が警視庁刑事部長の伊丹俊太郎に入る。伊丹の三期下の田切勇作が警察官を辞め、牛丸議員の秘書になっている。その田切が伊丹に内々の捜査を依頼する。ただ、牛丸には時々雲隠れするという癖があるというのだ。伊丹は大森署署長・竜崎伸也に電話をかけ、内密に捜査したという実績をつくる程度の捜査を依頼する。秘書に恩を売る程度の措置でいいと。なぜ竜崎署長に関係するのかといえば、羽田から都心に向かうとすると大森署管内を通過するからだ。
勿論、竜崎は捜査を原理原則から考え行動する人。伊丹の考えに真っ向から反論して、捜査を始める。この態勢づくりからマネジメント視点がもろに入ってくるといえる。そして捜査が始まる。
事務所が空港に迎えに出した黒のセダンが、大森署管内、昭和島の対岸で発見される。運転手がナイフで喉をざっくりとやられた他殺死体が車内で発見される。その後の捜査で犯人の車とみられるものが首都高湾岸線の路肩で発見される。だが牛丸が誘拐された状況の手掛かりがぷっつりと途切れる。
勿論、竜崎の原則論の反論がそのまま、捜査体制になっていく経緯を辿る。指揮本部が200人態勢で大森署に置かれるのだ。本部長が伊丹、副本部長が竜崎。本部には特殊班捜査係SITが参画する。SITが殺人・誘拐犯人との交渉窓口となる。犯人と想定できる人物かが警察に公衆電話からの掛けてくる。なぜ誘拐をマスメディアで報道しないのだという言い分から、SITとその人物との交渉が始まる。マスコミを意識するのは、劇場型犯罪の特徴だ。この事件はその種のものなのか。犯人のねらいは何か。
2回目の電話から、誘拐犯は神奈川県内に潜伏していることが判明する。伊丹は合同指揮本部の設定を考え出す。竜崎は指揮の一元化と効率性からは大森署の指揮本部一本での捜査推進を主張するのだが、伊丹本部長の決断がくだされる。そして、反論した竜崎が横須賀署の前線本部の副本部長として乗り込まねばならなくなる。伊丹は竜崎の手腕に期待する。そして、東京での本部長としての総指揮と竜崎支援に徹していく。
横須賀署の前線本部に単身乗り込んだ竜崎は、副本部長という立場だが実質上の前線本部トップの立場になる。孤立無援の指揮官だ。横須賀署の捜査態勢の再構築、横須賀署の刑事たちや署長などと、ゼロからの人間関係構築、実質的かつ効率的な指揮命令系統づくりから始めなければならない。
誘拐事件は初動捜査が死命を制する。被害者の命を守れるのは時間との勝負である。殺人事件発生後の犯人追跡捜査とは異質次元のことなのだ。現場第一線重視の竜崎の活躍が始まる。劇場型犯罪の特徴をもつこの事件が、必死の捜査とともに、意外な方向へと展開していく。竜崎の行動にもかかわらず、前線本部と指揮本部の間には微妙なずれが出始める。捜査情報の積み重ねの上で、竜崎の論理的推論と現場経験豊富な板橋課長の読みが対立し始める。誘拐事件の解決は時間が勝負。だが、その中で、試行錯誤や読みの対立に伴う捜査人員の分散が起こる。犯人の要求内容が事件の読みを攪乱させる。
ストーリーは紆余曲折を経ながら緊迫感の中に展開していく。一気に読ませる作品である。一件落着したかに見えた事件に、別の側面が竜崎の一言から見え始めるという意外性が組み込まれていて、興味深いエンディングになっている。
伊丹刑事部長の命令に逆らって、現地指揮での判断と効率重視の原則で動いた竜崎の行動が問題視され、監察官の調べが開始されるかもしれないという付録まで飛び出してくるおもしろさ。
作品の構成が巧妙である。警察組織の問題点への視点、警察官の心理描写など興味深い。読み応えがある作品に仕上がっていると思う。
最後にいくつか興味深い文章を抽出・引用して、ご紹介しておこう。
*私は、部長の指示がどうあれ、正しいと思った措置をとりますよ。 p55
*多くの仕事をこなし続けている人ほど、「忙しい」などとは言わないものだ。時間の使い方がうまい、と世間では言うが、それは、具体的には、しっかりと優先順位を守っているということなのだ。 p72
*思い込みというのは恐ろしいものだ。だから、捜査に予断は禁物だと、昔から言われている。 p116
本人が経験していなくても、そういう事案の話を何度も見聞きしていただろう。それが先入観につながった。 p204
*悪い面だけ見てむやみに批判的になったり、虚無的になったり、あるいは冷笑的になる人々を、竜崎は心から軽蔑していた。そういう連中に限って、自分では何もしていないのだ。
日本の未来なんて、どうなるかわからない。だが、この日本のどこかから、日夜努力を続ける若者たちが生まれ続けていることも事実なのだ。 p124
*現場では捜査員たちが必死で犯人を追っていると、伊丹は言っていた。それは間違いない。ならば、幹部は彼らが動きやすいような態勢を整えてやることに力を尽くすべきだ。 p145
*誘拐事件発生後、24時間が過ぎると、被害者の生存率は各段に下がるのだ。 p175
*現場の経験や能力はもちろん大切だが、それを運用する者に対して反感を持つようでは、警察のような組織は成り立たない。問題は、管理する側にもある。現場になめられているようではいけないのだ。そのためには、管理者としての訓練を積み、勉強をする必要がある。捜査能力に劣等感を持つ必要などない。管理する能力があればいいのだ。 p188
*「竜崎署長は、いつかは神奈川県警にいらして、私の上司になるかもしれないと言われました」(板橋課長)
「そんなこと言ったかな・・・・」(竜崎)
「そのときは、正直申し上げて、冗談じゃないと思いましたが、今は、それが実現することを望んでおります。」(板橋課長) p300
*「家のことは任せて、国の仕事をしてらっしゃい」(竜崎冴子) p309
ご一読ありがとうございます。
本書に関連する語句をいくつか検索してみた。一覧にしておきたい。
Nシステム → 自動車ナンバー自動読取装置 :ウィキペディア
劇場型犯罪 :ウィキペディア
グリコ・森永事件 :ウィキペディア
グリコ・森永事件 「劇場犯罪」の風化を拒む :「DO楽」
誘拐 :ウィキペディア
変革を続ける刑事警察 警察白書(平成20年)より
捜査体制の充実・強化に向けた取組み
小型船舶操縦免許の制度 :「国土交通省」
警視庁の組織図・体制 :「警視庁」
大森警察署 ホームページ
神奈川県警察組織図 :「神奈川県警察」
横須賀警察署 ホームページ
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その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)
徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『密闘 渋谷署強行犯係』 徳間文庫
『最後の戦慄』 徳間文庫
『宿闘 渋谷署強行犯係』 徳間文庫
『クローズアップ』 集英社
=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 === 更新2版