遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『新・帝国主義の時代 右巻 日本の針路篇』 佐藤 優  中央公論新社

2013-08-05 13:42:53 | レビュー
 本書は、『新・帝国主義の時代』というメインタイトルで右巻・左巻の2冊で構成されている。右巻の奥書を見ると、『中央公論』(2009年3月号~2013年4月号)に全48回にわたって連載された「新・帝国主義の時代」を編集したものである。この右巻には『中央公論』の2011年7月号掲載の「大震災で弱体化した日本に中露韓は容赦なく牙をむく」を再構成し、加筆・修正したものが第1章に併せて所収されている。

 左巻は未読であるのでその具体的内容は私には不詳だが、この2冊の全体構成をまずご紹介しておこう。
 右巻目次
  序 章 大震災後の日本の針路
  第1章 震災後の日本
  第2章 日米同盟再論
  第3章 新・帝国主義時代の北方領土問題
  第4章 帝国主義化する中国にどう対峙するか
 左巻目次
  序 章 新・帝国主義の時代
  第1章 新しい帝国主義の潮流 - 「品格ある帝国主義」とは何か
  第2章 恐慌と帝国主義
  第3章 新・帝国主義への反発
  第4章 国家の生存本能と官僚の本質

 目次を外観する限り、左巻は過去の歴史と現在の潮流を概観して、現在を「新・帝国主義」と規定する考え方のフレームワークについて、著者の論理を実証的に論じているのだろうと推論した。そこで、理論的側面の論理展開は後回しにして、ごく最近の時事的事象を対象にした実践編として、日本の針路について著者の主張を展開していると思われる右巻を優先させて読むことにした。
 『中央公論』の連載は一切読んでいないので、掲載時の個別論文としてではなく、後付けで編集された論文の繋がり、関連性で本書を読んだ。個別論文としてその都度読めば、その当時のホットな話題として、また違った読後印象を抱いていたかもしれない。

 本書の「あとがき」の引用によれば、2013年1月に『産経新聞』が「新帝国主義」という特集をおこなっているそうだ。その中で、「冷戦終結後、植民地獲得はしなくても自国の権益拡大に腐心する国」を「新・帝国主義」と名付けたのが著者・佐藤優氏だと記している。
 この右巻で著者はこう説明する。「新・帝国主義は19世紀末から20世紀前半の植民地分割をめぐり世界大戦を引き起こした古典的帝国主義とは異なり、植民地を必要としない。なぜなら植民地維持にコストがかかるからだ。しかし、外部からの収奪と搾取を強めて国益増進を図るという帝国主義の本質は維持される。また、帝国主義国にとって武器輸出は重要なビジネスなので、戦争を歓迎する。ただし相互に壊滅的打撃を与えるような大国間の直接戦争は避ける。」さらに、こう続ける。「帝国主義国は、まず相手の立場を考えずに自国の利益を最大限に主張する。相手が怯み、国際社会も沈黙しているならば、帝国主義国は露骨に自らの権益を拡張していく。これに対して、相手国が必死になって抵抗し、国際社会も『いくらなんでもやり過ぎだ』という反応を示すと、帝国主義国は妥協し、国際協調に転じる。この政策転換は、帝国主義国がこれ以上、強硬な対応を取り続けると、国際社会の反発が強まり、結果として自国が損をするという冷徹な計算に基づいてなされる。」(p508)
 著者は、国際社会のゲームのルールをつくる既存の帝国主義国として、米国、ロシア、EUを挙げ、それに日本を加えている。そして急速に国力をつけ、露骨な新・帝国主義的政策をとっている国が中国だと指摘する。そして、「既存のゲームのルールに一応従っているが、それに挑戦し、中国にとって有利な新・帝国主義の時代に即したルールの変更を狙っている」(p509)と言う。

 本書において、著者は過去の歴史を踏まえて、ここ数年の日本の領土と係わる時事的事象を採りあげ、新・帝国主義という文脈の上で、その個別事象が大きな国家戦略とどうかかわり、どういう位置づけにあるのか、を分析している。新聞報道では点的にしかわからない事象が、そいういう位置づけで解釈できるのかということが見えてきて、興味深くかつおもしろい。著者は独自に培い、今も情報収集・情報交換をしている友人ネットワークからの情報と過去並びに直近に公刊あるいは報道・公表された公開情報を駆使して、インテリジェンスとしての情報の読み方実践編を本書で展開しているといえる。

 読後印象を簡略にまとめてみたい。
<序章 大震災後の日本の針路>
 コーカサスの少数民族研究をライフワークにしているというアルチューノフ氏(ロシア民族学・人類学研究所コーカサス部長)との対話をキーに論旨が展開される。亞民族の複合アイデンティティーが、交渉に有利に作用する。その特性を有する人は、皮膚感覚で相手の立場になって考えることができるからだとアルチューノフ氏が語ったという。また、大勢の民族と少数民族・亞民族の対立する双方の立場は交わらないので無理に問題を解決しようとせず棲み分けることが重要だとする点は興味深い。
 普天間飛行場問題を軸にしながら、長年の間に構造化された差別が存在し、その認識を東京の政治エリートがもっていないこと、つまり沖縄を差別しているという認識のなさを指摘している。

<第1章 震災後の日本>
 東日本大震災で弱った日本を餌食にしようと考えている諸国があると著者は考える。我が国にニヒリズムの傾向が見られる一方で、日本政治をナルシズムが蝕み始めていると警鐘を発している。2011年6月16日の大韓航空による竹島上空でのデモ飛行に対する外務省の対応-大韓航空の利用を自粛ーを、ナルシズムの罠にあたる事例として論じている。
 ナルシズムという見方は興味深い。警鐘と受け止めた。

<第2章 日米同盟再論>
 最近の日本の思いつき外交の愚(2009年10月、岡田外相のアフガニスタン電撃訪問)、北方領土問題における外務官僚の不作為、管直人氏の党内身内に述べたという失言(「沖縄は独立したほうがいい」)などの事象を列挙し、日本の外交領域における弱さの露呈、パニック状況について論じている。沖縄の日本からの分離独立の危険性が現実に存在すると著者は見立てている。「沖縄の部分的な外交権回復を認め、沖縄の広範な自治を認める連邦制に近い国家体制への転換を行わないと、日本の国家統合を維持することができなくなる危険がある」(p212)とまで論じている。
 沖縄の分離独立という発想がなかったので、そのファクターを考慮すると地政学的にも大きく見方が変わらざるを得ないだとう。沖縄の人々の思いは? 関心が高まる。

<第3章 新・帝国主義時代の北方領土問題>
 ロシアとどう付き合うべきか、について著者の外務省入省式の話から始め、エリツイン大統領との交渉時代あたり以降の歴史的変遷を概略する。そして、プーチン大統領からメドベージェフ大統領への交代以降、ロシアの対日姿勢が急速に硬化している状況を分析している。エリツインの「五段階論」に対して、メドベージェフは「逆五段階論」を取ってきたと分析する。そして、再びメドベージェフからプーチンへの大統領の交替が実現すればどうなるかを論じている。北方領土問題に対するそれぞれ認識の違いが読み取れておもしろい。現時点では既に、プーチンが大統領に復帰している。著者の分析が読み通りになるかどうか、注目していきたい。
 著者はプーチンの返り咲きを好機ととらえる。プーチンの諸論文を分析し、「プーチン体制下で、ロシアは、欧米や日本とは異なる理念に基づく国家建設を進めることになる。そのようなロシアと取引できる戦略を構築することが、日本政府の愁眉の課題と思う」(p345)と述べている。また、「深化した日米同盟の上に、ロシアが提携し、中国を牽制するというのがプーチンの基本戦略」(第4章、p452)とも言う。
 この章を読み関心をそそられるのは、政治家や高級官僚の発言に含まれたフレーズの片言また、メッセージや献花ですら、インテリジェンスの観点からはどのように分析し、解釈され得るかという著者の解説である。さらに、国営ラジオ「ロシアの声」やインターネット上で公開されている日本語版「ロシアの声」が、外交の最先端ツールとしてどのように組込まれ、利用されているかの解析と説明だ。そこに著者のインテリジェンスが窺える。
 「ロシアを動かすためには、帝国主義的発想に基づく『大風呂敷』を広げることが不可欠であるということだ。ロシアは本質において、帝国主義国で、力の論理の信奉者である。従って、日本が知恵を働かして、対露外交戦略を構築しないと、ロシアは力で日本に譲歩を迫ってくる」(p223)と著者は記す。著者は現状の外務省の実態に危うさをすら感じているのではないか。そんな気がする。

<第4章 帝国主義化する中国にどう対峙するか>
 著者は毛沢東の「十大関係について」という演説で述べられた重要な考え方から論じ始め、中国の国家体制を分析していく。作家の高橋和巳が、毛沢東を仏教の菩薩との類比で理解しようとしていたことを引用紹介している点が面白い。また、アルバニアの独裁者エンベル・ホッジャが中国の野望をどのように観測しているかも論じている。このあたりは、社会主義圏の情報通である著者の独壇場のように思う。
 著者は明確に「尖閣諸島をめぐる日本の領土問題は存在しない」と断定する。しかし、「国家主権の基本をめぐる問題については、どの国家も利己的に振る舞うのである。領土問題に関して普遍的な処方箋は存在しない」(p459)と洞察している。そして、「領土問題は存在しない」だけでは何も解決しないのであり、外交交渉を恐れてはならないと主張し、独自のシナリオを提案している。それが、本章の締めくくりでもある。
 原則論をお題目の如く唱えるだけでは、大国間の国際外交はできないという冷徹な見方があるようだ。基盤は不動で、表層部分では柔軟な戦略と対応力による粘り強い交渉がなされなければならないということなのだろう。

 帝国主義という用語は好きになれないが、形を変えた帝国主義がやはり世界で進行しているということなのか。ウィキペディアに「新帝国主義」という項目を見つけた。本書では、「新・帝国主義」とタイトルで記している。このナカテンに意味があるようだ。左巻を読めば、このあたりがたぶんさらに詳しく分析され論理展開されているのだろう。
 現状認識を深める材料として、著者の見識と警鐘は参考になる。該博な知識と膨大な情報処理力には驚くばかりである。


 ご一読ありがとうございます。

関連する語句をいくつかネット検索してみた。一覧にしておきたい。

帝国主義 :ウィキペディア
新帝国主義 :ウィキペディア
New Imperialism :From Wikipedia, the free encyclopedia
Imperialism :From Wikipedia, the free encyclopedia

注目記事
大震災で弱体化した日本に中露韓は容赦なく牙をむく  :「中央公論」
佐藤優=作家・元外務省主任分析官~「中央公論」2011年7月号掲載

北方領土問題 :ウィキペディア
北方領土問題  :「外務省」
  北方領土問題とは?

竹島(島根県):ウィキペディア 
竹島問題について :「首相官邸」
Outline of Takeshima Issue :「外務省」の英文ページ
Dokdo-or-Takeshima?
  英文記事と日本文記事が掲載されている。情報ソースとのリンクも考慮されているようだ。

尖閣諸島問題 :ウィキペディア
日中関係(尖閣諸島をめぐる情勢) :「外務省」
日本は尖閣問題を「棚上げ」するのが得策だろう
 =コロンビア大教授 ジェラルド・カーティス氏 :「日本リアルタイム」
普天間基地移設問題 :ウィキペディア
普天間基地問題 :「沖縄県本部/宜野湾市職員労働組合」
時論公論 「埋め立て申請・進むのか普天間基地移設」:「NHK解説委員室」

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