年の瀬に貧困を考える
窮乏から目を背けずに
社説】
年の瀬に貧困を考える 窮乏から目を背けずに
(2011年12月24日)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2011122402000067.html
年の瀬は貧しさがこたえる。生活保護者数は史上最悪を塗り替えている。クリスマス
も縁遠い困窮者の救済こそが、最優先に据える国の仕事ではないか。
非正規雇用者が40%に近づく現代は、路上生活への落とし穴が潜むといえる。Aさ
ん(61)は派遣会社に登録したのが始まりだ。二〇〇五年ごろから、静岡県内の家
電メーカーの工場で働いた。
「月に二十日間で月給は十六、七万円。忙しいときだけ仕事がくるのです。
正月などは半月間も休みで、もちろん給料は出ません」
◆保護は「肩身が狭い」
寮費はむろん、テレビや冷蔵庫にもレンタル料がかかる。光熱費なども給料から差
し引かれると、「ほとんど手元に残らない」のが実態だという。
「辞めてくれ」という雰囲気を感じて、〇七年に退職したときは五十代後半だった。
東京・上野でホームレスへと転落した。福祉事務所に相談し、一時保護の施設から、
自立支援のセンターに入寮した。何とか警備員の仕事を見つけたものの、自立できな
かった。
「十五時間もの勤務は、体にこたえました。しかも、十二人の大部屋の寮は、勤務時
間が異なる人々との集団生活なので、ゆっくり眠れないのです」
新宿の路上や公園でのホームレス生活に逆戻りした。生活保護を申請した〇八年の
所持金は数百円、預貯金千円余り。それでも担当者は「自立支援センターへ」と答え
るばかりだったそうだ。
「会社の面接に行っても、住所が自立支援センターだと分かると、断られてしまうの
です」
面接に行く電車賃も履歴書の証明写真の費用捻出も苦しかった。支援団体のサポート
もあり、現在は都内で生活保護を受けている。アパートに住み、ある施設の宿直員を
務める。収入で足りない部分を保護費がカバーするのだ。
◆「水際作戦」という非情
「でも、肩身が狭いです。今も自立したいと思い続けています」
生活保護者数は二百六万人と史上最多に達した。不況や非正規雇用の蔓延(まんえ
ん)、雇用保険や年金の制度の脆弱(ぜいじゃく)さなどが原因だろう。
問題点はまだある。生活保護が最多といっても全人口の1・6%だ。日弁連による
と、ドイツでは9・7%、フランスでは5・7%、英国では9・3%である。日本で
は制度の要件を満たす人の20%弱しか、利用されていないという。保護が必要な人
を捕捉できないでいるわけだ。
「行政窓口で『水際作戦』が徹底された結果でもあります。高齢になるほど就職から
はじかれるのに、病院の診断で『就労可』を取り付けて、申請を押し返すわけです」
(竹下義樹弁護士)
しばしば不正受給の問題がやり玉に挙がり、財政圧迫や受給者の医療費増が問題視さ
れる。確かに保護費の急増は行政には悩ましいだろう。だが、不正受給は全体の1・
54%にすぎない。受給開始の理由も「収入の減少・喪失」が〇八年の19・7%か
ら〇九年に31・6%へと急増したように、不況と失業が大きな要因なのだ。
困窮者を見捨てていいはずがない。憲法が生存権を定め、生活保護は「最後の安全
網」である。行政が申請権を侵してはいけないし、社会の偏見払拭(ふっしょく)も
課題だ。
所得が低く生活が苦しい人の割合を示す貧困率も16・0%と悪化の一途だ。何より
子どものいる世帯で貧困率が高まっている事実は見落とせない。
「とくに母子家庭の貧困率が高いのが日本の特徴です」と東京大大学院人文社会系
研究科の白波瀬佐和子教授は指摘する。貧困率の指数はほぼ生活保護水準の生活レベ
ルを示すという。
「母子家庭ではパートなどで朝、昼、晩と三つも仕事を掛け持ちしている母親も少な
くありません。低賃金で、一つの仕事だけでは生活が成り立たないのです」
給食費や文房具などの費用も重くのしかかっている。
「仕事に追われ、子どもに接する時間も十分になく、朝ご飯を食べさせられない家庭
もあります」
子どものときに、もう夢ある人生の“階段”を外されているのと同然ではないか。
クリスマスの鈴の音も遠かろう。
◆生活と教育インフラを
「人生のスタートラインからこぼれ落ちている状況が、深刻な問題点の一つです。
子どもたちの将来を大きく左右します。貧困に伴う不条理な環境にある子どもたちを
も包み込む、生活と教育のインフラを整える必要があります」
野田佳彦首相は「中間層の厚み」を掲げた。その近道は貧困層への手厚い政策だ。
就労につなぐ行政努力はもちろん、企業側も国内雇用の拡大を進めてほしい。人の潜
在的な力を引き出す手を打とう。それが実を結べば、この暗鬱(あんうつ)な社会が
蘇(よみがえ)る契機になろう。