イワシの翻訳LOVE

はしくれトランスレータ「イワシ」が、翻訳への愛をつれづれなるままに記します。

28年ぶりの島根県浜田市再訪記 ~君の唄が聴こえる~ その12

2009年08月30日 23時28分14秒 | 旅行記
「スーパー」の名は伊達ではなかった。友との再会を前に、ゆっくりと心の準備をしたいというこちらの落ち着かない心持ちをあざ笑うかのように、スーパーおきは軽快に山口本線を東に進んでゆく。あれだけ待たせておいて、いざ走り始めたら速い。ええい、わびさびのわからん奴め。1分、5分、10分。腕時計を眺めるたびに、あっという間に時間が過ぎていく。車窓には、延々と続く田畑が映っている。昭和から時間がとまったかのようなたたずまいの風情ある農村。そして、驚くほどに豊かな、山々の青い緑。

「おき」の車内の乗客を見回す。帰省客っぽい人が多い。若い人も目立つ。ファッションといい髪型といい、東京で見るのと変わらない、今風の人たちだ。浜田で降りる人もいるに違いない。おかしい。僕が浜田にいたときは、みんな昭和50年代な人たちだったのに、みんな平成21年8月の人な顔をしている。いや、おかしいのは僕の方だ。この電車に乗っているはずなのは、あのころの服装をした、昭和な浜田の住民たちじゃないのかと、感じてしまうこの僕の頭がおかしいのだ。反対側の座席にいる今時風な男性客が携帯電話でしゃべっているのが、しゃくに触る。僕は、浜田は浜田のままで、昭和は昭和のままであってほしいと思っているのだ。どうせ電話でしゃべるなら、赤電話を使いなさい。いかん、オレは全然、過去を消化していない。時計が止まったままだ。電車に乗っているこの2時間ちょっとの間で、少しでも自分を現代に適応させなければ。そもそも、お前自身が平成を生きているのに、周りだけ昭和のままでいてほしいなんて、ムシのいい話だ。

それにしても、清君と駅で会ったら、何を言えばいいのだろう。エイコちゃんには、どんな言葉をかければいいんだろう。気の利いたセリフなんて用意できない。そのときの自分が、自然に口から言葉を出してくれるだろう。再会できた喜びと、これまでの感謝の気持ちが、上手く伝わればよいのだけど。

清君の家にいって、かぺ君、靖子さんと、どんな話をすることになるのだろう。僕が覚えていることを、相手は覚えていないかもしれない。相手が覚えていることを、僕はすっかり忘れているかもしれない。とにかく毎日いろんな遊びをしたことだけを覚えている。その話がしたい。パッチン(めんこ)、にむし(地元独自のボールゲーム)、草野球、虫採り、ザリガニ採り、ウルトラ怪獣の消しゴムを集めたこと、猛毒作り、モグラチャンス――そんな話がしたい。彼らと昔の記憶をどこまで共有できるのかはまったく想像もつかないけど。そして、あれからお互いの人生にどんなことがあり、今に至っているのか。毎日を、どんな風に暮らしているのか。そんな話にもなるだろう。楽しみだ。でもちょっと怖い。浜田弁を、僕は覚えているか? あの頃ならともかく、28年が経過し、大人になっているふたりの親友との話は、尽きることなく続いてくれるのだろうか。次から次へといろんな想念がわき上がってきて、そわそわして落ち着かない。

山口本線を進んだ列車が津和野を過ぎ、益田駅に到着すると、そこからは山陰本線に入る。いよいよ浜田が近づいてきた。同時に、暮れ始めた景色の向こうに、綺麗な日本海が覗くようになってきた。浜田で僕が住んでいた長浜町には、海が間近にあった。大通りを一本外れると、そこはもう海岸線だし、どこにいても少し高台に上れば、浜田湾を一望できる。自分を育んでくれた日本海を眺めていると、故郷に帰ってきたのだという思いがいっそう強くなった。

日本海を見ること自体、ほとんど20年ぶりだ。この海は、極北を思わせるような冷厳さと同時に、侘びしくも優しいぬくもりを感じさせてくれる。柔らかい黄昏色の陽光に反射して、漁村の民家の屋根瓦と水面が、同じようにキラキラと光っている。この地方で育った者としては、これぞまさに日本の原風景。その圧倒的な美しさが、もう余計なことは考えるなとこちらに語りかけているような気もする。じっと窓の外を見つめた。

今でも酔っぱらってフラフラになりながらなんとか家に帰りつくときに、自分の帰巣本能に驚くことがあるけど、人間には帰巣本能がある。あらためてそう思う。僕が浜田で一番、行ってみたいところ、それは長浜小学校から当時の自宅までの通学路だ。子どもの足でも三十分くらいかかっていたような気がするから、今歩いてもかなりの距離だろう。道順やその光景ははっきりとはイメージできないが、きっと行ってみたら思い出すはずだ。そしてものすごい懐かしさを感じるはずだ。

小学校と同じ敷地内にあった幼稚園の時代を含めれば、浜田に住んでいた5年間、ほぼ毎日その道を通っていた。いくつもの近道と回り道があり、途中で友達の家をいくつも通りすぎた、あの道。細い路地のような道を、蟻が這うように抜けて行った。路地の隙間からは、真っ青な日本海が見えた。逆側には小高い山々が連なり、その全面に濃い緑が広がり、空は抜けるように青く、手を伸ばせばつかめそうなほど近くにあるように見える雲は白く、何羽ものとんびがゆっくりと上空を旋回してピーヒョロロと鳴いていた。家がすぐ近所だったかぺ君と、遊びながら、ときにはケンカしながら歩いた。ともかくその道をこの足で歩いてみたい――腹の底からわき上がってくるようなこの欲求は、相当なものだった。そのあまりの強い衝動に、我ながら驚いた。人間は、ひょっとしたら鳩以上に、元いた場所に戻りたがっている。

車で行くのではなく、自分の足で、そしてできるなら一人だけで、時間を気にせず、ゆっくり確かめながら歩いてみたい。浜田に行くことを決めてから、あの道を歩くことをずっと夢見てきた。他人にとっては、まったくと言っていいほど価値のない、ありきたりの道。でも自分にとってこれ以上、特別な想いと郷愁を感じる道はない。ただ自分が元いた場所であること、それだけで、そこにはかけがえのない価値が生まれる。その当たり前の事実に、あらためて驚いていた。だから今日も本当は15時に浜田駅について、19時に清君に駅に迎えに来てもらうまで、ひっそりと通学路を歩くつもりだったのだ。でもそれは新山事件の発生により不可能になってしまった。まあ、しょうがない。だが、明日からの3日間で、必ずこれは実現させたい。そう固く心に誓った。

ウソみたいだけど、時計の針が19時に近づいている。でももう、あれこれ思い悩んでもしかたない。考えてもしょうがない。鳩が巣に戻るように、犬が飼い主の住む家に戻るように、僕は浜田を目指している。そのことに、特別な理由なんてないはずだ。僕は鳩であり、犬であり、魚であり、そして人間なのだ。みんな、故郷を目指してただ突き進むのだ。

いよいよ浜田が近づいてきた。スーパーおきが、三保三隅駅を過ぎる。懐かしい駅名だ。スーパーおきはますます加速しているように思える。ヲイヲイ、オレはもうちょっと情緒を味わいたいのに、速すぎるよ君は。「スーパーはや」に名前を変えなさい。あっという間に、周布駅を過ぎる。いかん、このままだと、ホンマに浜田に着いてしまう。やばい。僕はうろたえはじめた。しゃれにならん、このままだと、ホンマに浜田についてしまうやん!

次は西浜田駅。長浜はこの区間に当たる。僕は雨の日のモリアオガエルのように指の吸盤を使って窓に張りつき、ハゲタカのような皿の眼で夜の長浜の家並みを眺めた。僕たち家族が住んでいた町を、おきが容赦のないスピードで通り抜ける。懐かしい町並みが、目に飛び込んできた。うめづ君の家の前を、いま通り過ぎた。あっ、清君の実家だ! そしてその直後、長浜小の校舎が! 昭和56年の春、列車で過ぎゆく僕たちを清君たちが見送ってくれたあの校庭、オレは戻ってきたけん! 来た、来た、キタ━━━(゜∀゜)━( ゜∀)━(  ゜)━(  )━(゜  )━(∀゜ )━(゜∀゜)━━━!!!!

興奮は最高潮に達した。スーパーおきは走り続ける、浜田市の光景から目が離せない。子どもだったから、市の中心地や、駅前のあたりのことはよく覚えていない。それでも、必死に街並みを見つめた。たしかにここは浜田なのだ。ああ、オレはホンマに浜田に…。ホンマに浜田に…。

19時02分。スーパーおきが、浜田駅に停車した。駅の構内のどこかに、清君とエイコちゃんが待っているのだ(かぺ君も来ていてくれたのだけど、そのとき僕はそれを知らなかったのだ)。僕はおきから下車した。ここは確かに浜田だ。間違いない。だけど、ここは昭和ではなかった。平成の身なりをした地元の住民らしき客が、足早にホームに向かっていく。僕はゆっくりと、ぎこちなく荷物を引きながら、改札口へと向かった。

(続く)


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14 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
いよっ。浜田についたね。 (ゆみ)
2009-08-30 23:59:19
虫とり、ざりがにとり・・・やったなー。
えいこちゃんちの前があたしの狩場だったよ。
昔のまま・・・あたしも車あるのにわざわざ汽車にのってみたんよー西浜田ー浜田間。汽車はあのころのままなのにのってるメンツがちがうんよねー。
また、この写真いいねー。この時間帯さいこーねー。
ついた! (いわし)
2009-08-31 00:05:58
書き出したら長くなってご対面シーンまでいかんかったよ(笑)この写真はネットから拝借したんだ。オレも写したけど光が反射して全然まともにとれんかった。でもいい写真でしょ! 夕暮れ時の日本海が美しい。西浜田方面から汽車にのってくると感慨深いものがあるよね~。
キターッ! (たら)
2009-08-31 00:08:42
回転してるねぇ、()や。を使ってこんなにも表現できるなんてスゴイ!口はどこのキーで?

あ、本題に戻ります。浜田に着いてしまうって
思う気持ちわかる気がするよ。私は浜田駅改札付近でソワソワしてました。「おき」がやって来る方向を凝視。2つのライトが見えて「キターッ」と騒いだけど線路に沿ってある道路を走る車だったのが2回。
自分でお口チャックしとこ思った瞬間本物が!!
お口チャック (イワシ)
2009-08-31 00:14:24
オレも興奮してたけど叫んだら危ないから車内ではずっとお口チャックだよ~

おきのライトと車を見間違えてたんだね!おきってつくづくお騒がせな奴だね!(と、すべてをおきのせいにする)
その時の原住民  浜田駅 (かぺ)
2009-08-31 07:58:03
好評につき(勝手に)、第二弾!

私の車で一緒に迎えに行く事が決定し、ソファに腰掛けこっちゃんの今を原住民達はあれやこれやと妄想し始めた。車中でも激しく妄想し続け浜田駅に到着。えーこちゃんはすでに到着していた。
久々に会うえーこちゃんはやっぱり笑ってた。笑ってる顔しか見たことが無いような気がする。
原住民達は興奮していた。駅の構内を徘徊しプラットホームの見える場所に陣取る。スーパーおきのお出ましだ!
えーこちゃんが「ファーストこっちゃん」を写メしようと携帯を構える。
列車から出てくるささやかな人波を眺めながら必死にこっちゃんを捜す原住民達!
「奴は旅行者だ、荷物が多い。きっとバギーを引いてるぞ!」
私の予想は的中し、えーこちゃんシャッターチャンス!携帯を覗き込むと目の前の鉄製の柵が激写されており思わず爆笑!「えーこちゃんドンマイ。」心の中でそっとささやいた。
原住民達は改札口に移動し男が現れるのを待った。えーこちゃんは「セカンドこっちゃん」のシャッターチャンスを覗っている。
一旦人の流れが止まった。そして現れた!!
かぺシリーズ最高です! (iwashi)
2009-08-31 10:11:56
かぺ君

めっさ面白い!そのときのみんなの様子がありありと浮かんできます。なんだか僕の視点ばっかりで一方的に書いてばかりなので、こうやってかぺ視点で書いてくれるとそうだったのか~とつくづく思います。これからもよかったらかぺシリーズ続けてください!
えいこちゃんのエピソードもらしくて笑えるね~
ぐいぐい (捨て猫マリオ)
2009-08-31 12:56:02
いやぁ、ぐいぐい引き込まれてしまいました。すごいライブ感。さすが言葉のソムリエですね! もしかしてこの旅は、タイムマシンに乗って28年前の自分に会いに行く旅でもあったのでしょうか。
がぶ飲みソムリエ (iwashi)
2009-08-31 13:14:57
マリオさん

コメントありがとうございます! そういわれてみれば、スーパーおきはタイムマシンだったのかもしれません。新山口駅は、異次元への入り口だったのでしょう(笑)ソムリエなんてトンでもないです、ただし浜田では酒飲みました!
いよいよ浜田! (やすきよ)
2009-08-31 18:23:46
秘書です(笑)
毎日楽しみに読ませていただいてます。かせ兄はじめ、ほかの皆さんのコメントも。
我が家では夫がソファに寝転んでいるところへ、私が「読み聞かせている」ような状態で、でも二人でオオウケしています。

もうすぐ到着ですね!私はそのとき料理しながら楽しみに待っていましたよ。
ついに来た~ (イワシ)
2009-08-31 19:33:39
秘書Yさん

こんばんは!昨日は清君との再会のところまで書くつもりが、到達できませんでした(笑)すみません。今日(31日)に書きましたよ~
Yさんがキヨシ君に読み聞かせしている様子が目に浮かぶようです。かぺ君のコメントが今、大変な評判を呼んでいます、かぺ君が今、熱い!(笑)

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