遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『構図がわかれば絵画がわかる』  布施英利  光文社新書

2013-08-24 13:32:05 | レビュー
 本書の末尾に著者は書く。「絵画はモノですが、ただのモノではありません。たとえば絵画には、構図があり、それは宇宙にまでもつながっていくのです」と。つまり、絵画の構図に目を凝らせば絵画が見えてくるはずだと主張する。

 著者は絵画の構図を、次の図式で展開している。
 STEP1 平面  「点と線」がつくる構図  点、垂直線、水平線
         「形」がつくる構図  対角線、三角形、円と中心
 STEP2 奥行き 「空間」がつくる構図 一点遠近法、二点遠近法、三点遠近法
         「次元」がつくる構図 二次元、三次元、四次元
 STEP3 光   「光」がつくる構図  室内の光、日の光、物質の光
         「色」がつくる構図  赤と青、赤とと黄色、白と黒

 各セクションで、有名な絵画を採りあげ、時には西洋絵画と日本の絵画を対置して、共通にみられる構図を抽出する。
 最初のわずか3ページで、フェルメールの『デルフトの眺望』の左下に小さな黒い点のように描かれた二人の人物の画面全体における重要性を語る。構図ということについて、ウッと惹きつけてしまう。そして、ブレッソンの写真の構図に引き次いでいく。著者が自分の目で直に見た世界各国・各地域の確かな絵画その他が縦横に俎上に上ってくる。

 著者は「地球の水平線、重力、自転、公転、さらには太陽など、地球と宇宙にある世界を、その基本的なものを、絵画の画面に造形したものが、構図だったわけです」(p194)と語る。絵画が宇宙につながるのはこの構図に潜むのだ。
 そして、最後に人体について語る。古代キクラデス彫刻から語り始め、西洋美術における人体表現に触れた後、アジアの仏像の根源に迫っている。「なぜ、仏像は誕生したのか」と題して、著者流に釈迦の生涯を辿るという横道に入り込むのも、おもしろいところである。

 私は、本書で「美術解剖学」という領域を知った。著者の専門分野なのだ。なんと、この分野を初めて講義したのが、あの森?外だったと教えられ、おもしろいなと思った。dai第8章で著者は「美術解剖学」について解説している。「体幹の骨格」を解剖するとして、人体の形態や構造の中にある「構図」を論じている。それが美術解剖学の領域だとか。そして、脊柱、胸郭、体肢と展開している。そして、「脊柱」をきちんと美術で表現したのがモディリアーニなのだと例示する。その説明を読むと、なるほどなあ・・・と思う。おもしろい。モディリアーニの描く人物の肩幅が狭いことの背景もわかっておもしろい。

 色彩の構図という観点では、ムンクの『叫び』とダ・ヴィンチの『モナリザ』の色彩の対比を論じている。こんな視点でこの二つの作品を眺めるなど、思いもしなかった。同様に、思いもしない発見への導き、視座が数多く含まれていて興味深い。
       
 著者の主張、説明する要点を抜き書きしてみる。そして、少しの補足と。

*ストゥーパには「円」があるのです。それは宇宙なのです。  p76
*遠近法で描くのは「その技法によって、自分の視点は大地に対してどこに位置しているか、をあきらかにすることでもあるのです。」p86
*二点遠近法 「より強固に、地平線の存在と位置が、描き出され、認識されることになります。」p90
*遠近法は、奥行きや、高さを表現します。しかし、それはあくまでも、絵画の画面の中のイリュージョンに過ぎません。絵画は、あくまで二次元の平面に描かれた、幻の世界なのです。そして、このイリュージョンの化けの皮を剥がしてみれば、そこに見えるのは、消失点に向かって収束していく、線の集まりです。つまり構図です。 p96
*絵画の基本は、原点は、二次元です。そして二次元だからこそ、ときにそこに三次元の奥行きやかたまりというイリュージョンがうまく描かれると、驚きが生まれるのです。あくまで、絵画の前提は「二次元」です。  p106
*セザンヌは、絵画にとって大切なのは「深さ」の感覚だと言っています。 p112
 この「深さ」とは、単に空間が奥へと続く深さです。 p112
  著者は、セザンヌの絵には「複数の視点」があり、消失点がたくさんあると言う。
  セザンヌの絵は単なる遠近法技法ではないのだと。
*絵の画面に対して、正面から、斜めからと、いろいろな方向から見ると、絵の中の空間は違ったふうに見えてくるのです。 p113
  『サント・ヴィクトワール山とアーク川渓谷の橋』メトロポリタン美術館
  長谷川等伯『松林図屏風』の空間表現
  を事例に解説を加える。東洋と西洋の絵画を統合して眺めていくのがおもしろい。
*変わるものがあるから、それに照射されて、変わらないものが見えてきます。  p14
  クロード・モネ『積みわら』連作を事例にした説明がある。 
  積みわらが変わらないから、日の光の変化が浮彫になると言う。なるほど!
*絵は、本物を見る以外に、意味はない。そういう、実体験が持っている意味を忘れたら、美術の大切な何かを見落としてしまうからです。  p156-157
  本書の事例はすべて著者が原作品を直に鑑賞して研究した成果のようだ。
  現物を見たという確固たる意識が随所に感じ取れる。一般書のおもしろさか。
*色には、空間の秩序をつくる力があります。それが、画面に空間の構図を生み出すことにもなります。は遠く、赤は近くを感じさせます。そして、その基本原理を応用することで、色彩による造形言語が生まれます。
*私たちの周りには、宇宙があります。その形やリズムがあります。構図は、それを要約し、目に見える、耳に聞こえるものとする装置なのです。そのとき、芸術作品は、宇宙と響き合い、宇宙をかいま見させ、そして宇宙そのものになります。構図がしていることは、それです。その、たった一つのことなのです。  p192

 絵画は「小さな宇宙」であり、二次元のキャンバスに宇宙を見せるのが構図なのだと論じている。構図という視点を鮮明に持つことで、絵画の鑑賞が深まりそうだと感じた。展覧会で本物を見るときに、この視点を少しでも意識的に活かしていこうと思う。

 ご一読ありがとうございます。

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   インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

本書に事例引用・解説されている作品からいくつかを検索してみた。また、関連語句なども少し検索した。その一覧をまとめておきたい。

「デルフトの眺望」 :「Salvastyle.com」
「デルフトの眺望」 :「BLUE HEAVEN」
キクラデス文明 :ウィキペディア
キクラデス美術館 MUSEUM OF CYCLADIC ART
アメデオ・モディリアーニ :「Salvastyle.com」
美術解剖学 :ウィキペディア
叫び(エドワルト・ムンク) :ウィキペディア
叫び(The Scream) 1893年 :「Salvastyle.com」
モナ・リザ :ウィキペディア
【隠された謎】モナ・リザの秘密、噂まとめ【微笑みについての説】:「NAVERまとめ」
  モナ・リザの研究は幅が広そう。おもしろい諸説を紹介しています。
大ストゥーパ 第1塔:「インドing」
サーンチーの仏教遺跡  神谷武夫氏
Mont Sainte-Victoire and the Viaduct of the Arc River Valley
 :From Wikimedia Commons, the free media repository
三次元こそわれらが故郷 :「そのスピードで」
松林図屏風 :ウィキペディア
積みわら :ウィキペディア
Examination: Monet's Wheatstacks :"ART INSTITIVE CHICAGO"
Wheatstacks, Snow Effect, Morning, Claude Monet :YouTube
 これはGetty Museum の動画。この美術館は数多くの動画をYouTubeで公開しています。 
アクセスはこちらから。いま、305本だとか。
一例は Art Out and About ← おもしろい動画
色の意味・効果辞典 :「ZEBRA」
いろいろな色の意味


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