遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『極北ラプソディー』 海堂 尊  朝日新聞出版

2012-08-17 09:43:44 | レビュー
 著者の作品群は海堂ワールドを構成し、各作品で登場人物が様々に関連していくものが多い。本書もまたそうである。『極北クレイマー』で舞台となった財政破綻の極北市にある極北市民病院のその後ということになる。
 病院閉鎖騒動の最中に救世主の如く登場した世良雅志が本書では活躍する。そして、『極北クレイマー』では、リスクマネジメント委員会委員長にさせられた今中良夫医師が病院に正式に就職し、世良院長のもとで副院長兼外科部長になっている。とは言いながら、市民病院は再建途上にあり、医師は世良と今中の二人だけである。
 どいういう方策で世良はこの病院を再建しようとするのか? 本心から再建する意志があるのか? 財政破綻都市における市民病院の再建とはどういうものか? それがこの作品のテーマである。そこに様々な人々が関わっていく。

 本書は、ある年の5月12日(火曜)から始まり、翌年の3月19日(金曜)までの破綻病院再建物語である。財政破綻都市が行政的にどのうな状況に追い込まれるか。財政破綻病院の原因がどこにあるか。救命救急センターとはどういうものか。ドクターヘリというものがどういう機能を持ち、どういう制約があるのか。・・・等々の雰囲気を本書から感じとることができる。

 本書は4部構成になっている。
 第1部 極北の架橋    5月12日(火曜)~6月18日(木曜)
 第2部 雪見の夏空    6月22日(月曜)~7月 7日(火曜)
 第3部 光のヘリポート  2月16日(火曜)~2月20日(土曜)
 第4部 オホーツクの真珠 3月11日(木曜)~3月19日(金曜)

 第1部は、世良院長の独壇場である。極北市民病院の再建をどうするか。世良の考えが次々に実行されていく。
 十数年前に、極北市の隣の雪見市に極北大学が移転、それに併せて極北救急センターも移設された。現在の極北救命救急センターを率いているのは桃倉義治センター長。そしてそこには、桜宮の東城大学から派遣された速水という敏腕医師が居る。彼は将軍と呼ばれているのだ。
 世良院長は、病院再建策として、救急患者を受けない。極北市で発生した救急患者はすべて極北救命救急センターに一手に引き受けてもらうという方針を実行する。今中は市民病院の現状を理解し、そうせざるを得ないとわかりつつも、医師として救急車のサイレンの音を聞くと心に痛みを感じるのだ。
 病院に治療費の支払いをしない常連患者・田所が現れる。世良は言う。「支払いをしない患者はこの病院には不要だ。病院は慈善団体ではない。」と。
 世良が赴任したときに出した方針があと2つある。それは、
 一つ。入院病棟を閉鎖し、常勤スタッフを削減する。
 一つ。できるだけ投薬せず、薬剤費を徹底的に抑制する。
 というものである。
 一方、僅かに残った看護師で訪問看護見回りを実行する。
この状況の中で、テレビ会見を開いた世良は、市民病院が救急対応を再開するには、医師3名の増員と市民が診察の医療費をきちんと払うことが前提だと宣言する。その内容がテレビで放映されないことを承知の上で・・・・。
 
 地域医療の再建屋として名を馳せた世良は、自分自身をこう位置付けている。
 「私の存在は譬えれば抗癌剤です。健康体にとっては猛毒。私がこの地に招聘された幸と不幸を、極北市民はいずれ思い知るでしょう」(p29)と。

 この世良が、今中を同伴し、雪見市の極北大・水沢教授-今中の恩師-を表敬訪問したあと、雪見市の講演会場で講演し、自らの持論を展開する。そして、雪見市が極北市よりも実は不幸なのだと言及する。そして、雪見市が何を死守すべきかも。
 さらに、世良は財政破綻の極北市の治療を進めようとする。
 一方で、再び市民病院を訪れたた田所が、世良にとって彼の推進する方針に対する物議の火種となっていく・・・・。

 第2部は、今中が世良の方針で、雪見市の極北救命救急センターに無期限の派遣をされることになる。市民病院では救急患者を受け付けない方針の代わりに、今中医師の派遣により、「間接的ながら極北市の救命救急に貢献する」(p134)ためなのだという。
 今中は、極北救命救急センターに出向いた初日から、桃倉センター長に従い、ドクターヘリで運び込まれた患者への対応を迫られるという洗礼を受ける。その後、ドクターヘリの見習い体験から始めて、ドクターヘリという救急救命システムの実態を経験していく。今中医師の関わりを通して、ドクターヘリがどういうものかという実情が読者にわかってくるのだ。
 そして、今中は極北救命救急センターのナースやスタッフが言う「将軍の日」がどういうものかを実体験する。
 その今中が、半月後には、結果的に極北市民病院に戻ることになる。

 第1部が「起」であり、第2部が「承」とすると、第3部は「転」という展開になる。
 第3部は、天候不順の日が続いた中での雪見峠スキー場が舞台だ。インターハイの大会があり、桃倉センター長の息子が出場する。それで、桃倉センター長が競技の見学に行くのだが、花房師長もそれに同行する。
 スキー大会は無事終わるのだが、後のセレモニーの最中に表層雪崩が発生。桃倉センター長が巻き込まれ、スキーのストックが左胸に突き刺ささった。日没時刻を過ぎている上、雪見峠は爆弾低気圧の分厚い雲が覆っている状態。ドクターヘリの運用ルールでは飛行禁止なのだが・・・・・救急救命のニーズとドクターヘリ運用のルール、ルール無視で飛行した場合のリスクとのせめぎ合い。速水はルール無視でリスクを負うことを要求する。だが、それは重大な波紋を及ぼすことにつながる。
 つまり、ドクターヘリ運用で避けて通れない限界、転換点でもある。

 第4部では、極北市民病院の再建の状態が明確になってくる。そして、その理由も。一方、ドクターヘリの一歩先としてドクタージェット構想を雪見市市長が打ち上げた。極北市の益村市長はこの構想には協力姿勢を示す。世良は、市長の依頼に対し、世良と今中の2名の医師が対応すると了解する。
 ついにドクタージェット・トライアルの日がやってくる。極北市からは世良と今中が参加する。トライアルの目的地は、神威島。世良は、神威島が自分の医師としての第二のキャリアが始まった場所だと言う。そのことに今中は目を瞠る。
 「神威島には神がいる。その神は僕を救ってくれた。でもそのせいで僕は別の地獄に叩き込まれた。今、僕が神威島に招かれたのは、抗いがたい運命なのかもしれない」(p346) 世良はそうつぶやくのだ。
 雪見市からは、天候不順で遅延していたドクターヘリが到着し、極北救命救急センターのフライト・ナースが現れた。参加してきたのは花房師長だった。

 神威島にドクタージェットは着陸し、世良はそこで恩師久世先生に会い、帰投までの2時間の間に久世先生の診療所を訪ねることになる。
 だが、ドクタージェットのパイロットが急な腹痛を訴えるという事態が起こってきた・・・・・・・・。
 それが、世良の決断に大きく影響を及ぼす。

 本書は、財政破綻した極北市、極北市民病院の再建途上を描き出している。それがハッピーエンドで解決できた話ではない。まだその延長線上に留まる。公立病院の医療破綻の問題、救命救急センターの機能とそれが持つ問題点、ドクターヘリの有用性とその限界など、現代医療の現場を活写している作品になっている。
 一方、世良、今中という2人の医師としての生き方に、一つの区切りがついたことも事実だ。極北市民病院の新装開店。フィクションという形を通して、現代医療の一局面を考えるのに役に立つ書である。

 著者は「極北」のこの先を構想しているのだろうか。


ご一読ありがとうございます。

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 完全フィクションの海堂ワールドだが、背景を理解する材料を併せて検索してみた。
 以下、わずかだが一覧にまとめる。

ドクターヘリ :ウィキペディア
救急医療用ヘリコプターを用いた救急医療の確保に関する特別措置法 :ウィキペディア
 救急医療用ヘリコプターを用いた救急医療の確保に関する特別措置法(法律内容)
   (平成十九年六月二十七日法律第百三号)
 
救急ヘリ病院ネットワーク HEM-Net のHP
 ドクターヘリ概要 
 ドクターヘリ配備地域 
社会システムとしてのドクターヘリ運航に向けて 原 英義氏

救急医療用ヘリコプター費用の 医療保険上の扱いについて :厚生労働省保険局
ヘリコプター救急の費用負担   西川渉氏 『WING』紙99年5月5日付掲載
ドクターヘリの現状と課題 益子邦洋氏 2008予防時報233
青森県ドクターヘリ スタッフブログ  
 ドクターへリ、その費用負担について 2010年09月22日

財政再建団体 :ウィキペディア
  地方財政再建促進特別措置法(法律内容)
  (昭和三十年十二月二十九日法律第百九十五号)
   最終改正年月日:平成一九年五月三〇日法律第六四号
夕張市 :ウィキペディア
夕張市のHP
  夕張市の地域医療ビジョン
  
NPO法人ささえる医療研究所から

2009.6.24 :「ロハス・メディカル」
「保険診療は既に破綻している」~医療構想千葉 亀田信介氏

医療崩壊 :ウィキペディア
医療崩壊を食い止めるための提案 2008.6.23 :東京大学医科学研究所
救急医療崩壊Q&A 2008.2.7 :「freeanesthe フリー麻酔医のひとりごと」


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