遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『原発推進者の無念 避難所生活で考え直したこと』 北村俊郎  平凡社新書

2012-08-03 14:43:22 | レビュー
 本書奥書に著者の略歴が記されている。大学卒業後、日本原子力発電(株)に入社。本社と各発電所で交互に勤務。「原子力発電所の安全管理や人材育成について、数多くの現場経験にもとづく報告を国内やIAEA、ICONEなどで行う」という経験の持ち主で、「現在は、社団法人日本原子力産業協会参事」である。そして日本原子力発電を退職後、富岡町に家を建てた人物である。バリバリの原子力ムラ住人だと言える。安全神話を産み出し、安全神話に寄りかかっていた原発推進者が、東日本の大震災、原発震災により、被災者、避難者の立場に投げ出されたのだ。避難所生活を実体験して感じた著者の「無念」を吐露した書である。つまり、原子力ムラの内側からの原発並びに原発震災後の状況、政府・東電・地方行政の対応についての批判の書である。
 だが、「今後、原発をどのような枠組みで運営していくかの議論となるだろうが、保護をしすぎる弊害もあり、原発同士で健全な競争をするように導くことが必要だ」(p232)と著者は記す。つまり、無条件原発推進派から、条件付き原発推進者への変化が見られるが、あくまで原発推進の立場、原発体制内での「無念」である。体制内批判と言えようか。著者は、「今回、原子力にかかわる者として、『原子力開発を推進するためとはいえ、周辺住民がこのような悲惨な目に遭ってはならない』ということが何よりも身に沁みた」と記す。身に沁みたけれども、原因を解明して、役立てれば原子力を推進できるという姿勢のようだ。その点では、懲りない人々の一人である。

 本書の特徴は、自分自身の体験を土台にして観察し、情報収集した中からの批判所見、改善提案の発信だ。特に、ビッグパレットふくしまという巨大な避難所での生活実体験が克明に記述されている点である。避難の実態については、行政系広報、ジャーナリストの報道、学者・研究者の視点による見聞報告ではカバーしていない局面を知ることができる。つまり、内側から見た目線だ。本書はジャーナリストや学者・研究者の報告や出版物と対比的して読む、あるいは補完的な位置づけで読む価値があると判断する。
 そこまで「身に沁みて」、過去の原発推進の問題点を批判できて、なぜ脱原発につながらないのだろうか。追記文の前の末尾に、「人は歴史に学ぶというが、私たち自身が、歴史に学ぶことができるかが試されている」と書く。ここで学ぶというレベルは、問題点改善論者としての学びであるようだ。悪かったところを手直しして改善すれば問題が解決するという立場であろう。原発の維持運営が前提となった・・・

 「はじめに」に著者は次のように記す。
 「避難者から見た避難の実態について書いておかなければならないと思った。気づいたことを記録し、携帯電話で撮った写真とともに避難先から日本原子力産業協会の同僚たちに送り続けた」と。その集積が本書の第1部「原発事故に遭う」としてまとめられたのだろう。
 序章は、3.11にテレビ画面に緊急地震速報が入った後、「私は立っていられず地面にしゃがみ込んでいた」というところから書き出される。3.12に「福島第一原子力発電所で緊急事態が発生しました。町民は直ちに~~」という簡単な避難指示放送で、避難の準備をして、10時過ぎに西方20キロの川内村を目指して出発する。リフレ富岡(温泉施設)の前の交差点で「白い防護服にマスクをして誘導している人」を見ながら、「避難訓練の通りやっているのだと自分で勝手に納得して」という判断をしたと記す。原発推進者がこの実情だから、一般市民が何も意識しなくてあたりまえかもしれない。
 序章は、3.16にビッグパレットに入り「猛烈に寒い・・・・最初の夜」の初体験までの経緯が記されている。実際の避難行動の一例、その状況がよくわかる。

 第1章は「避難所ビッグパレット」での生活実体験報告である。避難者の立場・視点で体験したこと、見聞した事実が克明に記されている。具体的な客観的事実・事象をきっちりと書き込み、冷静な目で実態が眺められている。事実情報にもとづき、避難所生活での改善要求を行政側に実行した内容にいくつも触れている。その根底には、「なぜ、こんな避難生活を強いられなければならないのか」という怒りである。大津波で家が破壊され跡形も無く流されてしまったわけではない。富岡町には地震で多少壊れた部分があるが、ちゃんと自宅が現存しているのに・・・。
 このビッグパレットには、最大2500人が寝起きをし、富岡町民と川内村民が避難していたと書かれている。まさにここは大多数が原発震災被災者の避難所だったのだ。
 避難生活者の視点から観察された実態報告は、避難所運営の問題点指摘としては有益な具体的事例の提供となっている。「避難行と避難所生活のスケッチ」(p117)である第1章は、どろどろとした部分を含む生の実態にごく近い報告だと思う。今後のための大変有益な資料である。

 第2章は「避難所で考えたこと」として、気づき、反省すべきこと、行政の問題、補償問題、著者の考える今後の展望がまとめられている。私が特に重要と感じる発言をいくつか引用する。
*自主とはどういうことか。避難する、しないを各自判断しなさい、ということなのか。放射能汚染の心配からの避難であるならば、素人の住民がそのような判断ができるわけがない。・・・・これは指示を出した側が責任を回避したとしか思えない。p121
*それもこれも、原発が大事故を起こし、全町民が避難するようなことは、まず生きている間は起きないだろうと考えていた油断からだ。    p124
*今回の事故で避難した人たちは、放射線の身体への影響を心配している。避難地域に指定された場所は、被曝の恐れという点では運転中の原発の建屋内部と変わらない、あるいはそれ以上厳しい状況にある。福島第一原発が外部に放射性物質を撒き散らしはじめた3月11日以降、避難した人たちがどの程度の被曝をしたかを測定し、記録しておくべきだった。  p131
*タダで生活できてしまうことは避難した人たちの気持ちを奮い立たせるようには作用しない。・・・・長く続けると人々の自立に向けての障害になる可能性がある。 p136
*もっと詳しいことが知りたくて政府や東電に状況を尋ねると、決まって返ってくる言葉。「詳しくはホームページに出ています」次なるこちらの質問は、「いったい何人の被災者がパソコンを持っていると思っているのですか。・・・・・」  p138
*これから長い争いが被害者、加害者の間で続きそうだが、その補償費用は莫大であり、国の責任文は、結局は国民の負担になる。  p147
*福島第一原発事故の補償にあてる原資は、結局は電力料金と税金になる。やり方によっては、原発事故による避難者は、自分で受け取る補償を自分で一部負担することになりかねない。  p150
*事故を起こした原発だけでなく、放射能の拡散状況、避難の様子、政府の対応、各国からの支援などについても記録を保管し、展示することを提案したい。 p161

 第2部は「原発を考える」と題されている。原子力推進者が原子力ムラの実態を「あくまで個人的な意見であることをお断りしておく」と「おわり」に記しているが、原子力産業の推進体制内部からの批判、指摘である点は、やはり重要なことだ。反原発・脱原発派の立場から、過去累々と指摘、批判され続けてきたことが、体制内からの同工異曲発言になっていると私には思える。この第2部は、ぜひ読んで考えてほしい。熟考すると、脱原発をめざさねばならないという結論になると思うのだが・・・・
 重要な事実、批判・指摘事項を引用列挙するには、数が多すぎる。引用の域を超えるのでそれは差し控え、ぜひ本書を一読しお考えいただくことをお勧めする。
 だが特にこれだけは引用させてもらいたい箇所を、いくつか引用させていただこう。

*東電の原子力部門では、現場のメンテナンスの実務は東電社員のやるべき業務範囲ではないとの認識が定着していた。 p179
 → 送配電部門などのように「内部の技術維持機能に努め」るやり方を受け入れなかった。
*産官学の原子力コングロマリットは、一部の反対を抑え込み、批判をかわしながら税金と電気料金として集めた巨額な資金で、原子力開発をいわば強引に進めてきた。 p165
*今の日本の原発、特に古い原発はもともと、余分な部分はできるだけ切り詰めるというアメリカ人の合理的発想をもとに設計されていることを、関係者は忘れてはいけない。 p207
*ベントに備えて、スウェーデンなどで採用されているフィルターを取り付け、環境へ放射能が出ることを少しでも減らすことも、かつて検討はされたが、いつの間にか話は立ち消えになっている。要は外部に放射能が大量に放出される事態は考えずに、その手前で原子炉が確実に停止し、強制循環システムによる冷却がスタートすることだけに対策が集中していた。その後の措置は、そのことが起きなければ考えなくてもいいというムシのいい考え方をしてしまった。  p215
*その過程において批判的、建設的、進歩的意見が取り入れられなくなることは、特に安全面では致命的だ。推進派は閉じこもり、外部を排して自分たちだけで考え、結論づけていた。今回の福島第一原発の事故も、振り返ればその通りであったことが解明されるだろう。  p236
*地震や津波の研究成果など、自然科学の知識を巨大科学技術である原発の備えに活かせなかったことで事故が起きた。なぜ活かせなかったのか。それは原子力界が外部の声に耳を傾けなくなり、逆に内外の批判、異論までを封じてしまう力を持ってしまったからだ。 p258
*日本に原発を運転する資格があるかどうか、という条件を考えると、監督官庁がまともに役割をはたせるかという点が一番の弱点のようだ。  p256

 本書第2部を通読しながら、付箋を付けたページが多い(重要事項の漏れがあるかもしれない)。そこには重要な指摘があると思っている。
どの章句に着目したか・・・・あくまで個人的着目である。お読みになった際、本書で同じ箇所が着目されるだろうか。付箋を付けたページを記しておこう。
   p169、p171、p174、p180、p182、p183、p186、p193、p195、p198、
   p199、p200、p203、p205、p207、p208、p210、p216、p221、p225、
   p248、p251
 
 著者である原発推進者の「無念」は、自らの原発推進についての「慚愧」を経たうえでの「無念」なのだろうか。

ご一読ありがとうございます。

人気ブログランキングへ
↑↑ クリックしていただけると嬉しいです。


日本原子力発電(株)のHP
 日本原子力発電 :ウィキペディア
日本原子力産業協会のHP

富岡町 公式ホームページ[災害版]
川内村 東日本大震災特別サイト
ビッグパレットふくしま のHP
政府広報 生活支援ハンドブック
政府広報 ハンドブック:政府広報オンライン

<避難区域等の設定> :首相官邸「東電福島原発 放射能関連情報」
 「みなさまの安全確保」と題されたページ 各資料にリンクする目次ページ
避難区域等の概念図 :首相官邸「東電福島原発 放射能関連情報」

チェルノブイリの土壌・避難区分との比較 :「かかわりすぎない子育て」
福島3市村で避難区域見直し 線量で3区分 :「日テレNews24」

福島第1原子力発電所(特定条件 WSPEEDI) - 文部科学省
文科省ようやくWSPEEDI予測値(広域汚染状況)の一部を公表:東京もチェルノブイリ第三区分入りが濃厚に  :「中鬼と大鬼のふたりごと」
こんなYouTube動画も・・・
【福島第一原発事故】 関東の人達に避難を促す動画


東海村JCO臨界事故 :ウィキペディア
よくわかる原子力 東海村JCO臨界事故  :「原子力教育を考える会」

失敗学 :ウィキペディア
失敗学会のHP

失敗学を原発問題に適用する根本矛盾 :「社会科学者の時評」

EDF(フランス電力公社) のHP(英語版)
オフサイトセンター(緊急事態応急対策拠点施設) :原子力安全・保安院
オフサイトセンター 機能せず(6月6日 20:30更新) :NHK ニュース
オフサイトセンター設置基準見直しへ…保安院 :YOMIURI ONLINE
バランス・オブ・プラント :「Great Challenges」 はっしー氏
AREVA(アレバ)のHP(英語版)

EPR(ヨーロッパ型加圧水型軽水炉)← 欧州加圧水型炉 :ATOMICA
もんじゅ  :ウィキペディア
 高速増殖原型炉もんじゅ :日本原子力研究開発機構

外交文書開示で
ついに表に出た”高速増殖炉と核” 大島茂士朗氏 2010.12.27
「もんじゅ」訴訟 :「Stop ザ もんじゅ」
    画面左のアイコンをクリックしてください。

やらせメール → 九州電力やらせメール事件 :ウィキペディア
九州電力やらせメール問題検証サイト

原子力安全に関するIAEA閣僚会議に対する日本国政府の報告書
-東京電力福島原子力発電所の事故について-
  :首相官邸  2011.6.7
 報告書の目次ページです。各項目にリンクしています。

国際原子力機関に対する日本国政府の追加報告書       
-東京電力福島原子力発電所の事故について-(第2報)
  :経済産業省 2011.9.11
 報告書の目次ページです。各項目にリンクしています。

福島原発事故独立検証委員会    :一般財団法人日本再建イニシアティブ
調査・検証報告書    2012.3.11
 報告書は出版物として市販品です。(電子書籍化もしていますが・・・)

国会事故調 報告書
 報告書の目次ページです。各項目にリンクしています。
 「報告書」のサイトは、さらに個別項目にブレークダウンしたリンクリストです。

東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会 最終報告
 報告書の目次ページです。各項目にリンクしています。

人気ブログランキングへ
↑↑ クリックしていただけると嬉しいです。